被告人「勇者A」~勇者の証を得るためダンジョンに籠っていたら争いが終わってました~

虚仮橋陣屋(こけばしじんや)

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第五十四話 水蝶相搏(あいう)つ

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「さて――」

 ただひとり、エリナだけはその静けさに呑まれることなく、淡々と審問会を進行していく。

「彼女――証人・フリムル・ファムによって、我々は恐るべき真実と、新たな疑問を得ました」

 その蒼い海を湛えた瞳が、きりり、と糾弾人席に向けられた。

「ひとつは、妖精にとって『酒』がどのような効果をもたらし、それと同時に、どれほど怖ろしい『毒』となりうるか、ということです。そして肝心なのは、証人・フリムル・ファムは、自ら望んで『酒』のとりこ――いいえ、『酒』の下僕げぼくと成り下がったワケではない、という点です」

 エリナは糾弾人席に陣取る、エルヴァール=グッドフェローを視界に収めたまま、ゆっくりと近づいていく。エルヴァールは、ぎくり、と表情を強張こわばらせ、それをただ見つめていた。

「さらにもうひとつ。この審問会において生まれた新たな疑問は、なぜ勇者Aを召喚したと称する妖精が『ふたりも存在しているのか』、というものであります。……ですよね、糾弾人?」
「……っ!?」
「つまり、いずれかが本物であり、いずれかが偽者だということになります」

 はじめてみるエリナの表情だ。そこには明確な怒りの感情が沸々と煮えたぎるように渦巻いていた。その激しい感情の奔流は、彼女の半分がドラゴンであることの証であるように思えた。

 その鬼気迫る表情にエルヴァールが怯み、目を伏せたのを合図に、エリナは元の場所へと歩み去っていく。そうしながらも、エリナは言葉をさらに重ねていった。

「我々弁護人は、その真偽を明らかにしなければなりません。……そして、それと同時に、『悪魔の呪い』であり『毒』でもある『酒』から、いずれの証人をも救い出さなければならない、ということであります。先程のフリムル・ファムによる証言――いいえ、告白をお聞きになられた皆様がたならばこそ、その理由を今ここで、敢えて繰り返す必要はない、と存じます」

 エリナに賛同した傍聴席の人々の厳しい目が一斉に糾弾人席に向けられると、エルヴァールはたちまち落ち着きを失って硬直し、前を向いたまま目だけ動かしあたりの様子をうかがっている。

 やはりだ。

 やはり、当のエルヴァール自身も、この審問会の証人として連れてきた水の妖精・ウンディーネ、マルレーネ・フォレレの証言が正しいかどうか、確証が持てなくなってしまったのだ。

「――っ」

 というより、そもそもエルヴァールも騙された被害者で、一杯喰わされた口なのか。

 だがそれは、どちらであろうと関係のない話だ。いくら『勇者裁判』において、糾弾する側が圧倒的に有利で、常にイージーゲームだったのだとしても、この世に絶対なんてものは何ひとつない。誰の差し金か知ったことじゃないが、鵜呑みにして調べもしなかった奴が悪いのだ。

「あ、あの――議長、少し……よろしいですか?」
「どうしたね、糾弾人、エルヴァール=グッドフェロー?」
「……恐れながら、議長。今日のこの『ルゥナの日』は、弁護人の日であるはずですが?」
「もちろんじゃとも! 弁護人、エリナ・マギア! しかしじゃな――?」

 迷うことなくそうこたえながらも、ドワーフの長、グズウィン議長は困ったように眉を寄せてあごをしゃくってみせた。その先には、見る間に真っ青な顔色になったエルヴァールがいる。

「ほれ。どうにも具合が悪そうに見えるのはわしだけじゃあるまい? どうだね?」
「……自業自得かと」
「なにか言ったかね?」
「いいえ、議長陛下。なにも」

 溜息のごとく短く吐き捨てたエリナのセリフは、壇上の傍聴席までは届かなかったようだ。知らんぷりで首を振るエリナをいぶかしそうに見つめてから、グズウィン議長は再び問いかけた。

「どうしたね、糾弾人? なにか問題でもあるのかね?」
「そ、その――問題と言いますかなんと言いますか……」

 もにょもにょと実に歯切れが悪い。さすがの《黄金色の裁き》魔法律事務所を背負って立つ『若きエース』といえど、どう言いつくろえばこの場をやり過ごせるのか思い浮かばないらしい。

「あの……じ、実は、ですね………………うひいっ!?」

 と、突然エルヴァールが奇妙な悲鳴を上げて飛び上がった。
 その視線の先には――。


「――おいよぅ。ひっく!」


 がたん――ばたん!


「なん、お前は……うぷ……あしがに召喚した勇者っれ言っはずろー?」
「な……っ!?」

 その問題の証人――ウンディーネのマルレーネ・フォレレその人が、あちらへこちらへとよろけぶつかりながら、アリーナに颯爽(?)と姿を現わしたではないか。もちろん、オークの刑務官たちも職務を放棄していたワケではない。なんとか引き留め、押さえ込もうと奮闘していたのだが、その力自慢ふたりを引きずるようにしてなおも進む。オークがまるで赤子扱いだ。

 ついでに言えば、しれっと順番がふたつもズレてるんですがそれは。


 が、次の瞬間、


「お前ですかー! 嘘つきのウンディーネって奴はー!」


 さらに状況を混沌化させようという使命でも与えられたのか、その背後からフリムルまで現れたではないか。これには今まで冷静さを失わなかったエリナまで驚き、大慌てしていた。

「ち――ちょっとちょっと! あなたは出てこない約束で――!」
「なんー? おめーだれー?」

 そして、ついにふたりの妖精がお互いを認識した、らしい。
 フリムルは、ふん、と鼻息荒く胸を張り、高らかに名乗りを上げた。

「あーしは! この『ゆーしゃ』をこの世界に連れてきた妖精、フリムルですーっ!」
「はえー! んー? どっかで聞いたハナシな……?」

 フリムルの名乗りを耳にして、マルレーネはゆらゆらと前後に揺れを繰り返しながら、むむ、と顔を顰めて考えた――が、前回以上に酔っぱらっているようで、じき忘れてしまったらしい。

「あしはなー? この勇者クンを連れてきたマルレーネ・フォレレー! よろしくー!」
「このーっ! よろしくらー、じゃないですー! お前の言ってることはデタラメですーっ!」
「デタラメ……? はえ……?」

 再びシンキング・タイム突入。
 しかし、やはり長くは続かなかった。

 やがて、ぷっ、と噴き出したかと思うと、そのまま腹を抱え、その場で転げ回り笑い出した。

「あー! デタラメなー、その顔ーっ! 目が鼻の下の、その上に付いてるんないかー!」
「つっ、付いてませんよー! もー! そっちこそー、どこに目ぇーつけてるんですかーっ!」


 ――ごん、ごん。

「あー……静粛に」


 呆れ顔のグズウィン議長がハンマーを振り下ろす。
 だが、止まらない。

「あひゃひゃひゃ! デタラメな顔したちょうちょみたいなちょうちょがしゃべってるー!」
「きー! あーしはちょうちょじゃありませんよー! このっ、のんだくれの野郎!」
「あぁん!? 水溜まりとはなん水溜まりとはー! あしが水溜まりならお前は蠅ー!」
「ちょうちょならまだしもハエだなんて、むきー! お前っ、どっちがホンモノか勝負だー!」


 ――ごいん! ごいん!

 ――ごいん! ごいん!

「あー! 静粛に! 静粛にっ!! 刑務官! ただちに両名とも取り押さえるのじゃ!!」


 あまりに不毛すぎる争いについにキレてしまったグズウィン議長が、叩き割らんばかりにハンマーを乱れ打ちし、すべての刑務官をこのアリーナへと残らず招集し終えたところで、ようやくこのあきれた大騒ぎは収まったのである。いやはや。


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