ＪＣでもできる！はじめての悪の首領

第十話 深夜の冒険

「う、うわ……！　な、何、これ……っ！」


　電源ボタンも何もなかったＶＲゴーグルの起動方法は、そのものずばり『かぶるだけ』だったらしい。瞬く間に視界が薄ぼんやりとした緑色の光で染め上げられ、肉眼で見ていたのとほぼ同じ映像が再現されていく。視界上部の左右と、同じく下部の左右の隅に、何やら英語のメッセージやら数字やらパラメーターやらが表示されているのだけれど、基本的には元のままのあたしの部屋の光景が広がっていた。





　そこで、あたし思った訳。
　で？　って。





　薄闇の中でも手に取るように周りが見えるようになったのは便利だけれど、結局のところはそれだけだったからだ。このＶＲゴーグルの正面は硬いプラスチックで覆われていたから、今見えている映像は電子的な技術とやらで再現された仮想の物なんだろうけど、やっぱり、それで？　っていう気持ちが強かった。


「銀じい、夜は目が効かないって言ってたけど……これだけ？」


　うーん。懐中電灯があればいいのでは？

　そこまで重くはないけれど少し頭がふらつくし、何より目も耳もすっぽり覆われてしまって邪魔だし暑っ苦しい。周りの音を拾っているらしいスピーカーからは、しん、としたままの部屋の音しかしなかった。


「ま、いっか」


　起きてしまったついでなので、そのまま家の中をうろついてみることにする。いつもの我が家なのに、ちょっとした探検気分なのが何とも不思議だ。





　部屋を出て、階段を降りる。
　そのまま仏壇のある居間まで行ってみた。





「な、何か、普通なら目に見えないモノとか視えたり……する？」


　仏壇には、ずいぶん前に亡くなったおばあちゃんの黒檀の位牌と、銀じいの白木の仮位牌が二つ仲良く並んでいた。四十九日になると、銀じいのもおばあちゃんのと同じ本位牌にするらしい。銀じいの幽霊が視えたのなら、それはそれで嬉しいかなとかフキンシンなことを思ったりしたけれど、このＶＲゴーグルにはそんな気の利いた機能なんてものはないらしい。ちょっとがっかり。





　……ん？

　しかし、はじめて視界の中に変化が起きていることに気づいた。





「何だろう、この矢印って？」


　よりにもよって、おばあちゃんの位牌の頭上に、ぴこんぴこん、と何度も飛び跳ねるように小さくて可愛らしい薄緑色の矢印が表示されていることに気づいてしまったのだ。


「知ってるってば……おばあちゃんのでしょ？」


　口ではそう言いながらも、自然とあたしの手はおばあちゃんの位牌に向かって伸びていく。すると、あたしの手が一定距離まで近づいたのを察知したのか、下向きの矢印が消え、今度は手前に向かって山なりに伸びる矢印が何度も点滅して現れた。


「え？　え？　……引け、ってこと？」


　慌てて手を引っ込めると、ぴこぴこ矢印は下向きに戻ってしまった。



　伸ばす。
　ぐいん。

　引っ込める。
　ぴこんぴこん。



　さすがに気がとがめて部屋の中をぐるりと一周眺めてみたが、他に変化している場所はどこにもない。
　はあ、と溜息をつくあたし。


「やります……やりますよ……もう……」



　伸ばす。
　ぐいん。

　えい。
　かきんっ！



　根元の方で固定されているのか、おばあちゃんの位牌は、ぱたり、と完全には倒れなかった。まるでレバーか何かかのように一定の角度まで斜めに傾いたところで止まると、どこかで何かのスイッチが入ったような音が静まり返った部屋中に響き渡った。



　うごごごごご！



「う――うわうわうわうわっ！」


　いきなり目の前の仏壇の木戸がひとりでに閉じたかと思ったら、突如軽い地響きとともにずりずりと奥の方へ動き始める。そうして人一人が入れるくらいまですっかり引っ込んでしまうと、今度はゆっくりと時計回りに回転し始めた。あたしはそのなんとも不可思議な光景をあんぐりと口を開けたまま見つめていた。



　ご――。
　ようやく動きが止まった。



　ぴこんぴこん。



「またあんたなのね……」


　まだドキドキが止まらないあたしの気持ちをよそに再び出現した薄緑色の矢印は、こともあろうにその人一人分しかないスペースに立て、と言っているらしい。さっきのよりも大きな矢印だったので、とっさにそう直感したのだ。


「って言われてもさあ……」


　普段なら、絶対にやらなかっただろう。

　でも、このＶＲゴーグルは銀じいがくれた大事な宝物だ。
　だったら――。



　ぴこんぴこん。



「うっさい、今やるってば！　せかさないでよ！」


　恐る恐る床を、ちょん、とつま先でつついてみると、ぽわん、と波紋のような輝きが広がる。これも仮想世界ならではの演出なのかもしれない。ふう、と一つ息をついてから、すっぽりとその中に立ってみた。すると、みるみる四方に薄ぼんやりした緑の光の壁が立ち昇って、あっという間に箱のようにあたしの身体を囲ってしまった。そっと触れてみると冷たい『生の感触』が伝わってくる。材質はガラスか何かなのかもしれない。

　こんなに狭くて窮屈だってのに、不思議と閉じ込められてしまったという恐怖はなかった。むしろこれから何が起こるんだろう、という期待で胸がいっぱいだった。


「さ。次はどうすればいいの？　教えて」


　あたしの声にも隠し切れない期待感がにじんでしまっていた。それを察したように、目の前の空間に上下一組の矢印とデジタルの数字らしきものが浮かび上がった。上向きの矢印の方はグレー。押せないってことなんだろう。なので下向きの矢印に手を伸ばしつつ、何となく読み返してみた数字は、





　――99。





「……え？」


　ぽちり。


「えええええ！」


　押しちゃったじゃん！


「ええええええええええええええええええええ！」


　哀れあたしの最期の悲鳴は、デジタル数字のカウントダウンとともに仲良く地中深くへと消え去っていったのでした……。