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強国『ジオドラム』編
大きな鳥に攫われて?
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アーフォルトの港町を発ってから一日が経過した、たった今、日の出が訪れたばかりの町音静かな早朝。九国大陸の端にある国の更に端にある町だからか、生活が息苦しくなるという物価高はあまり感じられない宿場町の安宿にて、僕はいつもの服装に着替えを済ませ、宿屋の借部屋を出た。僕が休息を取っていたのは宿屋三階の角部屋で、その部屋を出て行った先にある廊下を、他の客を起こしてしまわないよう極力足音を立てないように歩いていく僕は、二階へと続いている、やや細いと感じる階段を慎重に降りていく。今向かっている二階の一室では、睡眠を取る無防備な僕への『夜這い』ができないように隔離されているメイさんと、野放しにしていれば『格好の餌食』である僕は気を抜いて休むことなどできぬため、その危険極まりない『性獣』を女戦士が誇る豪胆さと力強さで押さえ付けてくれているバルさんの二人が、節約がてらの相部屋で絶賛睡眠中であり、三週間近い船上での共同生活で知った二人の朝の弱さから、まだベッドから起き上がっていないだろう彼女達を叩き起こすため、僕は二人が居る部屋へと向かっているのである。そうして、昨晩「ソラさんとの相部屋がいい!」と騒ぐメイさんと「黙れクソ女」と頭を殴るバルさんの二人が入っていった、丁寧に鍵が掛けられている扉の鍵を目覚まし要員として昨日受け取っておいた合い鍵を使って解錠し、シーンとしている部屋の中へと開けた扉を通って入っていく。
「おはようございまーす! 朝ですよー!」
朝に滅法強い僕が、隣室に泊まっているかもしれない人を起こさない程度に声を張り上げながら闊歩して行った先、静まり返っている誰も居ない居間の光景を目に入れた僕は、僕が泊まっていた一人部屋を二人用にと大きくしただけで、特に間取りなど変わっていない既視感のある部屋の中から難なく寝室へと続いている扉の位置を把握。そうして寝室へと向かう前に、誰も居ない居間の床に無造作に転がっている、昨晩にバルさんが飲み明かしたのだろう、瓶底に残りがある複数の酒瓶を片付け終えてから、僕は二人が眠っているいるはずの寝室の扉を開けて、中へと入っていった。扉を開けて先に感じたのは、漂ってくる『酒臭』であった。そりゃあ、あの量の酒瓶を一人で飲み干したのだとすれば、これだけ臭ってしまうのは当たり前というか、分からなくもないのだけど、まさか歯も磨かずに寝たのか、バルさん——と、顔を引き攣らせてしまいながら思いつつ、果てから登ってきている眩い太陽の光が部屋に差し込んで、その睡眠を妨げないようにと薄緑色のカーテンが閉め切られたままの閉鎖的な光景が広がっている寝室を歩いていく僕は、そのカーテンの隙間から入り込んできている陽光が、僕の歩行で舞い散った床の埃をキラキラと輝かせており、その、お世辞にも綺麗とは言えない幻想的な輝きを僕は目に入れながら、二つのベッドの枕元から見えている二人の髪の毛を認め、彼女等が一度も起床していないということを悟る。僕は布団を頭まで被っているバルさんと、横向きになって、顔を出しながらスヤスヤと寝息を立てているメイさんを横目に、勢いよく寝室のカーテンを開けた。バサッと大きく開かれたカーテンは侵入を堰き止めていた陽光を一気に部屋の中に入れ込み、瞬く間に満ちていた暗闇を払い除ける。それでも微動だにしない二人に困った風に眉尻を下げた僕は、仕方なしに彼女等の身体を揺すって起こすことにした。
「おーい! 朝ですよ! 起きてください!」
「…………んん? あれ、夜這いしにきたんですかぁ?」
「朝ですよ」
「えぇ?」
「だから、朝なんですよ。早く起きてください。昨日三人で決めた出発時間まで残り一時間半ですよ! 早く!」
「——夜ば」
「違いますね」
「チェッ——そんなに否定しなくてもいいのにぃ」
朝から変わらずといった感じのメイさんは、僕に目覚ましをされて満足といった様子で身体を起こし、豊満な胸を欠伸で張りながら、寝巻きにもなっていない下着姿を晒す。ちゃんとした寝巻きはないのかと、メイさんの薄い胸巻きを巻いただけの上半身と、黒レースのパンツを履いただけの下半身を見て顔を顰める僕は、即座に意識を切り替えて、今だに起きる気配を見せない、酔い潰れたと思しきバルさんを起こすために、ガサガサと彼女を大きく揺すり続ける。
「バルさん! 起きてください!! 酒臭いですよ!」
「…………るせぇ」
「昨日、自分を起こしてくれって言ったのアナタでしょ! だから起きてください!!」
「…………ぁあったく。分かったから揺するの止めてくれ。頭がズキズキと痛えんだよ……くそ、何で痛えんだ?」
「あれだけお酒を飲んだらそうなりますよ。水持ってくるんでさっさと着替えとか済ませてください」
「ああ、頼むわ」
そう言って、頭痛を堪えるように側頭部を片手で押さえながら身体を起こしたバルさんを見届けた僕は、次の瞬間、顔を大きく引き攣らせた。
「なんで裸なんですか…………!」
身体を起こした彼女から毛布が落ちると、そこから現れたのは褐色の肌をした、大きく実った女性の乳房であった。サラシも下着も付けていないそれは、彼女が頭痛を抑えるために頭を掻く揺れに合わせて、至極柔く上下に揺れ動く。今まで見てきた女性の中では大きな方のそれを真っ向から見せ付けられた僕は、堪らずといった感じで「冷え込む冬の夜なんだから何か着ろよ……」と呻き声を上げてしまう。彼女は寝巻きどころか下着すら付けていない、生まれたままの裸を異性である僕に晒したまま、恥ずかしげもなく被っていた毛布を蹴り退けて、これまた何も隠すものがない女性器丸出しの下半身を露出させる。それを『マジかよコイツ……』という表情で不意に見てしまった僕は、流石に駄目だろと思い、視線を着替え中のメイさんの方に向ける。
「————なんで、二人とも隠さないんですか! 恥部や下着姿くらい人前では隠してくださいよ!!」
「え!? 裸のバルはまだしも、裸じゃないワタシはソラさんが見てないところで着替えてたじゃないですかぁ!」
「なんで僕が部屋に居る時に着替えてるんですか!?」
「え、なんでって、さっき起こされたから……!」
「なんで、さっき起こされたら着替えるんですか!?」
「え、ええっ!?」
混乱気味に声を荒げてしまう僕に驚愕を露わにするメイさんは、困惑しながら顔をキョロキョロと忙しなく動かす。その一悶着を至極どうでもよさそうに見ていたバルさんは、自分の股をボリボリ掻きながら、狼狽える僕に声を掛けた。
「オレは寝るときは裸だぞ。窮屈なのは嫌いなんでな」
「それは分かりましたよ! 早く服着てくださいよ!!」
「はいはい。ソラ、その辺にあるパンツ取ってくれや」
「そんなもの自分で取ってくださいよッッッ!!」
そんなこんなで早朝から多大に疲れてしまった僕は、少し遅れた昼前にパン屋で朝食を購入し、手に持った長パンを食べながら死んだ魚の目で宿場町を出発したのだった。
「ソラ、お前ちゃんと寝なかったのかよ?」
「僕が疲れてるのは、アナタ達のせいですよ…………!」
「ああ? オルダンシアの女なんざ全員こんなもんだぜ? 気にするだけ無駄だぞ無駄。朝っぱらから女の『まっぱ』見れたのは徳だったと思っとけよ」
「何にも徳だとは思えないんですけど」
「まさか…………ソラさんって性欲ないんです……?」
「え? まあ、性欲っていう三代欲求くらいは知ってますけど、それがどういうものなのかは知らないですね」
「ま、マジかぁ…………ソラさんマジかぁ」
「変わってんな」
「へ、変なんですかね…………?」
「「変ですね/だな」」
「…………マジかぁ」
* * *
なんやかんやで宿場町を出発した僕達は、相変わらず乗り心地の悪い荷台の上で揺られながら北西へと進んでいく。移動の時間を有効に使うべく、九国大陸の情報収集とばかりに、僕は太い葉巻を吸っている中年の御者に話しかけた。
「あの、ジオドラムの国民が『賊化』してるって話を端々で聞いたんですけど、そんなに深刻な状況なんですか?」
「ああ? ふぅー……なにも賊に堕ちてんのはジオドラムの連中だけじゃねえよ。その周りの小国の『底辺連中』がこの不景気でとうとう食いっぱぐれちまって、それで、そいつ等が『賊』として行商なんかを襲ってるって話を聞く。心に限界がきちまってる連中だろうから、胃袋に余裕のある下手な賊よりも危ねえだろうな。ふぅー……だから悪いことは言わねえ、近寄らねえ方が身のためだぞ兄ちゃん」
なるほどね。不景気以前に『賊』をやっている人達とは違って、今回の大不景気の件で『賊化』してしまった人達には心の余裕がない。そりゃあ、生活に余裕がなくなって、ひもじいこと極まって賊に堕ちてしまったのだからそうなのだろうが、そんな余裕のない人達に『温情や理性』が残っているだろうか? という話になってきているのだろう。大抵の賊は最低限の金銭や物資のみを奪い、奪われた被害者の生活が破綻しない程度に加減しているという話を聞く。反社会的な活動をしている賊からしても、行商の足である馬や、服に武器、金銭を全て奪い取って賊害に遭われた被害者家族を『同族』に堕とすようなことはしないらしいし、行商から防衛手段を奪って野に放てば、間接的に『魔獣による被害者』を作ることになってしまうから、そうなってくると『国の行政』は黙っていない。健全な商業ができなければ国全体に被害が及ぶから、賊の撲滅の動きをとられる可能性がある。冒険者一団や兵士を向かわされると、数と質による暴力で賊如きが一網打尽にされてしまうのは目に見えて明らかだ。賊もそれを理解しているから最低限の略奪で済ませているのであって、その『理性』が外れている人物達が賊的活動をしているとなると——その最低限は機能を停止してしまっている可能性が出てくるという訳で……うん。この話を聞くと、彼の国周辺に『一人で』足を向けるのは危険極まりないのだろうな。でも、気になるものは気になる。だから僕は、彼の国へ行くことを止めない。この目で——僕は、その世界を見に行きたいと思っている。
「…………僕はジオドラムに行きます。だから、もう少しあの国の知っていることがあれば教えてくれませんか?」
行の覚悟が決まっている僕の声を聞いた御者は、火のついた葉巻きを口に咥え、数瞬の前を置いてから口を開いた。
「…………ふぅー……ジオドラムの隣にある『ルカンルカン』って国に俺の弟が暮らしててな、そいつからの文で知った話だが、ジオドラムは至る所から『武器』なんかを輸入してるらしい。それで一部の武器商人が『たらふく』儲けてるんだと。あと、ジオドラムの国の経済は完全に現国王に掌握されてて、自分の意のままに動く傀儡連中——現王の息のかかった商会だけが贅沢三昧らしい。ルカンルカンの『高級接待飲み屋』を経営してる弟曰く、あの国から来た商会の上澄み連中の横暴さは日に日に強まってんだと。従業員の女を殴って悶着を起こしたって話だ。ふぅー……俺の弟はルカンルカンの『キリテル』って町にいる。詳しくはソイツから聞いてくれ。俺はそれ以上は知らん」
ルカンルカンの『キリテル』という町——そこの高級接待飲み屋に御者の弟さんがいるのか。ジオドラムに行く通り道がルカンルカンだし、行く機会はあそうだな。アーフォルトを出国したら、まずはその飲み屋を目指してみるか。
「詳しく教えてくれてありがとうございます。急に聞いてすいませんでした。助かりました」
「ま、兄ちゃんがジオドラムに行くっつうなら止めねえよ。賊と税に殺されねえように頑張れ」
「————はい!」
そうして、僕達はアーフォルトを北西へと十時間ほど進んで行き——日が彼方に落ち切ってしまう前の夕方にポポアトとの国境までの中継となる、小さな宿村へと到着した。適当な宿を村の中から探して、ここにしようと決めた宿で宿泊をするための対応をしてくれた高齢夫婦の宿の主人らと、サービスという名目で食卓に出された美味しそうな夕食をしながら話をし、そこで『とある』気になる話を聞く。
「最近ね、変な鳥に困っているのよね~」
「鳥——ですか?」
「ええ。すごく速くてね、はっきりと見えないのだけれど、人くらい大きな鳥が、私たちが育てた作物や家畜を攫っていってしまうのよ~」
「すごう速えんだよ、あのデッコウ鳥。オラの目にも止まらねえくれえ速えてな、何が何だか分からねえまま、オラが丹精込めて育てつった豚を攫っちまったんだべ!」
熱狂した老夫婦が言う、漠然としていて核心を掴み切らない話を食事中に聞かされた僕達三人は『どういうこと?』と一様に首を傾げながら美味だった食事を終えて、それ以降特に何事もないまま、その日を眠り終えるのであった……。
「おはようございまーす! 朝ですよー!」
朝に滅法強い僕が、隣室に泊まっているかもしれない人を起こさない程度に声を張り上げながら闊歩して行った先、静まり返っている誰も居ない居間の光景を目に入れた僕は、僕が泊まっていた一人部屋を二人用にと大きくしただけで、特に間取りなど変わっていない既視感のある部屋の中から難なく寝室へと続いている扉の位置を把握。そうして寝室へと向かう前に、誰も居ない居間の床に無造作に転がっている、昨晩にバルさんが飲み明かしたのだろう、瓶底に残りがある複数の酒瓶を片付け終えてから、僕は二人が眠っているいるはずの寝室の扉を開けて、中へと入っていった。扉を開けて先に感じたのは、漂ってくる『酒臭』であった。そりゃあ、あの量の酒瓶を一人で飲み干したのだとすれば、これだけ臭ってしまうのは当たり前というか、分からなくもないのだけど、まさか歯も磨かずに寝たのか、バルさん——と、顔を引き攣らせてしまいながら思いつつ、果てから登ってきている眩い太陽の光が部屋に差し込んで、その睡眠を妨げないようにと薄緑色のカーテンが閉め切られたままの閉鎖的な光景が広がっている寝室を歩いていく僕は、そのカーテンの隙間から入り込んできている陽光が、僕の歩行で舞い散った床の埃をキラキラと輝かせており、その、お世辞にも綺麗とは言えない幻想的な輝きを僕は目に入れながら、二つのベッドの枕元から見えている二人の髪の毛を認め、彼女等が一度も起床していないということを悟る。僕は布団を頭まで被っているバルさんと、横向きになって、顔を出しながらスヤスヤと寝息を立てているメイさんを横目に、勢いよく寝室のカーテンを開けた。バサッと大きく開かれたカーテンは侵入を堰き止めていた陽光を一気に部屋の中に入れ込み、瞬く間に満ちていた暗闇を払い除ける。それでも微動だにしない二人に困った風に眉尻を下げた僕は、仕方なしに彼女等の身体を揺すって起こすことにした。
「おーい! 朝ですよ! 起きてください!」
「…………んん? あれ、夜這いしにきたんですかぁ?」
「朝ですよ」
「えぇ?」
「だから、朝なんですよ。早く起きてください。昨日三人で決めた出発時間まで残り一時間半ですよ! 早く!」
「——夜ば」
「違いますね」
「チェッ——そんなに否定しなくてもいいのにぃ」
朝から変わらずといった感じのメイさんは、僕に目覚ましをされて満足といった様子で身体を起こし、豊満な胸を欠伸で張りながら、寝巻きにもなっていない下着姿を晒す。ちゃんとした寝巻きはないのかと、メイさんの薄い胸巻きを巻いただけの上半身と、黒レースのパンツを履いただけの下半身を見て顔を顰める僕は、即座に意識を切り替えて、今だに起きる気配を見せない、酔い潰れたと思しきバルさんを起こすために、ガサガサと彼女を大きく揺すり続ける。
「バルさん! 起きてください!! 酒臭いですよ!」
「…………るせぇ」
「昨日、自分を起こしてくれって言ったのアナタでしょ! だから起きてください!!」
「…………ぁあったく。分かったから揺するの止めてくれ。頭がズキズキと痛えんだよ……くそ、何で痛えんだ?」
「あれだけお酒を飲んだらそうなりますよ。水持ってくるんでさっさと着替えとか済ませてください」
「ああ、頼むわ」
そう言って、頭痛を堪えるように側頭部を片手で押さえながら身体を起こしたバルさんを見届けた僕は、次の瞬間、顔を大きく引き攣らせた。
「なんで裸なんですか…………!」
身体を起こした彼女から毛布が落ちると、そこから現れたのは褐色の肌をした、大きく実った女性の乳房であった。サラシも下着も付けていないそれは、彼女が頭痛を抑えるために頭を掻く揺れに合わせて、至極柔く上下に揺れ動く。今まで見てきた女性の中では大きな方のそれを真っ向から見せ付けられた僕は、堪らずといった感じで「冷え込む冬の夜なんだから何か着ろよ……」と呻き声を上げてしまう。彼女は寝巻きどころか下着すら付けていない、生まれたままの裸を異性である僕に晒したまま、恥ずかしげもなく被っていた毛布を蹴り退けて、これまた何も隠すものがない女性器丸出しの下半身を露出させる。それを『マジかよコイツ……』という表情で不意に見てしまった僕は、流石に駄目だろと思い、視線を着替え中のメイさんの方に向ける。
「————なんで、二人とも隠さないんですか! 恥部や下着姿くらい人前では隠してくださいよ!!」
「え!? 裸のバルはまだしも、裸じゃないワタシはソラさんが見てないところで着替えてたじゃないですかぁ!」
「なんで僕が部屋に居る時に着替えてるんですか!?」
「え、なんでって、さっき起こされたから……!」
「なんで、さっき起こされたら着替えるんですか!?」
「え、ええっ!?」
混乱気味に声を荒げてしまう僕に驚愕を露わにするメイさんは、困惑しながら顔をキョロキョロと忙しなく動かす。その一悶着を至極どうでもよさそうに見ていたバルさんは、自分の股をボリボリ掻きながら、狼狽える僕に声を掛けた。
「オレは寝るときは裸だぞ。窮屈なのは嫌いなんでな」
「それは分かりましたよ! 早く服着てくださいよ!!」
「はいはい。ソラ、その辺にあるパンツ取ってくれや」
「そんなもの自分で取ってくださいよッッッ!!」
そんなこんなで早朝から多大に疲れてしまった僕は、少し遅れた昼前にパン屋で朝食を購入し、手に持った長パンを食べながら死んだ魚の目で宿場町を出発したのだった。
「ソラ、お前ちゃんと寝なかったのかよ?」
「僕が疲れてるのは、アナタ達のせいですよ…………!」
「ああ? オルダンシアの女なんざ全員こんなもんだぜ? 気にするだけ無駄だぞ無駄。朝っぱらから女の『まっぱ』見れたのは徳だったと思っとけよ」
「何にも徳だとは思えないんですけど」
「まさか…………ソラさんって性欲ないんです……?」
「え? まあ、性欲っていう三代欲求くらいは知ってますけど、それがどういうものなのかは知らないですね」
「ま、マジかぁ…………ソラさんマジかぁ」
「変わってんな」
「へ、変なんですかね…………?」
「「変ですね/だな」」
「…………マジかぁ」
* * *
なんやかんやで宿場町を出発した僕達は、相変わらず乗り心地の悪い荷台の上で揺られながら北西へと進んでいく。移動の時間を有効に使うべく、九国大陸の情報収集とばかりに、僕は太い葉巻を吸っている中年の御者に話しかけた。
「あの、ジオドラムの国民が『賊化』してるって話を端々で聞いたんですけど、そんなに深刻な状況なんですか?」
「ああ? ふぅー……なにも賊に堕ちてんのはジオドラムの連中だけじゃねえよ。その周りの小国の『底辺連中』がこの不景気でとうとう食いっぱぐれちまって、それで、そいつ等が『賊』として行商なんかを襲ってるって話を聞く。心に限界がきちまってる連中だろうから、胃袋に余裕のある下手な賊よりも危ねえだろうな。ふぅー……だから悪いことは言わねえ、近寄らねえ方が身のためだぞ兄ちゃん」
なるほどね。不景気以前に『賊』をやっている人達とは違って、今回の大不景気の件で『賊化』してしまった人達には心の余裕がない。そりゃあ、生活に余裕がなくなって、ひもじいこと極まって賊に堕ちてしまったのだからそうなのだろうが、そんな余裕のない人達に『温情や理性』が残っているだろうか? という話になってきているのだろう。大抵の賊は最低限の金銭や物資のみを奪い、奪われた被害者の生活が破綻しない程度に加減しているという話を聞く。反社会的な活動をしている賊からしても、行商の足である馬や、服に武器、金銭を全て奪い取って賊害に遭われた被害者家族を『同族』に堕とすようなことはしないらしいし、行商から防衛手段を奪って野に放てば、間接的に『魔獣による被害者』を作ることになってしまうから、そうなってくると『国の行政』は黙っていない。健全な商業ができなければ国全体に被害が及ぶから、賊の撲滅の動きをとられる可能性がある。冒険者一団や兵士を向かわされると、数と質による暴力で賊如きが一網打尽にされてしまうのは目に見えて明らかだ。賊もそれを理解しているから最低限の略奪で済ませているのであって、その『理性』が外れている人物達が賊的活動をしているとなると——その最低限は機能を停止してしまっている可能性が出てくるという訳で……うん。この話を聞くと、彼の国周辺に『一人で』足を向けるのは危険極まりないのだろうな。でも、気になるものは気になる。だから僕は、彼の国へ行くことを止めない。この目で——僕は、その世界を見に行きたいと思っている。
「…………僕はジオドラムに行きます。だから、もう少しあの国の知っていることがあれば教えてくれませんか?」
行の覚悟が決まっている僕の声を聞いた御者は、火のついた葉巻きを口に咥え、数瞬の前を置いてから口を開いた。
「…………ふぅー……ジオドラムの隣にある『ルカンルカン』って国に俺の弟が暮らしててな、そいつからの文で知った話だが、ジオドラムは至る所から『武器』なんかを輸入してるらしい。それで一部の武器商人が『たらふく』儲けてるんだと。あと、ジオドラムの国の経済は完全に現国王に掌握されてて、自分の意のままに動く傀儡連中——現王の息のかかった商会だけが贅沢三昧らしい。ルカンルカンの『高級接待飲み屋』を経営してる弟曰く、あの国から来た商会の上澄み連中の横暴さは日に日に強まってんだと。従業員の女を殴って悶着を起こしたって話だ。ふぅー……俺の弟はルカンルカンの『キリテル』って町にいる。詳しくはソイツから聞いてくれ。俺はそれ以上は知らん」
ルカンルカンの『キリテル』という町——そこの高級接待飲み屋に御者の弟さんがいるのか。ジオドラムに行く通り道がルカンルカンだし、行く機会はあそうだな。アーフォルトを出国したら、まずはその飲み屋を目指してみるか。
「詳しく教えてくれてありがとうございます。急に聞いてすいませんでした。助かりました」
「ま、兄ちゃんがジオドラムに行くっつうなら止めねえよ。賊と税に殺されねえように頑張れ」
「————はい!」
そうして、僕達はアーフォルトを北西へと十時間ほど進んで行き——日が彼方に落ち切ってしまう前の夕方にポポアトとの国境までの中継となる、小さな宿村へと到着した。適当な宿を村の中から探して、ここにしようと決めた宿で宿泊をするための対応をしてくれた高齢夫婦の宿の主人らと、サービスという名目で食卓に出された美味しそうな夕食をしながら話をし、そこで『とある』気になる話を聞く。
「最近ね、変な鳥に困っているのよね~」
「鳥——ですか?」
「ええ。すごく速くてね、はっきりと見えないのだけれど、人くらい大きな鳥が、私たちが育てた作物や家畜を攫っていってしまうのよ~」
「すごう速えんだよ、あのデッコウ鳥。オラの目にも止まらねえくれえ速えてな、何が何だか分からねえまま、オラが丹精込めて育てつった豚を攫っちまったんだべ!」
熱狂した老夫婦が言う、漠然としていて核心を掴み切らない話を食事中に聞かされた僕達三人は『どういうこと?』と一様に首を傾げながら美味だった食事を終えて、それ以降特に何事もないまま、その日を眠り終えるのであった……。
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