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強国『ジオドラム』編
葡萄の園
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フットオル——ルカンルカンの『第二都市』を自称して、それを声高に喧伝している『ルカッパ』という町とは違い、大きな声を出しての喧伝はしないものの、町の住民に話を聞けば『はい? ここがルカンルカンの第二都市ですよ? ルカッパ……? どこそこ田舎?』と真顔で言い出しそうな本性を表に出さない腹黒さ——否『豪胆な強かさ』を持っている、第二都市の自負と誇り、それに付随する余裕を感じさせる、帝国との貿易が盛んな『港町』の内に建つ、借金マスター笑であり、ラッキーマスター笑でもある、鬼国『鬼ヶ島』が出身の『フジのサブロウ』さんの家の前で、今まで僕と同じ『男の子』だと思っていた子から『女の子だよ』というカミングアウトをされて、異性に対しての気遣いをせずに、同姓としての近しい接し方をしてしまっていた僕は脳天から足先までを雷霆かのように超爆速で走り抜けていく『特大の衝撃雷』を最後の別れ際に見舞われた。
そして、その雷を『アンポンタン』な僕に落としたのは大切な友人で、世界でも希少な種族なのだという獣人の鳥獣種——鳥獣族の『クロナギ』君だった。そんな彼との涙の別れを経てから、あれよこれよと『十日』ほどが経過した、眠くなるような至極暖かな日差しが目立つ午後の三時過ぎ。フットオルは『ルカンルカン』の最北西にある港町であり、僕が目指している首都『キリテル』は国の中心にあるため、僕は一度、通り過ぎてきた道を戻り行くこととなっていた。
一人になってしまったという寂しさは、ここまでの道程で眠りたくない気持ちが現れるほど感じていた——けれど、最高にカッコイイ友人から授かった『勇気』という力を胸に灯していた僕は、下を向くことなくその道を辿ってきた。
「…………!」
そうして、東に傾きかけている日差しを全身で浴びながら、輝かしい陽光により目を窄めてしまっていた僕は、目前に広がっている巨大な都市の街並み——その都市を一周するように建てられている防壁を視界に収めて、ここまでタダで乗せてきてくれた『行商隊』に属す、いつも『酒を飲め』としつこかった傭兵の『バンド』さんに声を掛けた。
「もしかしなくとも、あれが、キリテル——ですよね?」
「ああ、そうだぜ。あれが、ルカンルカンの首都『キリテル』だ。デケエだろぉ? あそこに俺の実家の宿屋があるんだ。泊まるとこはなかったら割り引いてやるぜ?」
確認の問いかけをした僕に快い返事をしたバンドさんは、行商隊の警護職務中に堂々と、いつも通りに飲酒をしているようで、気持ちよく出来上がっている風に頬を赤らめながら、返事の最後に本当かどうか分からない言を口にした。
その冗談っぽい発言を受けて微笑を浮かべてしまった僕は、口に弧を描きながら大きなゲップを吐いた彼に言葉を返す。
「はは、頼もしいですね。もし泊まるところが見つからなかったら、バンドさんの実家に行ってみようかと思います。まあ長居するつもりはないので、行かないかもですが」
「ガハハ! ソラ坊はジオドラムの情報収集だったな。たしか、この街にある飲み屋に情報屋がいるんだろ?」
「情報屋ではないですけど、まあまあ詳しそうな人には心当たりがあります。まあ、その人とは会ったことないので、どういう人なのかは全然知らないんですけどね」
行商隊と行動を共にするようになってからの七日間、毎日のように行っていた野営での雑談で得た話を引き合いにした彼の問い掛けに、先ほどの礼も兼ねての返事をすると、彼は隠すように布で包み、その手に持っていた酒瓶を『お前には見せても構わんだろ』と露わにし、グイッと呷った。
「んっ、んっ、ゴクッ……ぷはぁ~~……心配するこたなぁねえ。キリテルの連中は俺も含めて気の良い奴ばかりだ。まあ、スリには気をつけるべきだがな。飲み屋が分からなけりゃ、仕事終わりの俺たちに一声をかけりゃ一発だぞ? しらみつぶしに飲み屋全店飲み明かしだ! ガハハ!」
一拍置くようにして酒を飲んでから、一体全体なにを言うのかと思えば……そんな顔をしてしまった僕は堪らずといった感じで笑みを溢し、豪快な笑みと共に数頭の馬が駆けていくスピードで、あっという間に過ぎ去っていくブロックで舗装されている道路にペッと唾を吐く彼に釘を刺す。
「はは、一応言っときますけど僕は奢らないですよ?」
「ガハハ! 最初から期待してねえよ! ——プハッ!」
「ははは……」
もう、警護の職務中であるにも関わらず、持っている酒瓶の酒を飲むことを一切隠そうとしない彼に苦笑した僕は、再び大きなゲップを吐き出して横になってしまった彼を置いて、四両に連なっている広い荷台を歩いて後部車両へと向かい、殿を務めているバンドさんの上司に告げ口をした。
その後、カンッカンにキレ散らかした上司こと、彼の父親の怒号が行商隊員の耳を痛めたことは、言うまでもない。
大の大人なのに実の親に叱られてしまったバンドさんは、先ほどまでの赤らめた顔がすっかりと青くなり、酔いが覚めてしまった様子で、職務へと戻っていく。二両目の車両を守っている彼の叱られている様子を見ていた僕に去り際に見せたバンドさんの『恨めしい』顔——それに苦笑した僕はバッグに入れておいた虎の子の『チョコレート』を彼に渡して、無事に仲直りをすることに成功するのであった。
そんなこんながあった日の夕暮れ時の、やんちゃに外遊びをしていた子供達が『急げ急げ!』と言いながら走って家へと帰る午後六時ごろに、ようやく手続きが済んで首都へと入ってきたのは大量の織物と材木を乗せ運ぶ、僕が無賃乗車する代わりに護衛として働いている行商隊であった。
「…………綺麗だな」
ガラガラと小気味の良い複数の車輪の音を鳴らしながら、綺麗に舗装されてい道路を進み行く、全四両の馬車列——その三両目の荷台に腰掛けながら呆けている僕は、赤い夕焼けに染められて、蕩けるほどの美しさを魅せつける、石ブロック造りで全体的に白灰色な都市の光景に目を焼いて、ただただ感嘆の吐息を吐き出した。寸時の瞬きすらも惜しいと思えてしまう都市の道を、万人の心を躍らせる創作物の中にいるような心地で目的地の方へと進んでいった僕は、行商隊の最後の仕事である『市場』での荷下ろしを終えて、その場で商会の人員と、荷物の護衛の僕達は解散となった。
そうして、僕は晴れて自由の身となり、ここに来るまで世話になった行商隊の人達に深々と腰を折りながら礼の言葉を送って、ウキウキと打ち上げの話をしている彼等彼女等に心良く見送られながら、僕の『目的地』を探しに行こう——としたのだが、その前にやらねばならぬことがある。
「まずは『夕食』だな」
そう、空いた腹を摩りながら大きな呟きを吐き出す僕は、澄んだ面持ちで都市を散策していき、一旦の目的地——今まで食べれていなかった魚料理屋へと入っていくのだった。
「焼き魚定食を——あ、魚の方はオススメで!」
「はいよー! オススメ焼き定一丁!」
* * *
ちょうどいい塩加減と炭の香りを放つ、絶品の焼き魚定食——出された魚の種類は不明だが、白身魚だった——を食し終えた僕は、ざっと三百ルーレンを支払って店を出た。
ここから西にある強国『ジオドラム』の国政が、王位を勝ち取った『第一王子』による独裁体制へと変わるまでは、一食『二百~二三十ルーレン』ほどで先程まで僕が食べていた定食を店は出していたそうなのだが、この軍事活動活発化による物価高が祟って値上げを余儀なくされたらしい。そんな愚痴愚痴とした話を料理を運んできた店員と、その料理を受け取った客とがしていて、それを近場での食事中に聞いた僕は『ジオドラムに行かなければ』という使命感にも似た独善的な思いを尚更に強めた。そうしてキリッと表情を引き締めた僕は、行商隊の人に事前に聞いておいた、ジオドラムについての詳しい話はソイツから聞けと言っていた御者の弟さんが経営している『高級接待飲み屋』があると思しき、都市の北部にある『歓楽街』を目指してゆく。
今現在、僕がいるのは都市の西部にある、幾つもの飲食店や雑貨店が建ち並ぶ、夜でも昼のように明るい繁華街だ。
今の時間は午後の八時過ぎというだけあって、空は暗く、人通りは苦もなく広めな歩道を往来できるくらい疎である。
もうそろそろで夜も更けてくるし、一旦は適当な宿屋に泊まって夜を明かそうかなと悩みはしたが、もしその高級接待飲み屋が『夜間のみの営業』であった場合、明日の夜までの半日は無意味な時間の浪費を余儀無くされてしまう。
ぶっちゃけ、空いた時間は観光とかをしてればいいんじゃないかって思うのだが、所持金が四千ルーレンを切ってしまっている現状、買い食いなどの無駄な出費は避けたい。この僕が漂ってくる食欲の色香に惑わされることなく『買い食いをしたい!』という衝動を抑えられるか言えば『はい、我慢できます』とは言えないのが正直なところなのだ。
そんなわけで僕は今日中の宿屋探しを渋々ながら諦めて、都市東部の繁華街を満腹な腹を摩りながら移動し続けていた。しかし、人並みの歩速で名実ともに『ルカンルカンで一番』である広大な首都の中を、遠く離れているだろう目的地まで移動できるのかというと、そうではないと思える。公営の馬車があるだろうし、それを探そうかと一瞬思ったのだが、道を歩いていく傍で拾っていった視界的な情報を精査すると、横を通っていく馬車のほとんどが物品などを乗せ運ぶ商用車であったため、この夜間帯での公営事業は営業終了している可能性が高かった。そのため、この時間でも乗れる馬車があるとすれば私営——なのだが、これはかなりの割高になってしまうため、財布の紐を引き締めたい今の僕の実情的には選択肢の一つにも上がらない一手だ。
そんなことを、夜の闇に妨げられるはずだった視界を至極『明瞭』にさせてくれる街路灯の光によって瞳孔を狭めてしまいながら思考し終えた僕は『仕方ないか』と呟いて、歩いていた歩道から、何も通ってこないということを確認した車道へと身を移し、グッと足に力を込めて腰を落とす。
「————ふッ!!」
そうして、身軽な単身で駆ける馬すらも置き去りにしてしまうだろう人外の速度を持って、僕は車道を走り出した。
* * *
「————うお! 明るっ! 間違いなくあそこだな」
自称でも何でもない、ルカンルカンの真の首都『キリテル』の北区——そこにある大人の遊び場、夜になると挙って暖簾が開かれる『歓楽街』を目指すべく駆け出した僕は、何度も僕の視界前方を走っていた商馬車を追い越して行き、出発した時間から『約二時間』掛けて、ついに都市の北区、豪華絢爛としか形容できない色とりどりの輝きを放ち、一面が黒に染まっている夜空を照らす『歓楽街』に到着した。
「…………ふぅー……ここにあると良いんだけどな」
妖しい言葉を連ねた看板を掲げる店先に吊るされている、ハート型の提灯が放つ桃色や白色の火光——それがクルクルと謎に回転していて、目をチカチカさせてくる。いかにも妖しいといった感じの繁華街の中に足を踏み入れた僕は、寒そうだなぁと思える薄着の女性や、胸筋が謎にテカテカしている男性方のしつこい手招きを躱しながら、酒気を吐き出す息に乗せる往来人が作り出す人混みの中を縫い進む。
おそらくというか間違いなく、歓楽街に遊びにきているのだろう往来する人々の下心が丸見えな横顔を、追い抜く際に横目で確認していた僕は、既に飲酒で出来上がっている彼らが僕の話を聞いて、その内容を理解できるのか……そう渋い顔をしながら思い、目的の店の場所——こういう言い方は語弊が生まれそう——を聞かなきゃ分からないのにという歯痒さを胸の内に感じながら、一旦、落ち着いて息を吐くために人混みを横に抜け、路地に身を捩じ込んだ。
「はぁ……思ってたより人が多いな……それに全員酔ってるし……これじゃあ、案内してほしくても通じなさそうだ。どうするべきだ……?」
人間の僕が棲家にしている路地の中に入ってきたことに対して怯えているのだろう、複数の鼠の鳴き声が夥しく耳朶を突いてくる。それに乱されることなく屈みながら考え込んでいた僕は、僕に覆いかぶさった影により思考を中断——飛び跳ねた風に顔を上げ、その影の主を視界に収めた。
「どうしたの僕? 道に迷ったならお姉さんが手を繋いであげましょうか?」
僕の前に現れた影の主——豊満な胸部を強調するような赤色のドレスを着用している犬耳の獣人族の女性に驚愕を露わにしてまった僕は、僕が路地に入っていくのを客引きをしていた彼女は見ていたのかと、彼女が隠れるように屈んでいた僕の前に現れた経緯を電光石火で察して且つ、この状況が紛れもない『好機』であるということも理解した。
「あ、あの! この辺りに『アーフォルト』で人運びの仕事をしている人を兄に持つオーナーが経営している『高級な接待系の飲み屋』があるのを知りませんか?」
「あら、人探し中だったの? それは残念だわぁ。んぅ? アーフォルトで人運びをしているお兄さん……んー、ごめんなさい、ここにきて日が浅い私には分かんないわぁ」
「そ、そうですか……いえ、こちらこそ急にすみませんでした。あ、お仕事頑張ってください。僕はもう行きます」
「あん、私を指名してくれないのぉ? ま、いいわ。お互いに頑張りましょうね、お兄さん」
「は、はい……頑張ります……」
「ふふ、それじゃあねぇ」
彼女は軽い感じの励みの言葉を掛けて、臀部から生えているモフモフな犬の尻尾と自分の手を合わせて振りながら、僕の前から去っていってしまう。輝かしい歓楽街の本流へと向かい、そこに流れる人混みの中に姿を消してしまった、おそらく接待系の店に従事しているのだろう彼女の背中を、暗い路地の中で屈みながら見送る僕は、彼女が言った通り、僕も頑張らなきゃな——と立ち上がり、居なくなった彼女と同じくして、十人十色な男女が醸し出す、鼻腔を刺してくる色香が漂う、怪しげな歓楽街の中に身を流すのだった。
『お兄さん! エルフのいい子がいるよ~~!』
『ウチに来ないー? ドワーフのいい筋肉あるよーー!』
『はいはーい! 気まぐれな猫娘! いらっしゃーに!』
「…………ここは亜人ばかりなんだな…………」
首都の中心付近にある歓楽街への入り口から奥へと進んでいくと、そこには、本当に多種多様な『需要』があるんだな——と、しみじみに思わせてくる、亜人が接待をしてくれる店ばかりが建ち並んだ『亜人色街』が広がっていた。
歓楽街の入り口付近、先程まで僕がいた場所は主に僕と同じ『人族』が接待してくれる店ばかりだったのだが、少し進めば光景は打って変わり、ガラリとこうなってしまった。
小人族がばかりがいる店とか、それ『アウト』なのでは? と思ってしまうのだが、まあ、公的な経営ができているということは『セーフ』なのだろうな……多分。
そんなことを考えながらの『厳めしい顔』をしてしまっていた僕は、メチャクチャ熱い息を吐きながら、蕩けた顔をしているエルフ族の女性——見たところ僕と同い年のように思えるけど、エルフ族は見た目=年齢ではないから、多分年上——に片腕を掴まれて、半ば強引に静止をさせられてしまった。
「あのぉ……」
「え、え? あ、ど、どうしました…………?」
「お兄さんって、もしかして……例の噂の人ですかぁ?」
「……? う、噂……?」
僕に関する『噂』って……なんか聞き覚えがあるぞ。そんな『まさか』といった風に顔を引き攣らせてしまう僕を他所に、頬を紅潮させ熱い吐息を吐く彼女は言葉を続けた。
「だってそうですよねぇ……? サラサラな茶髪のショートヘアーに、一本の剣を腰に差しててぇ……それにぃ」
「…………それ、に?」
「お兄さんが出してる『風』って、あの勇者様と同じ『風の加護』のものですよね……? んっ、勇者様ぁ……!」
な、なんだこの人は……っていうか、僕の噂ってここまで届いてきてるのかよ。謎に嬌声を上げてるし、ここはそそくさと退散した方が身のためだな。よし——逃げるか!
「あのぉ、うちの店そこな————」
「僕は行く所があるので失礼します!!」
手短にそう言った僕は、腕を掴もうとしてくる彼女の手を猛速で回避し、ダンッと地面で音を鳴らして逃げ出した。
「え? ああ! 勇者様~~~~~っっっ!!」
絶対に追いつけない『人外の逃げ足』をもって、あっという間に逃げ去っていく僕の背中に手を伸ばし、悲劇のヒロインのような叫声を歓楽街に打ち上げるはエルフの女性。
そんな、地べたに尻を付いて座り込み、こちらに静止を言い掛ける彼女を振り返りざまに見た僕は、冷や汗を流しながら『なんだなんだ?』と僕の方を見てくる往来人たちを躱して、歓楽街のさらに奥へと入り込んでいくのであった。
「ぜえ……ぜえ……ふう。ここまで来れば大丈夫だろ。しかし、何だったんだマジで。客引きにしては強引すぎるし、あまりにも大袈裟すぎだし……つ、疲れた…………」
僕が逃げ去った先は歓楽街北部の道路の脇。そこに立つ街灯に手を付きながらも何とか息を整えた僕は、人の行き来が極端に少なくなったと思える歓楽街の光景を一瞥した。
接待系飲み屋に売春宿。露骨な『いかがわしさ』が歓楽街中部と比べても極端に減ったと思える店の形を認めた僕は、キョロキョロと辺りを見回す僕に一瞥していく道行く人達、その畏まった格好と上品な雰囲気を見て、ここが中流層では到底手が出せない上流層——高級という言葉でしか形容できない『上流階級』に相応しき場所であることを察した。
そして自ずと理解する。ここに目的の、ジオドラムについての話を聞ける『高級接待飲み屋』があるということを。
「…………誰かに聞ければいいんだけど」
そうして、僕は道行く洒落た人々の中から『この辺に詳しそうな人』を探し、ものの三分で見つかった、白髭を貯え、紺色のタキシードを着ている初老の男性に声を掛けた。
「すいません、ちょっといいですか?」
「んむ? どうしたんだね、少年。ホホっ、そうかそうか。性に興味が湧く年頃かい。いいとも、なんでも聞きたまえ。レディとの会話のコツや、レディとの夜の作法——私は詳しいよ? ホホっ」
「そ、そうですか……えっと……この辺に、アーフォルトで人運びの仕事をしている方を兄に持つ、高級接待飲み屋の経営者のことをご存じないですかね? 僕、その人を探してて」
「んむ……ちょっと待ってくれたまえよ……ホホっ、最近物忘れが進んでねぇ。んー……ああ、思い出した。君の待ち人はズバリ『エドルフ氏』じゃないかな? 彼が経営している接待店は、この道を真っ直ぐ行って、大通りを左に行った場所にあるよ。店の名前は——」
その後、本当に歓楽街の内実にメチャクチャ詳しかった、誰がどう見ても『ジェントルマン』な老人に懇切丁寧に目的の店のことを教えてもらった僕は、謎の『割引券』を手土産として渡されてしまったものの気味好く老人と別れて、目的の『高級接待飲み屋』がある方へ走った。そして——
「————ここか!」
キリテル北部の歓楽街に足を踏み入れてから約三時間が経過した午前一時の半程、生粋の体力自慢な僕でも額に汗を湛えてしまうほどの疲労感に襲われてしまってはいるが、しかし僕の顔には『晴れきった笑み』が浮かべられていた。それもそのはず——ようやく見つけられた目的地に到着したという得も言えぬ達成感。それを全身で感じている僕が、震えるほどの笑みを浮かべぬという方が違和というものだ。
そうして店の前で拳を握りしめていた僕は気を引き締めて前を向き、接待屋『葡萄の園』の入り口へと歩いていく。
「いざ——」
その小さな呟きを——確かな覚悟の一言を静まり返っている怪しい歓楽街に漂わせて、僕は店の重厚な扉を開け広げた。
そして、その雷を『アンポンタン』な僕に落としたのは大切な友人で、世界でも希少な種族なのだという獣人の鳥獣種——鳥獣族の『クロナギ』君だった。そんな彼との涙の別れを経てから、あれよこれよと『十日』ほどが経過した、眠くなるような至極暖かな日差しが目立つ午後の三時過ぎ。フットオルは『ルカンルカン』の最北西にある港町であり、僕が目指している首都『キリテル』は国の中心にあるため、僕は一度、通り過ぎてきた道を戻り行くこととなっていた。
一人になってしまったという寂しさは、ここまでの道程で眠りたくない気持ちが現れるほど感じていた——けれど、最高にカッコイイ友人から授かった『勇気』という力を胸に灯していた僕は、下を向くことなくその道を辿ってきた。
「…………!」
そうして、東に傾きかけている日差しを全身で浴びながら、輝かしい陽光により目を窄めてしまっていた僕は、目前に広がっている巨大な都市の街並み——その都市を一周するように建てられている防壁を視界に収めて、ここまでタダで乗せてきてくれた『行商隊』に属す、いつも『酒を飲め』としつこかった傭兵の『バンド』さんに声を掛けた。
「もしかしなくとも、あれが、キリテル——ですよね?」
「ああ、そうだぜ。あれが、ルカンルカンの首都『キリテル』だ。デケエだろぉ? あそこに俺の実家の宿屋があるんだ。泊まるとこはなかったら割り引いてやるぜ?」
確認の問いかけをした僕に快い返事をしたバンドさんは、行商隊の警護職務中に堂々と、いつも通りに飲酒をしているようで、気持ちよく出来上がっている風に頬を赤らめながら、返事の最後に本当かどうか分からない言を口にした。
その冗談っぽい発言を受けて微笑を浮かべてしまった僕は、口に弧を描きながら大きなゲップを吐いた彼に言葉を返す。
「はは、頼もしいですね。もし泊まるところが見つからなかったら、バンドさんの実家に行ってみようかと思います。まあ長居するつもりはないので、行かないかもですが」
「ガハハ! ソラ坊はジオドラムの情報収集だったな。たしか、この街にある飲み屋に情報屋がいるんだろ?」
「情報屋ではないですけど、まあまあ詳しそうな人には心当たりがあります。まあ、その人とは会ったことないので、どういう人なのかは全然知らないんですけどね」
行商隊と行動を共にするようになってからの七日間、毎日のように行っていた野営での雑談で得た話を引き合いにした彼の問い掛けに、先ほどの礼も兼ねての返事をすると、彼は隠すように布で包み、その手に持っていた酒瓶を『お前には見せても構わんだろ』と露わにし、グイッと呷った。
「んっ、んっ、ゴクッ……ぷはぁ~~……心配するこたなぁねえ。キリテルの連中は俺も含めて気の良い奴ばかりだ。まあ、スリには気をつけるべきだがな。飲み屋が分からなけりゃ、仕事終わりの俺たちに一声をかけりゃ一発だぞ? しらみつぶしに飲み屋全店飲み明かしだ! ガハハ!」
一拍置くようにして酒を飲んでから、一体全体なにを言うのかと思えば……そんな顔をしてしまった僕は堪らずといった感じで笑みを溢し、豪快な笑みと共に数頭の馬が駆けていくスピードで、あっという間に過ぎ去っていくブロックで舗装されている道路にペッと唾を吐く彼に釘を刺す。
「はは、一応言っときますけど僕は奢らないですよ?」
「ガハハ! 最初から期待してねえよ! ——プハッ!」
「ははは……」
もう、警護の職務中であるにも関わらず、持っている酒瓶の酒を飲むことを一切隠そうとしない彼に苦笑した僕は、再び大きなゲップを吐き出して横になってしまった彼を置いて、四両に連なっている広い荷台を歩いて後部車両へと向かい、殿を務めているバンドさんの上司に告げ口をした。
その後、カンッカンにキレ散らかした上司こと、彼の父親の怒号が行商隊員の耳を痛めたことは、言うまでもない。
大の大人なのに実の親に叱られてしまったバンドさんは、先ほどまでの赤らめた顔がすっかりと青くなり、酔いが覚めてしまった様子で、職務へと戻っていく。二両目の車両を守っている彼の叱られている様子を見ていた僕に去り際に見せたバンドさんの『恨めしい』顔——それに苦笑した僕はバッグに入れておいた虎の子の『チョコレート』を彼に渡して、無事に仲直りをすることに成功するのであった。
そんなこんながあった日の夕暮れ時の、やんちゃに外遊びをしていた子供達が『急げ急げ!』と言いながら走って家へと帰る午後六時ごろに、ようやく手続きが済んで首都へと入ってきたのは大量の織物と材木を乗せ運ぶ、僕が無賃乗車する代わりに護衛として働いている行商隊であった。
「…………綺麗だな」
ガラガラと小気味の良い複数の車輪の音を鳴らしながら、綺麗に舗装されてい道路を進み行く、全四両の馬車列——その三両目の荷台に腰掛けながら呆けている僕は、赤い夕焼けに染められて、蕩けるほどの美しさを魅せつける、石ブロック造りで全体的に白灰色な都市の光景に目を焼いて、ただただ感嘆の吐息を吐き出した。寸時の瞬きすらも惜しいと思えてしまう都市の道を、万人の心を躍らせる創作物の中にいるような心地で目的地の方へと進んでいった僕は、行商隊の最後の仕事である『市場』での荷下ろしを終えて、その場で商会の人員と、荷物の護衛の僕達は解散となった。
そうして、僕は晴れて自由の身となり、ここに来るまで世話になった行商隊の人達に深々と腰を折りながら礼の言葉を送って、ウキウキと打ち上げの話をしている彼等彼女等に心良く見送られながら、僕の『目的地』を探しに行こう——としたのだが、その前にやらねばならぬことがある。
「まずは『夕食』だな」
そう、空いた腹を摩りながら大きな呟きを吐き出す僕は、澄んだ面持ちで都市を散策していき、一旦の目的地——今まで食べれていなかった魚料理屋へと入っていくのだった。
「焼き魚定食を——あ、魚の方はオススメで!」
「はいよー! オススメ焼き定一丁!」
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ちょうどいい塩加減と炭の香りを放つ、絶品の焼き魚定食——出された魚の種類は不明だが、白身魚だった——を食し終えた僕は、ざっと三百ルーレンを支払って店を出た。
ここから西にある強国『ジオドラム』の国政が、王位を勝ち取った『第一王子』による独裁体制へと変わるまでは、一食『二百~二三十ルーレン』ほどで先程まで僕が食べていた定食を店は出していたそうなのだが、この軍事活動活発化による物価高が祟って値上げを余儀なくされたらしい。そんな愚痴愚痴とした話を料理を運んできた店員と、その料理を受け取った客とがしていて、それを近場での食事中に聞いた僕は『ジオドラムに行かなければ』という使命感にも似た独善的な思いを尚更に強めた。そうしてキリッと表情を引き締めた僕は、行商隊の人に事前に聞いておいた、ジオドラムについての詳しい話はソイツから聞けと言っていた御者の弟さんが経営している『高級接待飲み屋』があると思しき、都市の北部にある『歓楽街』を目指してゆく。
今現在、僕がいるのは都市の西部にある、幾つもの飲食店や雑貨店が建ち並ぶ、夜でも昼のように明るい繁華街だ。
今の時間は午後の八時過ぎというだけあって、空は暗く、人通りは苦もなく広めな歩道を往来できるくらい疎である。
もうそろそろで夜も更けてくるし、一旦は適当な宿屋に泊まって夜を明かそうかなと悩みはしたが、もしその高級接待飲み屋が『夜間のみの営業』であった場合、明日の夜までの半日は無意味な時間の浪費を余儀無くされてしまう。
ぶっちゃけ、空いた時間は観光とかをしてればいいんじゃないかって思うのだが、所持金が四千ルーレンを切ってしまっている現状、買い食いなどの無駄な出費は避けたい。この僕が漂ってくる食欲の色香に惑わされることなく『買い食いをしたい!』という衝動を抑えられるか言えば『はい、我慢できます』とは言えないのが正直なところなのだ。
そんなわけで僕は今日中の宿屋探しを渋々ながら諦めて、都市東部の繁華街を満腹な腹を摩りながら移動し続けていた。しかし、人並みの歩速で名実ともに『ルカンルカンで一番』である広大な首都の中を、遠く離れているだろう目的地まで移動できるのかというと、そうではないと思える。公営の馬車があるだろうし、それを探そうかと一瞬思ったのだが、道を歩いていく傍で拾っていった視界的な情報を精査すると、横を通っていく馬車のほとんどが物品などを乗せ運ぶ商用車であったため、この夜間帯での公営事業は営業終了している可能性が高かった。そのため、この時間でも乗れる馬車があるとすれば私営——なのだが、これはかなりの割高になってしまうため、財布の紐を引き締めたい今の僕の実情的には選択肢の一つにも上がらない一手だ。
そんなことを、夜の闇に妨げられるはずだった視界を至極『明瞭』にさせてくれる街路灯の光によって瞳孔を狭めてしまいながら思考し終えた僕は『仕方ないか』と呟いて、歩いていた歩道から、何も通ってこないということを確認した車道へと身を移し、グッと足に力を込めて腰を落とす。
「————ふッ!!」
そうして、身軽な単身で駆ける馬すらも置き去りにしてしまうだろう人外の速度を持って、僕は車道を走り出した。
* * *
「————うお! 明るっ! 間違いなくあそこだな」
自称でも何でもない、ルカンルカンの真の首都『キリテル』の北区——そこにある大人の遊び場、夜になると挙って暖簾が開かれる『歓楽街』を目指すべく駆け出した僕は、何度も僕の視界前方を走っていた商馬車を追い越して行き、出発した時間から『約二時間』掛けて、ついに都市の北区、豪華絢爛としか形容できない色とりどりの輝きを放ち、一面が黒に染まっている夜空を照らす『歓楽街』に到着した。
「…………ふぅー……ここにあると良いんだけどな」
妖しい言葉を連ねた看板を掲げる店先に吊るされている、ハート型の提灯が放つ桃色や白色の火光——それがクルクルと謎に回転していて、目をチカチカさせてくる。いかにも妖しいといった感じの繁華街の中に足を踏み入れた僕は、寒そうだなぁと思える薄着の女性や、胸筋が謎にテカテカしている男性方のしつこい手招きを躱しながら、酒気を吐き出す息に乗せる往来人が作り出す人混みの中を縫い進む。
おそらくというか間違いなく、歓楽街に遊びにきているのだろう往来する人々の下心が丸見えな横顔を、追い抜く際に横目で確認していた僕は、既に飲酒で出来上がっている彼らが僕の話を聞いて、その内容を理解できるのか……そう渋い顔をしながら思い、目的の店の場所——こういう言い方は語弊が生まれそう——を聞かなきゃ分からないのにという歯痒さを胸の内に感じながら、一旦、落ち着いて息を吐くために人混みを横に抜け、路地に身を捩じ込んだ。
「はぁ……思ってたより人が多いな……それに全員酔ってるし……これじゃあ、案内してほしくても通じなさそうだ。どうするべきだ……?」
人間の僕が棲家にしている路地の中に入ってきたことに対して怯えているのだろう、複数の鼠の鳴き声が夥しく耳朶を突いてくる。それに乱されることなく屈みながら考え込んでいた僕は、僕に覆いかぶさった影により思考を中断——飛び跳ねた風に顔を上げ、その影の主を視界に収めた。
「どうしたの僕? 道に迷ったならお姉さんが手を繋いであげましょうか?」
僕の前に現れた影の主——豊満な胸部を強調するような赤色のドレスを着用している犬耳の獣人族の女性に驚愕を露わにしてまった僕は、僕が路地に入っていくのを客引きをしていた彼女は見ていたのかと、彼女が隠れるように屈んでいた僕の前に現れた経緯を電光石火で察して且つ、この状況が紛れもない『好機』であるということも理解した。
「あ、あの! この辺りに『アーフォルト』で人運びの仕事をしている人を兄に持つオーナーが経営している『高級な接待系の飲み屋』があるのを知りませんか?」
「あら、人探し中だったの? それは残念だわぁ。んぅ? アーフォルトで人運びをしているお兄さん……んー、ごめんなさい、ここにきて日が浅い私には分かんないわぁ」
「そ、そうですか……いえ、こちらこそ急にすみませんでした。あ、お仕事頑張ってください。僕はもう行きます」
「あん、私を指名してくれないのぉ? ま、いいわ。お互いに頑張りましょうね、お兄さん」
「は、はい……頑張ります……」
「ふふ、それじゃあねぇ」
彼女は軽い感じの励みの言葉を掛けて、臀部から生えているモフモフな犬の尻尾と自分の手を合わせて振りながら、僕の前から去っていってしまう。輝かしい歓楽街の本流へと向かい、そこに流れる人混みの中に姿を消してしまった、おそらく接待系の店に従事しているのだろう彼女の背中を、暗い路地の中で屈みながら見送る僕は、彼女が言った通り、僕も頑張らなきゃな——と立ち上がり、居なくなった彼女と同じくして、十人十色な男女が醸し出す、鼻腔を刺してくる色香が漂う、怪しげな歓楽街の中に身を流すのだった。
『お兄さん! エルフのいい子がいるよ~~!』
『ウチに来ないー? ドワーフのいい筋肉あるよーー!』
『はいはーい! 気まぐれな猫娘! いらっしゃーに!』
「…………ここは亜人ばかりなんだな…………」
首都の中心付近にある歓楽街への入り口から奥へと進んでいくと、そこには、本当に多種多様な『需要』があるんだな——と、しみじみに思わせてくる、亜人が接待をしてくれる店ばかりが建ち並んだ『亜人色街』が広がっていた。
歓楽街の入り口付近、先程まで僕がいた場所は主に僕と同じ『人族』が接待してくれる店ばかりだったのだが、少し進めば光景は打って変わり、ガラリとこうなってしまった。
小人族がばかりがいる店とか、それ『アウト』なのでは? と思ってしまうのだが、まあ、公的な経営ができているということは『セーフ』なのだろうな……多分。
そんなことを考えながらの『厳めしい顔』をしてしまっていた僕は、メチャクチャ熱い息を吐きながら、蕩けた顔をしているエルフ族の女性——見たところ僕と同い年のように思えるけど、エルフ族は見た目=年齢ではないから、多分年上——に片腕を掴まれて、半ば強引に静止をさせられてしまった。
「あのぉ……」
「え、え? あ、ど、どうしました…………?」
「お兄さんって、もしかして……例の噂の人ですかぁ?」
「……? う、噂……?」
僕に関する『噂』って……なんか聞き覚えがあるぞ。そんな『まさか』といった風に顔を引き攣らせてしまう僕を他所に、頬を紅潮させ熱い吐息を吐く彼女は言葉を続けた。
「だってそうですよねぇ……? サラサラな茶髪のショートヘアーに、一本の剣を腰に差しててぇ……それにぃ」
「…………それ、に?」
「お兄さんが出してる『風』って、あの勇者様と同じ『風の加護』のものですよね……? んっ、勇者様ぁ……!」
な、なんだこの人は……っていうか、僕の噂ってここまで届いてきてるのかよ。謎に嬌声を上げてるし、ここはそそくさと退散した方が身のためだな。よし——逃げるか!
「あのぉ、うちの店そこな————」
「僕は行く所があるので失礼します!!」
手短にそう言った僕は、腕を掴もうとしてくる彼女の手を猛速で回避し、ダンッと地面で音を鳴らして逃げ出した。
「え? ああ! 勇者様~~~~~っっっ!!」
絶対に追いつけない『人外の逃げ足』をもって、あっという間に逃げ去っていく僕の背中に手を伸ばし、悲劇のヒロインのような叫声を歓楽街に打ち上げるはエルフの女性。
そんな、地べたに尻を付いて座り込み、こちらに静止を言い掛ける彼女を振り返りざまに見た僕は、冷や汗を流しながら『なんだなんだ?』と僕の方を見てくる往来人たちを躱して、歓楽街のさらに奥へと入り込んでいくのであった。
「ぜえ……ぜえ……ふう。ここまで来れば大丈夫だろ。しかし、何だったんだマジで。客引きにしては強引すぎるし、あまりにも大袈裟すぎだし……つ、疲れた…………」
僕が逃げ去った先は歓楽街北部の道路の脇。そこに立つ街灯に手を付きながらも何とか息を整えた僕は、人の行き来が極端に少なくなったと思える歓楽街の光景を一瞥した。
接待系飲み屋に売春宿。露骨な『いかがわしさ』が歓楽街中部と比べても極端に減ったと思える店の形を認めた僕は、キョロキョロと辺りを見回す僕に一瞥していく道行く人達、その畏まった格好と上品な雰囲気を見て、ここが中流層では到底手が出せない上流層——高級という言葉でしか形容できない『上流階級』に相応しき場所であることを察した。
そして自ずと理解する。ここに目的の、ジオドラムについての話を聞ける『高級接待飲み屋』があるということを。
「…………誰かに聞ければいいんだけど」
そうして、僕は道行く洒落た人々の中から『この辺に詳しそうな人』を探し、ものの三分で見つかった、白髭を貯え、紺色のタキシードを着ている初老の男性に声を掛けた。
「すいません、ちょっといいですか?」
「んむ? どうしたんだね、少年。ホホっ、そうかそうか。性に興味が湧く年頃かい。いいとも、なんでも聞きたまえ。レディとの会話のコツや、レディとの夜の作法——私は詳しいよ? ホホっ」
「そ、そうですか……えっと……この辺に、アーフォルトで人運びの仕事をしている方を兄に持つ、高級接待飲み屋の経営者のことをご存じないですかね? 僕、その人を探してて」
「んむ……ちょっと待ってくれたまえよ……ホホっ、最近物忘れが進んでねぇ。んー……ああ、思い出した。君の待ち人はズバリ『エドルフ氏』じゃないかな? 彼が経営している接待店は、この道を真っ直ぐ行って、大通りを左に行った場所にあるよ。店の名前は——」
その後、本当に歓楽街の内実にメチャクチャ詳しかった、誰がどう見ても『ジェントルマン』な老人に懇切丁寧に目的の店のことを教えてもらった僕は、謎の『割引券』を手土産として渡されてしまったものの気味好く老人と別れて、目的の『高級接待飲み屋』がある方へ走った。そして——
「————ここか!」
キリテル北部の歓楽街に足を踏み入れてから約三時間が経過した午前一時の半程、生粋の体力自慢な僕でも額に汗を湛えてしまうほどの疲労感に襲われてしまってはいるが、しかし僕の顔には『晴れきった笑み』が浮かべられていた。それもそのはず——ようやく見つけられた目的地に到着したという得も言えぬ達成感。それを全身で感じている僕が、震えるほどの笑みを浮かべぬという方が違和というものだ。
そうして店の前で拳を握りしめていた僕は気を引き締めて前を向き、接待屋『葡萄の園』の入り口へと歩いていく。
「いざ——」
その小さな呟きを——確かな覚悟の一言を静まり返っている怪しい歓楽街に漂わせて、僕は店の重厚な扉を開け広げた。
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