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第三十二話 協力者探し
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「――と、いう訳なんだよ、エリナ」
「もう……勝手なんだから……!」
どうやらまた審問会のリハーサルでこってりと絞られていたらしいエリナだったが、事務所から出て行こうとする俺を見つけると大急ぎで駆け寄ってきた。
ラピスさんのアドバイスを受けて、通訳というか審問会で味方をしてくれるかもしれない人物に会いに行く、とひと通りの説明はしたのだけれど、なんだかやけにぷりぷりと怒っている。
「いい? あんたは曲がりなりにも《咎人》なのよ? そして、その弁護人はあたし」
おお、自覚あったんだな、というセリフは心の奥底に沈めておこう。
エリナは隣を歩きながら、割と大きな声で俺を指さしながら続ける。
「自由気ままにあちこちうろつかせていると知れたら、あたしまで大変なことになっちゃうじゃない! 今や注目の大罪人なんだからね、あんたは! それに、そういう理由なら……」
「だから、ごめんって……。忙しいだろうなあと思ったんだってば」
と、こたえたところでふと気になった俺。
「……ん? そういう理由なら――なんなんだ?」
「――! ななななんでもないわよ! ちゃんと前見て歩きなさい!」
――どすっ!
「痛った! 蹴るなっつーの! 俺の尻はサンドバッグじゃないんだからな!」
「うっさい! 黙って道案内しなさい! ほれ! ほら! 早く早く!」
蹴りの精度がますます上がっている気がする。受ける俺の技術も徐々に向上しているのがなんとも複雑な気分だ。道案内と言われても、召喚直後も人間族敗北後も、街を一切歩いたことのない不案内な俺に任せるのは間違っていると思うんだけど。
幸い、ラピスさんが教えてくれたその場所は、比較的分かりやすい場所にあった。
「……ね、ねえ?」
しかし、到着した俺たちは、予想とかけ離れたその光景にしばし言葉を失っていた。
「ホントにラピス先輩は、ここです、って言ったの?」
「間違ってはいないと思うんだけど……マジかよ……」
尻込みする俺たちの前にそびえ立っていたのは――。
なんとも不気味な雰囲気漂う、やけに馬鹿でかい洋館だった。
あたりはさびれ、行き交う人もなく、ここだけ、ぽつん、と取り残されたような立地である。
この洋館自体もそうだ。広い庭は長い間手入れをされた様子も見られず、ところどころ開け放たれた窓の奥は真っ暗で、元はキレイな薄手のレースカーテンだったらしい破れほつれた残骸が、まるで蜘蛛の巣のそれのように不気味にそよいでいた。そこからこの世の者ではない闇の住人が顔を出したとしても、驚きはするだろうけど予測の範疇だと言えるかもしれない。
「……」「……」
俺とエリナは無言のまま顔を見合わせた。そして無言の圧力に負けた俺が代表し、斜めに傾いでしまった錆びかけた門扉に手をかけた。
「あ、あのう……」
その時だ。
「も、もしかして、ラ、ラピスからわたしのことを聞いていらっしゃった方でしょうか……?」
「う、うおっ!?」
俺は沸騰しているヤカンに触れてしまったかのように慌てて門扉から手を放し、その場から素早く――といっても手枷と首枷が重くて邪魔だったけれど――飛びのいて身構えた。
「ど……どこから聴こえた、エリナ?」
「わ、分かんないわよぅ……」
「えとえとえと――」
俺たちの会話に続けて聴こえた声に再び驚く。
が、よくよく冷静になって聞いてみると、なんとも自信なさげなテンパり気味の声である。
「そ、そんなに驚かせるつもりなかったんですぅ……。な、なにしろ他の誰かに会うなんてぇ、な、何日ぶりかもわからなくってぇ……。ひっく……。ぐす……ぐすぐす……ううう……!」
……しまいには泣き出してしまったらしい。
そうなると俺もエリナもすっかり白けてしまい、声がどこから聴こえようが気にならなくなってしまっていた。女性に泣かれるのが苦手な俺は、とりあえず話しかけてみることにする。
「ええと……すみません! 急すぎて驚きましたけど、も、もう大丈夫ですから!」
「こ、怖がられてるんだ、きっと……。ぐすぐす……ううう……」
「あ、あの、入ってもいいですか? 直接会ってお話しすれば変な誤解もなくなると思うので」
「こ、子どもの頃、男の子たちに『あいつ気持ち悪いよなー』って言われてたなぁ……ううう」
「そ! それは思春期由来の面倒臭いアレっていうか……! ともかく! 入りますからね!」
ああ、もう! 埒が明かない。
ぎいい……。
斜めになった建付けの悪い鉄の門扉を開けて、俺とエリナは庭へと一歩足を踏み入れた。
「お邪魔しまーす……。ほら! レディファースト! 前行きなさいよっ!」
「お、おい! 押すんじゃねえ! ……って、だからって蹴るんじゃねえよ!」
こんな時ばっかり中世ヨーロッパで生まれた悪習を持ち出してくるのは卑怯だと思うし、しかも俺が前なら真逆じゃねえかよと声を大にして言いたい。けれど、万が一危険なことがあったらまずいし、バルトルさんから殺されかねないので、渋々俺は前を歩いた。
なにごともなく屋敷の扉に辿り着いた時には、ほっ、とため息が零れた。ぐっ、と押すと、簡単に扉が開く。
「く、暗いわね……べ、別に暗いからどうって訳でもないけど……」
「耳元でしゃべるな。……く、くすぐったいだろ」
こんな時ばっかり密着してきやがって……。
エリナの吐息がしきりに左耳に吹き込まれ、俺は別の意味で妙に居心地悪くなってしまう。
(ち、ちょっと! 急に止まらないでよ! びっくりしたでしょ!?)
ちょ――ウィスパーボイスはやめろ!
ずっと友だちには隠してきたけど、俺は隠れASMRファンなんだぞ!? よりによって、暴力|《半竜人》で半人前のエリナ相手に興奮したとかなったらどうしてくれるんだ、おい!
と思えば思うほど、吐息はなまめかしさを増してきて――。
(ど……どこにいるのよ……? ふぅ……はぁ……)
(さ、さぁ……どこでしょうねぇ……はあはあ……)
……ん?
いきなりASRMがステレオ対応になったんだが……?
と、俺は誰もいないはずの右を向いた――いや、いるじゃん! 誰ぇ!?
「うお――っ!?」
「ひぃ――っ!!」
「ふぎゃーっ!?」
三人目の悲鳴の主は、よほど驚いたのか、その場にへなへなと座り込むようにして、呆気なく気絶してしまったのだった――状況の分からない俺たちを残して。
「……えと。……どうすんだ、これ?」
「もう……勝手なんだから……!」
どうやらまた審問会のリハーサルでこってりと絞られていたらしいエリナだったが、事務所から出て行こうとする俺を見つけると大急ぎで駆け寄ってきた。
ラピスさんのアドバイスを受けて、通訳というか審問会で味方をしてくれるかもしれない人物に会いに行く、とひと通りの説明はしたのだけれど、なんだかやけにぷりぷりと怒っている。
「いい? あんたは曲がりなりにも《咎人》なのよ? そして、その弁護人はあたし」
おお、自覚あったんだな、というセリフは心の奥底に沈めておこう。
エリナは隣を歩きながら、割と大きな声で俺を指さしながら続ける。
「自由気ままにあちこちうろつかせていると知れたら、あたしまで大変なことになっちゃうじゃない! 今や注目の大罪人なんだからね、あんたは! それに、そういう理由なら……」
「だから、ごめんって……。忙しいだろうなあと思ったんだってば」
と、こたえたところでふと気になった俺。
「……ん? そういう理由なら――なんなんだ?」
「――! ななななんでもないわよ! ちゃんと前見て歩きなさい!」
――どすっ!
「痛った! 蹴るなっつーの! 俺の尻はサンドバッグじゃないんだからな!」
「うっさい! 黙って道案内しなさい! ほれ! ほら! 早く早く!」
蹴りの精度がますます上がっている気がする。受ける俺の技術も徐々に向上しているのがなんとも複雑な気分だ。道案内と言われても、召喚直後も人間族敗北後も、街を一切歩いたことのない不案内な俺に任せるのは間違っていると思うんだけど。
幸い、ラピスさんが教えてくれたその場所は、比較的分かりやすい場所にあった。
「……ね、ねえ?」
しかし、到着した俺たちは、予想とかけ離れたその光景にしばし言葉を失っていた。
「ホントにラピス先輩は、ここです、って言ったの?」
「間違ってはいないと思うんだけど……マジかよ……」
尻込みする俺たちの前にそびえ立っていたのは――。
なんとも不気味な雰囲気漂う、やけに馬鹿でかい洋館だった。
あたりはさびれ、行き交う人もなく、ここだけ、ぽつん、と取り残されたような立地である。
この洋館自体もそうだ。広い庭は長い間手入れをされた様子も見られず、ところどころ開け放たれた窓の奥は真っ暗で、元はキレイな薄手のレースカーテンだったらしい破れほつれた残骸が、まるで蜘蛛の巣のそれのように不気味にそよいでいた。そこからこの世の者ではない闇の住人が顔を出したとしても、驚きはするだろうけど予測の範疇だと言えるかもしれない。
「……」「……」
俺とエリナは無言のまま顔を見合わせた。そして無言の圧力に負けた俺が代表し、斜めに傾いでしまった錆びかけた門扉に手をかけた。
「あ、あのう……」
その時だ。
「も、もしかして、ラ、ラピスからわたしのことを聞いていらっしゃった方でしょうか……?」
「う、うおっ!?」
俺は沸騰しているヤカンに触れてしまったかのように慌てて門扉から手を放し、その場から素早く――といっても手枷と首枷が重くて邪魔だったけれど――飛びのいて身構えた。
「ど……どこから聴こえた、エリナ?」
「わ、分かんないわよぅ……」
「えとえとえと――」
俺たちの会話に続けて聴こえた声に再び驚く。
が、よくよく冷静になって聞いてみると、なんとも自信なさげなテンパり気味の声である。
「そ、そんなに驚かせるつもりなかったんですぅ……。な、なにしろ他の誰かに会うなんてぇ、な、何日ぶりかもわからなくってぇ……。ひっく……。ぐす……ぐすぐす……ううう……!」
……しまいには泣き出してしまったらしい。
そうなると俺もエリナもすっかり白けてしまい、声がどこから聴こえようが気にならなくなってしまっていた。女性に泣かれるのが苦手な俺は、とりあえず話しかけてみることにする。
「ええと……すみません! 急すぎて驚きましたけど、も、もう大丈夫ですから!」
「こ、怖がられてるんだ、きっと……。ぐすぐす……ううう……」
「あ、あの、入ってもいいですか? 直接会ってお話しすれば変な誤解もなくなると思うので」
「こ、子どもの頃、男の子たちに『あいつ気持ち悪いよなー』って言われてたなぁ……ううう」
「そ! それは思春期由来の面倒臭いアレっていうか……! ともかく! 入りますからね!」
ああ、もう! 埒が明かない。
ぎいい……。
斜めになった建付けの悪い鉄の門扉を開けて、俺とエリナは庭へと一歩足を踏み入れた。
「お邪魔しまーす……。ほら! レディファースト! 前行きなさいよっ!」
「お、おい! 押すんじゃねえ! ……って、だからって蹴るんじゃねえよ!」
こんな時ばっかり中世ヨーロッパで生まれた悪習を持ち出してくるのは卑怯だと思うし、しかも俺が前なら真逆じゃねえかよと声を大にして言いたい。けれど、万が一危険なことがあったらまずいし、バルトルさんから殺されかねないので、渋々俺は前を歩いた。
なにごともなく屋敷の扉に辿り着いた時には、ほっ、とため息が零れた。ぐっ、と押すと、簡単に扉が開く。
「く、暗いわね……べ、別に暗いからどうって訳でもないけど……」
「耳元でしゃべるな。……く、くすぐったいだろ」
こんな時ばっかり密着してきやがって……。
エリナの吐息がしきりに左耳に吹き込まれ、俺は別の意味で妙に居心地悪くなってしまう。
(ち、ちょっと! 急に止まらないでよ! びっくりしたでしょ!?)
ちょ――ウィスパーボイスはやめろ!
ずっと友だちには隠してきたけど、俺は隠れASMRファンなんだぞ!? よりによって、暴力|《半竜人》で半人前のエリナ相手に興奮したとかなったらどうしてくれるんだ、おい!
と思えば思うほど、吐息はなまめかしさを増してきて――。
(ど……どこにいるのよ……? ふぅ……はぁ……)
(さ、さぁ……どこでしょうねぇ……はあはあ……)
……ん?
いきなりASRMがステレオ対応になったんだが……?
と、俺は誰もいないはずの右を向いた――いや、いるじゃん! 誰ぇ!?
「うお――っ!?」
「ひぃ――っ!!」
「ふぎゃーっ!?」
三人目の悲鳴の主は、よほど驚いたのか、その場にへなへなと座り込むようにして、呆気なく気絶してしまったのだった――状況の分からない俺たちを残して。
「……えと。……どうすんだ、これ?」
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