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お買い物で負けない!②

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「淫語だ! 俺に先にささやいてくれ!」

「いや、ワシだ! ワシに言っておくれ!」

「わっ、私にもお願いします!」

 広場で待っていたのは、淫語屋に向けて小銭を乗せた手を差し伸べる老若男女の姿。自身が引いてきた屋台を背にした傘帽子の女は、困ったような笑いを浮かべて人の壁を相手にしていた。これだけ人が集まって興奮するとすさまじい熱気である。
 レックスとアイヴィは人の壁の少し後ろに立つ。なお、レックスは背が低いため、壁の向こうにいる女の姿を見ることはできなかった。アイヴィはレックスを抱えて弱めに羽ばたき、空中から淫語屋がどのような者なのかを確認する。

「なんて人気だよ……」

「言ったでしょう、淫語屋の語る技術はすさまじいのです。その魅力に魅入られた各国の国王が、血眼になって淫語屋を探し出したという話もありますから」

「各国の国王なにやってんだ。この国の国王はそれに入ってないよな? 入ってないよな? ……あと、胸あたってんだけど。ていうか強めにあててない?」

「その通りです。レックス様に感じていただけるのであれば、ありがたき幸せ」

「くっ、人目が淫語屋に向いているとはいえ、恥ずかしい……!」

 目線の先にいる傘帽子の女は、手に持っていた笛を屋台の上に置く。そして人々を一人一人値踏みするように眺めた後、一人の男性の手をそっと下から取り、その手のひらに乗せられた小銭を受け取った。淫語を囁く相手が決まったようだ。

「うふっ、毎度ありぃ。まずはあなたにしましょうかぁ」

 小銭を渡した男が緊張気味に前へ出る。なんでアイツが先にと民衆からどよめきが上がったが、淫語屋が被っている傘帽子をくいっとあげると静まり返った。
 傘帽子の下にあったのは、道行く男子なら十人に十人が振り返るであろう美貌。白雪のような肌で、小さ目な塗だが目立つ赤い口紅。目はすっと線のように細く、瞳は誰もが手に入れたいと思うような紫の輝きを秘めていた。薄い笑いを浮かべるその女の美しさに、誰もが言葉を失う。

「さぁ、こちらに立ってください。一言囁いてあげますねぇ……」

「あ、ああ」

 淫語屋が男にしなだれるように近寄り、耳元に口を据える。次に出る言葉を待ち構えている男達がごくりと唾を飲む。気づけばその様子を見ているレックスまで唾を飲み込んでいた。淫語を言うだけだというのに、人々が押し黙るほどのプレッシャーが放たれている。アイヴィの言う通りただ者ではないらしい。周りは一気にその言葉を我も聞き遂げようとしんと静まり返る。
 風すらそのささやきの前に吹くのを止めたらしく、まるで時間が止まっているような瞬間であった。

 そして赤い唇からぽそりと静かにささやかれる単語。
 
「まんげ、きょう……」

「あへっ」

 たった一言、たった一言だけを聞き遂げた瞬間、男は膝から崩れ落ちた。そのまま地面にどしゃりとうつ伏せになり、びくびくと快感で体を震わせる。
 さらに、周りで聞いていた男達も前かがみになり、女たちも続々と体を震わせる。空中で抱きかかえられていたレックスも、上手く聞き取れなかったがぞくりとした快感の矢が体を突き抜ける感覚を味わった。

「す、素晴らしい。たった一言でこれだけの感情エネルギーを放出させるとは……ごくり」

 アイヴィから見るに、人の集団から物凄い量の感情エネルギーが放出されているのであろう。彼女が呆気に取られて、美味しそうだと息をのむほど。

「レックス様、後でお金を出しますので彼女の淫語を聞いてきてくれませんか?」

「なんで」

「レックス様の放心しきった感情を食べたいのです。とても悔しいですが、あれほど人々をとりこにできる淫語の言い方を真似することはできません。ですので、なにとぞ……! こんな機会はそうそうありません」

 普段は必死にならないアイヴィが焦って懇願する。淫語屋は国中どころか各国を周るらしく、この機会を逃したらアイヴィに長い間こんな機会は無いだろう。集団の前であの男のようにビクビクとするのも嫌だが、アイヴィが悲しむのも嫌なのである。
 深いため息をつき、レックスは自分の懐から小銭を出した。

「しょうがないなぁ、一度だけだからな。あと、別にボクが聞きたいわけじゃないからな。聞かされにいくんだからなっ」

「あっ……ありがとうございますレックス様! アイヴィ、このご恩を一生忘れません。残りの問題は……」

「聞きにいくならさっと聞いてさっと帰るぞ。ここにいるだけでもボクは恥ずかしいんだからなっ」

 やるならさっさとしてくれと、レックスは自身を抱いているアイヴィの腕を小突く。それを受けてか、アイヴィは人の壁を空中から飛び越えて淫語屋の前に着地した。
 ここでずるいと少々の声が上がるが、着地した相手がアイヴィだとわかるとすっとその声は止んだ。

「淫語屋さん、レックス様に淫語をお願いします。人々の壁を飛んで前へと立ったことにはお詫びを」

「……あらぁ? あら、あらぁ? そこのお方、可愛らしいですねぇ。私、サービスしちゃいますよぉ? 私は淫語を「この人だな」と思った方にしか囁きませんし、飛んできたことなんていいですよぉ。君、とてもいい感情を……じゅるり、おっとっと」

「い、いや、サービスとかいらないし一言でいいから」

 周囲から注目を浴びるレックスは、死にそうなくらい恥ずかしくて体が熱くなっていた。まさか領主の坊ちゃんが淫語を聞きに来るとはと考えられているのだろうと思うと、消えたくて仕方がない。しかし、アイヴィが残念がる姿を見る方がもっと嫌だったのである。
 だがこの後のことを考えるとやっぱり受け入れない方が良かったのではと考えている間に、淫語屋の女は小銭を受け取ってレックスの横に来た。すこしかがむと、ざっくりと開いた胸元の深い谷間が見える。

「うわっ……あっ……」

 なんて魅力的な柔らかそうな谷間なんだろう。この谷間に自分の大事な部分を突き入れたらどんなに気持ちよさそうなことか。しかしその考えは、「さぁ、集中して」という言葉にかき消される。感覚が下半身ではなく耳に集中し、レックスは音を出さないようについ呼吸まで止めてしまう。

「いきますよぉ?」

「は、はい」

「……にゅう、えき」

「あっ――」

 悦楽、快楽、頂点、超絶。気絶するのではと思うくらいの快楽を耳から流し込まれ、レックスはうつ伏せに倒れ込んだ。全身ががくがくと震え、視界がスパークして何も考えられなくなる。
 下半身は淫語屋のたった一言だけで今までにない程に硬さを増していた。仰向けで倒れなくてよかった、とレックスはかすかに残った思考で安堵。そして、アイヴィが無表情ながらも大興奮している感覚がした。

 ――うふふっ、この子気に入ったかもぉ。

 最後に淫語屋が呟いたらしき声を聞き遂げ、レックスは意識を漆黒に沈めていく。

 意識を手放す瞬間、レックスは思った。「サキュバスメイドには絶対負けないが、この人には絶対勝てないかも」と。
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