風ノ旅人

東 村長

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強国『ジオドラム』編

向かう先は、鳥が進む地

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 夜の闇が満ちている樹海のど真ん中に落ちていってしまった僕の荷物を探す傍ら、黒色の地面を凝視しながら雑草を掻き分けていた僕は、同じく、この辺りに落ちたはずの荷物を必死になって手探ってくれている少年に、今まで盗みを働いていた理由である『借金』についての話を振った。ハッキリとした明かりが無いせいで森の暗影に隠れている少年の表情は確認できないのだが、僕が話し掛けた途端に少年が醸し出した『あまり語りたくない』という雰囲気に対して、やや尻込みしてしまいそうになるものの、冬の冷気に震える森に暫し流れていた、無言の空気を強引に押し破った僕は『二人でここまできたんだから、僕に聞かせてほしいな』と黙り込む少年に語り掛け……巻き込んだことに対して『バツ』が悪そうな顔を照る月の恩恵で覗かせた少年は、渋々といった感じでボソボソと語り出してくれた。

「えっと…………」

 曰く、彼の大切な思い出の品々を残酷にも差し押さえてしまうこととなった『莫大な借金』を作ったのは、彼の育ての親である『お爺さん』の『息子』の『奥さん』らしい。なんでも、育て親のお爺さんの義娘に当たる『奥さん』は、ジオドラムを拠点とした九国大陸一の金貸し業を営んでいる『バッテム商会』なる所から借り受けた『約百万ルーレン』という『ギョッ』としてしまう額の負債を誰にも言わず隠し持っていたのだそうだ。それをひょんな事から——仮に、奥さんに『悪意』というものがあったのだとしたら、その借金を息子が認知してしまった偶然が『本当に偶然だったのかは臭いを感じるほど怪しい』と、僕は思えてしまう——知ってしまった『息子』は彼女が抱えている負債を、全ては背負いきれなくも出来るだけの分担をしようとして、借金をする際に必要な『借用書』の『連帯保証人』という枠に自身の名を書いてしまったのだそうだ。その際に借金の『担保』として土地や家財諸々を使ってしまったらしい。いやいや『担保』って金銭を借りる時に必要じゃないのか。そう僕が思ったことを口に出すと、少年は『借金を返すために借金をしたんだって』と意味不明なことを言い出した。いや『そんな訳わかめなことって』と思ってしまうのだが、仮に複数の場所から借金をしていた場合はあり得てしまう。借金には借り受けた額に対して『数パーセント』を足し付ける利息が発生してしまうから、それ対策で一方の借金を帳消しにしようとしたということなら理解できなくはない。利息には『国際法』で決められている『天井』が存在してはいるものの、その『下限』は存在していなかったはずだ。そうなると月々の利息が少ない金貸し業者の方の借金を追加して、利息が大きい方の借金を完済したというのは、まあ納得はできてしまう。そのことについて僕が追求すると、少年は何かを思い出すように首を傾げながら補足を語った。なんでも、その『バッテム商会』なる金貸しは、借金(利息を含む)の総額が担保を含めた負債者の資産を上回ったことを確認した時点で『強制徴収』を執行するのだそうだ。そうなった時点で『利息の加算』が発生しなくなり——無い袖は振れないという言葉通り、それは商会側の最終手段なのだと思われる——ある意味で『プラス』になるのだと、バッテム商会に差し押さえられた品についての話をしに行った少年が『バッテム商社』という場所で出会った『借金マスター・サブロウ』なる謎の髭老人が聞いてもいないのに教えてくれたとかなんとか……。で、お爺さん名義の土地と家財諸々を彼を説得して担保にし、片方の借金を仮完済したその時、莫大な借金を隠し持ってきた『奥さん』がドロンと家——延いては村からも蒸発してしまったらしい。マジかよ、奥さん。という感情を「そっ……か」と強引に飲み込んだ僕は、不意に過ぎった『少年が事情に詳しすぎる』という、聞いていいものか分からない思考が頭に残り続けて、恐る恐るながら、僕の荷物を探し続けている少年に「その借金の話は誰から聞いたの……?」と声を掛けた。こう言ってはなんだけど、無垢な子供に言うのは憚られそうな『大人の事情』を少年の拾ってくれた育て親だという、心優しいお爺さんが『懇切丁寧』に教えたりするものか? と僕は思ったのだ。その僕の問いかけに返答するために、少年は口を開いた——

「俺、ジジイの息子が首吊った日の翌日に村に捨てられてて、息子が死んで消沈してたジジイに拾われたんだってさ。だから、その馬鹿息子とクソ女とは会ったことないんだよ。この話は、俺がジジイたちを呪い殺したんじゃねえかって村中に言い回ってた陰湿婆さんの話を聞いて知ったんだ」

 という、絶対に聞いちゃいけないことを、当人の口で言わせてしまった僕は、内心で自分を思いっきり殴打しつつ、なんとか「そ、そうだったんだね……」と声を絞り出した。
 
「…………ん? その借金は今どうなってるの? 返済する義務がある人は、居なくなっちゃったんだよね……?」
「えっと、ジジイは死ぬまで野菜とか売って借金をコツコツ返してたんだ。で、一年位前にジジイが死んで、商会側の恩赦で差し押さえられてなかった家とかを全部取られて、それを売っとばした金を差し引いても、まだ借金は二十万くらい残ってるらしい……売り物にならない家族画は、その二十万を完済した時に返還するって、俺に話をしてくれた商会の人が言ってた……だから、盗みを……してた」
「そっか…………」

 僕より四、五歳は年下のように見える少年が背負うには、あまりにも重すぎる現実……そのことを話に耳を傾けて理解した僕は視線を下げて暗闇を見つめるしかできなかった。 
「二十万か…………」

 僕の手持ちは『一万ルーレン』と少ししかない。そんな僕に借金を肩代わりできるわけもなく、これから魔獣狩りへの精力的な活動を行なったとしても、魔獣討伐報酬の相場は一件当たり『三、四千~』ほどだから『二十万』という纏まった金額になるまで二ヶ月はかかってしまうわけだ。しかし、今まで受けてきた『クエスト』の経験から言って、魔獣討伐を『毎日』行うのは全くの不可能に近いと言える。たかが魔獣であれば、今の僕ならば『一分以内』に討伐が可能だ。だけど、魔獣討伐クエストに費やす時間は『魔獣討伐』だけではない。まず依頼を受けたら『移動』の時間が一日から二日——最悪『一週間』ほど掛かる場合もある。依頼者が待っている被害地に到着したら、クエスト依頼者から情報提供を受けて、そこから姿を見せない魔獣の捜索、討伐した死骸の処理などなど——やることが引っ切り無しのせいで、毎日『魔獣討伐』を行うなんてことは例え自分が二人いたとしても不可能であると口を揃えられるだろう。このため、約七十回の魔獣討伐を行うとするならば、半年以上も掛かってしまう可能性があるということは否めない。それに、この『高物価』も重なるわけだから普通にキツい。僕には何かしらの『使命』があるわけじゃないけど、半年はあまりにも長すぎる。だから、できるだけ『手っ取り早く』二十万ルーレンを手に入れたいというのが僕の正直な思いだ。

「…………」

 手っ取り早く『二十万』という大金を得る当てが僕にはないわけではない。
 が、しかし、その当てというのは……あまりにも…………

「————あっ! あった!」
「————!!」

 迷いという思考の海に自分を流していた僕は、隠すことを忘れたような喜びを滲ませている少年の声に肩を揺らし、興奮気味に見つけた僕の荷物を掲げている少年を見上げた。

「…………」
「ほら、あった——って、おい! ボーッとすんなよ!」

 美しき星々が煌めく、冬特有の澄んだ空気のおかげで映えている夜空に吸い込まれているような、言葉通りの上の空な状態のまま固まっている僕。そんな、心ここに在らずという感じの目をしながら誇らしげに掲げられている荷物を『ヌボーッ』と見つめていた僕に、少年は『見つけたんだから褒めろよ!!』というように声を荒げ、顔を顰めた。 

「…………あ、荷物が見つかってよかったよ。ありがとう。って、そうだ。君の『名前』はなんて言うの? 一時間も一緒に探してたのに、まだ名前を聞いてなかった」
「…………俺は、俺は『クロナギ』っつう名前だよ。家が差し押さえられてねえから家名はない。そういうアンタの名前はなんつうんだよ?」

 クロナギ君か。名前は育て親のお爺さんが付けたのかな。多分だけど、彼に生えている黒翼を見て思いついなのかも。そう頭の隅っこで考えつつ、立ち上がった僕は膝についた砂埃を払い終えてから、少年に聞かれた『名』を名乗った。

「僕は、ソラ。ソラ・ヒュウル。よろしくね、クロナギ君」
「…………あ、ああ。よろしくな、ソラ」
「…………?」

 含みがあるような謎の『間』に首を傾げてしまった僕は、クロナギ君の『アンタには何も言わねえよ』という不機嫌そうな顎クイに、不思議を抱えながらも肩を竦めて、彼が手渡していた、コートが入って重くなっている鞄を受け取った。そうして、ようやく見つかった荷物を背負った僕は、まだ盗みを働いた罪悪感を感じているのか、やや居心地悪そうに視線を下げているクロナギ君の肩をポンポンと叩き、そっと顔を上げた彼と目を合わせ、柔和に笑いかけて言う。

「それじゃあ、行こうか」
「…………? ああ、宿がある前の町?」
「ん? 違う違う。前の町には戻らなくていいよ。僕の荷物は全部この鞄の中に入ってるし、今から行くのは——」
「…………今から行くのは?」

まさか衛兵詰所なのか? という怯えが感じられる表情を浮かべはじめたクロナギ君に堪らず苦笑したしまった僕は、笑われたのが気に障ったのか顔を赤くして僕の腹部を殴ってくる彼を軽くあしらいながら、今から向かう『場所』を、どこにあるか分からない『目的地』のことを口頭で示した。

「今から行くのは、その『バッテム商会』の所だよ。場所が分からないから、クロナギ君に案内してもらうね」

 その言葉に目を見開いた彼は、僕の腹の内を探るように、じっと見つめ続けて——コクリと無言のまま頷くのだった。
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