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第2章 異世界教と異世界教

第18話 消えた想い

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「ミヅキ!」
 勢いよく布団を跳ね上げ起き上がった。ミヅキ、ミヅキはどこだ!

「おはようございます朔弥様、朝食は出来ていますのでこちらにお着替えください。ご希望とあれば私を先に食べてもよろしいですわ」

 一体何なのだ……

「ミヅキは……ずっと僕の世話をしてくれたミヅキを呼んでもらえないか」

「いやですわ朔弥様。ミヅキなんて女はここにはおりませんわ、ずっとわたくし、メイランが世話をしてきたじゃありませんか」

 夢? ミヅキ……僕の妄想……いや、手のひらに残る胸の感触がしっかり残っている。

「朔弥様、いやですわぁ。そんなにいやらしい手つきをする位なら私がお相手しますわよ。胸には自信があるんです」

「ごめんごめん、どうやら夢を見ていたようだ」
 無意識に激しく左右に手を振ってしまう。

「これは……」
 右手に残る涙の跡、これは絶対にミヅキのものだ、なんらかの力が彼女に働いた思いのが自然だろう。

「差し出がましいようですが朔弥様はあまり深く考えず、欲望に忠実に生きた方が宜しいかと存じます。そうすれば良い思いもできるでしょうし私たちも幸せになれます」

 そうか、メイランは暗にミヅキのことを教えてくれているのか。ミヅキ……一体今頃何をしているんだろう。

「ありがとうメイラン」
「うふふ、お礼として私に子供を授けてくれてもいいんですよ」

 メイランは僕に服を渡すと「朝食が冷めてしまいますので食堂にお越しください」と言い残して部屋を出ていった。

 ミヅキ……雫……結衣……光輝。
 思い出したぞ……これまでの記憶。いや、この記憶は頭の中にはあったんだ……昨日の夕飯はなんだっけ程度の薄い認識として。

 ただどうしてもひとりだけ出てこない。状況の鍵となる人物……忘れているわけではない。1か月前の夕飯を思い出すようにぼやっと影が浮かぶ……何かに堰き止められているのかそれ以上引っ張りだせない。
 
──ザワッ

 体に感じる違和感……この風はエデンの風。

「僕を呼んでいるのか……」

 美しく広がるエデンにそびえる大樹、煌びやかに実る黄金のリンゴ禁断の果実。この果実を見るのは3回目だ、1回目はピエロに渡され光輝が食べた。2回目は僕が採って雫が食べた。そしてこの3回目は……

 僕の右手は無意識のうちにフリックバレットの体制になっていた。果実がぶらさがる枝にロックオン。
「よし、体が覚えている」
 外れる気はしない……打ち込もうと力を込めた瞬間。

『その果実はあなたの手で採って』

 エデンで合った裸の女性……なんだ……顔が……結衣?……か?
「いや。そんなはずはない。ありえない」
 気に向かって駆け出した。手を伸ばして結衣を少しでも早く掴めるように。

「いない……か、ふぅー」
「よし、信じてみよう」
 禁断の果実にゆっくりと手を伸ばした。

「なんだ……」

 果実を掴もうとした瞬間、陰から出てくる女性。
「やっぱり結衣か……」
 視覚的には誰だかわからない……概念として存在しているがごとく。ただただ感覚が僕に結衣であることを告げていた。

 結衣概念はほわぁっと羽のように近づくと僕の口に何かを放り込んだ。

「うわぁ」

 口に入れられた物体は喉を抜けストンと胃に落ちた。拍子に伸ばしていた手が禁断の果実をもぎ取ったのだった。

 目の前が白く……白くなっていく…… 僕は一体…… どうな……った……ん……だ……。禁断の……果実……も……なくな……って……。

 
* * *

──同時刻、異世界教本部、朔弥の部屋──

「朔弥様ー、大丈夫ですか。朝食が冷めてしまいます」

 おかしいわねー、朔也様はどうしたのかしら。
 部屋に入っても誰もいない。

「変ね、どこに行ったのかしら」

 まさか布団の中に隠れていたりしないわよね。襲われたらどうしましょう……でも、子供を授かれば私たちは救われる……。

 大きな布団をめくりあげた。ポツンと転がっている禁断の果実美しいリンゴ

「何かしらこれ……もしかしてこの実はソウジャ様が探していたものかしら……」

 果実を拾い上げて見つめてみる。あまりの美しさにうっとり。

「でも、ソウジャ様の探しているリンゴは地味な色をしてるって……。何にせよ報告しませんとね」

 惹きつけられる心、吸い込まれる目線、そして抗うことのできない欲望。

「あぁ、これは私に食べろと訴えかけているのね……」

 気づいたときには口にしていた。と同時にメイランの姿はこの世界から消えたのだった。

* * *

「……さん、……サクラさん」

 ん、ん……なんだ地震か……もうちょっと寝かせてくれって。
 あまりにも激しくなる揺れに思考回路が動き始める……そして浮かびあがる愛おしい人の顔。

「ミヅキ!」

 ──ゴッチーン

 頭の周りをキラキラと星が飛び回った。

「イテテテ」
 ぶつけた場所をさすりながら目線を向けると、雫が苦い顔をしながら頭をさすっていた。

「雫!」
「イテテテ、サクラはどんだけ石頭なのよー」

 交錯する視線、頭をぶつけたことを思い出して二人で大きく笑う。

「ハハハ、そういえば小さい頃に雫と頭をぶつけたことあったなぁ」
「そうなんだー、でも凄いわね。サクラのおかげで強くなったわたしはこの位の不意打ちなら軽くかわせるはずなのに」
「流石は雫だ。僕の攻撃に油断してたんじゃないんのぉ?」

 冗談を言えるこんな関係が懐かしくもあり嬉しくもあった。

「そうかもしれないわね。サクラにならわたしは心も許せそうだから……」

 頬を赤らめる雫に……「ちょっと今の言葉って──」。
 僕の言葉を遮った雫は「長老が今度サクラを見たら、会いにこさせなさいって言われてたの。直ぐに行ってあげて」と言うとイソイソと走って行ったしまった。

「雫……」
 初恋の思い出が蘇る……。いや、さっきまでミヅキのことを考えていたのに……。そんな自分自身に嫌悪。振り払うように立ち上がった。

「あれ? なんでシュッセルの訓練場にいるんだ」
 普通に考えれば石碑に飛んでいたはず。深刻に悩んだが分からるはずもなく……。

 訓練場の外に出ると、雑踏に混じって人々の話し声が風に乗って聞こえてくる。ユランダ・メシアがどうとか異世界教がどうとか……。興味が湧かず、右耳から左耳に抜けていく。

「……ミヅキ様が………みたいよ」
「ミヅキ!」

 寝耳に水。うわさ話をしている女性たちに駆け寄った。

「ミヅキ、ミヅキって今言ったよね? ミヅキのことを知っているの?」

 切羽詰まっていた表情をしていたと思う。女性たちは不審者でも見るような冷たい視線を向けている。

「びっくりさせないでよねー。あー、あなたは雫ちゃんと一緒にいた人ね」
 安心したのか肩を落としてフーと細い溜息。

「ミヅキって……、ミヅキ様はルカ聖堂のウタハ長老神子を守っていた聖人様よ」

「そうなのよねー、強い力を持っていたから異端として捕われちゃったのよねー」
「そうそう、なんか噂だとこの街を守るために自ら行ったとか」
「でもさー、あんなに尽くしてくれたミヅキ様を奪われる位だったら長老も『戦わずの誓い』なんか気にしないで取り戻しちゃえばいいのに」
「どうやら他の聖人様たちも異世界教に連れ去られたみたいよ」
「『戦わずの誓い』って身内よりそんなに大事なものなのかしらねー」

 ……噂話が終わる様子はない。ミヅキはシーラに向かったとかどこかの国に献上されたとか本当か嘘か分からないような話題で持ちきりだった。

「有効な手掛かりにはならないか」
 トボトボと長老の住処に向かうのであった。
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