被告人「勇者A」~勇者の証を得るためダンジョンに籠っていたら争いが終わってました~

虚仮橋陣屋(こけばしじんや)

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第五十三話 約束が……違う!

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「これが、勇者Aがこの世界に来た経緯けいいということです」

 エリナは傍聴席に向けてそう告げると、振り返る。


 ただし、《咎人とがびとの座》に、ではない。
 別の方角に向けてだ。


「では次に、ただ今勇者Aの口から語られたことの真偽を明らかにしましょう。証人をここへ」


 次の瞬間――。

「え……嘘だろ!?」


 刑務官に導かれた証人の姿が見えてきた途端、俺は思わず大声を上げてしまった。反対に、糾弾人席にいるエルヴァール=グッドフェローは状況が分からず、少し、ぽかん、としている。


 なぜなら。
 それは。


「……」

 傍聴人席がざわめきはじめた。それは、誰の姿も見えなかったからに違いない。それほど現れた『証人』は小さく、ちっぽけな存在だったからだ。オークの刑務官と比べると余計際立つ。

「……っ」

 くし削られ、愛らしくツインテールに束ねられた輝きを帯びたわら色の髪。膝丈の鮮やかな赤いワンピースが、『花の妖精』の名にふさわしく良く似合っていた。それだけに、その幼さの残る顔を曇らせている、彼女が今感じているであろう恐怖と緊張が、痛いほど伝わってくる。


 ――ごん、ごん。


「あー。そこの――ご婦人は一体何者なのか、我々にも説明して欲しいのじゃが? 弁護人?」

 彼女がアリーナのほぼ中央まで辿り着いたタイミングで、ドワーフの議長、グズヴィン・ニオブはエリナに向けてこう命じた。あの、エルヴァールでさえ興味津々のご様子だ。

「彼女は、花の妖精、勇者Aをこの世界へと導いた、フリムル・ファムです――そうですね?」
「ちょ――!?」
「はい。そうです」

 慌てて止めようとした俺だったが、他ならぬフリムルが向けてきた視線にひるみ言葉が出ない。

「あたしが、勇者Aを……この世界へと連れてきました」

 それは――並々ならぬ決意の現れ。

(お前……っ! ここで証言しちまったら、お前は……!!)

 俺はすぐさま思考をフル回転させる。なんとかフリムルを、この審問会とは一切関係のない、無実無縁の存在であることが証明できれば――だが、それは無駄な努力だと分かっていた。もう二手も三手も遅かったからだ。


 ざわ――!?


「……今一度伺いたい。花の妖精、フリムル・ファムよ」

 フリムルの放ったひと言は、傍聴席に、《七魔王》に衝撃を与えた。グズウィン議長は問う。

「そなたが《咎人》、勇者Aをこの地にいざなった妖精である、と。そう申したように聴こえたが、相違ないかね? 念のために言うておくが、それを認めるということはすなわち――」

 最後まで言い終える必要はなかった。こくり、とうなずく。

「はい――あたしは自分の罪を認めます」
「お、おい! やめろ、フリムル! お前は関係ないだろ!?」
「関係ならありますよー、お前様」
「どうしてだよ!? なんで――!?」

 わななく口が言葉を失ったその瞬間フリムルは、まるで花が開くようにふわりと笑った。

「お前様がカワイソーだからです。それに……お前様が大好きだから、ですよ」
「フリ……ムル……!」
「おそーれながら、ぎちょー」

 もしかすると、さっきまでのセリフは、事前にエリナと示し合わせて考えておいたセリフだったのかもしれない。あのフリムルの口から飛び出したにしては、あまりに流暢で整いすぎていた。しかし、深々と頭を下げ、おずおずと切り出した今の言葉は紛れもなく彼女の心からの言葉だった。

「あーしは、人間族の王、ユスス・タロッティアごせーとゆー奴と契約を交わし、今まで何人もの『ゆーしゃ』をこの世界へと連れてきました。それは事実ですしーホントのことです」


 ざわざわ……。


「……それは、事実なのかね?」
「今言ったとーりですよー。ホントのホントーです」
「なぜ、でしょうか?」

 傍聴席最前列の《七魔王》たちが潜めた声で言葉を交わす中、いち早くエリナが尋ねる。

「先程たしか、『契約』と仰いましたよね、フリムル・ファム?」
「はいー。言いましたよー」

 そこでフリムルは自らの行いを悔いるように自嘲気味の笑みを浮かべてみせた。

「『悪魔の水』、酒をもらうためですー」
「『悪魔の水』?」

 そのキーワードにエリナが反応する。

「それはどういう意味ですか? もう少しくわしく教えて下さいませんか?」
「妖精にとってー、酒というものは、文字どおり『悪魔の呪い』のようなものだからですよー」

 一瞬、フリムルと目が合ったような気がする。
 気のせいだろうか。

 フリムルは、えーとえーと、とつぶやきながら、次に喋る言葉を探しつつ再び口を開いた。

「あのですねー。あーしたち妖精はー、酒を飲むと、ニンゲンや他の魔族いじょーに酔っぱらっちまうんですよー。魔力が強くなってー、なんでもできそーな気がしてくるんですよー」
「それは、実際に『魔力が増す』ということですか?」
「ですねー」

 そうなのか。
 俺ははじめて知ることばかりで、フリムルの語る話に夢中になっていた。

「気のせーじゃないですよー。もし酒がなかったらー、あーしは何十人も『ゆーしゃ』をこの世界へ連れてくることなんてーできなかったのでー。《異界渡り》はー、魔力が強くってーいーっぱい持ってないとーできませんのでー。お酒さまさまーですねー。あはははー」
「それは便利ですね」

 エリナも、にこり、と笑って応じる。

「しかし、貴女は先程『悪魔の呪い』だと仰ったはずですが?」
「いーましたよー。ホントの話なのでー」
「……教えてくれませんか?」

 フリムルはその問いに頷き、ゆっくりと語りはじめる。

「最初はですねー、ちょっとの量で良かったんですー。ほんのちょーっともらえれば、とたんにしゃーわせーな気分になれてー、すっごいチカラがどんどん溢れてくるんですからねー」

 が、フリムルはそこで一旦間を置き、表情を暗くした。

「けどねー……それはーほんの半日たらずのことでー。あっという間に手元から消えちまうんですよねー。だからー、あーしさいきょー! の瞬間が忘れられなくてー、また酒が欲しくなっちまうんですよー。けど、同じりょーじゃ足りねーんです。もっと多く。もっとたくさん」
「……続けて下さい」

 エリナは何かを堪えるように、目を閉じ、そう促す。
 フリムルは、どこかぼんやりしたような表情を浮かべたまま、頷いた。

「飲めばたちまち、あーしさいきょー! になれるんですよー。でも、今度は半日経たないうちに元に戻る。だから、すーぐ酒が欲しくなる。また飲む。もっともーっとたくさんの酒を!」

 気がつけば、傍聴席は怖ろしいほどに静まり返っていた。
 幾人もの傍聴人が、厳しい表情のまま、じっと動かず、目を伏せていた。

 その中で、フリムルの告白は静かに続いていく。

「でもですねー? 気がついた時にはおせーんです。もう。頭の中はーどうやったら酒をもらえるか、それきりしかなくなっちまってるんですよー。てめーが何をしてるのかも分からない。どんな悪いことしてるのかもー、どんなひでーことしてるかもー。もー、何もかも……」


 そして――。
 フリムルの『怖ろしい告白』は、そこでようやく終わったのだった。


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