被告人「勇者A」~勇者の証を得るためダンジョンに籠っていたら争いが終わってました~

虚仮橋陣屋(こけばしじんや)

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第三十話 資料に隠されたヒント

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「上出来よ、エリナ! これで勇者Aクンの悪行の、対象範囲が限定できるようになったわね」

「あ、悪行って……」

「あら、嫌だ! もう! 冗談に決まってるじゃない!」


 イェゴール所長は、むすり、としたままの俺の背中を勢いよく張り飛ばし、モミジより数倍デカい天狗の団扇うちわのような真っ赤な跡をつけて笑った。

 が、当事者としては、くすり、ともできない。しかし、何も悪いことはしていないのか、と尋ねられれば痛い腹でもあるので何も言い返せすことができない俺である。


「まーたいじられてんのか、これ?」


 と、そこに顔を出したのは、出かけていたらしい魚人マーマンのマッコイさんだった。


「助けて下さいよ、もう……」

「そりゃー無理だってよ、これ! 相手は我らが所長様だしなー!」


 ギザギザの歯を見せて笑うマッコイさんは、ウロコ模様のブリーフケースから、何やら半透明の袋に入れられた書類を取り出した。よく見るとブリーフケースも袋も表面はびしょ濡れである。やっぱり家は海の中とか池の中なのかもしれない。となると、防水用の袋なのか。

 予想どおり取り出された書類は少しも濡れていなかった。
 それをエリナに差し出す。


「とりあえず俺はさ、これ? 例の《ほこら》に詳しい奴から話を聞いてきたんだってばよ、それ」

「この資料、どういう内容なんですか、マッコイ先輩?」

「うーん、見てみた方が早いな、それ」


 エリナはうながされるままにごわついた紙束をめくりはじめた。


「タイトルは《始まりの祠》に生息する生物の……生態調査とありますね。……なるほど」

「な? 俺も見ていいだろ、エリナ?」


 俺も隣なら顔を突き出してのぞいてみる。どのみち手かせを付けられた状態では、紙をめくる行為ですらとてつもなく疲弊してしまう。これはありがたい。


「緑苔スライム、洞窟ウィスプ、目無しトカゲ、洞窟ミミズ、洞窟蜘蛛くも日陰ひかげありに大蝙蝠こうもり……確かにあの《祠》で出くわした魔物ばっかりだ……。それから……あの地霊コボルド」


 エリナの紙をめくる速度が速すぎて中身までは詳しく読めなかったけれど、ひときわ大きな文字で書かれた魔物の名称と、写実的なタッチで描かれたその姿が鮮明に記されていた。そして、かろうじて読み取れた小見出しには、生態・性格・言語・能力・その他特記事項とあった。

 俺たちが揃って資料から顔を上げたタイミングを見計らって、マッコイさんはこう言った。


「その資料、元々は生物学を研究してるダチが書いた物の一部なんだ、それ。けど、市場ではダンジョン攻略に役立つっつー評判で、あちこちで重宝ちょうほうされちまってるらしーんだわ、これが」

「ひとつ確認なのですけれど――」

「言ってみな、それ」

「これを描いた方も、もちろん魔族なんですよね? 合ってますか、マッコイ先輩?」


 マッコイさんは大きくうなずく。
 それを見て、エリナはこう言葉を続けた。


「だとしたら、魔族の中でも正統な市民として認められている魔族のことは、資料の中には描かないだろうなって思ったんですけど――」

「そーなるな、それ。これはあくまで『生物学のための資料』だしなー、これ」

「だったら……ここに描かれている時点で、コボルドは市民権のある魔族として、一般的には認められていない、ってことになりませんか?」

「うーん……さすがにその論理は厳しいと思うぜー、エリナっち」


 マッコイさんはエリナの着想点に興味を持ちながらも、苦笑いを浮かべて首を横に振った。


「こいつは、あくまでひとりの魔族の視点と考えに基づいて描かれたモンだ、これ。ここに描かれていることはすなわち魔族の総意である、ってーのはさすがに論理に飛躍があるぜ、これ」

「ですよね……」

「ま、あくまでこういう考え方もある、って程度だなー、それ」

「でも、マッコイさん。これ……凄くよく観察して研究して描かれている資料なんですね」


 エリナの手が止まっている隙に、たまたま開かれていた『洞窟ミミズ』のページを隅々まで読み込んだ俺はすっかり感心してしまった。


「あの洞窟で遭遇した『洞窟ミミズ』の行動パターンとか攻撃方法とか、弱点とか注意点とか、とにかく詳しく解説されていますよ、これ! 実際にあそこで戦ってみた俺が言うんだから間違いないです、これ!」

「ははっ! あいつに聞かせてやるよ、それ。喜ぶぞ、きっとこれ」


 いかん。また口調が伝染ってる。
 しかし、思わず興奮してしまうくらいにこの資料はとてもよく描かれていたのだ。

 となると、コボルドのページが気になってくる。もしかすると、糾弾人側の訴えをひっくり返すヒントが見つかるかもしれないからだ。手がうまく使えないのがもどかしくって、顔を擦りつけるようにしてページをめくろうとする。と、迷惑そうな顔をしたエリナに、ぐい、と押し退けられてしまった。代わりにめくってくれるらしい。



『地霊コボルド』

 危険度レベル:★★☆☆☆


 概要:地霊の一種。犬に似た頭部を持つ二足歩行の地霊。ただし体表は無毛であり尻尾も太く、卵生であることからも、爬虫類や両生類の近縁種だと考えられる。体長は2ピエから3ピエと小型。衣服や鎧を身にまとっている個体が多いが、コボルド自体にこれらの製造はできないため、収集物を財産として持ち運ぶための行為だと考えられる。


 生態:光を忌避し、洞窟や地中に掘った穴の中で暮らす。ドラゴンを信奉する傾向が見られるが、その信仰はあくまで一方的なものであって両者に利害関係は無い。採掘、収集、巣穴作り、罠の設置を一生涯本能的に繰り返す。また、一体の族長を中心とした群れを作る。まれにこの群れ同士が争うことがあるが、その場合、敗北側は勝利側の族長に従う形で再びひとつの群れを成す。


 性格:個として見る限り、コボルド自体には特段の意思はなく知能も低い。が、執拗しつようかつ偏執へんしつ的な一面があって、他の生物に縄張りへ侵入されることを極端に嫌がり、しばしば激しい敵意を剥き出しにして群れで襲撃を行う。これは、収集した鉱物を奪われることを恐れた危機感からくるもので、罠を設置する習性もそれに起因するものだと考えられる。侵入者が視界にいる間は決して諦めず、相手が地にすまで執拗に攻撃を繰り返す。


 言語:固有言語(コボルディッシュ)を使う。知能は極めて低い。個対個の識別は曖昧で、族長対個という関係のみが唯一成立している。ゆえに親子や兄弟という近親概念は極めて希薄。


 能力:目立った能力は無い。


 その他特記事項:群れから切り離された個体は、信奉するドラゴンのため、収集欲を満たすためであれば、容易に他生物・他種族に従属する傾向が強い。これは、族長の意思が個の意思であるという生態に基づくもので、そのためしばしば奴隷や従者として用いられることがある」


 文字を指でなぞりながら最後の一文を読み上げたエリナは、俺を見つめ、うん、とうなずいたのだった。


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