38 / 64
第三十八話 エルヴァール=グッドフェローの災難
しおりを挟む
「我々弁護側は、三人目の証人として、エルヴァール=グッドフェロー氏を召喚します!」
「はぁあああああ!?」
さすがにそのひと言には、業界一位の魔法律事務所属のエースと目される《白耳長族》の美青年、エルヴァール=グッドフェローとはいえど、静観することなどできなかったようだ。
「おおお――お前ッ!」
あの彫刻か絵画を思わせる生来の優れた容姿はどこへやら、あまつさえ品性までもかなぐり捨てて、糾弾人席から立ち上がって唾を飛ばす勢いで捲し立てる。対するエリナは涼しい顔だ。
「この僕を……このエルヴァール=グッドフェローを、証人として召喚する、だとぅ!?」
「あれ? ええと……」
そこでエリナはドレスの胸元あたりからコンパクトサイズの法律書らしき物を取り出して、ぺらりぺらりとわざとゆっくりめくりながらとぼけた顔つきでエルヴァールにこうこたえた。
「糾弾人及び弁護人を証人として召喚してはならない……そんな決まり、ありましたっけ?」
「ない!」
「なら、いいじゃないですか」
「それ一冊一言一句覚えている僕が断言するとも! だが……これはあまりに馬鹿げている!」
「いいじゃないですか、この審問会そのものが馬鹿げているのですから」
さらりとそう告げ、エルヴァールが真っ赤になって反論しようとする前にエリナはグズヴィン議長に向けて呼びかけた。
「議長。我々がエルヴァール=グッドフェロー氏にご協力いただくための許可をいただきたく」
「ううむ……必要なことなのかね?」
「ええ」
さすがに繰り返し行われる規則違反を見かねて同僚たちに取り押さえられたエルヴァール=グッドフェローの憎々しげな視線を真正面から受け止めたエリナは、ストレートに尋ねた。
「エルヴァール=グッドフェロー氏にお尋ねします。氏は、コボルドたち固有の言語、『コボルディッシュ』が堪能でいらっしゃいますね? その努力、さすがは見習うべき先輩です!」
「……っ!」
その時エルヴァールの顔に浮かび上がったのは、してやられた、という悔しさのあらわれではなく、複雑で居心地が悪そうな、隠し通したかった秘密を暴かれた者のもののそれに見えた。
しかし、エリナはなおも執拗に攻め入る。
「おや? どうされました? おこたえいただけないと困ります。おそらくこの審問会の会場の中で、コボルディッシュの通訳が可能なのは、エルヴァール氏、あなただけなのですから」
「わ、私は……!」
「あなたの中の正義は裏切れませんよね。晴れて魔法律士となった『あの日』に誓った想いを、あの瞬間の決意を、どうして裏切ることなどできましょうか。エルヴァール氏、おこたえを」
煽るつもりのエリナのセリフを耳にしたエルヴァールは、ぎり、と歯噛みをしたかと思うと、我を取り戻したかのごとくすっと姿勢を正し、糾弾人席から歩み出ると、高らかにこう告げた。
「……そんなもの、君のような見習いの《竜も――いや、今のは失言だ。忘れて欲しい――下級魔法律士に言われなくても分かっている。こたえよう――私はコボルディッシュを話せる」
これは失策だったな……。
エルヴァールの奴、冷静さと自尊心を一発で取り戻しやがった。
なおもエルヴァール=グッドフェローは朗々と語り続けた。
「もちろん、高度に複雑な会話や俗語までは網羅できていないが、通常の範囲内であれば通訳が可能だ。……あえて付け加えるならば、いわゆる『精霊』と称され今なお差別されている非市民たちの言語のほとんどを習得中だとも。……このこたえで満足したかね?」
――高潔な《白耳長族》の面汚しめ!!
アリーナのどこかにいる傍聴人からそんな野次が飛んだ。
が、エルヴァールは一瞥しただけで何も言わない。
しかし、それではとても収まらなかった――俺が。
「おい! 今の野次飛ばした奴、どこだ!? どこでもいい、ちゃんと聞きやがれ!!」
気がついた時には《咎人の座》に齧りつくようにして傍聴人席をくまなく睨みつけていた。
「プライドがなんだ! そんなモン、クソ喰らえだ! ……エルヴァールさん、俺は正直、あんたのことが大嫌いです。いけ好かないし、性格も最悪で、根性もねじ曲がっている……」
「おいおい――」
いきなり面と向かって悪口を言われたらそんな顔になるんだろうな。
「けど! あんたの努力を馬鹿にする奴は許せないんだよ! 俺は今回、コボルディッシュを自分で習得しようとしたから分かってる! それがどんなに難しいことなのかを! だから!」
俺は再び傍聴席をぐるりと見回して、こう締めくくった。
「他人の努力を笑うような奴は、所詮何もできやしない口だけの最低野郎だ! それがどんなに大変なことか、一度でも自分の手で、その力だけでやってみてから物を言え! 以上です!」
俺のあまりの剣幕に、当のエルヴァールはおろか、エリナや『七魔王』たちですらしばし言葉を失っていた。しばらくの間が空き、ひとつ控えめに咳払いをしたグズヴィン議長が尋ねた。
「……気が済んだかね?」
「あ……は、はい……ご、ごめんなさい」
「では、続きを」
グズヴィン議長は区切りをつけるようにクソデカハンマーを振り下ろした。
「エリナ弁護人、エルヴァール氏を通訳として採用することを許可する。本人の同意の下にだ」
「ありがとうございます! ……ありがとうございます、エルヴァール」
「………………ふん」
エルヴァール=グッドフェローは腹立たしげに鼻を鳴らしてあらぬ方向を見上げた。
「だが……僕はそれでよしとしても、サキュバスを審問会に召喚したことと何の関係がある?」
「イシェナ嬢の持つ固有スキル、《催淫》を使っていただくためです」
「君な……」
呆れ顔でエルヴァール=グッドフェローは何度も首を振った。
「さっきこの僕が言ったことを忘れたのか? サキュバスの持つ《催淫》は、証人を操り、その証言をねじ曲げることが可能なのだぞ? 断固として我々は反対する。認められる訳がない」
「あの、コボルドの未亡人(仮)にですか? いえいえ、まさか!」
そこで再びエルヴァール=グッドフェローは、目玉が零れ落ちそうなほど驚くことになる。
「《催淫》をかけられることになるのは、あなた、エルヴァール=グッドフェロー氏ですよ?」
「はぁあああああ!?」
さすがにそのひと言には、業界一位の魔法律事務所属のエースと目される《白耳長族》の美青年、エルヴァール=グッドフェローとはいえど、静観することなどできなかったようだ。
「おおお――お前ッ!」
あの彫刻か絵画を思わせる生来の優れた容姿はどこへやら、あまつさえ品性までもかなぐり捨てて、糾弾人席から立ち上がって唾を飛ばす勢いで捲し立てる。対するエリナは涼しい顔だ。
「この僕を……このエルヴァール=グッドフェローを、証人として召喚する、だとぅ!?」
「あれ? ええと……」
そこでエリナはドレスの胸元あたりからコンパクトサイズの法律書らしき物を取り出して、ぺらりぺらりとわざとゆっくりめくりながらとぼけた顔つきでエルヴァールにこうこたえた。
「糾弾人及び弁護人を証人として召喚してはならない……そんな決まり、ありましたっけ?」
「ない!」
「なら、いいじゃないですか」
「それ一冊一言一句覚えている僕が断言するとも! だが……これはあまりに馬鹿げている!」
「いいじゃないですか、この審問会そのものが馬鹿げているのですから」
さらりとそう告げ、エルヴァールが真っ赤になって反論しようとする前にエリナはグズヴィン議長に向けて呼びかけた。
「議長。我々がエルヴァール=グッドフェロー氏にご協力いただくための許可をいただきたく」
「ううむ……必要なことなのかね?」
「ええ」
さすがに繰り返し行われる規則違反を見かねて同僚たちに取り押さえられたエルヴァール=グッドフェローの憎々しげな視線を真正面から受け止めたエリナは、ストレートに尋ねた。
「エルヴァール=グッドフェロー氏にお尋ねします。氏は、コボルドたち固有の言語、『コボルディッシュ』が堪能でいらっしゃいますね? その努力、さすがは見習うべき先輩です!」
「……っ!」
その時エルヴァールの顔に浮かび上がったのは、してやられた、という悔しさのあらわれではなく、複雑で居心地が悪そうな、隠し通したかった秘密を暴かれた者のもののそれに見えた。
しかし、エリナはなおも執拗に攻め入る。
「おや? どうされました? おこたえいただけないと困ります。おそらくこの審問会の会場の中で、コボルディッシュの通訳が可能なのは、エルヴァール氏、あなただけなのですから」
「わ、私は……!」
「あなたの中の正義は裏切れませんよね。晴れて魔法律士となった『あの日』に誓った想いを、あの瞬間の決意を、どうして裏切ることなどできましょうか。エルヴァール氏、おこたえを」
煽るつもりのエリナのセリフを耳にしたエルヴァールは、ぎり、と歯噛みをしたかと思うと、我を取り戻したかのごとくすっと姿勢を正し、糾弾人席から歩み出ると、高らかにこう告げた。
「……そんなもの、君のような見習いの《竜も――いや、今のは失言だ。忘れて欲しい――下級魔法律士に言われなくても分かっている。こたえよう――私はコボルディッシュを話せる」
これは失策だったな……。
エルヴァールの奴、冷静さと自尊心を一発で取り戻しやがった。
なおもエルヴァール=グッドフェローは朗々と語り続けた。
「もちろん、高度に複雑な会話や俗語までは網羅できていないが、通常の範囲内であれば通訳が可能だ。……あえて付け加えるならば、いわゆる『精霊』と称され今なお差別されている非市民たちの言語のほとんどを習得中だとも。……このこたえで満足したかね?」
――高潔な《白耳長族》の面汚しめ!!
アリーナのどこかにいる傍聴人からそんな野次が飛んだ。
が、エルヴァールは一瞥しただけで何も言わない。
しかし、それではとても収まらなかった――俺が。
「おい! 今の野次飛ばした奴、どこだ!? どこでもいい、ちゃんと聞きやがれ!!」
気がついた時には《咎人の座》に齧りつくようにして傍聴人席をくまなく睨みつけていた。
「プライドがなんだ! そんなモン、クソ喰らえだ! ……エルヴァールさん、俺は正直、あんたのことが大嫌いです。いけ好かないし、性格も最悪で、根性もねじ曲がっている……」
「おいおい――」
いきなり面と向かって悪口を言われたらそんな顔になるんだろうな。
「けど! あんたの努力を馬鹿にする奴は許せないんだよ! 俺は今回、コボルディッシュを自分で習得しようとしたから分かってる! それがどんなに難しいことなのかを! だから!」
俺は再び傍聴席をぐるりと見回して、こう締めくくった。
「他人の努力を笑うような奴は、所詮何もできやしない口だけの最低野郎だ! それがどんなに大変なことか、一度でも自分の手で、その力だけでやってみてから物を言え! 以上です!」
俺のあまりの剣幕に、当のエルヴァールはおろか、エリナや『七魔王』たちですらしばし言葉を失っていた。しばらくの間が空き、ひとつ控えめに咳払いをしたグズヴィン議長が尋ねた。
「……気が済んだかね?」
「あ……は、はい……ご、ごめんなさい」
「では、続きを」
グズヴィン議長は区切りをつけるようにクソデカハンマーを振り下ろした。
「エリナ弁護人、エルヴァール氏を通訳として採用することを許可する。本人の同意の下にだ」
「ありがとうございます! ……ありがとうございます、エルヴァール」
「………………ふん」
エルヴァール=グッドフェローは腹立たしげに鼻を鳴らしてあらぬ方向を見上げた。
「だが……僕はそれでよしとしても、サキュバスを審問会に召喚したことと何の関係がある?」
「イシェナ嬢の持つ固有スキル、《催淫》を使っていただくためです」
「君な……」
呆れ顔でエルヴァール=グッドフェローは何度も首を振った。
「さっきこの僕が言ったことを忘れたのか? サキュバスの持つ《催淫》は、証人を操り、その証言をねじ曲げることが可能なのだぞ? 断固として我々は反対する。認められる訳がない」
「あの、コボルドの未亡人(仮)にですか? いえいえ、まさか!」
そこで再びエルヴァール=グッドフェローは、目玉が零れ落ちそうなほど驚くことになる。
「《催淫》をかけられることになるのは、あなた、エルヴァール=グッドフェロー氏ですよ?」
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
如月さんは なびかない。~クラスで一番の美少女に、何故か告白された件~
八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」
ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。
蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。
これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。
一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
とあるおっさんのVRMMO活動記
椎名ほわほわ
ファンタジー
VRMMORPGが普及した世界。
念のため申し上げますが戦闘も生産もあります。
戦闘は生々しい表現も含みます。
のんびりする時もあるし、えぐい戦闘もあります。
また一話一話が3000文字ぐらいの日記帳ぐらいの分量であり
一人の冒険者の一日の活動記録を覗く、ぐらいの感覚が
お好みではない場合は読まれないほうがよろしいと思われます。
また、このお話の舞台となっているVRMMOはクリアする事や
無双する事が目的ではなく、冒険し生きていくもう1つの人生が
テーマとなっているVRMMOですので、極端に戦闘続きという
事もございません。
また、転生物やデスゲームなどに変化することもございませんので、そのようなお話がお好みの方は読まれないほうが良いと思われます。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる