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お風呂で負けない!

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「いないよな、よし」

 まずは脱衣所のドアをノック。そしてレックスは周りに誰もいないことを確認してドアを開けた。サキュバスメイド三姉妹の手によって、脱衣所やバスルームのタイルなどはいつも清潔にされている。

 特に、ヴァネッサは風呂好きなので暇さえあればバスルームを清掃するか入浴するのだ。ばったりとどちらかが着替え中に出くわすということもあった。
 もちろん、鍵が閉められていないのはレックスへの誘惑行為である。父に出くわした場合は合掌。

 服を脱ぎ散らかすということはせず、きちんと洗濯かごに入れて、レックスはバスルームに入る。
 アイヴィに風呂に入りたいということをあらかじめ伝えていたため、バスタブには沸かされたばかりの湯が溜められていた。湯気が絶えず立っており、入れば疲れがみるみるうちに落ちていくだろう。

 だが、まずは風呂に入る前に体を洗わなければならない。そのために石鹸を探したのだが、どこにもない。
 タオルやタライはきちんと用意されているのだが、石鹸だけ忘れられているということがあるだろうか?

「レックス君、そっちに石鹸ある?」

 薄いドアを挟んでバスルームに響くヴァネッサの声。突然の事態にレックスはタオルを取ってさっと前を隠した。

「えっ、ヴァネッサ!? いや、その、ないよ」

「じゃあそっちに石鹸渡すから入っちゃうね。あっ、私も一緒に入っちゃお」

「はあぁ!?」

 メイド服がすれ、次いでぱさりと床に落ちる音。間違いなくドアの向こうには、美しい体をさらけ出したヴァネッサがいる。しかもバスルームに入ろうとしている。

 かちゃりとドアが開けられた瞬間、レックスはその裸体を直視してはいけないと、ぎゅっと目を閉じた。ひたひたとタイルを踏んで、ヴァネッサが彼の前まで来る音。

 だが、レックスの反応を待つように彼女は抱擁もせず、ちょっかいも出してこなかった。
 ただ目の前でくすくす笑っていることを不審に思い、レックスは恐る恐る目を開ける。

「じゃーん、水着だよっ。うふふっ、期待しちゃったかなぁ」

「……なんだよ、ビックリしたよ」

 ヴァネッサは裸ではなかった。彼女の髪の色と同じ色をした赤いビキニを着ており、大事な箇所はきちんと隠されている。
 だが、それでも大きな胸でつくられた谷間や、くびれた腰のラインは暴力的な魅力を持っている。
 ハートマークを茨で囲んだ下腹部の淫紋も眼福……目に毒である。

「じゃあ、背中流してあげるね? さっ、椅子に座って」

 なんだかまだ自分が入ってはいけない店に入ったみたいだ、とレックスは恥ずかしながらも椅子に座る。
 湯で水分と温かさを得たタオルに石鹸をこすり当てる音。そして、柔らかいタオルときめ細かい泡の感触が彼の背に当たる。

「もしかしてヴァネッサが石鹸取った?」

「何のことかなぁ? お姉ちゃんわからないや」

「嘘だね。ヴァネッサはサフィアよりわかりやすいよ」

 とぼけてみせるヴァネッサだったが、逆にそのとぼけ方で見抜いたらしい。レックスの言葉に彼女は手を止めてため息をついた。そして湯をふんだんに入れた桶を手に取る。

「う~ん、サフィアみたいなイタズラは難しいなぁ。……よしっと。さっ、レックス君。前を洗うからこっち向いて?」

「ま、前はいいよ! 自分でできるから! それより、ヴァネッサの背中を洗うよ!」

「そう? うーん、じゃあお願いしようかな」

 さすがに前を洗うことは無理かぁ、とヴァネッサは自分の背中を任せる。同じように泡だらけのタオルで彼女の背中を洗うレックスだったが、その魅力に戸惑う。

 ――うわっ。ヴァネッサの背中、ものすごくスベスベだ……。

 洗いやすいように髪がまとめられているため、普段は見ないうなじがはっきりと見える。そして、背中からも見えそうな大きな乳。

「ふふっ、お姉ちゃんの前も洗っちゃう?」

「いやっ、それはお互いにやろうよ……髪もさ。ボクは女性の髪の洗い方わからないし」

「そうだね。お姉ちゃん、ちょっと髪長いから男の子には面倒かも」

 ふと、レックスは見てしまった。ヴァネッサが髪を洗うために前髪を書き上げた時、露わになったその右目を。
 そう、彼女の右目は見た者を操り本性をさらけ出す魔眼なのだ。

 しかし、それに力が込められていないせいか、レックスの体や精神には何の変化も無い。
 意識して見せているようではなかったが、その細かい術式が描かれた魔法陣に意識が吸い取られるかのようだった。思わず、その黄色の魅力に見惚れてしまう。

「改めて見ると、その魔眼キレイだよな」

「えっ? ……キレイじゃ、ないよ」

 ヴァネッサは自嘲気味にその言葉を否定し、右目を閉じた。サフィアの水色と赤色のオッドアイならまだいいが、ヴァネッサの魔眼は同じ魔族にとっても異質。
 よっぽど相手を操作したい場合でないとこの右目を使うことも見せることも無かった。

「魔族の間でも魔眼なんて気味が悪いと言われていたから。ゴメンね、今は力を使っていないけど、もう一度見るとやっぱり気持ち悪いよね。右目が魔法陣だなんて」

「そんなことないよ。能力は確かに強力だけど、なんかミステリアスって感じがしてボクは好きだ。それに……ヴァネッサの体で、嫌いなところなんて、ない」

「レックス、君」

 今一度ヴァネッサは右目を開いてレックスを正面から見る。変わらず力は使っていないようで、レックスに変化はない。

「こんなお姉ちゃんでも、好き?」

「もちろんだ」
 
 その言葉を受けて、ヴァネッサは席を立っていつもの抱擁を交わした。腕で抱きしめるのに加えて、自分の大きな翼も使って相手の体を包む抱擁。

 幼い頃からレックスは全身が包まれるこの抱擁の仕方が大好きだった。彼女に包まれ、まるで丸飲みされている感覚。サキュバス特有のフェロモンがむんと強くなって、下半身が意識しなくてもいきり立つ。だが、大事にされていることを感じて安心する。

 さすがに風呂の中で眠ることはなったが、今より幼い頃はよくこの抱擁を交わしながら眠ったっけとレックスは思い出す。

 ――ありがとう、レックス君。君が優しいから、私は今のお姉ちゃんとしていられるんだよ……。

「ヴァネッサ、あんまり抱き着くなって。そのっ、今は裸同士なんだから恥ずかしいっ」

「ごめんね? でも、今はこうやっていさせて……」

 しょうがないのでレックスはヴァネッサのしたいようにさせた。いつもの抱擁でレックスは安心していたが、この時一番安心したのはヴァネッサかもしれない。

 風呂の後、レックスは語ったという。「その体の美貌に負けてないが、ヴァネッサと入る風呂はいつもより気持ちよい」と。
 その言葉を聞いたヴァネッサが、日に日にレックスと共にお風呂に入ろうとしたのは語るまでもない。
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