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第十九話 お宅訪問 その1

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 それからあたしは、早速《悪の掟ヴィラン・ルールズ》構成員たちのことを少しでも理解できるよう、座り慣れた玉座を離れ、施設内をうろついてみることにしたのだった。


「まずはこの階から始めるとするか」


 ここでVRゴーグルが予想以上に役に立った。施設の階ごとの地図と、その部屋が何か、誰の居室なのかが丸わかりだったのだ。

 記念すべき最初のターゲットは、もう決めていた。

 みーっ。
 インターフォンを押して名乗る。


「邪魔をするぞ、抜丸ぬけまる――私だ」
「どうぞッス!」


 やたら威勢の良い返事がかえってくる。しゃっ、とスライドした鉄扉の向こうから、にひー、と愛想良く笑う顔が出迎えてくれた。


「珍しいじゃないッスか! アーク・ダイオーン様自らオイラの部屋にお越しになるなんて! いや、昔は結構あったッスよねこういうの。さ、さ、狭いとこッスけど、どうぞどうぞ!」


 作りは手頃なワンルームってところかな。施設内に食堂があるからキッチンはなし。トイレはあるようだけど、お風呂は共同の物があるのでないみたい。

 抜丸さんは見たまんまの忍者キャラなのでてっきり和風の部屋だと思っていたけれど、それらしきものは『我が命、我が物と思わず』と書かれた掛け軸がかろうじて壁に掛けられているくらいで、ごろ寝に最適なローソファーの前にはガラス製の小洒落たテーブルが、そのさらに前にはでーん! と重厚かつ高価そうなAV機器一式が並んでいてロックサウンドを響かせていた。今のところ忍んでいる要素はほぼゼロである。


「アーク・ダイオーン様は、珈琲でいいッスか?」
「あ……? ああ、ミルクと砂糖も頼むぞ」
「ッスね。両方たっぷりがお好みでしたッスよね」


 せめてそこはお茶だろ、とツッコミたくなるのをこらえつつ、銀じいと珈琲の飲み方が一緒だったことを感謝するあたし。ブラックは苦くてまだ飲めない。
 勧められるまま低いソファーに苦労して腰を降ろすと、お盆にコーヒーカップを二つ載せた抜丸さんがすぐ隣に並ぶように座ったので仰天してしまった。


「はい、こっち。アーク・ダイオーン様のッス」
「う、うむ」


 き、緊張する……。
 というか、てっきり反対側に正座するものだとばっかり思ってたんだけどなー。


「いやあ、嬉しいッス! アーク・ダイオーン様って偉ぶったところなんて全然ないッスし、いつもオイラたちのこと気にかけてくれてるッスからね」
「そ、そう言ってもらえると私も嬉しいぞ」
「で、今日はどんな話しッスか?」
「そ、それはだな……」


 そりゃそうだ。
 気になるよね、やっぱ。


「おほん……。実はだな、改めてお前たちのことを良く知ろうと思ったのだ。得意とすることや、性格・嗜好、それと与えた使命と任務の達成状況みたいなことだな。……迷惑だったか?」
「迷惑な訳ないじゃないッスかー!」


 へらり、と軽薄すぎる態度で、ぺしぺし、と抜丸さんに平手で背中を叩かれ、両手で支えていた珈琲が危うく零れかかる。チャラい。あるじに対してフランクすぎやしないだろうか。


「オイラは見たまんまの忍者ッス。隠密行動や潜入が得意っすね。根っから控え目なもんで」


 どこがですか。


「その気になれば、分子レベルまで存在を希薄にできるんッスよ。よほど厳重な配備でもされない限り、誰にも気づかれることなんて絶対にないッス。ただねえ……あれやると次の日は疲れて寝こんじゃうんで、滅多にやらないんスよ」
「そ、そうだったな、うむ」


 おお、凄い。
 でも代償は大きいなあ。


「組織の中での立ち位置はムードメーカーッスかねー。ま、自分で言うことじゃないッスね。でも、誰とでも仲良くしてもらってますッス! ……アイツ以外は」


 それはあたしでもピンときた。


「……タウロか」
「それでもね、オイラの方はそんなに嫌いって訳じゃないんスよ、マジで。ひねくれモンなんッス、素直じゃねえんですよ。ホント、アイツには困ってて――」
「悪い奴ではないぞ。それは私が良く知っている」


 あの時、真野麻央という見ず知らずの少女を、間一髪のところで救ってくれたのは確かにタウロだ。だからあたしは、心からそう言えた。


「オイラだってそうですよ。分かってるんス」


 そううなずいた抜丸さんは少し寂しそうに笑ってみせた。


「オイラとは歳も近いし、弟みたいに思ってるッスけど……なかなかうまくいかないッスね」
「焦る必要なぞない。いつかはタウロも心を開いてくれるはずだ。そう信じようではないか」
「ッスね」


 嬉しそうに、ぐびり、と珈琲を口にして続ける。


「任務は順調ッス。あの官房長官の件、見てくれました? やってやったッスよ、ズバッと」


 うひいっ!
 ブッソーすぎる!

 胸を張り自慢げな様子の抜丸さんに、どきどきする胸を押さえ、恐る恐る聞いてみる。


「け、怪我人はいなかった、と聞いたのだが……」
「……? もちろんッスよ?」


 抜丸さんは不思議そうに首を傾げた。


「アーク・ダイオーン様の教えは絶対ッスから。誰も傷つけたことなんてないッスよ! オイラの必殺の暗殺術で、ズバッと引っくくってやりましたッス!」


 二回も『殺』って出てきたけど。
 抜丸さん自身が怪我もさせてないって言ってるんだし、気にしない気にしない……。

 って、気になるでしょうがっ!


「ぐるぐる巻きの簀巻すまきにしてやってから、奴のしでかした不正について問い詰めたら……いやあ、もう喋るのなんの。こうやって面当てをつけて、それらしく目を細めて睨みつけると、大抵の奴はびびっちまうらしーんス。ほら、どッスか?」


 確かに、血も涙もない非情な暗殺者にしかみえない。
 中身、コレだけどね。


「金はやるから命だけは!とか言われたんで、貰うモンは貰って、証拠の品を机の上にずらりと並べてから警察に通報してやったッス。約束どおり命だけは助けてやったッスから、これ、ノーカンッスよね?」
「あ、あははは……。う、うむ。お前は正しい」


 ある意味、一番ひどい気もするけど。

 だが、自業自得だよね。
 正義を名乗り、不正を働いていた官房長官の方がよほどひどい大悪党なんだもん。


「その調子で精進しろ。お前には期待しているぞ」
「御意ッス!」


 あたしは必死で苦笑を噛み殺しながら、超軽くて超チャラい抜丸さんの部屋を後にしたのだった。
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