被告人「勇者A」~勇者の証を得るためダンジョンに籠っていたら争いが終わってました~

虚仮橋陣屋(こけばしじんや)

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第六十三話 予期せぬ裏切り

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「う――」


 爆発したかのような激しい閃光を直視してしまい、俺の目は焼かれ、熱を帯びていた。苦痛にうめきながら貼りつくまぶたを懸命にこじ開けるも、まともに物が見えていない。ただ白い。


「く……そ……っ。エリナ!? 無事か!?」


 直前までエリナが立っていた方向へ駆け出そうとしたが、向こうずねを嫌と言うほどぶつけてしびれるような苦痛にうずくま――ろうとして、今度は堅い柵に鼻っ柱をぶつけてしまった。


「痛てて……《咎人とがびとの座》に閉じ込められてるってこと忘れてた……。大丈夫か、エリナ!?」
「だ、大丈夫! けど、目が見えなくって……どこなの? !?」
「こ――ここにいるって、大丈夫だ。でも、俺も目が見えなくてさ」


 ずいぶん慌てた声音だが、エリナは無事のようだ。俺はエリナを安心させようと落ち着いた声でこたえた。しかし内心は、エリナが思わず口にした俺の名前のせいでどきどきしていた。

 と、かすかな衣擦れの音が届き、俺は何度もまばたきを繰り返しながら問いかける。


「お、おい! フリムル!? 一体どうなった! マルレーネは!?」
「……きゅう」
「……ふぐぅ」


 生きてはいるらしい。

 でも、どちらも今ので魔力を使い果たしたようだった。寝言のようなうわごとのような、言葉ともつかない呻きのような返事しか戻ってこない。状況がさっぱり見えず不安になって叫ぶ。


「誰か!? まともに見えてるヤツはいないのか!? 《七魔王》!!」
「――く」
「おい! 返事をしてくれ!」
「――くくくくくっ! はーっはぁー!」
「っ!?」


 その声。
 その笑い。

 まだ聞き慣れない、馴染みのないものだったが、それでも俺は言い当てることができた。


「お前は……《憤怒の魔王》、ン・ズ・ヘルグっ!」
「……さあ? どうだかなぁ……くくく……っ!!」


 あざ笑う声は俺の言葉を否定することなく、むしろ今の状況を楽しんでいるかのように答えをはぐらかした。そして、なにかを掴み上げるような音とともに、甲高い悲鳴が聴こえた。


「んにゃっ!?」



 まさか――!?



 咄嗟とっさに俺の身体は動いたが、やはり《咎人の座》の強固な柵に嫌と言うほど拒絶されてしまった。膝頭ひざがしらの鈍い痛みに呻き顔をしかめながら、わめき散らすことしかできない自分が情けない。


「ぐっ――くそっ!! お、おい! そいつらに手を出すな!!」
「二匹もいるんだ、片方減っても問題ねえだろ? こんな面白ぇモンを放っとけるかって!」
「はぁーにゃーせぇー!」
「はっはー! 暴れんじゃねえって。間違って握りつぶしちまったら、つまらねえだろーが」

 せめて目さえ見えれば――!

 そんな泣き言は、所詮自己肯定のための下らない幻想だ。見えたところで、被告人として柵と魔法結界の中に閉じ込められてしまっている俺にはなにひとつできない。

 なにひとつ――!





 その時だった。





「エイ・アスマ殿、今、お助けいたしますぞ!」
「え――!? その声は!!」
「翼生えし靴もて、く速く疾風のごとあま駆ける神よ! の者を解き放て――《破鎖ディミティス》!」


 直後、ガラスが割れるような金属音がアリーナに響き渡って、今まですがりついていた《咎人の座》の木柵が消え失せ――うおっ!?――俺は危うくバランスを崩しかけた。

 が。


「させないぞ、ン・ズ・ヘルグ!!」


 倒れかかった姿勢を瞬発力に変換し、俺は一気に前へと、ヤツの声がした方へと駆け出していた。さっき聴こえたあの声は――間違いない、俺のフルネームを知っている人間なんて、あの人しかいないじゃないか。元・王国魔導士長、ベリストン。さすが、その名は伊達じゃない。


「な――っ!?」
「そこかっ!!」


 まだ視力の回復状況は半分にも満たない。うすぼんやりとした大きな影がたじろいだのをわずかな手掛かりにして、俺はその腰あたりめがけて体当たりを仕掛けた――ガツン!


「糞ったれの人間風情が! 俺様の邪魔をするんじゃねえ! 放せ!」
「そうはいくか! その、フリムルだかマルレーネだか分からないけど、今すぐ解放しろよ!」
「はッ! 嫌・だ・ね!」


 まるでロデオマシーンにしがみついている気分だ――乗ったことなんてないけど。

 それでもただ身をよじらせるだけなところを見ると、両手が塞がっていて俺を引っぺがす余力はないらしい。それにしても酷い体臭だ。田舎のじいちゃんちの、隣の家で飼っていた豚を思い出す。


「こいつさえっ――手に入りゃあ! なんでもっ――やり放題、盗み放題っ――だからな!!」
「んなことさせてたまるか! お前だって《七魔王》の端くれだろ!?」
「さっきも言ったぜ? あんな仲良しごっこはもうたくさんさ! こっちから願い下げだ!!」
「お前にはプライドってモンがないのかよ! このクズ野郎!」


 さっきより激しく暴れて抵抗するン・ズ・ヘルグのまばらに生えた体毛が、ぶちぶちっ! と手の中で千切れる音がして、俺は死に物狂いでもう一度がっちりと掴み直した。

 逃がすか!


「クズで結構だぜ、糞人間! どうしても放せねえってんなら……良いことを思いついたぞ!」
「!?」


 次の瞬間、ン・ズ・ヘルグの抵抗が消え失せ、逆に俺の身体を押そうとしはじめる。なんだ? 一体、何を――? 慌てて押し返そうとたたらを踏みながら、なんとか体勢を立て直す。


「はっはー! もう後がないぜ、糞勇者! あとちょいと押し込めば――!」
「お、おい! まさか……!?」


 反射的に首をめぐらせ後ろを見る。
 そこには――。


「う――うぉおおおおおっ!」


 そこにあったのは、不気味に揺らめく光の壁のようなモノ。
 たしかに俺には見覚えがあった。ありすぎた。


 こいつは――《異界渡り》の入口か!!

「ぐうっ!! くっ……そぉ……!!」


 徐々に明瞭になった視界に映ったそれは、嫌でも俺の記憶を呼び起こした。いや――あの時はたしか、虹色の輝きを放っていたはずだ。だが、背後にそびえ立つ禍々まがまがしくうごめく光の壁は、あまりに不気味であやしげな色をたたえていた。こんな中に放り込まれたらただでは済みそうにない。


「はっはー! どこから来たのか知らねえが、元いた世界へ帰るがいいさ、糞勇者!」
「いやいやいや! これ、絶対ヤバいヤツだろ!? 見て分からないのかよ!?」
「けっ! どっちだって構わねえさ! 邪魔者はとっとと消えるんだな!――ほらよっ!!」
「うおっ――!? や……め……ろ……っ!!」


 自慢じゃないが、相撲は弱い。というか、スポーツで誰かに勝った記憶なんてほぼゼロだ。しかも、ン・ズ・ヘルグの巨体は、俺より頭ふたつ分は優に大きい。砂地の足元がずるずると滑っていく。あせる俺の額に汗がふつふつと湧き出る。

 その時だ。


「ネェロ! お願い!」
「……せいぜいうまく避けろよ、勇者」



 ――ひゅばっ!!



 咄嗟に身を屈めたのが正解だったようだ。まるでスローモーションの映像を見ているかのように、俺の頭の上、すれすれを駆け抜けた鈍く輝く大剣が、遅れて揺れる髪の毛を数本、ふっつり、と両断していく。その先にあったのは、驚愕と恐怖の入り混じったン・ズ・ヘルグの顔。


「てめえ……とち狂ったか!?」
「それはこちらのセリフだ、悪臭放つ薄汚い裏切りの豚め」


《天空の魔王》代行者、ネェロ・ドラゴニスは唾を吐くように言い捨て、斬り損ねた《憤怒の魔王》――いや、元《魔王》たるン・ズ・ヘルグを斜めに構えた大剣ごしに睨みつけた。


「――やはりお前は《魔王》の器ではなかった。所詮はオーク、正しき心を期待する方が愚かだったということだな……」


 だが、ネェロの様子がおかしい。ときおり憎き裏切り者から顔を背け、あらぬ方向で首を傾げるようなそぶりをしている。



 ――視えていないのだ。



「へへへ……てめえ、手元がおぼつかねえようだな?」


 ン・ズ・ヘルグはそれを敏感に察知したように、にやり、と口元を歪めて吐き捨てた。


「はっはー! そうと分かれば、今のうちに退散させてもらうとするぜ。こいつを土産にな!」
「やめろぉおおおおお!」



 次の瞬間――。
 ン・ズ・ヘルグの姿は、禍々しく蠢く壁の中へと消えていった。


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