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第四十三話 再会は切なさを連れて
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「いいい一体なんだってのよ、勇者A! いきなり走り出しちゃって! 骨でも落ちてたの?」
――すぱぁん!
「俺は犬かっ! あと、ついでみたいに蹴るのやめろぉおおおおお!」
「蹴ると走るのかな? って思ってやってみただけだってば!」
「そんな被虐的仕様は、俺には搭載されてねぇえええええ!」
大体、俺と同じ速度で走りながら、俺の尻めがけて正確に蹴りを放ってくるなんて、どういう運動神経の無駄遣いをしているのだろうか。『電脳遊戯部』なんてめちゃめちゃ文系な部活所属とはいえ、俺の足はそこそこ速い。新作ゲームの開店ダッシュで鍛えているからだ。
「理由! 走る理由を教えてよ、勇者A!」
「さっき言ってたろ?」
少し前の会話をなぞるように、俺は肩越しにこたえる。
「エリナは、妖精ってみんな似ていて、見分けがつかない、って言ってたろ? けど、俺を召喚したのは、割とキャラの濃い妖精だったんだ! ……よく考えたら言ってなかったけど!」
「どっちでもいいわよ!」
――すぱぁん!
「――しょっと。でも、どうして? 何か見つけたの?」
「ぐふっ――あえて蹴ったことはスルーする!」
それよりも俺は、あたりをくまなく観察することの方を最優先した。
なにせ相手は小さい。
ぼんやりしていたら見落としてしまう。
「あいつは、酒に溺れているダメ妖精だ! たぶん近くにいる! このむせ返るような臭い!」
「他の飲んだくれかもしれないじゃない!?」
「普通の人間なら急性アルコール中毒でぶっ倒れててもおかしくないくらいの強い臭いだぞ? それでも、臭いの発生源はまだ移動してる。つまり、人間以外の飲んだくれ野郎だってことだ」
バルトルさんの本棚にあった料理本『お酒に良く合うつまみ大全』やハールマンさんに借りて読んだビジネス書『異種族との上手な付き合い方~仕事仲間編~』から得た知識を思い出す。
「意外とアルコールを飲む種族は限られてるよな? 詳しくは知らないけど、あとは大酒飲みって言ったらドワーフくらいだろ? でも、ドワーフは昼間には飲まない。晩酌卓飲み派だ!」
「く……詳しいわね」
俺の無駄知識に若干引き気味になったエリナだったが、少し考え込むようなそぶりをした。
「そっか……妖精って享楽的思考だから、一度ハマるとなかなか更生できない、ってことよね? しかも、自分の限界より快楽を求めちゃうから、食べ過ぎで破裂した、なんて話も聞くし」
え……?
マジかよ。
「くっそ……! 見つけてたっぷりお仕置きしてやろうかとも思ってたんだけど、そんなこと聞かされたら、だんだん心配になってきちゃっただろ! 更生させないとマズくないのか!?」
「まー、本人の意志だから……って、あ――いた」
「でもそう簡単に見つかってたら苦労しないって言うか……え? いた、って言ったのか!?」
急ブレーキ。
横手の細い路地へと入っていくエリナのあとを大急ぎで追いかけていくと――。
「――おいよぅ。ひっく!」
……この声は……(あと臭いも)。
「この街よぅ、らんもねえのらなー。酒とか酒とかよぅ」
エリナの両手の上にのせられたその妖精は、ツインテールだった束ねた藁色の髪も片方だけになり、あいかわらずぼっさぼさで、真っ赤なワンピースはところどころ破れてしまっていた。
もう身なりを気遣う様子すらなく、頭の中は別のこと――酒のことだけに支配されている。
「魔族の連中はしけてんにぇー。どの家忍び込んれも、酸っぱい酒しかれーの。酸っぱいの飲んらら、うえってなっちってー。ばっきゃろー! って怒鳴ったら放り投げやがってなー」
きいきいと甲高い声の湧き声が聞こえた。だが俺には、目の前にいる妖精、むせ返るほどのアルコール臭混じりのため息を吐くフリムル・ファウが、どこか哀しげで、哀れに映っていた。
たぶんこいつも、元々は森や草原にいて、楽しく呑気に気ままなその日暮らしを満喫していたのだろう。なのに卑劣な人間の罠にはまり、酒という半ば毒のような魔法の薬を与えられ、その酒欲しさに召喚の儀式『異界渡り』を、自分の限界を越えてまで繰り返していたのだろう。
今はその面影すらない。
これじゃ見た目どころか中身までボロボロの廃人同然だ。市民だ、なんだと持ち上げられて、利用された結果がこんな姿なのだと思ったら、すっかり起こる気力がなくなってしまっていた。
「……よう、フリムル。久しぶり。元気だったか?」
そう思ったら、自然と俺の言葉は出ていた。
「なんら、お前は……あー! あれだあれだ! えーとえーと……ちょっと待ってれよ……」
俺は苦笑しながら、すん、と鼻を鳴らして手を差し伸べ、優しくフリムルの身体を包み込む。
「忘れたフリ、しなくたっていいって。俺の名前は、遊馬瑛。お前が最後に召喚した勇者さ」
「そーそー! そーらそーら! ……おいよぅ、なーお前、酒持ってんらろー?」
「おいおい。高校生だから酒は持ってない、って前にも言ったろ?」
「ね、ねえ、勇者A?」
複雑そうな表情をしたエリナは俺に尋ねる。
「その子、どうする気? そのままじゃあ、とても証言なんて――」
「それは……やめとくよ、エリナ」
「? じゃあ一体――?」
俺はすぐにはこたえずに、ついにやかましいいびきをかいて寝てしまったフリムルを見つめた。
「たしかに俺は、こいつのせいでとんでもない目に遭った。……でもさ? どうにか助けてやりたいんだ。こいつはこのままじゃ、近いうちに死んじゃうんじゃないか? 妖精ってさ? とんでもない無茶しない限り、ほぼ永遠に生きるっていう話だろ? でも、こいつはもう――」
俺はそれ以上、何も言えなくなってしまった。
ただ、優しくフリムルの身体を指先で撫でてやるのが精一杯だった。
「はぁ……あんたってとんでもないお人好しね」
やがて、エリナは呟いた。
「その子を利用すれば、無罪だって勝ち取れたかもしれないのに……でも」
「……でも?」
おそるおそる俺が尋ね返すと、エリナは、ぷいっ、と背中を向けてしまった。
「なんだか……とっても、とぅおってもっ! あんたらしいな、って! でしょ、瑛?」
「……サンキュー、エリナ」
その日、俺とエリナはそのまま家へと戻ることにした。
そして筆舌に尽くしがたい苦労と忍耐と慈悲をもって、フリムルの治療に全精力を費やしたのだった。
そして数日が経過し――。
また次のルゥナの日がやって来たのである。
――すぱぁん!
「俺は犬かっ! あと、ついでみたいに蹴るのやめろぉおおおおお!」
「蹴ると走るのかな? って思ってやってみただけだってば!」
「そんな被虐的仕様は、俺には搭載されてねぇえええええ!」
大体、俺と同じ速度で走りながら、俺の尻めがけて正確に蹴りを放ってくるなんて、どういう運動神経の無駄遣いをしているのだろうか。『電脳遊戯部』なんてめちゃめちゃ文系な部活所属とはいえ、俺の足はそこそこ速い。新作ゲームの開店ダッシュで鍛えているからだ。
「理由! 走る理由を教えてよ、勇者A!」
「さっき言ってたろ?」
少し前の会話をなぞるように、俺は肩越しにこたえる。
「エリナは、妖精ってみんな似ていて、見分けがつかない、って言ってたろ? けど、俺を召喚したのは、割とキャラの濃い妖精だったんだ! ……よく考えたら言ってなかったけど!」
「どっちでもいいわよ!」
――すぱぁん!
「――しょっと。でも、どうして? 何か見つけたの?」
「ぐふっ――あえて蹴ったことはスルーする!」
それよりも俺は、あたりをくまなく観察することの方を最優先した。
なにせ相手は小さい。
ぼんやりしていたら見落としてしまう。
「あいつは、酒に溺れているダメ妖精だ! たぶん近くにいる! このむせ返るような臭い!」
「他の飲んだくれかもしれないじゃない!?」
「普通の人間なら急性アルコール中毒でぶっ倒れててもおかしくないくらいの強い臭いだぞ? それでも、臭いの発生源はまだ移動してる。つまり、人間以外の飲んだくれ野郎だってことだ」
バルトルさんの本棚にあった料理本『お酒に良く合うつまみ大全』やハールマンさんに借りて読んだビジネス書『異種族との上手な付き合い方~仕事仲間編~』から得た知識を思い出す。
「意外とアルコールを飲む種族は限られてるよな? 詳しくは知らないけど、あとは大酒飲みって言ったらドワーフくらいだろ? でも、ドワーフは昼間には飲まない。晩酌卓飲み派だ!」
「く……詳しいわね」
俺の無駄知識に若干引き気味になったエリナだったが、少し考え込むようなそぶりをした。
「そっか……妖精って享楽的思考だから、一度ハマるとなかなか更生できない、ってことよね? しかも、自分の限界より快楽を求めちゃうから、食べ過ぎで破裂した、なんて話も聞くし」
え……?
マジかよ。
「くっそ……! 見つけてたっぷりお仕置きしてやろうかとも思ってたんだけど、そんなこと聞かされたら、だんだん心配になってきちゃっただろ! 更生させないとマズくないのか!?」
「まー、本人の意志だから……って、あ――いた」
「でもそう簡単に見つかってたら苦労しないって言うか……え? いた、って言ったのか!?」
急ブレーキ。
横手の細い路地へと入っていくエリナのあとを大急ぎで追いかけていくと――。
「――おいよぅ。ひっく!」
……この声は……(あと臭いも)。
「この街よぅ、らんもねえのらなー。酒とか酒とかよぅ」
エリナの両手の上にのせられたその妖精は、ツインテールだった束ねた藁色の髪も片方だけになり、あいかわらずぼっさぼさで、真っ赤なワンピースはところどころ破れてしまっていた。
もう身なりを気遣う様子すらなく、頭の中は別のこと――酒のことだけに支配されている。
「魔族の連中はしけてんにぇー。どの家忍び込んれも、酸っぱい酒しかれーの。酸っぱいの飲んらら、うえってなっちってー。ばっきゃろー! って怒鳴ったら放り投げやがってなー」
きいきいと甲高い声の湧き声が聞こえた。だが俺には、目の前にいる妖精、むせ返るほどのアルコール臭混じりのため息を吐くフリムル・ファウが、どこか哀しげで、哀れに映っていた。
たぶんこいつも、元々は森や草原にいて、楽しく呑気に気ままなその日暮らしを満喫していたのだろう。なのに卑劣な人間の罠にはまり、酒という半ば毒のような魔法の薬を与えられ、その酒欲しさに召喚の儀式『異界渡り』を、自分の限界を越えてまで繰り返していたのだろう。
今はその面影すらない。
これじゃ見た目どころか中身までボロボロの廃人同然だ。市民だ、なんだと持ち上げられて、利用された結果がこんな姿なのだと思ったら、すっかり起こる気力がなくなってしまっていた。
「……よう、フリムル。久しぶり。元気だったか?」
そう思ったら、自然と俺の言葉は出ていた。
「なんら、お前は……あー! あれだあれだ! えーとえーと……ちょっと待ってれよ……」
俺は苦笑しながら、すん、と鼻を鳴らして手を差し伸べ、優しくフリムルの身体を包み込む。
「忘れたフリ、しなくたっていいって。俺の名前は、遊馬瑛。お前が最後に召喚した勇者さ」
「そーそー! そーらそーら! ……おいよぅ、なーお前、酒持ってんらろー?」
「おいおい。高校生だから酒は持ってない、って前にも言ったろ?」
「ね、ねえ、勇者A?」
複雑そうな表情をしたエリナは俺に尋ねる。
「その子、どうする気? そのままじゃあ、とても証言なんて――」
「それは……やめとくよ、エリナ」
「? じゃあ一体――?」
俺はすぐにはこたえずに、ついにやかましいいびきをかいて寝てしまったフリムルを見つめた。
「たしかに俺は、こいつのせいでとんでもない目に遭った。……でもさ? どうにか助けてやりたいんだ。こいつはこのままじゃ、近いうちに死んじゃうんじゃないか? 妖精ってさ? とんでもない無茶しない限り、ほぼ永遠に生きるっていう話だろ? でも、こいつはもう――」
俺はそれ以上、何も言えなくなってしまった。
ただ、優しくフリムルの身体を指先で撫でてやるのが精一杯だった。
「はぁ……あんたってとんでもないお人好しね」
やがて、エリナは呟いた。
「その子を利用すれば、無罪だって勝ち取れたかもしれないのに……でも」
「……でも?」
おそるおそる俺が尋ね返すと、エリナは、ぷいっ、と背中を向けてしまった。
「なんだか……とっても、とぅおってもっ! あんたらしいな、って! でしょ、瑛?」
「……サンキュー、エリナ」
その日、俺とエリナはそのまま家へと戻ることにした。
そして筆舌に尽くしがたい苦労と忍耐と慈悲をもって、フリムルの治療に全精力を費やしたのだった。
そして数日が経過し――。
また次のルゥナの日がやって来たのである。
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