被告人「勇者A」~勇者の証を得るためダンジョンに籠っていたら争いが終わってました~

虚仮橋陣屋(こけばしじんや)

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第十三話 作戦会議

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 朝の目貫通りは、仕事場に向かう人々――正確に言えば人間族を含めた様々な人種・種族――で溢れ返っていた。その流れに逆らうことなく、俺とエリナは『正義の天秤』魔法律事務所へと足を速めていた。だんだん首かせ・手かせの扱いにも馴れて来たので遅れを取ることもない。


「おはようございます、所長」


 ようやく石造りの建物までたどり着き、扉を開けて開口一番エリナは告げた。


「あら、早いわね、エリナ。感心感心。……って、勇者Aクンも一緒なの?」

「それが――」

「マクスノフ所長、魔法律審判に向けての作戦会議をしたいんです! 協力してください!」


 まだ事情をよくわかっていないエリナの背後から食い気味に身を乗り出して俺が訴えると、マクスノフ所長はフルメイク済みのゴテゴテした微笑みをわずかに引きつらせた。


「きょ、協力って……『魔法律審判』ならまだはじまってないでしょう? 次のルゥナの日までは三日もあるじゃない」

「いや、違います。三日しか! ないんです!」

「「?」」


 二人のハテナ顔がシンクロした。

 ずっとそれが当たり前だったんだろうから無理もないけれど、最初の口頭弁論まで何もしないで過ごすだなんて、俺にしてみたら到底信じられないし、あまりにももったいなさすぎる。


「勇者である俺に対してかけられる嫌疑について、相手の出方を予想してあらかじめ考えうる対策をひと通り立てておく必要があるんです。そのために、所長や所属するみなさんのおチカラをお借りしたいんです。どうか、お願いします!」


 一息で俺が強めの声量で言い切ると、すでに出社していたらしき他の魔法律士たちも興味をかきたてられて徐々に集まって来た。


「そりゃあやるからには勝ちたいわよ、あたしだって」


 その輪の中で、マクスノフ所長は困り顔で告げる。


「でも、協力するにもどうすればいいのか……。なにしろあんたも言ったとおり、当日にならないとそもそも嫌疑の内容がわからないのよ?」

「少なくとも、過去の判例はいくつかあるはずですよね? そこから傾向を分析するんです」

「ふむ。確かにそれはひとつの手だな」


 マクスノフ所長の隣に立っていた、やけに顔色の悪い青白い痩身の男が腕組みのポーズのまま感心したようにうなずいた。なぜか室内だというのに、鍔広の黒い帽子を深々とかぶったままで表情を隠している。俺は声をかけてみることにした。


「ですよね? ええと――」

「……ああ。俺はハールマンという、吸血鬼でね。それよりも、やけにくわしいな、勇者A?」

「あ、ども。……き、吸血鬼、ですか。い、いや、ちょっとばかり心得がありまして……」


 差し出された手を握ると氷のように冷たかった。爪の根本のあたりは青黒く、いかにもグロテスクな印象が拭えなかったが、せっかく好意的に接してくれているのに無下にもできない。ココロを込めて精いっぱい握り返すと、うっ――体温がごっそり持っていかれる感覚があった。

 にしても、その『心得』とやらの大半が実はゲームから得た借り物の知識で、うすっぺらな耳年増状態なのだとは口が裂けても言わない方がよさそうである。


「……おもしろい。ちょうど夜勤明けで帰ろうとしてたところだが、過去の判例を調べるのは俺が担当してやろう。なあに、礼ならあとで、君の首筋からちょろっと拝借できれば――」

「す、吸うんですか? 俺の血を!?」

「ははは、冗談だって。真に受けるなよ。俺だってどうせなら若い女の子の方が好みだからな」


 にやり、と笑ってやけに真っ白な犬歯を覗かせると、ハールマンは帽子を脱ぎ去り、玄関脇のポールハンガーめがけてフリスビーのように投げてから奥のうす暗い部屋に向かった。エリナが耳打ちしてくれたが、あそこは資料室で、ハールマンさんが担当者なのだという。


「ふふん。早速協力者第一号ゲットってワケね。……さて、その他にも作戦はあるのかしら?」

「もちろんですよ」


 ハールマンさんのうしろ姿を見送り振り返ったマクスノフ所長の表情は、さっきまでとは打って変わって明らかにおもしろがっている風に見えた。これは一人目から当たりが引けたのかもしれない。俺は場の空気が温まっているうちに次なる手を口にした。


「次に、向こうの動きを探れる人が必要だと考えています――《黄金色の裁き》魔法律事務所の」

「ふうん。それで?」

「嫌疑をかけるにしても、当然そこには罪を糾弾する当事者がいなければハナシにならないですよね? 彼らが誰に接触するかを監視しておけば、ある程度の先読みができるはずです」

「なーる」


 次に反応したのは、妙にギャルギャルしい口調の金髪女性だった。


「よーするに『スパイごっこ』ってワケねー。それ、超おもしろいじゃなーい!?」


 その恰好はというと、平たく言えばセクシー。悪くいえば、朝帰りの水商売のお姉さん風だ。濃いアイラインにグロスたっぷりのぽってりしたくちびる。ばっちりとファンデーションで塗り固めた肌はキラキラと輝いているように見える。スパンコール満載のマーメイドドレスが腰から下の艶っぽいラインを物凄く強調していて、高校二年生男子の俺にはとても……刺激が強い。


「じゃーそれ、あーしがやってあ・げ・る。こう見えても尾行とか超得意だしー!」

「あ、あの……。うれしいんですがお姉さんだとすごく目立ってしまいそうなんですけれど……」

「んー? あーしがキレイだからー? んーんー?」

「い! い、いや……まあ……そういうワケで――いてっ!?」


 唐突に背後から尻目がけて鋭い蹴りを浴びせられたのでとっさに振り向くも、そこには不機嫌そうにむくれてそっぽを向いているエリナしかいなかった。なんだよ、もう……。


「――!?」


 と、再び前を向いたとたん、息を呑むほど驚かされた。目と鼻の先にさっきの金髪ギャルお姉さんが立っていたからだ。いくら気がそれていたからといっても、足音一つしなかったのに。


「んふー。……おねーさんのヒミツ、見せて、あ・げ・る・♡」

「へ? ……ふ、ふわぁあああああ!?」


 甘い香りの吐息がセリフとともに耳元に吹きかけられ、パッションピンクのネイルを施した指先が俺の顎先を優しくつかまえたかと思うと、お姉さんはもう一方の手でつまんだドレスの裾をゆるゆると上げていく。ああっ! 見ちゃダメだ! い、いや、すごく見たいっ!!


「……不純異種族交遊も罪状に追加ね、《咎人とがびと》。っていうか、よく見なさい――よっ!!」


 糞っ、再び俺の尻がっ!
 ……って、あれ?

 鋭い痛みに顔をしかめつつ、太ももあたりまであらわになったそこを見ると――うろこ!?


「んふー。お姉さんねー、悪いJSなのよ。ほら、これなら足音しないでしょー?」


 そこにはすべすべのストッキングに包まれた思わずふるいつきたくなる足――なんてものは存在せず、鱗に覆われぬめりを帯びた大蛇のごとき一本の太い尾で彼女は身体を支えていたのだった。確かにこれなら尾行しようが足音を立てる心配はないだろう。


 でも……なんでJS!?


「あー。JSってもわかんないかー。よこしまな神、『邪神じゃしん』を略して『JS』ってワケよー」

「な、なるほど。……はうっ」


 なぜかそれでも収まらないのは俺の下半身である。
 むずむずしてこそこそして、もう我慢の限界なんです……が……が……!

 や……ば……い……!


「んふー。はーい、サービスしゅーりょー。帰っておいでー」


 お姉さんが、ぽん、と手を叩いたのを合図に、俺の学生ズボンの裾から大量の小さな蛇がにょろにょろと這い出て来たではないか。爬虫類は苦手じゃないけれど、さすがにこの量は引く。


「どう? どう? よかったっしょー?」

「い、いえ。あ、あの」


 ん……ぐっ!


「ぽんぽん人の尻蹴るんじゃねぇえええ!」

「うっさい! ドスケベ《咎人》!」


 今度はしっかりと残心の構えを取り、蹴ったことを微塵も隠そうともしないエリナがそこで吼えていた。


「マユマユ先輩もマユマユ先輩ですよっ! ここは魔法律の徒が集う、神聖なる場所なんですから! そ、そういう……え、えと……ふ、風紀を乱す行為は一切禁止、です!」

「……ほーう。じゃあ、ここはエリナっちにもサービスしてー」


 わきわき、と両手をリズミカルにうごめかせるマユマユさん。


「い・り・ま・せ・ん・!」


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