被告人「勇者A」~勇者の証を得るためダンジョンに籠っていたら争いが終わってました~

虚仮橋陣屋(こけばしじんや)

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第十八話 夕食を待ちながら

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「――!」


 厨房の奥が騒がしくなり、ぬっ、と頭にバンダナを巻いた巨漢が姿をあらわすと、俺はぎょっとした。隣のエリナというと、ぱぁあああ、と笑みを浮かべている。


「おう、イェゴール。毎度ごひいきに。チーはうまくやってるかね?」

「少なくとも退屈はしないわねぇ、おかげさまで。この前だって大変だったんだから!」

「まあまあ、そういうな。あいつもアレで、一生懸命ないい子なんだぜ? ……おっと」


 どこからどうみても、虎、である。

 その二足歩行のビールっ腹の虎が、にんまりと笑った。体型はお世辞にも虎らしくはない。どちらかといえばパンダのようにどっしりとしていた。エリナが思わず笑みをこぼしたように、その姿はどこかユーモラスでかわいらしくも思えるが、それでも虎は虎だ。

 がはは、と笑う声は咆哮のようで豪快な風が俺の顔面に叩きつけられて背筋が寒くなった。


「ハナシは聞いたぞ。おめぇさんがその《咎人とがびと》だな? この世に悔いが残らないくらいとびきり上等の飯を食わせてやる。まあ、運よく生き延びられたら、また食いに来るがいいさ!」

「お――お父さんってば!?」

「がはは! 冗談! 冗談さ! こいつらがついてるなら大丈夫だ。安心しろ。な?」


 ある意味、フーチーさんとよく似ている。この親にしてあの子あり、だ。恐縮しまくりのフーウーさんに背中を押されるようにして、《割烹料理・御首級みしるし亭》のコック長、フーダさんは退場(?)していった。フーチーさんもそうだったけれど、フーウーさんも細くて優しそうな見かけによらず、相当なチカラ持ちみたいだ。やはり獣人の血、ってことなんだろう。



 で。



 腕によりをかけた料理が出てくるまでの間、なぜか俺は所員のみなさんに囲まれるカタチで質問攻めにあっていた。決して、料理が出てくるまでヒマだから、ではないと思う。たぶん。


「ということは、よ――?」


 会話のまとめ役はイェゴール所長が買って出てくれたらしい。


「その、勇者Aクンは、なんとかーって妖精に強引に連れてこられただけで、自分から勇者になりたいって言ったワケでもないし、そもそもこの世界に来るつもりもなかったってことね?」

「そうなんですよ、はい。……って、やたら感心されてる気がするんですけど?」

「うふふ。かもしれないわねー」


 イェゴール所長はそう言って。みな一様に難しい顔つきでうなずいている所員たちを眺めた。


「だって、あたしたち民間レベルだと、そういう召喚! とか、転生! だとかは、てんで縁がないハナシだもの。まあ、魔王様クラスのお方であればなにかご存知でしょうけれどね」

「へー、そんなもんなんですね」

「そんなものなのですわ。たとえば、さっきあなたが口にした『妖精』だってそうですもの」

「え……。それってどういう意味です? ええと――」

「わたくしは、ラピス・タルムード。リリスよ。そして、ふだんは糾弾人を担当しているわ」


 リリス……ええと、悪魔だったっけ?


 少なくとも目の前にいるラピスさんは、一分の隙も見当たらない真面目で頑固で冗談の通じなさそうな女性だ。

 そう、言ってみれば典型的な優等生タイプ。それは、あまりここでは見かけないメガネ姿だったせいもあるのだろう。うす灰色のタイトスカートのスーツの右肩あたりには、フクロウの羽根――というより、もはや翼と呼ぶべきかなり大きなブローチをつけている。口調も仕草もお上品そのもので、これでホントに悪魔なの? と自分の記憶を疑いながら、俺は無言でうなずくとハナシの続きをせがんだ。


「このさまざまな種族がつどい暮らす新世界でも、ごくありふれた市民では一生出会うことすらない特別な存在がいるものなのよ。たとえばその一例が『妖精』。この事務所にいる者たちでも、聞いたことはあっても、実際に会って目にした者は少ないはず。ほら、該当者は挙手!」


 いきなりの展開にびくついたが、ラピスさんの呼びかけに応じて数名が手を挙げた。たしかに全員じゃない。半分いかないくらいだ。

 それにうなずきかえしたラピスさんは再び俺を見た。


「ご覧のとおりよ。……まあ、わたくしの場合は糾弾人ですから、過去の審問会で幾度か見かけましたけれど。それでも、ほんの数回ですわ。と言えますわね」



 ん?

 ふと、疑問が生じた。



「あの……質問、いいでしょうか、ラピスさん?」

「よろしくてよ」


 俺が手を挙げると、ラピスさんは目を伏せ、こころよくうなずき返した。俺は言う。


「今、ラピスさんは『妖精』のことを『珍しい生き物』っておっしゃいましたけれど、『妖精』だってこの世界で暮らす種族のひとつ、いわば仲間みたいなものじゃないんですか?」

「いいえ。違いますわね」


 ラピスさんが首を振った。
 まわりの所員たちの反応も似たようなものだ。

 俺は不思議に思う。それを察して、ラピスさんの隣に座っていた若そうな男の人が口を開いた。歯は細かい牙のようなものがびっしりと生え、首筋には光の加減で虹色にも見えるウロコが生えている。


「口で説明するのはムツカシーんだ、それ。……ああ、俺はマッコイ。魚人マーマンさ。うーん……たとえばのハナシをするぞ、これ――」


 マッコイと名乗った魚人の青年は、しばし天井を見上げてからこう言った。


「たとえば――そー、たとえばだぞ、これ。もしも、共通語コモンが理解できてハナシもできる猿がいたとするだろ、これ? 身なりもきちんとしてる。上等な折り目のついたスーツだ。じゃー、勇者Aクン、そいつははたして人間族ヒュームだと言えるのかね、これ?」

「えええ……うーん、でも、やっぱり猿はサル、ですかね、これ?」


 いかん、独特な口調が気になって、つい、つられてしまった。
 マッコイはにやりと笑った。


「だろー、これ? いくら共和制にのっとって治められている国家だとはいっても、そこからあぶれちまってるヤツらはいるのさ、これ。最近ではちょっとした問題になってんだよ、それ」

「『妖精に人権を! 妖精に自由を!』って連中ね」


 隣のラピスさんがほおづえをつきながら、はぁ、と切ないため息をついた。


「なまじヒトの姿をしているだけに、とんでもなく厄介な問題だわ。ですけれども、それを認めてしまったらば、ケット・シーでもケルピーでも、すべて認めなければならないでしょう?」

「そうだな、それ。しかしだなー、それを言ったらだぞ、これ――?」


 急に議論に発展してしまったようで、あっという間に俺はのけ者扱いになってしまった。そもそもテーマがフクザツで、当人たちにさえ難解なだけについていけないのもあったけれど。

 代わりにラピスさんの正面に座っていた、恰幅のいいずんぐりむっくりしたヒゲ面の男性がイモムシのようなぶっとい指を立てて、不器用なウインクをしながら愛想よく笑いかけてきた。


「ほら、このとおりさね。なんたってワシらは魔法律士だ。すぐこうやって小難しいハナシに没頭しちまう厄介なクセがある。すこーしばかり手加減して質問しないと、すぐに脱線するぞ」

「あははは……でも、みなさんすごいですね」


 料理が出てくるまでのつなぎ程度の時間だというのに、もうそこかしこでほんのちょっと聞きかじるだけでも難解極まりない会話に熱中しているようだ。

 仕事熱心、と感心するよりも、正直に言って俺には、彼らをひとまとめにして『魔族』――いいや、『魔物』と呼んで忌避きひしていた人間たちの方がはるかに低レベルだなぁ、と思えてならなかった。むしろ彼らの方がはるかに文化的で、先進的な存在だと思えたくらいである。


「これは……人間なんて、とてもとてもかなわないはずですよ」

「ははっ! かもしれんな!」


 そのこたえがよほど気に入ったのか、ヒゲのおじさんはもうもうと煙の立ち昇る葉巻のようなものをくわえ直すと、俺に向かってぶ厚い右手を差し出してきた。え? と不思議そうな目で見ると、お前も手を出せ、と無言でかしてくる。あの魔導士長に見せてやりたいくらいだ。


「ワシは、トバル・キーンヴェイ。見てのとおりのドワーフのじいさんじゃ。ふだんは大人ぶった無鉄砲で不道徳な未熟者たちの弁護を担当しちょる。まさにお前さんのような、な?」

「は、はぁ……」


 トバルじいさんの岩のようなごつごつした手を握りながら、俺の場合はちょっと違うんだけどな……と頭をかいていると、ようやく最初の料理が運ばれてきたのだった。


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