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第五十二話 エリナ・マギア、再び反撃す?
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「あー。静粛に、静粛に」
――ごん、ごん。
《大地の魔王》の二つ名を持つドワーフ族首長のグズヴィン議長が武骨なハンマーを振り下ろすと、それを合図に今回も満員御礼の傍聴席はたちまち静まり返った。
「定刻となったので、これより第五十三回『勇者裁判』審問会を再開する。本会の被告人『勇者A』は、すみやかに中央の《咎人の座》へ!」
アリーナ中央の《咎人の坐》へと進む俺を、澄みきった海に似た蒼いドレスに身を包んだエリナが迎え、俺たちは密かに口元だけの笑みで合図を交わした。俺の弁護人様は自信に満ち満ちている。毎日の特訓の成果が、着実にエリナを一流の魔法律弁護人へと成長させていた。
「さて、本日ここにお集まりいただきました聡明なる傍聴人の皆様――」
ちら、と《咎人の座》に立つ俺を一瞥し、エリナは口を開いた。
「弁護人であるこのエリナ・マギアは、今一度お聞きしたい。彼の者は勇者である――それはまごうことなき事実でありましょう。しかしながら、犯してもいない罪をその身に負わされる、それはあってはならないことです、決して。明らかにしなければなりません――その真実を」
その時、信じられないことが起こった。
ぱちぱちぱちぱち――。
今までだったら当たり前のように罵声や怒号、運が良くてもエリナへ向けた声援が飛んでいた程度の完全アウェーな傍聴席のいずこからか、控え目で遠慮気味な拍手が鳴り響いたのだ。
「!」
他の観衆がそれに気づく。
しかし、それを咎める声はなかった。
エリナはそれにこたえるようにひとつ頷くと振り返り、《咎人の座》の主に向けて尋ねる。
「……さて、被告人、《咎人》である勇者A。この真実を暴く者、弁護人が再びお伺いします」
いよいよ二回の裏、俺たちの攻撃のはじまりだ。
「貴方がこの世界《ラッテラ》へと導かれやってきた経緯をお聞かせ願えますか? ただし、真実のみを語ると誓ってください。よろしいですね?」
俺は、こくり、と首を縦に振ると、あらかじめ頭の中で整理しておいたセリフを口に出す。
「前々回のルゥナの日にも少し申し上げましたが、俺がこの異世界に来るきっかけとなったのは、一匹の妖精でした。酷く酩酊していて、危なっかしく、何より妖精という存在そのものが俺のいた世界では非常に珍しかったのです。だから、気づかれないように後を追い駆けました」
「気づかれないように――ですか」
途端、エリナは訝しげに顔を顰めた。
それは、今日の弁護に向けての最終の打ち合わせをエリナとし損ねていたからでもある。この前、フリムルに余計な茶々を入れられてからというものの、俺たちの間には妙に気まずい空気が漂っていた。忙しいだのなんだのと、理由をこじつけては先延ばしにしてしまっていた。
「なぜ、気づかれてはマズい、とお考えになったのでしょう? 勇者A?」
「それは今言ったとおりです、けど」
非難めいた口調にむっとしてこたえる。
「俺のいた世界では、妖精なんて空想の生き物だと考えられていますから。もし、捕まえることができたら、今までの常識を覆す大ニュースになると思ったからですよ。それだけです」
「本当にそれだけ、ですか?」
「今、そう言いましたよね?」
「妖精の持つチカラを独り占めしようとしたのでは?」
「いやいやいや……」
妙に絡んでくるな……。
エリナの真意が分からず、余計に苛立ちが増してきた。
「妖精が《異界渡り》の秘術を使える、と俺が知ったのは、こちらの世界に来てからですよ」
「その情報は、どなたから聞いたのでしょう?」
「ヴェルターニャ王国のここ、ウェストン城内ではじめて出会った、ユスス・タロッティア五世配下の魔導士団の長、ベリストン氏からですね。俺は、元いた世界に戻して欲しいと――」
「はい、ありがとうございました――ただし、余計な発言は慎むように」
……はぁ!?
肝心なところだろうが!?
俺はとうとう腹に据えかねて、怒りの感情を表に出してしまった。ただ、声を出すのだけは辛うじて耐えることができた。冷徹な仮面を被ったエリナの整った顔を睨みつけるだけにする。
「……なにか?」
「いいえ。別に」
きっと何か考えがあるに違いない――そうは思うのだけれど、あまりによそよそしく、他人行儀に振舞うエリナの真意がまったく読めない。何か起こらせるようなことしたかな? と、ふと脳裡に不安がよぎったが、そんなもの、あるワケもない。そう思うとますます腹が立つ。
「さて、次に、ですが――」
そんな俺の心中などお構いなしに、エリナは質問を続けた。
「貴方のいた世界では稀有な存在である『妖精』を見かけて、好奇心をかき立てられたために、急いでその後を追った、と。では、再びその続きからお聞かせ下さい」
「ええと――」
俺は慎重に言葉を選びながら、こうこたえる。
「ふわふわと路地の奥へと飛んでいく姿が見えたので、見失わないよう、走り出しました」
「……それから?」
「角を曲がった先に、光を放つ、ドアのようなものがいきなりあったのです。急に止まることもできず、俺はそのままその中へと飛び込んでしまいました。突然、落下する感覚があり――」
「そのドアのようなものは、その時はじめて目にしたのですか?」
またもやセリフの途中で遮られる。
憮然とした表情のまま俺は、仕方なしに頷いてみせた。
「ええ、はい」
「……危険や不信感は抱かなかったのでしょうか?」
「そんな余裕、ありませんよ!」
「その時、生まれてはじめて目にした、人知を超えた異質な存在だったというのに、ですか?」
「……だ・か・ら。止まれなかった、と言ったでしょうが」
「巧妙に仕組まれた『罠』だった、そう仰りたいんですね?」
「え……? ああ、はい。そうですね。そうだと思います」
「なるほど。『思います』ね――」
つまらなさそうにエリナは合槌を打つと、何やら手元に書きつけた。
「はい。では、続きをお願いします」
「ええと……妖精に連れられた場所で、この地が異世界であることを知らされました。また、王の命令に従っているだけだとも。じき、別の魔法陣が発動し、次の瞬間、王城内にいました」
俺は、腹立ち紛れに一気にまくしたてた。
エリナは再び手元で俺の証言をメモに取り、顔を上げて、こう確認をする。
「先程仰っていた、魔導士団が組んだ魔法陣で強制転移させられた、ということでしょうか?」
「そうなりますね」
「そこで、はじめて《異界渡り》について知ったと。そういうことでよろしいですか?」
「……はい」
にっこぉ!
俺はエリナの言葉を肯定するように、全力で愛想笑いを浮かべて頷いた。
無視されたが。
くっそ!
あとで、嫌ってほどいじめて泣かせてやりてぇ!!
――ごん、ごん。
《大地の魔王》の二つ名を持つドワーフ族首長のグズヴィン議長が武骨なハンマーを振り下ろすと、それを合図に今回も満員御礼の傍聴席はたちまち静まり返った。
「定刻となったので、これより第五十三回『勇者裁判』審問会を再開する。本会の被告人『勇者A』は、すみやかに中央の《咎人の座》へ!」
アリーナ中央の《咎人の坐》へと進む俺を、澄みきった海に似た蒼いドレスに身を包んだエリナが迎え、俺たちは密かに口元だけの笑みで合図を交わした。俺の弁護人様は自信に満ち満ちている。毎日の特訓の成果が、着実にエリナを一流の魔法律弁護人へと成長させていた。
「さて、本日ここにお集まりいただきました聡明なる傍聴人の皆様――」
ちら、と《咎人の座》に立つ俺を一瞥し、エリナは口を開いた。
「弁護人であるこのエリナ・マギアは、今一度お聞きしたい。彼の者は勇者である――それはまごうことなき事実でありましょう。しかしながら、犯してもいない罪をその身に負わされる、それはあってはならないことです、決して。明らかにしなければなりません――その真実を」
その時、信じられないことが起こった。
ぱちぱちぱちぱち――。
今までだったら当たり前のように罵声や怒号、運が良くてもエリナへ向けた声援が飛んでいた程度の完全アウェーな傍聴席のいずこからか、控え目で遠慮気味な拍手が鳴り響いたのだ。
「!」
他の観衆がそれに気づく。
しかし、それを咎める声はなかった。
エリナはそれにこたえるようにひとつ頷くと振り返り、《咎人の座》の主に向けて尋ねる。
「……さて、被告人、《咎人》である勇者A。この真実を暴く者、弁護人が再びお伺いします」
いよいよ二回の裏、俺たちの攻撃のはじまりだ。
「貴方がこの世界《ラッテラ》へと導かれやってきた経緯をお聞かせ願えますか? ただし、真実のみを語ると誓ってください。よろしいですね?」
俺は、こくり、と首を縦に振ると、あらかじめ頭の中で整理しておいたセリフを口に出す。
「前々回のルゥナの日にも少し申し上げましたが、俺がこの異世界に来るきっかけとなったのは、一匹の妖精でした。酷く酩酊していて、危なっかしく、何より妖精という存在そのものが俺のいた世界では非常に珍しかったのです。だから、気づかれないように後を追い駆けました」
「気づかれないように――ですか」
途端、エリナは訝しげに顔を顰めた。
それは、今日の弁護に向けての最終の打ち合わせをエリナとし損ねていたからでもある。この前、フリムルに余計な茶々を入れられてからというものの、俺たちの間には妙に気まずい空気が漂っていた。忙しいだのなんだのと、理由をこじつけては先延ばしにしてしまっていた。
「なぜ、気づかれてはマズい、とお考えになったのでしょう? 勇者A?」
「それは今言ったとおりです、けど」
非難めいた口調にむっとしてこたえる。
「俺のいた世界では、妖精なんて空想の生き物だと考えられていますから。もし、捕まえることができたら、今までの常識を覆す大ニュースになると思ったからですよ。それだけです」
「本当にそれだけ、ですか?」
「今、そう言いましたよね?」
「妖精の持つチカラを独り占めしようとしたのでは?」
「いやいやいや……」
妙に絡んでくるな……。
エリナの真意が分からず、余計に苛立ちが増してきた。
「妖精が《異界渡り》の秘術を使える、と俺が知ったのは、こちらの世界に来てからですよ」
「その情報は、どなたから聞いたのでしょう?」
「ヴェルターニャ王国のここ、ウェストン城内ではじめて出会った、ユスス・タロッティア五世配下の魔導士団の長、ベリストン氏からですね。俺は、元いた世界に戻して欲しいと――」
「はい、ありがとうございました――ただし、余計な発言は慎むように」
……はぁ!?
肝心なところだろうが!?
俺はとうとう腹に据えかねて、怒りの感情を表に出してしまった。ただ、声を出すのだけは辛うじて耐えることができた。冷徹な仮面を被ったエリナの整った顔を睨みつけるだけにする。
「……なにか?」
「いいえ。別に」
きっと何か考えがあるに違いない――そうは思うのだけれど、あまりによそよそしく、他人行儀に振舞うエリナの真意がまったく読めない。何か起こらせるようなことしたかな? と、ふと脳裡に不安がよぎったが、そんなもの、あるワケもない。そう思うとますます腹が立つ。
「さて、次に、ですが――」
そんな俺の心中などお構いなしに、エリナは質問を続けた。
「貴方のいた世界では稀有な存在である『妖精』を見かけて、好奇心をかき立てられたために、急いでその後を追った、と。では、再びその続きからお聞かせ下さい」
「ええと――」
俺は慎重に言葉を選びながら、こうこたえる。
「ふわふわと路地の奥へと飛んでいく姿が見えたので、見失わないよう、走り出しました」
「……それから?」
「角を曲がった先に、光を放つ、ドアのようなものがいきなりあったのです。急に止まることもできず、俺はそのままその中へと飛び込んでしまいました。突然、落下する感覚があり――」
「そのドアのようなものは、その時はじめて目にしたのですか?」
またもやセリフの途中で遮られる。
憮然とした表情のまま俺は、仕方なしに頷いてみせた。
「ええ、はい」
「……危険や不信感は抱かなかったのでしょうか?」
「そんな余裕、ありませんよ!」
「その時、生まれてはじめて目にした、人知を超えた異質な存在だったというのに、ですか?」
「……だ・か・ら。止まれなかった、と言ったでしょうが」
「巧妙に仕組まれた『罠』だった、そう仰りたいんですね?」
「え……? ああ、はい。そうですね。そうだと思います」
「なるほど。『思います』ね――」
つまらなさそうにエリナは合槌を打つと、何やら手元に書きつけた。
「はい。では、続きをお願いします」
「ええと……妖精に連れられた場所で、この地が異世界であることを知らされました。また、王の命令に従っているだけだとも。じき、別の魔法陣が発動し、次の瞬間、王城内にいました」
俺は、腹立ち紛れに一気にまくしたてた。
エリナは再び手元で俺の証言をメモに取り、顔を上げて、こう確認をする。
「先程仰っていた、魔導士団が組んだ魔法陣で強制転移させられた、ということでしょうか?」
「そうなりますね」
「そこで、はじめて《異界渡り》について知ったと。そういうことでよろしいですか?」
「……はい」
にっこぉ!
俺はエリナの言葉を肯定するように、全力で愛想笑いを浮かべて頷いた。
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