被告人「勇者A」~勇者の証を得るためダンジョンに籠っていたら争いが終わってました~

虚仮橋陣屋(こけばしじんや)

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第五十五話 妖精大戦争

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「で――じゃな?」

 この場にいる誰も予想しえなかった、突発的で、無軌道すぎるふたりの妖精による争いがすっかり収まり、当の妖精ふたりも見事刑務官たちの手によってふんじばられたつかの平穏の後。

 ぐびり、と手元に置いてあったぐい呑みのような器をあおり、喉をしっかり潤したグズウィン議長は、目の前の二名を交互に見ながら、こう尋ねた。

「つまり――ええとじゃ。お前さんたち、ふたりの妖精――いやいや、証人が、『どちらが正真正銘のホンモノ』であるかを証明するために、この場で決着を付ける、そういうことかね?」
「はぁーい!」
「ですーっ!」

 ……お前ら、鮭子と鱈子か気が合いそうだな。
 なんとなく、日曜の夕方を思い出させる元気はつらつな返事をしたのは。

「うひひひひひー! ほえづらかけー! このデタラメ羽虫ー!」

 糾弾人側の証人、ウンディーネのマルレーネ・フォレレと。

「むきー! お前こそーぎったんばっこんにしてやるですーっ!」

 弁護人側の証人、花の妖精であるフリムル・ファムだった。シーソーかよ。

(お、おい――!)

 俺は急いで、半分魂の抜けかかったような顔つきで呆けているエリナを呼びつけた。

(どうすんだよ、エリナ! これ、マズいことにならないか?)
(な――っ!? なるかも……だけど! しっ、しようがないじゃない!!)
(大体、どういう感じで今日やるかとかさ? 俺、聞いてないんだけど!?)
(な、なによっ!? あたしだって忙しかったんだから! こっちのせいにしないでよ!)
(せいって……いやいやいや! そういうつもりじゃないけどさ……実際の話だな――?)
(あ・の・ね・!・?)
(聞・け・よ・っ・!)

 と、すっかり話に夢中で油断していたその時、

「んぎゃっ!?」
「ぐほぉっ!?」

 俺とエリナは、ほぼ同時に頭部に強い衝撃を受け、軽い脳震盪を起こしてしまったようで、よろめき抱き合うように互いを支え合った。照れとか恥ずかしいとか、そんな余裕はなかった。

「な……なんだ、今の……!? もしかして狙撃……って、あ」
「……なに、これ? ………………っ!?!?」

 これまたほぼ同時に、俺たちは俺たちの間にちょうど挟まるように落ちていた丸められた紙屑を見つけた。エリナがそれを苦心して読めるよう開き、息を呑んだ時に俺にも文字が読めた。


『イチャイチャしてないでなんとかしなさいよ! このバカップル! ラブリーな所長より♡』


「まさか……これなのか? さっき喰らった一撃は??」
「まさかとは思うけど、たぶんそう。もう一枚あるもの」

 そっちには、


『この機会を逃すんじゃないわよ! こうなったら戦って勝つのよ! セクシーな所長より♡』


「……ただの紙を丸めた奴なんだけど? これ、マジ!?」
「信じたくないけど……ううん、合図してる。ほら、後ろ」

 恐る恐る振り返ると、弁護人席でふんぞり返っている――失礼――覚悟を決めた悲痛な表情をしている所長がしきりに、やれ! やれ! とハンドサインを出していた。もう、隠そうとする努力すらしていない。その理由は恐らく、俺たち以上にショックを受けているらしい糾弾人、エルヴァールの実に間の抜けた呆け顔のせいだろう。

「――っ!?」

 無理もない。

 エリナの発した告発と剣呑極まりない警告――いずれかの証人である妖精が偽者である、という告発だけならまだしも、妖精の飲酒行為が生命をも脅かす可能性があるという警告のダブルパンチで。すでにエルヴァールの許容力を超えていたはずだ。ただの警告ではない。そのような危険な行為を? という追及が必ず行われるはずだからだ。

 なのに。

 できればこの場に現れて欲しくないであろう当の証人妖精の一匹――いや、ひとりであるウンディーネのマルレーネ・フォレレが手の付けられないほどの酩酊めいてい状態で登場し、さらにはマルレーネを「偽者」呼ばわるする証人妖精、フリムル・ファムまで現れてしまったのだ。

 なんとかこの場を切り抜けたい、とは思うだろうが、すぐにも打つ手がないことが分かる。

「マズい……マズいマズいマズい……!」


 もしもマルレーネ・フォレレさえ現われなければ、最悪の手だが究極の最終手段でもある、糾弾内容の取り消し、戦略的撤退は可能だったのかもしれない。

 だが、この状況となった今、もはや残された道、進むべくして進む道はただひとつ、証人妖精同士の全面戦争、そしてその後の全面決着しかなくなってしまったからであった。


「や、やめろ……やめてくれ……くそっ!」

 エルヴァールはぶつぶつつぶきながら、キレイに研がれ整えられた爪を恥も外聞もなくがじがじとかじっていたが、その目の前ではすでにふたりの妖精による対決のゴングが鳴らされていた。

「ではでは! なにからはじめますかねー?」
「お? 決闘開始ってことか、羽虫ちゃん?」
「きーっ! その減らず口、二度ときけないようにしてやるですー!」
「にはははー! やれるモンらやってみよー! うりゃーっ!!」

 口喧嘩の内容ですらすでに物騒だが、そのふたりがそれぞれ身体の正面で構えをとると、たちまち突き出されたその両手のひらの中に、ゆるゆると煙のような、それでいて透明で透き通った小さな渦のようなものがみるみる湧き上がってきた。

 おいおいおい!
 まさか……魔法を使うつもりなのか!?

 が、どうも勝手が違うようで、どちらの妖精も額に浮かぶ汗の粒が増えるだけで、それ以上なにも起こらない。どころか、やがてその小さな渦は、目を凝らさないと見つけられないくらいに小さくなっていってしまった。


 ――ごん!

「こ、こらこら!」


 そこでようやく異常事態を察知したグズウィン議長がハンマーを叩き、ふたりを問いただした。

「待て待て待て! お前さんたち、なにをしようとしたのじゃ!?」
「んーと」
「なにって、アレよ」
「審問会の場では、魔法を使うことはできんぞ! 我ら《七魔王》が封じておるのだからな!」
「えー」
「けちー」
「けちもなにもないわ! もしも魔法が使えてしまえば、審問会が大惨事になるじゃろうが!」
「お言葉ですが議長――?」

 しかし、ここで止めさせるワケにはいかない、とエリナはすかさず横槍を入れる。

「相手を傷つけるような魔法はともかく、どちらも《異界渡り》の秘儀を使って勇者をこの地に招き入れた、と主張しております。であれば、それが真かどうか証明する必要があるかと」
「しかしじゃな、エリナ弁護人――?」


 その刹那だった。


よ、しばし待て――」
「……なんじゃね、《天空の魔王》?」

 グズウィン議長は制止する声に反応して動きを止めると、《七魔王》の中央に座るエルフの首長、《森羅の魔王》であるフローラ=リリーブルーム越しに視線を投げた。だが、不思議とその視線からは暖かみを感じない。むしろ侮蔑の色さえ透けて見えるようだった。

 しかし、それを一身に受けようとも、《天空の魔王》にたじろぐ様子はなかった。恐らくあの時、俺たちを、抗議デモを装った暴漢から救い出した時と同じ、鱗のようなぬめりとした光沢を放つ黒虹色の鎧装束を覆い隠す黒のトーガをひらめかせて立ち上がると、こう告げた。

「我が主の意思を受け、《天空の魔王》がここに命ずる。《七魔王》よ、結界を解き放ち、その者たちに《異界渡り》の秘儀をここで示させよ、と」


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