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第1章 異世界教へようこそ

第8話 異世界教狂想曲(後編)

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「朔弥くん、あっちの世界で得た能力は現実世界でも使えるんだよ」
「とは言っても半分程度の力しか出せないけどな」と憲久が補足を入れる。
 ふたりは身振り手振りを交えながら話し始めた。

「まぁでもこっちの世界ではこれで十分だけどな」と頷き琢磨は多弁に話し続ける。
「俺の能力は地系の硬化武装、一時的に体の一部を硬化する能力だ。普通じゃあそうそう破れないぞ」と得意気。

「僕は風系の空間透視だね、思念をドローンのように飛ばして覗くことが出来るんだ。ただ視力が低下するデメリットがあったけど思念で見ればなんら問題ないよ」

 そういえば憲久くんの眼鏡が変わっている。今までよりメガネのレンズが厚くなっている。僕の視線に気づいたのかクイッと眼鏡をあげた。

「俺のデメリットは異常な打たれ弱さだ。硬化してないとガッツリダメージを受けてしまうんだ。だから硬化が遅れる奇襲は苦手なんだよー」
「それを僕が後方支援すればいいからね。」
「そうそう、あのシュ……なんとかの町の時だって……」
 琢磨と憲久の話は止まること無く続く。僕はふたりの言葉を黙って聞いた。

 分かったことは3つ。
 ・金銭は異世界とこちらの世界で共有されている。
 ・スキルと同じ系統の魔法を使うことが出来る。琢磨くんは地系、憲久くんは風系。
 ・光輝と共に結衣を探す旅をしている。他の異世界教の信徒は別の方法で結衣探しを手伝っている。

「凄いよな、あっちでお金を稼げばこっちの通帳にお金が増えてるんだもんな」
「琢磨はがっつきすぎだよ。僕は必要最低限で十分、それよりも硬貨を念じるだけで出し入れできるのは便利だよな」
「硬貨しかないのが不便だよ。さつとか考えればいいのに」
現金自動預け払い機ATMをいつも持ち歩いてるみたいで便利だよ、それに1ギラ投げるだけで陽動に使えるから助かったよ」

 あっちの世界……あの時公園で見た少女はビシュミラーと言っていた。異世界リンゴが実る場所とつながっているのか……それとも全く別の世界なのか……。

「そういえば憲久くんが最初に言っていた異世界教徒の監視ってしているの?」
「あれ、明智さんに聞いてない? 都度伝えているんだけど……まぁいいや。怪しい動きを感知した時にいくつも思念を飛ばして監視するんだ。そしてルールを破ったものには……ロックオン」銃を指で形作ると「エアーバレット」と一言。
 テーブルに置かれた缶が弧を描いて吹き飛んでコロコロと転がる。その缶はひしゃげ中身が漏れ出し床を濡らす。
 
 そうか! この間絡んできた高校生AとB琢磨くんの友達を倒したのはこの能力だったのか。
 
 高校生Aのパンチを右手で受け止め、左手腕を硬化武装して竹刀を受け止め折った。高校生Bの持つ竹刀を粉砕したのが憲久くんが飛ばしていた思念からのエアーバレットというわけか。

「朔也くん、内緒にしてくれよ。僕の力は明智さんと相談してケルビンの裁きとして活用してるんだから。おかげで能力持ちは一切のトラブルを起こさないよ」
 笑顔になる憲久、その笑いにつられるようになぜか笑みがこぼれてきた。

「ふふふ……」

 この感情……こんなに凄い能力を持つ教徒たちの上に立っているという快感。能力の源となる『異世界リンゴ』を生み出しているという自信。ダメだと分かっていても湧いてくる悦びに抗うことが出来なくなっていた。

「「必要があったらいつでも言ってくれよ、こっちの世界では《俺/僕》たちが神子を守るかんな」」
 琢磨くんと憲久くんの言葉が心地よい。認められ崇められることがこれほど気持ち良いものだと思わなかった。

 異世界教徒を増やせばもっともっと強くなるんだ。

* * *


 着実に信者は増え大きくなっていく異世界教。
 知名度が上がってくるとテレビの取材や警察の捜査が入ることもあったが、沙羅の力なのか徐々に沈静化し平穏な日常生活に戻っていった。

 奉納金が入金された通帳を見せられるたびに大きな不安に襲われ、何度も沙羅に「もう少し良い方法はないのか」相談したが、今は通帳の大きくなっていく桁に悦びすら感じる。


「朔也! 異世界教を続けるのは光輝と結衣を助けるためなんでしょ。最近の姿を見ていると欲望に吞まれてしまっているように見えるわ。しっかりしなさい」
 雫の声も煩わしい。いくらグレていようが居合術を習得していようが僕の教徒にかかればイチコロだろう。
 
 の字に曲がる雫の身体からだ。これは憲久くんのエアーバレット。

「雫、これは異世界教の神であるケルビンの裁きだ。お前の言う通り光輝と結衣は助けてやるから黙ってみていろ」
「さ、く、や……お願い……目を覚まして……あの時の優しかった朔也に……」

 傷ついても異世界教を止めるように説得を続けてくる雫……繰り返される説得に心を取り戻しかけていたある日。

 ”リーン、リーン……”
 けたたましくなる着信音、スマホが一生懸命に着信を報せる。
 相手は……「雫!」、あまりにも熱心に食い下がる彼女に鳴り響く着信音が悲痛の声に聞こえていた。

「僕はもう雫の傷つく姿を見たくないんだ。諦めて見守っていてくれないか。そうすれ──」僕の言葉をテンション高く遮る雫。

『わたし思い出したの! 中2の時に何があったか……あなたは沙羅に騙されているの。いい、今日の放課後あの公園で待ってるわね。分かった! 絶対に来るのよ!』

 電話は切られた。雫が何を言っているのか分からない……、沙羅が騙している? 思い出した? なんのことだろう。

「とりあえず放課後に行ってみるか」
 
”リーン、リーン……”
「あれ、また電話……」
 スマホの画面を見ると相手は沙羅。
『おはよう朔也。今日の放課後にちょっと付き合ってほしいところがあるんだけどいいかな』
「ごめん沙羅、さっき雫と放課後に約束しちゃってね。なんか中2のことを思い出したから話しがしたいって言われてさー、気になるから行ってみるよ。終わったら支部に向かうから待ってて」
『…………』

 無言……沙羅からの返事がない。

「さ……沙羅?」
 断ったことが気に障ったのだろうか。いや、それ位で起こる沙羅じゃない。
『………。ああ、ごめんなさい。考え事しちゃって……分かったわ、雫さんとの話しが終わったら絶対に支部に来てね』

 このやり取りが今後を大きく変えることになるとは、この時は思うはずもなかった……。

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