被告人「勇者A」~勇者の証を得るためダンジョンに籠っていたら争いが終わってました~

虚仮橋陣屋(こけばしじんや)

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第四十五話 証人②:勇者に利用されし哀れな泥酔妖精

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「ういー……。ひっく!」

 オークの刑務官たちが連れてきた赤ら顔をした妖精は、俺の存在にもまったく気づかない様子で、妙に甲高い声でしゃっくりを一つした。

 ツインテールに束ねたぼさぼさのわら色の髪。膝丈の真っ赤なワンピースの裾が気になるのか、しきりにもじょもじょといじりまわしている。見るからに、二日酔いで寝起き。そんな感じだ。


 ただ――。


「――おいよぅ。ひっく!」

 そこそこ大きい背丈に驚かされた俺。妖精のグローバル・スタンダードなんて知らないけれど、至って普通の人間サイズなのだった。

「なんかえのかよー。酒とか酒とかよぅ。んも持ってねえのなー、お前?」

 というか……。
 案外、ただの酔っぱらいで、妖精でもなんでもなく、普通の人間なのでは?

 と、その他薦・妖精さんが、焦点の合わない寄り目で俺を見つけるなり、大声を上げた。

「なん、お前は……あー! あれだあれだ! えーとえーと……ちょっと待ってよ……」
「あれだあれだ、って。お前とは初対面だろ」
「そーらーそーら! 五十……四……いや! 五十五番目に召喚した勇者ろー?」
「………………は?」

 そんな馬鹿な。
 当てずっぽうとはいえ、かなり近い数字まで言えるだなんて。

 まさかエルヴァールがあらかじめネタを仕込んでおいたのか、とも勘繰かんぐってはみたものの、たとえそうだったとして、この妖精らしき人物の酩酊めいてい度合いを見る限り、記憶にとどめておける時間はごくわずかだろうと思われる。とにかく酒臭い。むせる。

「さて、皆様――」

 糾弾人・エルヴァール=グッドフェローは、高らかに歌い上げた。

「こちらにお越しいただきましたのは、国家転覆を企てる悪逆の反逆児、被告人・勇者Aにそそのかされて、この地への召喚の秘儀、《異界渡り》を強要された、ウンディーネのマルレーネ・フォレレにございます。さあ、こちらへ来なさい」
「……?」

 エルヴァールの背後には大きな箱があった。オークの刑務官たちの動きを見る限り、何か入っているようでやけに重そうだ。けれど、マルレーネは不思議そうに小首をかしげただけだった。

「水の中の方が居心地がいいのだろう? 君のために用意させたんだ。遠慮することは――」

 しかし、エルヴァールが最後まで続くセリフを言うことはできなかった。

「……流れい水は腐った水。そんなかに入るのは御免ね」
「は……? お、おほん、なら片づけさせよう。……刑務官!」

 戻るや否や即再出動を命じられたオークふたりは、低く小さくぶつぶつと文句をこぼす。

 しかし、そんなものでへこたれるエルヴァールではない。
 そちらには一切目も向けず、そわそわと動きを止めないウンディーネに向けて尋ねた。

「さて、マルレーネとやら」

 今回は、相手が犯罪に加担していた可能性の高い者ということで、エルヴァールの口調もいくぶん厳しめになっている。

「貴様とあの大罪人・勇者Aとの出会いのきっかけと、その恐るべき企みのはじまりについて、それをこの場で語ってもらいたい。正直に話せば、その罪も軽くなろうし、隠せば重くなるぞ」

 無理に決まってる。

 そもそもここにいる俺は、あの証言台にいる妖精――ウンディーネってことは『水の妖精』か――とは今日が初対面なのだ。なんとなく発言が俺の時の状況と類似しているってだけで、その情報が正しいことは証明されていないのだ――何ひとつ。

 しかし、マルレーネはうなずいた。

「どっから話せばいいんろうねー。うーん……うーん……」

 いきなりうなりはじめた酔っぱらいの水の妖精に、傍聴人席最前列中央に座る《七魔王》のひとり、ドワーフの長、《大地の魔王》グズヴィン議長は、助け舟を出すつもりでこう告げた。

「どこで被告と出会ったか、そこから話せばよいと思うのじゃがね?」
「あ! そうね、おじいちゃん、さんきゅー」
「お、おじい――」
「ま、まあまあ」

 ドワーフ族は、それこそ生まれた時からあんな見た目である。グズウィンさんが何歳で、ドワーフ齢でどの世代に相当するのかは分からないが、それなりにショックを受けたらしい。

「うーん……」

 そんなことも一切気にせず、マルレーネは語りはじめた。

「たしかー。勇者クンと会ったのはー、勇者クンの世界でー、ったよねー。合ってるー?」
「え……!」

 そんな馬鹿な。
 しかし、単なる偶然、ヤマが当たっただけ、ということもあるだろう。

「合ってる……けれど……でも!」
「それー。誰かいないかなーって、ふらふらしてらー、偶然ばったり出会っちゃってー」


 ……ん?


 やっぱりだ。

 なんとなく『よくある出会いのテンプレ』に当てはまっただけで、完全に俺のことをイメージしているワケでもなく、ましてやちっとも覚えていないのだ。それなら逐一否定すればいい。

「いやいやいや! 俺は偶然出会ったワケじゃないぞ!」
「あーあー。それはつまり……あらかじめ目的と意図をもって証人・ウンディーネのマルレーネに、自らの意思で接触した、ということと解釈していいのだね?」
「では、ない! 勝手にねじ曲げてこじつけるなって!」

 ううう……くっそ面倒。

 否定したら否定したで、今度は曲解とこじつけと、屁理屈の名人、エルヴァール=グッドフェローの格好の餌食えじき、というワケか。ちゃんと言葉の意味を明確にして否定しないと……。

「でー。そのまま《異界渡り》の扉を通ってこっちの世界に来たところで、勇者クンはーお抱えの魔導士たちの魔法陣に連れてかれちゃってー。あーしとはバイバーイみたいなー?」
「う……っ。そ、そこはあながち違うとも言い切れない……」
「ほぅら! 聞きましたでしょうか、皆様!」
「だーかーらー! それは偶然! たまたま状況が一致していただけで――!」

 傍聴人席は、今の証言をどう解釈すればいいのか、ざわざわとしはじめていた。

「あーあー! 静粛に! 静粛に!」

 ――ごんごん!
 クソデカハンマーが振り下ろされ、アリーナは否応なしに沈黙を取り戻した。

「糾弾人、エルヴァール=グッドフェロー。つまり、結論を申し上げてくれますかな?」
「ええ、もちろんですとも!」

 エルヴァールは頷き、高らかにこう宣言した。

「被告人・勇者Aの企みについては、ここにいる証人、ウンディーネのマルレーネ・フォレレの次なる言葉にて、証明できるものと信じております! さあ、マルレーネ、君の聴いた勇者Aの言葉をここに!」
「ふぁあぃ」

 そうして、飲んだくれの呑兵衛のウンディーネはこう証言したのだった。

「勇者クンはこう言ってたんよ――『この世界の王にっ! 俺はなるっ!!』ってねー」


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