被告人「勇者A」~勇者の証を得るためダンジョンに籠っていたら争いが終わってました~

虚仮橋陣屋(こけばしじんや)

文字の大きさ
上 下
4 / 64

第四話 王との謁見

しおりを挟む
「まあ、ともあれ、だ――」


 玉座の主は、あまり立派そうにも思えない口髭くちひげの端を指先ででつけるとこう続けた。


「儂の名はユスス・タロッティア五世。このウェストンの主にして、ヴェルターニャを統治する王である。この王の中の王たる儂が命じ、ゆえにお前はこの世界の救世主たるべく召喚されたのだ。つまりはこの儂こそがお前のあるじであり、仕えるべき王でもある。ここまではよいな?」


 いいワケなかろうが。

 とは思うものの、そんな生意気な口を利こうものなら何をされるかわかったものじゃない。今の状況においては、圧倒的に王である向こうの立場が優位だ。なにせこっちは、なんの能力も持たない平凡で普通の高校生なのだから。





 ここはひとまずおとなしく――。

 ……待てよ?





「えっと。質問良いですかね、王様?」

「よい。申してみよ」

「あの……俺みたいな勇者候補って、何か特別な力を授かっていたりするんですかね?」

「な、何!?」


 思いもよらない質問だったらしく、タロッティア王は玉座からずり落ちそうになった。


「……フリムルめ、また肝心なことを伝え忘れておるのか。酒を与えずば務めを果たさず、与えれば与えたで事を仕損じる。間抜けているにもほどがあるぞ。まったくもって……!」

「お鎮まりくだされ、我が王。ここはわたくしめが」

「う、うむ。やってみせよ」


 当然、俺の意志なんてものはチリほども尊重されないワケで。

 ベリストンさんが中空に描いた魔法陣がひときわ激しく輝くと、俺のカラダは出所不明の光の柱に包まれていた。振り返るヒマすらなかった。うわっ! と驚き、逃げ出そうとしたものの、慌てたベリストンさんにさっと片手で制されて動きを止めた。ヘタに動くとヤバいのかもしれない。


「ふむ……なるほど。大方わかりましたな」

「な、何がわかったんだよ!? っていうか、勝手に――!」

「――この者の授かりしチカラはちと特殊ですな。使いどころが極めて難しいチカラのようで」


 はいはい、無視ね……。

 ま、俺だけに『授けられしチカラ』と聞けば興味が湧かなくもないので、黙ることにする。


「端的に申せば『真偽を見破るチカラ』にございましょう。ひとたび手を触れれば、たとえそれが人であろうが獣だろうが、はたまた路傍ろぼうの石つぶてであろうが、それが『嘘か真か』がこの者には読み取れるのです。つまるところ、それが意志を持つかどうかではなく存在が――」

「よ、よいよい! そこまでにしておけ、魔導士長」


 まだまだ語り足りなさそうなベリストンさんの話の腰を強引にへし折ると、王は尋ねた。


「儂が聞きたいのはただ一つ――その『チカラ』は魔王を倒す切り札たるかということだが?」

「……無理でしょうな」

「だと思うたわ。はぁ……」


 いやいや。
 溜息つきたいのはこっちなんですけど。

 そこでようやくタロッティア王は俺という存在を思い出したかのようにこう告げた。


「しかしだな、エ――勇者よ。いや、勇者とならん者よ。それでも貴様が憂国の救世主であろうことには相違ない。だがな? その前に貴様は挑まねばならんのだ。《始まりのほこら》に!」


 言い淀んだのはほんの一瞬で、あっさりごまかしたところをみると、この王様、他人様の名前はまるで覚える気がないらしい。物言いは横柄だし、絵に描いたような傲慢さには反吐へどが出る。


「どうして俺がやらないといけないんですかね……?」

「儂は貴様の主であり、仕えるべき王だと教えたはずだが? それにだ、元の世界に帰れるかどうかは儂の気心一つでどうとでもなる。フリムルめは儂の言葉にしか従わんからな。ん?」


 くそっ。強制イベントかよ。

 こういうの、パワハラっていうんじゃないの?
 勇者っていうか、まるで奴隷扱いじゃん。


「……何をすればいいんですか?」

「なに、実に簡単だ! 《始まりの祠》の最下層にある《勇者の証》を取ってくればいい!」


 なら自分で行けよと言いたいところをぐっとこらえると、タロッティア王は手を打ち鳴らす。それを合図に、扉の奥に控えていたらしい数名の甲冑姿の兵士が重そうな木箱を運んできた。


「そこにある武具と道具を持って行くがよい。あとは貴様のチカラと運次第だ。武運を祈る!」


 開かれた木箱の中には――使い込まれて刃こぼれした剣と、これまた使い古しらしき鉄の胸当て、ぶ厚い革の小手とすね当てが入っていた。その他にも、松明と用途不明のポーション、そして何枚かの丸められた羊皮紙がある。だが、金銭のたぐいはどこにも見当たらなかった。



 つまるところ――必要ないってことなんだろう。
 ここで死ぬかもしれない勇者候補に、そんなものなんて。 





 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆





「我々がお供できるのはここまでです」

「……はぁ」


 慣れない手つきで支給された装備一式を身に着け、リックサックに似た革袋に残りの道具類をしまい込むや否や、俺は一頭引きの粗末な馬車の荷台に乗せられた。そして、四名の兵士に付き添われるカタチで城から少し離れた断崖の下に連れてこられたのだった。今ここ。


「痛たたた……。尻割れただろ、絶対……」


 馬車とは言ったものの、この世界に存在する木材加工道具にはロクなものがないらしく、車輪がゆがんでいる上に、クッション? なにそれおいしいの? のむき出しの状態なものだから、降りた今でも尻がじんじんと痛んで仕方ない。

 だが、四人のうちのリーダー格らしき兵士は、ここに到着するやすっくと立ち上がると、何事もなかったように笑顔を浮かべてこう告げた。


「ほら? 見えますか? あれが《始まりのほこら》の入口ですよ。普段は閉ざされておりますが」


 こいつらの尻は鉄か何かでできてるのかよ……。

 ぶつぶつ言いながら尻を撫でつつ指さされた先を見ると、たしかにそれらしき大岩と看板があった。だが、リーダー格の兵士が言ったとおり、入り口はぴっちりと閉じているではないか。


「い、いやいやいや……。あれ、どうするんです? あんなの開けられないんだけど?」

「それは我々が。しかし、《始まりの祠》に挑めるのは、勇者たる者お一人のみなのです」


 絶対、君らの方が強いじゃん、それ。


「うーん……頼んでないんだけどなあ。……で? あなたたちはこのあとどうする気です?」

「王の命により、貴方がお戻りになるまで我々はこの地に留まることになります」


 逃げないように見張ってる、ってことね……。

 この四人なら真っ当な会話もできそうな気がするんだけれど、とはいえ、この絵に描いたような生真面目さだと、あの王様の命令に逆らうなんて融通は利かせてくれそうにない。


「す――すぐに戻ってこられるとは限らないんじゃないですかね?」

「ですので、もし七日経ってお戻りにならなければ……我々は城へ戻る手筈てはずになっております」


 作戦行M.動中行I.方不明A.ってワケね。
 泣けてくる。


 たしかベリストンさんがこっそり教えてくれた補足説明によれば、この《始まりの祠》は初級から中級冒険者向けのダンジョンらしく、最下層の《勇者の証》があるのが地下一〇階。そこまでたどり着くためには、数々のトラップや魔物《モンスター》を退しりぞけて進まなければならないのだ、という。


「戦い方だってロクに知らないのに……。無理ゲーじゃないですか、これ?」

「先程、剣の扱いや道具の使い方については、ひと通り手ほどきをさせていただいたかと」


 悪気はないんだろうなー。
 わかる、わかるんだ。

 でも、真面目で真剣な表情に無性にいらだって、俺は手にした羊皮紙の束をばしばし叩いた。


「渡された教本を読んだだけですよ! たまたま文字が読めたからよかったけど! 大体、あんな悪路でじっくり文字なんて読んでたら乗り物酔いしますって! 実際気持ち悪いし……」

「なあに、大丈夫ですよ! 貴方は選ばれた勇者たるお方なのですから!」


 なにそのパワーワード。
 勇者だって同じ人間だって。


「……せめてこれ、もらっていってもいいですか? まだ読んでないところ、あるんで」

「もちろんですとも! 日頃訓練している我々には必要ない物ですからね。どうぞどうぞ!」


 そんな会話をしている間に、残りの兵士三名が大岩と格闘し、全身大汗を流しながら《始まりの祠》の入口を開けてくれた。おそるおそる近づいてみると、よどんだホコリっぽい空気が鼻をくすぐる。反射的にくしゃみが出かかったものの、ひとたびこの中に入ればもう敵しかいないのだ。急に怖くなった俺は、くしゃみと口腔に溜まった唾をごくりと呑み込み振り返った。


「では、御武運を!」



 うごごごごご……。



 え!?
 嘘!?

 閉めちゃうのかよ! 早いってぇええええええええええ!


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

如月さんは なびかない。~クラスで一番の美少女に、何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

奇妙な日常

廣瀬純一
大衆娯楽
新婚夫婦の体が入れ替わる話

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

とあるおっさんのVRMMO活動記

椎名ほわほわ
ファンタジー
VRMMORPGが普及した世界。 念のため申し上げますが戦闘も生産もあります。 戦闘は生々しい表現も含みます。 のんびりする時もあるし、えぐい戦闘もあります。 また一話一話が3000文字ぐらいの日記帳ぐらいの分量であり 一人の冒険者の一日の活動記録を覗く、ぐらいの感覚が お好みではない場合は読まれないほうがよろしいと思われます。 また、このお話の舞台となっているVRMMOはクリアする事や 無双する事が目的ではなく、冒険し生きていくもう1つの人生が テーマとなっているVRMMOですので、極端に戦闘続きという 事もございません。 また、転生物やデスゲームなどに変化することもございませんので、そのようなお話がお好みの方は読まれないほうが良いと思われます。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

処理中です...