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強国『ジオドラム』編
『ルカンルカン』へと歩み行く
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『ポポアト』という、こういう言い方は幾分か悪い気がするのだが、世界地図的に見てもだいぶ『小さい国』との国境までの中継として立ち寄った、これまた小さな宿村の寂れた宿屋にて、農作物を盗られるという被害に遭っているにも関わらず、大して気にした素振りもなく、なんなら熱く語るその口調から、その事件が楽しそうですらあるなと思ってしまった宿屋の老夫婦が教えてくれた『大きな鳥が、育てた作物や家畜を攫っていった』という、真実は依然不明のままだけど、どう考えても『魔獣絡み』だよなぁ——と思ってしまえる話を食事の最中に何度も聞かされた僕は、その話を聞いた日から『一体全体、渦中の農作鳥(盗りと掛けてる)は、どういう鳥なんだろう?』と想像し続けたものの、結局、話に出てくる『謎の大きな鳥』を見つけることも、ふんわりと鳥の種族を特定することすらも叶わず、話を聞いた日からかれこれ『一ヶ月』が経過してしまった。もう間近に『国境』があるという場所まで来てしまっている僕達は、別れの日を目前にした前日に、暗くなった世界から隠れるように入り込んだ——この一ヶ月の移動で使い続けた安宿ではなく、ちょっと豪奢な宿屋で一堂に会した。
「とうとう、明日は『ポポアト』に入るのかぁ…………」
二人が借りた部屋の中で物憂い気にそう言うのは、部屋に二つあるベッドの一つに腰掛ける、いつもの踊り子の衣装に身を包ませているメイさんこと——メイリエルさんだ。彼女は自身が着用している黒のレース下着が見えることも憚らず、自分の胸の方まで抱えている膝を使って頬杖つき、その頬を寂しそうに大きく膨らませていた。メイさんが漏らしてしまった言葉の端々には『ポポアトに行きたくないな』という、帝国で贅沢に暮らすというメイさんの目的と、帝国の整った土俵で『バトる』という、中々に応援しきれない目的があるバルさんからしても『元も子もない』と言えてしまう意思が込められており、それを聞いた僕は困ったような笑みを浮かべながら愛想笑いを浮かべ、対してバルさんは「アホか」との一言だけ、メイさんに添えていた。そんな『我が儘』な意思を多分に吐息に含ませてしまっているメイさんの言う通り、とうとう明日——僕達はそれぞれの行く道へと進むために二手に別れることとなる。僕は一人でアーフォルトに残ってさらに西へ進み、目的地である『ジオドラム』との国境線を有する『ルカンルカン』という国へと向かう。対し、僕と別れて『ポポアト』に足を踏み入れたバルさんとメイさんは、そのまま彼の国を北に進んでいき、帝国行きの旅客船が出るという港町へ向かうことになっている。そのため、今日この日の、この場に流れるこの時だけが……短い付き合いの僕達三人が一堂に会してゆっくりと話し過ごせる、最後の憩いの場なのである。
「この一ヶ月、長かったような短かったようなですね……」
頬一杯に木の実を入れ込んだ『栗鼠』のような顔をしているメイさんの「ポポアトに行きたくないなぁ……」との言葉に反応したのは、彼女と同じ寂しさを感じて、それを抑えきれずに『目』に浮かべてしまっている顔を隠そうと床に視線を向けて俯いている、床に胡座を掻いている僕だ。僕は彼女が抱えている寂しさを『確かに共有』していることを暗に伝えるように俯いたまま軽く頷いてから、ラッパナで別れた二人と九国大陸行きの貨物船で偶然鉢合わせて、三人で一緒に行動するようになってから『一ヶ月』という時が経っているような気がしない、正直な実感を口にした。
「本当ですよぉ! 一ヶ月って、まあまあ長いはずなのに、なんか短いなぁって思っちゃいますよね! ね!?」
「で、ですね……」
その言葉を聞いたメイさんは、さっきまでの陰鬱とした雰囲気は嘘だったみたいに、水を得た魚ばりに以前までの活気を取り戻した。そうして『ワタシの話を肯定をして欲しい!』と言うような鬼気迫るメイさんの顔の迫力にギョッと押されてしまった僕は、振り上げた顔を大きく引き攣らせながらぎこちなく頷き、彼女の言葉に何とか賛同する。そんな遣り取りを『至極馬鹿らしいぜ』という達観したような雰囲気を醸し出しながら見届けていた、もう一つのベッドの上で肘枕をし、横になっていたバルさんは、下品にも小指で鼻をほじりつつ、僕とメイさんの会話に混ざった。
「一ヶ月っていうほど長いかよ? 三十回くらい寝たら一ヶ月じゃねえか。普通に短えだろ」
「そんなことないでしょ! 三十回って、まあまあ長いじゃないのよ!」
「まあまあ——だろ? 大して長くねえよ誇張だな誇張」
「もう! そんな強がり言ってるけど、バルも寂しいんでしょ? そうなのよね? ほら、泣いてもいいのよ?」
もはや、素面を通し続けているバルさんに泣いてほしいという意思を一切隠さなくなったメイさんは『泣いても自分の胸は貸さないよ?』と自分の胸のところで両の人差し指を交差させて『バツ』を作って示しつつ、何度も何度も執拗に、面倒くさそうに顔を顰めるバルさんを煽り続ける。
「泣くわけねえだろ!! 死に別れってわけでもねえのに、んな一々寂しがってたら、この世で生きてけねえぞ!!」
執拗に言い続けていた「バルも寂しいんでしょ? じゃあ泣けばいいじゃないの! いや、泣きなさいよ!!」という、謎に白熱しだしたメイさんの煽り文句を聞き続けて、とうとう堪忍袋の緒が切れてしまったバルさんは猛獣の如き怒りの咆哮を上げ、その『蛮的』に思われるような見掛けによらず、実に博識である彼女は自身が持つ自論——僕からすれば至極正論な言を部屋中に響かせた。そして、そのバルさんの叫び声を聞いて飛び跳ねたのだろう隣室の宿泊客が、僕達の騒音を咎めるように壁を『ドンッ!』と叩き——それを聞いた騒音の元凶であるメイさん共々、部屋には何とも言えない、シーンとした静寂が流れてしまった。
「…………泣ーけ。泣ーけ」
「泣くわけねえってのッ!!」
『今何時だと思ってんだ!? うるせえぞォッ!!』
「す、すいません! もうしません! ごめんなさい!」
調子に乗ったメイさんの『泣け泣けコール』に対して額を青筋だらけにしたバルさんが、もう耐えきれんとばかりに大きな叫び声を上げてしまった。それが契機となってか、とうとう隣室から『最終警告』が届けられてしまい、これ以上騒がしくすると宿を追い出されかねないと焦った僕は、ビクビクと肩を跳ねさせながら、何とか真摯な謝罪を叫ぶ。そうして事なきを得ることができた僕は『へへへ……』と、痒くもないだろうに片手で後頭部を摩りながら、不細工な愛想笑いを浮かべて周囲を見回すメイさんに、僕は鋭い視線で『もう止めてください』と伝え、目力で押さえ付けた。
「…………ごべんなさい」
「「はぁ」」
とんだ『被害』を被ってしまった僕とバルさんの二人から、先の行いを責めるような視線を向けられたメイさんは、しゅんとした泣きそうな表情でボソボソと謝罪を口にする。それを聞いた僕達は堪らず溜め息を吐いてしまったものの、別れの前日に相応しくない静かな空気を入れ替えるように、明るい口調をしながら話を切り替えた。
「ポポアトってどういう国なんですかね? なにか、特産物的な『名産品』とか知ってますか?」
「ポポアトってたしか『果物』が有名じゃなかったっけ? ね、そうだったよね?」
「ああ、あそこは『ポピア』って固有種の果物が有名だな。ポポアトっつう国名を決めるときの『決め手』がその果物って話だぜ? ま、その話の真偽は不明だけどな。なんせポポアトが建国されてから数百年経ってるしよ」
「「へー」」
冷え込む冬の寒空の下、まあまあ豪奢な宿屋の一室に流れているのは、身体の芯を冷やそうとしてくる冬の冷気とはまた違った、なんとも言えない凸凹な三人の時間だった。僕と二人は『男と女』の異性同士であり、その年齢は姉と弟くらい離れてしまっている。本来であれば年齢や性別の壁に阻まれて、共同生活や会話などなど、全くもって相容れない存在なのかもしれない短い付き合いの三人の間には、まるで性別や年齢、出身や文化などの『壁』が存在していないかのような適度な距離感と親密さが生まれていて——そんな、気兼ねなどない、着飾ることもしない普段通りの三人は、側から見れば有益性など何もない談笑をし続ける。博識なバルさんに話を振れば、大抵の答えは返ってくるのだけど、そんな彼女にメイさんは、お世辞にも学になるとは言えない——好きな下着の素材は? どういう男がタイプ? などなど、異性の僕には露ほども理解できない——話を振り続けて、それにバルさんがキレ気味に答えるという堪らず苦笑しまうような談笑は夜が更けるまで行われた。そんなこんなでも有限である時間は時計の針を動かして進んでいき……翌日の朝方になった頃に僕達は泊まっていた宿を出発して、午前の十一時くらいに、二人の目的地である『ポポアト』の国境線の上に立つ国境検問所に到着した。
「そんじゃ、オレたちはここまでだ。あばよ、ソラ。お前が成人したら、一緒に酒を飲み交わそうぜ」
「はは、お酒は飲むようになるか分からないですけど、できる限り善処します。今まで多分にお世話になりました。縁があればまた——帝国で」
「おう。またな」
「はい、また」
バルさんとの別れの挨拶は至極淡白な終わりを迎え、彼女は後ろ手を振りながら、検問所の門の方へと歩いていく。そして、最後に別れを済ませる相手は、ここに来るまでに乗っていた馬車な中で「うおーんっっっ!」と嗚咽を漏らし続けていた、顔を鼻水と涙まみれにしているメイさんだ。
「うぐっっ、ひぐぅっ——またね、ソラさんっっっ!」
「は、はい、縁があればまた会いましょうね、メイさん」
「絶対ですよぉっっっ!? 絶対ですからねっ!?」
「ぜ、絶対かは分からないですけど、可能な限り善処します…………」
「————ふッ、ええっ!? ちょっ、バルーーー!!」
謎に俯いて動かなくなったメイさんに怖気を覚えた僕が一歩後退しようとすると——案の定、メイさんは『野生の獣の目』をしながら勢いよく顔を上げ、僕を目掛けて飛び掛かってきた。それを冷静に対処しようとして腰を落とし、後方へと飛び退こうとした僕は、飛び掛かってくるメイさんの背に向かって伸びる『逞しい女性の腕』を見て、その回避行動を中止した。そんな理性が飛んだメイさんを止めたのは『なにしてんだお前?』という顰めっ面をしている、検問所の門の方から戻ってきたバルさんであった。やはり頼りになるな、この人は——と感心の視線を向けてしまう僕に、バルさんは片方の口角を上げるワイルドな笑みを返し、暴れて抵抗するメイさんを引き摺りながら、再びポポアトの地を見せる開かれた門の方へと歩いて行った。凸凹に見えてしまう、二人の女性。なんやかんやで長年の付き合いがあるということが理解できる仲睦まじい『オルダンシアの知人達』の行く道を一歩後ろから見守っていた僕は、胸の内にある寂しさを誤魔化すように声を張り上げて言う。
「二人とも! また会いましょーーーうっっっ!!」
「おう!!」
「ソラさーーーん! 一緒に来てーーーっっっ!!」
「遠慮しときまーーーす!!」
「なんでぇっ!?」
「ギャハハ! 脈なしだって理解しろよ馬鹿女!」
「うるせえーーーーーーーーっっっ!!」
こうして、騒がしくも確かに楽しかったアーフォルトでの集団行動は終わり、僕はたった一人で澄んだ青空の下を歩く。向かうは西の方角。そこにある『ルカンルカン』の地へと続く、国境の検問所だ。
「とうとう、明日は『ポポアト』に入るのかぁ…………」
二人が借りた部屋の中で物憂い気にそう言うのは、部屋に二つあるベッドの一つに腰掛ける、いつもの踊り子の衣装に身を包ませているメイさんこと——メイリエルさんだ。彼女は自身が着用している黒のレース下着が見えることも憚らず、自分の胸の方まで抱えている膝を使って頬杖つき、その頬を寂しそうに大きく膨らませていた。メイさんが漏らしてしまった言葉の端々には『ポポアトに行きたくないな』という、帝国で贅沢に暮らすというメイさんの目的と、帝国の整った土俵で『バトる』という、中々に応援しきれない目的があるバルさんからしても『元も子もない』と言えてしまう意思が込められており、それを聞いた僕は困ったような笑みを浮かべながら愛想笑いを浮かべ、対してバルさんは「アホか」との一言だけ、メイさんに添えていた。そんな『我が儘』な意思を多分に吐息に含ませてしまっているメイさんの言う通り、とうとう明日——僕達はそれぞれの行く道へと進むために二手に別れることとなる。僕は一人でアーフォルトに残ってさらに西へ進み、目的地である『ジオドラム』との国境線を有する『ルカンルカン』という国へと向かう。対し、僕と別れて『ポポアト』に足を踏み入れたバルさんとメイさんは、そのまま彼の国を北に進んでいき、帝国行きの旅客船が出るという港町へ向かうことになっている。そのため、今日この日の、この場に流れるこの時だけが……短い付き合いの僕達三人が一堂に会してゆっくりと話し過ごせる、最後の憩いの場なのである。
「この一ヶ月、長かったような短かったようなですね……」
頬一杯に木の実を入れ込んだ『栗鼠』のような顔をしているメイさんの「ポポアトに行きたくないなぁ……」との言葉に反応したのは、彼女と同じ寂しさを感じて、それを抑えきれずに『目』に浮かべてしまっている顔を隠そうと床に視線を向けて俯いている、床に胡座を掻いている僕だ。僕は彼女が抱えている寂しさを『確かに共有』していることを暗に伝えるように俯いたまま軽く頷いてから、ラッパナで別れた二人と九国大陸行きの貨物船で偶然鉢合わせて、三人で一緒に行動するようになってから『一ヶ月』という時が経っているような気がしない、正直な実感を口にした。
「本当ですよぉ! 一ヶ月って、まあまあ長いはずなのに、なんか短いなぁって思っちゃいますよね! ね!?」
「で、ですね……」
その言葉を聞いたメイさんは、さっきまでの陰鬱とした雰囲気は嘘だったみたいに、水を得た魚ばりに以前までの活気を取り戻した。そうして『ワタシの話を肯定をして欲しい!』と言うような鬼気迫るメイさんの顔の迫力にギョッと押されてしまった僕は、振り上げた顔を大きく引き攣らせながらぎこちなく頷き、彼女の言葉に何とか賛同する。そんな遣り取りを『至極馬鹿らしいぜ』という達観したような雰囲気を醸し出しながら見届けていた、もう一つのベッドの上で肘枕をし、横になっていたバルさんは、下品にも小指で鼻をほじりつつ、僕とメイさんの会話に混ざった。
「一ヶ月っていうほど長いかよ? 三十回くらい寝たら一ヶ月じゃねえか。普通に短えだろ」
「そんなことないでしょ! 三十回って、まあまあ長いじゃないのよ!」
「まあまあ——だろ? 大して長くねえよ誇張だな誇張」
「もう! そんな強がり言ってるけど、バルも寂しいんでしょ? そうなのよね? ほら、泣いてもいいのよ?」
もはや、素面を通し続けているバルさんに泣いてほしいという意思を一切隠さなくなったメイさんは『泣いても自分の胸は貸さないよ?』と自分の胸のところで両の人差し指を交差させて『バツ』を作って示しつつ、何度も何度も執拗に、面倒くさそうに顔を顰めるバルさんを煽り続ける。
「泣くわけねえだろ!! 死に別れってわけでもねえのに、んな一々寂しがってたら、この世で生きてけねえぞ!!」
執拗に言い続けていた「バルも寂しいんでしょ? じゃあ泣けばいいじゃないの! いや、泣きなさいよ!!」という、謎に白熱しだしたメイさんの煽り文句を聞き続けて、とうとう堪忍袋の緒が切れてしまったバルさんは猛獣の如き怒りの咆哮を上げ、その『蛮的』に思われるような見掛けによらず、実に博識である彼女は自身が持つ自論——僕からすれば至極正論な言を部屋中に響かせた。そして、そのバルさんの叫び声を聞いて飛び跳ねたのだろう隣室の宿泊客が、僕達の騒音を咎めるように壁を『ドンッ!』と叩き——それを聞いた騒音の元凶であるメイさん共々、部屋には何とも言えない、シーンとした静寂が流れてしまった。
「…………泣ーけ。泣ーけ」
「泣くわけねえってのッ!!」
『今何時だと思ってんだ!? うるせえぞォッ!!』
「す、すいません! もうしません! ごめんなさい!」
調子に乗ったメイさんの『泣け泣けコール』に対して額を青筋だらけにしたバルさんが、もう耐えきれんとばかりに大きな叫び声を上げてしまった。それが契機となってか、とうとう隣室から『最終警告』が届けられてしまい、これ以上騒がしくすると宿を追い出されかねないと焦った僕は、ビクビクと肩を跳ねさせながら、何とか真摯な謝罪を叫ぶ。そうして事なきを得ることができた僕は『へへへ……』と、痒くもないだろうに片手で後頭部を摩りながら、不細工な愛想笑いを浮かべて周囲を見回すメイさんに、僕は鋭い視線で『もう止めてください』と伝え、目力で押さえ付けた。
「…………ごべんなさい」
「「はぁ」」
とんだ『被害』を被ってしまった僕とバルさんの二人から、先の行いを責めるような視線を向けられたメイさんは、しゅんとした泣きそうな表情でボソボソと謝罪を口にする。それを聞いた僕達は堪らず溜め息を吐いてしまったものの、別れの前日に相応しくない静かな空気を入れ替えるように、明るい口調をしながら話を切り替えた。
「ポポアトってどういう国なんですかね? なにか、特産物的な『名産品』とか知ってますか?」
「ポポアトってたしか『果物』が有名じゃなかったっけ? ね、そうだったよね?」
「ああ、あそこは『ポピア』って固有種の果物が有名だな。ポポアトっつう国名を決めるときの『決め手』がその果物って話だぜ? ま、その話の真偽は不明だけどな。なんせポポアトが建国されてから数百年経ってるしよ」
「「へー」」
冷え込む冬の寒空の下、まあまあ豪奢な宿屋の一室に流れているのは、身体の芯を冷やそうとしてくる冬の冷気とはまた違った、なんとも言えない凸凹な三人の時間だった。僕と二人は『男と女』の異性同士であり、その年齢は姉と弟くらい離れてしまっている。本来であれば年齢や性別の壁に阻まれて、共同生活や会話などなど、全くもって相容れない存在なのかもしれない短い付き合いの三人の間には、まるで性別や年齢、出身や文化などの『壁』が存在していないかのような適度な距離感と親密さが生まれていて——そんな、気兼ねなどない、着飾ることもしない普段通りの三人は、側から見れば有益性など何もない談笑をし続ける。博識なバルさんに話を振れば、大抵の答えは返ってくるのだけど、そんな彼女にメイさんは、お世辞にも学になるとは言えない——好きな下着の素材は? どういう男がタイプ? などなど、異性の僕には露ほども理解できない——話を振り続けて、それにバルさんがキレ気味に答えるという堪らず苦笑しまうような談笑は夜が更けるまで行われた。そんなこんなでも有限である時間は時計の針を動かして進んでいき……翌日の朝方になった頃に僕達は泊まっていた宿を出発して、午前の十一時くらいに、二人の目的地である『ポポアト』の国境線の上に立つ国境検問所に到着した。
「そんじゃ、オレたちはここまでだ。あばよ、ソラ。お前が成人したら、一緒に酒を飲み交わそうぜ」
「はは、お酒は飲むようになるか分からないですけど、できる限り善処します。今まで多分にお世話になりました。縁があればまた——帝国で」
「おう。またな」
「はい、また」
バルさんとの別れの挨拶は至極淡白な終わりを迎え、彼女は後ろ手を振りながら、検問所の門の方へと歩いていく。そして、最後に別れを済ませる相手は、ここに来るまでに乗っていた馬車な中で「うおーんっっっ!」と嗚咽を漏らし続けていた、顔を鼻水と涙まみれにしているメイさんだ。
「うぐっっ、ひぐぅっ——またね、ソラさんっっっ!」
「は、はい、縁があればまた会いましょうね、メイさん」
「絶対ですよぉっっっ!? 絶対ですからねっ!?」
「ぜ、絶対かは分からないですけど、可能な限り善処します…………」
「————ふッ、ええっ!? ちょっ、バルーーー!!」
謎に俯いて動かなくなったメイさんに怖気を覚えた僕が一歩後退しようとすると——案の定、メイさんは『野生の獣の目』をしながら勢いよく顔を上げ、僕を目掛けて飛び掛かってきた。それを冷静に対処しようとして腰を落とし、後方へと飛び退こうとした僕は、飛び掛かってくるメイさんの背に向かって伸びる『逞しい女性の腕』を見て、その回避行動を中止した。そんな理性が飛んだメイさんを止めたのは『なにしてんだお前?』という顰めっ面をしている、検問所の門の方から戻ってきたバルさんであった。やはり頼りになるな、この人は——と感心の視線を向けてしまう僕に、バルさんは片方の口角を上げるワイルドな笑みを返し、暴れて抵抗するメイさんを引き摺りながら、再びポポアトの地を見せる開かれた門の方へと歩いて行った。凸凹に見えてしまう、二人の女性。なんやかんやで長年の付き合いがあるということが理解できる仲睦まじい『オルダンシアの知人達』の行く道を一歩後ろから見守っていた僕は、胸の内にある寂しさを誤魔化すように声を張り上げて言う。
「二人とも! また会いましょーーーうっっっ!!」
「おう!!」
「ソラさーーーん! 一緒に来てーーーっっっ!!」
「遠慮しときまーーーす!!」
「なんでぇっ!?」
「ギャハハ! 脈なしだって理解しろよ馬鹿女!」
「うるせえーーーーーーーーっっっ!!」
こうして、騒がしくも確かに楽しかったアーフォルトでの集団行動は終わり、僕はたった一人で澄んだ青空の下を歩く。向かうは西の方角。そこにある『ルカンルカン』の地へと続く、国境の検問所だ。
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