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強国『ジオドラム』編
戦火の香りを感じて
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オルカストラの港町から出港し、かれこれ『十日』が経過した午後の一時過ぎ。延々と貨物船に揺られ続けている僕の目に映るは、この十日間で一切光景が変わっていない、真っ青な大海原。陸と陸を渡る『渡鳥』の大群や、風に乗る船を追いかけてくる好奇心旺盛なイルカなど——それくらいしか見るものがなく、これといってやることもない僕の退屈は計り知れないものであった。船で東方大陸を発ち、約三十分ほどで相対した、女戦士のバルサロットことバルさんと、メイリエルさんことメイさんの二人が話し相手になってくれているのだが、歳の離れた異性との話の種など、手持ち無沙汰な僕は会って三日ほどで尽きてしまっており、話すことも、暇潰しのトランプもない現在では、隙あらば夜這いをしてくる欲求不満なメイさんから逃げる毎日……。いつになったら着くのやらと溜め息を吐きながら思ってしまうのだが、船員の人に聞いた話だと、今向かっている九国大陸の第一の国『アーフォルト』まで『あと三日』ほど掛かるのだそうだ。無意味だと分かってはいても、それを頭の中で何度も反芻してしまう僕は、堪らず溜め息を吐く。
「すげえ暇なのは分かるけどよ、そんなに溜め息吐いてっと、幸運を呼ぶ『精霊』が逃げていっちまうぜ?」
船縁に両腕を掛け、何にもない広大な海を眺めるしかなかった僕に声を掛けてきたのは、この航海ですっかり慣れてしまった、下着丸見えな格好をしているバルさんだった。四日ほど前に聞いたこと——彼女は『オルダンシア』の風習というか、舞の国『独特の文化』を絡めた話を僕に掛け、暇を滲み出している空虚な目を浮かべる僕の肩に腕を回す。この十日間の旅路で『打ち解けあった仲』になった僕と彼女の間に『異性特有の近寄り難さ』は存在せず、距離の近い彼女を嫌がる素振りもない僕は、隣に立って海を眺める彼女をチラリと一瞥してから虚ろな声を発し、返事をした。
「僕に幸運の精霊って憑いてるんですかね……? 今いるのって暇を司ってる精霊なのでは……?」
「ギャハハ! 精霊はどこにでもいるからな。もしかしたらお前に憑いてるのは暇と無気力の精霊かも知れねえな」
「あぁ…………そうだと思います」
「そんな無気力になんなよ。そんなんじゃ余計に変なのが寄り付いてくる。んな無気力ならメイと一発やってこいよ。それなら嫌でも元気になんじゃねえの? 男なんだし」
「え? え? 呼びました?」
「…………呼んでないです」
バルさんが余計な冗談を言ったせいで、疲れ知らずが過ぎる『欲求不満の肉欲化身』が現れてしまったではないか。こんなんじゃあ、充満する虚無を堪能することができない。ここにいるとバルさんの言った通り『変なの』に絡まれ続けられかねないな。この辺で虚無虚無時間は終わりにして、人目のある船室に戻ることにするかな。そうして、船縁に預けていた腕を戻すと、僕の肩に腕を回していたバルさんは腕を解き、肩を竦めながら冗談めかしく言葉を口にする。
「な? んな無気力だと『変なの』が寄ってくるんだよ」
「そうですねぇ…………」
「ワタシ、変なのじゃないけど!?」
「変ですよ?」
「お前は変だぞ」
「ええ? ワタシはただ、自分に素直なだけですよ?」
本っ当に調子いいよな、この人は。素直すぎて他人——というか、主に『僕』に迷惑が掛かっているんだが。僕の迷惑そうな反応も一興であるかのようにメイさんは『ちょっかい』を掛けてくるもんだから、本当に疲れるんだよな。その悲痛な思いを大きな顰めっ面で『キョトン顔』をするメイさんに告げる僕は、疲れたような口調で言葉を発した。
「素直すぎて困るんですよ。一昨日だって、ほぼ裸みたいな格好で僕の部屋に忍び込んできたでしょ。怖いんですよ。マジで怖いんですよ。夜中に音もなく忍び込んでくるの」
「そんな、二回も言う必要ないじゃないですかぁ。元気がないソラさんを励まそうと頑張ってるだけなのにぃ……」
「…………何回でも言いますよ。本当に迷惑なんです」
「え!? 何回でもって『未来永劫』って——コト!?」
マジで、態とらしい『マイペース』って話にならないな。こりゃあダメだな。黙って退散させてもらうことにしよう。
「じゃあ、僕は食堂に行くんで」
「おう」
「ええ? 無視です?」
…………そんなこんなで日が暮れて、バルさんに泣かされて意気消沈とした顔をするメイさんと、迷惑を掛け続ける彼女を泣かせてスッキリした顔をするバルさんの二人が、先に食堂に来ていた僕のもとへとやって来た。
「おう、ソラ! 朗報だぜ? なんと、馬鹿メイが今晩の夕食を奢ってくれるんだとよ! 早速選びに行こうぜ!」
「グス……グスッ。ソラさんはワタシのこと大事……?」
「じゃあ、僕は『イ・定食』で」
「うわぁん! ソラさんの意地悪! 割高なのにぃ!」
そうして、僕とバルさんはメイさんの奢りで、約十日ぶりの温かい食事——イ・定食を頼んだ僕の目の前には出来立てホカホカの、悪魔的豪雨スパイスの威容を発する『カレーライス』が配膳され、ウ・定食を頼んだバルさんの前には『飢えているのか? じゃあ、これで一週間は持つはずだぜ』という意思をヒシヒシと伝えてくる、極盛り極デカな『ハンバーグと白米のランチ』がドンッと配膳された。対して、イ・定食『二百五十ルーレン』ウ・定食『三百五十ルーレン』の代金が一斉に押し寄せた財布の中身を虚ろな目で見つめているメイさんの前には、無料のパサパササンドイッチが机の上にポイッと投げ置かれ——そんな彼女を横目にする僕とバルさんは『パンっ』と両手を合わせた。
「「いたただきます!」」
「うぅ、うぅぅ…………二人とも酷いよぉ…………!」
食事を始めるための言葉と共に、僕とバルさんは久方ぶりの豪勢な食事を目一杯に堪能する。ガツガツと僕達が食事を摂っていると、唐突に後ろの席から『ガンッ』という何かが打つかった音と、その直後に男の怒号が響いてきた。
「おい、ゴラアッッ! テメエ、オレ様の服にブツを溢してんじゃねえぞオッ!! 殺すぞテメエ!!」
「んだと、ゴラアッッ! テメエがそこにいるのが悪いんだろがアッ!! テメエこそ死にてえのかッッッ!?」
もはや、落ち着いて食事なんかできる状況ではない、二人の男性が発する『ドスの効いた怒声』が響き渡る食堂内。僕達の他に食堂で夕食を摂っていた他の乗船客達は、その怒声に肩を飛び跳ねさせつつも、聞くに堪えない貶し合いをする両者から冷静に距離を取ろうとする。しかし、とうとう目の前で始まってしまった『殴り合いの喧嘩』を見た老女の乗船客が堪らずといった感じで「キャアーッ!」という耳を劈く金切り声を上げてしまい、それを聞いた渦中の二人は、この混乱の極地が怒りの燃料になってしまったかのように更にヒートアップしてしまう。まるで火事かのような『まさかの状況』に、食事の手を止めていた僕達と同じく時を止めてしまっていた船員達は、金切り声を聞いてハッと肩を揺らし「止めろ止めろ!」と声を上げながら、喧嘩——というにはあまりにも激し過ぎる、殴られた頬から滂沱の血液を流している男達の間に止めに入ろうとする。そして、その乗船客同士の殴り合いの喧嘩に対し、口に含んでいた絶品カレーライスを一気に飲み込んで立ち上がった僕は、仲裁をしようとするも、目を血走らせて言葉にならない獣のような怒号を発し続けている、明らかに『たがが外れている』両者に手を拱いてしまっている船員達の代わりに、取っ組み合いを続けている中年男性二人の間に割って入り、その『人外の膂力』を此処ぞとばかりに発揮して、顔中を血だらけにしている両者を強引に引き剥がした。
「ちょっ、マジで何してんですか、アンタ達は!?」
引き剥がした片方を腕力で無理やり押さえつけ、もう片方を船員達に押さえつけさせた僕は、ありえない蛮行を働いた男達を荒げた声を発しなながら力尽くで諌止する——が、押さえられて身動きできない状況にも関わらず、暴言を吐き連ねる彼等は、顔中を打撲による裂傷まみれにした様相で殴り合っていた互いを睨み「殺してやる!!」などと、全くもって目も当てられない『至極稚拙』な言動を続けた。それを暴れようとする一人を押さえながら見聞きしていた僕は、これじゃあ話にすらならないなと思い、仕方なしに、陸に打ち上げられた魚のように跳ね暴れる男を、目にも止まらぬ速すぎる手刀で気絶させ、超強引に大人しくさせた。
「はあ……もし暴れるようなら、次はあなたですよ」
「——っ!? …………わ、悪かったよ。もう、暴れない。そいつとも関わらないようにする、だから信じてくれ」
「今のあなたを僕が信じることはできません。でも、この人とは関わらない方がお互いの為だと思います。そのまま自室で大人しくしててください。怪我もすごいし」
「あ、ああ」
実力が隔絶している僕の『力尽く』を前にした、暴れていた男は血の気が引いた風に顔を青くし、我を忘れる怒りすら忘れてしまったように僕の言葉を大人しく聞き入れた。そうして、止血のガーゼを顔に貼り付けられた男は、応急手当てをした船員に到着までの『外出禁止』を言い渡され、彼等に連れられるがまま、自室へと帰って行く。それから十数分後、僕の手刀で意識を落としていたもう片方が目を覚まし、先の彼のように『僕の脅し』に顔を青くしながら、船員に応急処置をされて軟禁される部屋へと帰っていった。ようやく静かになった食堂に流れる空気は重く、せっかく奢ってもらって料理は冷めきってしまっていて、僕は事の成り行きを見守っていたバルさんとメイさんに頭を下げた。
「すいません、せっかく奢ってもらったのにこんな事になっちゃいました……僕が早くに割って入って仲裁しとけば、もうちょっとスムーズに解決できてたかもなんですが」
「いえいえ! ソラさんすごくカッコよかったですっ!! 惚れ惚れしちゃいましたよ! あんな喧嘩なんでほっとけばいいものを、あんなにカッコよく諌めちゃうなんて! きゃーっ!」
「オレ的には、あんな『脛に傷がある』底辺連中の喧嘩なんざ、どっちかが死ぬまでやらせとけよって思いなんだが、まあ、意外と成敗できてたんじゃねえの?」
脛に傷がある連中——まあ、あの人達の厳つい風貌的に僕もそう思えてしまうのだが、あの人達が突然カリカリし出した理由は何なんだろうな? こう言っちゃあ悪いけど、彼等に近しい風貌のバルさんなら何か分かるのだろうか?
「あの、何であの人達はあんなにキレだしたんですかね?
飲酒してる風じゃなかったんですけど、反応的にお互いに初対面っぽかったですし…………」
長椅子に座る二人に言っている風を装いつつ、主にバルさんに横目の視線を流している僕は、僕の思惑を理解しているのだろう、クスクスと笑うメイさんを横目に入れつつ、樽ジョッキをグイッと煽り飲むバルさんの言葉を待った。
「————プハッ! あー……アイツらはアレだ。ジオドラムに『闇市』で卸した違法武器を売りに行く連中だな。それで吠えたんだろ。同族嫌悪ってやつだな」
「や、闇市の『違法』武器…………? な、それ絶対に大丈夫じゃないですよね? マジでヤバいやつでは……?」
「ああ。所持してる時点で『国際法違法』で厳罰対象だな。ま、アイツらからしたら『だからなんだ』っつう感じだろ」
「え、それって船に乗せて運んでいいんですか……ってダメでしょ絶対。今から言いに行ったほうがいいのでは?」
「そりゃあ『超無駄』だろうな。どうせこの貨物船を運航させてる『商会』がグルだぜ? 下手な正義感で向かっていってみろ、この『場』で下船させられるのがオチだ。それを理解してるから、荷物を乗せた『船員』も見て見ぬフリをしてんだよ。仕事がなくなったら飢えて悲惨だろ?」
「…………その闇市で卸した『違法武器』を売りにいって、ジオドラムって国は一体どうするんですかね……?」
汗を湛えている僕の声を潜めた問いと、答えを求める視線を浴びるバルさんは——一度、泡が無くなってしまっているエールを呷ってから、至極静かな口調で言った。
「そりゃあ……他国との『戦争』だろうな」と——
「すげえ暇なのは分かるけどよ、そんなに溜め息吐いてっと、幸運を呼ぶ『精霊』が逃げていっちまうぜ?」
船縁に両腕を掛け、何にもない広大な海を眺めるしかなかった僕に声を掛けてきたのは、この航海ですっかり慣れてしまった、下着丸見えな格好をしているバルさんだった。四日ほど前に聞いたこと——彼女は『オルダンシア』の風習というか、舞の国『独特の文化』を絡めた話を僕に掛け、暇を滲み出している空虚な目を浮かべる僕の肩に腕を回す。この十日間の旅路で『打ち解けあった仲』になった僕と彼女の間に『異性特有の近寄り難さ』は存在せず、距離の近い彼女を嫌がる素振りもない僕は、隣に立って海を眺める彼女をチラリと一瞥してから虚ろな声を発し、返事をした。
「僕に幸運の精霊って憑いてるんですかね……? 今いるのって暇を司ってる精霊なのでは……?」
「ギャハハ! 精霊はどこにでもいるからな。もしかしたらお前に憑いてるのは暇と無気力の精霊かも知れねえな」
「あぁ…………そうだと思います」
「そんな無気力になんなよ。そんなんじゃ余計に変なのが寄り付いてくる。んな無気力ならメイと一発やってこいよ。それなら嫌でも元気になんじゃねえの? 男なんだし」
「え? え? 呼びました?」
「…………呼んでないです」
バルさんが余計な冗談を言ったせいで、疲れ知らずが過ぎる『欲求不満の肉欲化身』が現れてしまったではないか。こんなんじゃあ、充満する虚無を堪能することができない。ここにいるとバルさんの言った通り『変なの』に絡まれ続けられかねないな。この辺で虚無虚無時間は終わりにして、人目のある船室に戻ることにするかな。そうして、船縁に預けていた腕を戻すと、僕の肩に腕を回していたバルさんは腕を解き、肩を竦めながら冗談めかしく言葉を口にする。
「な? んな無気力だと『変なの』が寄ってくるんだよ」
「そうですねぇ…………」
「ワタシ、変なのじゃないけど!?」
「変ですよ?」
「お前は変だぞ」
「ええ? ワタシはただ、自分に素直なだけですよ?」
本っ当に調子いいよな、この人は。素直すぎて他人——というか、主に『僕』に迷惑が掛かっているんだが。僕の迷惑そうな反応も一興であるかのようにメイさんは『ちょっかい』を掛けてくるもんだから、本当に疲れるんだよな。その悲痛な思いを大きな顰めっ面で『キョトン顔』をするメイさんに告げる僕は、疲れたような口調で言葉を発した。
「素直すぎて困るんですよ。一昨日だって、ほぼ裸みたいな格好で僕の部屋に忍び込んできたでしょ。怖いんですよ。マジで怖いんですよ。夜中に音もなく忍び込んでくるの」
「そんな、二回も言う必要ないじゃないですかぁ。元気がないソラさんを励まそうと頑張ってるだけなのにぃ……」
「…………何回でも言いますよ。本当に迷惑なんです」
「え!? 何回でもって『未来永劫』って——コト!?」
マジで、態とらしい『マイペース』って話にならないな。こりゃあダメだな。黙って退散させてもらうことにしよう。
「じゃあ、僕は食堂に行くんで」
「おう」
「ええ? 無視です?」
…………そんなこんなで日が暮れて、バルさんに泣かされて意気消沈とした顔をするメイさんと、迷惑を掛け続ける彼女を泣かせてスッキリした顔をするバルさんの二人が、先に食堂に来ていた僕のもとへとやって来た。
「おう、ソラ! 朗報だぜ? なんと、馬鹿メイが今晩の夕食を奢ってくれるんだとよ! 早速選びに行こうぜ!」
「グス……グスッ。ソラさんはワタシのこと大事……?」
「じゃあ、僕は『イ・定食』で」
「うわぁん! ソラさんの意地悪! 割高なのにぃ!」
そうして、僕とバルさんはメイさんの奢りで、約十日ぶりの温かい食事——イ・定食を頼んだ僕の目の前には出来立てホカホカの、悪魔的豪雨スパイスの威容を発する『カレーライス』が配膳され、ウ・定食を頼んだバルさんの前には『飢えているのか? じゃあ、これで一週間は持つはずだぜ』という意思をヒシヒシと伝えてくる、極盛り極デカな『ハンバーグと白米のランチ』がドンッと配膳された。対して、イ・定食『二百五十ルーレン』ウ・定食『三百五十ルーレン』の代金が一斉に押し寄せた財布の中身を虚ろな目で見つめているメイさんの前には、無料のパサパササンドイッチが机の上にポイッと投げ置かれ——そんな彼女を横目にする僕とバルさんは『パンっ』と両手を合わせた。
「「いたただきます!」」
「うぅ、うぅぅ…………二人とも酷いよぉ…………!」
食事を始めるための言葉と共に、僕とバルさんは久方ぶりの豪勢な食事を目一杯に堪能する。ガツガツと僕達が食事を摂っていると、唐突に後ろの席から『ガンッ』という何かが打つかった音と、その直後に男の怒号が響いてきた。
「おい、ゴラアッッ! テメエ、オレ様の服にブツを溢してんじゃねえぞオッ!! 殺すぞテメエ!!」
「んだと、ゴラアッッ! テメエがそこにいるのが悪いんだろがアッ!! テメエこそ死にてえのかッッッ!?」
もはや、落ち着いて食事なんかできる状況ではない、二人の男性が発する『ドスの効いた怒声』が響き渡る食堂内。僕達の他に食堂で夕食を摂っていた他の乗船客達は、その怒声に肩を飛び跳ねさせつつも、聞くに堪えない貶し合いをする両者から冷静に距離を取ろうとする。しかし、とうとう目の前で始まってしまった『殴り合いの喧嘩』を見た老女の乗船客が堪らずといった感じで「キャアーッ!」という耳を劈く金切り声を上げてしまい、それを聞いた渦中の二人は、この混乱の極地が怒りの燃料になってしまったかのように更にヒートアップしてしまう。まるで火事かのような『まさかの状況』に、食事の手を止めていた僕達と同じく時を止めてしまっていた船員達は、金切り声を聞いてハッと肩を揺らし「止めろ止めろ!」と声を上げながら、喧嘩——というにはあまりにも激し過ぎる、殴られた頬から滂沱の血液を流している男達の間に止めに入ろうとする。そして、その乗船客同士の殴り合いの喧嘩に対し、口に含んでいた絶品カレーライスを一気に飲み込んで立ち上がった僕は、仲裁をしようとするも、目を血走らせて言葉にならない獣のような怒号を発し続けている、明らかに『たがが外れている』両者に手を拱いてしまっている船員達の代わりに、取っ組み合いを続けている中年男性二人の間に割って入り、その『人外の膂力』を此処ぞとばかりに発揮して、顔中を血だらけにしている両者を強引に引き剥がした。
「ちょっ、マジで何してんですか、アンタ達は!?」
引き剥がした片方を腕力で無理やり押さえつけ、もう片方を船員達に押さえつけさせた僕は、ありえない蛮行を働いた男達を荒げた声を発しなながら力尽くで諌止する——が、押さえられて身動きできない状況にも関わらず、暴言を吐き連ねる彼等は、顔中を打撲による裂傷まみれにした様相で殴り合っていた互いを睨み「殺してやる!!」などと、全くもって目も当てられない『至極稚拙』な言動を続けた。それを暴れようとする一人を押さえながら見聞きしていた僕は、これじゃあ話にすらならないなと思い、仕方なしに、陸に打ち上げられた魚のように跳ね暴れる男を、目にも止まらぬ速すぎる手刀で気絶させ、超強引に大人しくさせた。
「はあ……もし暴れるようなら、次はあなたですよ」
「——っ!? …………わ、悪かったよ。もう、暴れない。そいつとも関わらないようにする、だから信じてくれ」
「今のあなたを僕が信じることはできません。でも、この人とは関わらない方がお互いの為だと思います。そのまま自室で大人しくしててください。怪我もすごいし」
「あ、ああ」
実力が隔絶している僕の『力尽く』を前にした、暴れていた男は血の気が引いた風に顔を青くし、我を忘れる怒りすら忘れてしまったように僕の言葉を大人しく聞き入れた。そうして、止血のガーゼを顔に貼り付けられた男は、応急手当てをした船員に到着までの『外出禁止』を言い渡され、彼等に連れられるがまま、自室へと帰って行く。それから十数分後、僕の手刀で意識を落としていたもう片方が目を覚まし、先の彼のように『僕の脅し』に顔を青くしながら、船員に応急処置をされて軟禁される部屋へと帰っていった。ようやく静かになった食堂に流れる空気は重く、せっかく奢ってもらって料理は冷めきってしまっていて、僕は事の成り行きを見守っていたバルさんとメイさんに頭を下げた。
「すいません、せっかく奢ってもらったのにこんな事になっちゃいました……僕が早くに割って入って仲裁しとけば、もうちょっとスムーズに解決できてたかもなんですが」
「いえいえ! ソラさんすごくカッコよかったですっ!! 惚れ惚れしちゃいましたよ! あんな喧嘩なんでほっとけばいいものを、あんなにカッコよく諌めちゃうなんて! きゃーっ!」
「オレ的には、あんな『脛に傷がある』底辺連中の喧嘩なんざ、どっちかが死ぬまでやらせとけよって思いなんだが、まあ、意外と成敗できてたんじゃねえの?」
脛に傷がある連中——まあ、あの人達の厳つい風貌的に僕もそう思えてしまうのだが、あの人達が突然カリカリし出した理由は何なんだろうな? こう言っちゃあ悪いけど、彼等に近しい風貌のバルさんなら何か分かるのだろうか?
「あの、何であの人達はあんなにキレだしたんですかね?
飲酒してる風じゃなかったんですけど、反応的にお互いに初対面っぽかったですし…………」
長椅子に座る二人に言っている風を装いつつ、主にバルさんに横目の視線を流している僕は、僕の思惑を理解しているのだろう、クスクスと笑うメイさんを横目に入れつつ、樽ジョッキをグイッと煽り飲むバルさんの言葉を待った。
「————プハッ! あー……アイツらはアレだ。ジオドラムに『闇市』で卸した違法武器を売りに行く連中だな。それで吠えたんだろ。同族嫌悪ってやつだな」
「や、闇市の『違法』武器…………? な、それ絶対に大丈夫じゃないですよね? マジでヤバいやつでは……?」
「ああ。所持してる時点で『国際法違法』で厳罰対象だな。ま、アイツらからしたら『だからなんだ』っつう感じだろ」
「え、それって船に乗せて運んでいいんですか……ってダメでしょ絶対。今から言いに行ったほうがいいのでは?」
「そりゃあ『超無駄』だろうな。どうせこの貨物船を運航させてる『商会』がグルだぜ? 下手な正義感で向かっていってみろ、この『場』で下船させられるのがオチだ。それを理解してるから、荷物を乗せた『船員』も見て見ぬフリをしてんだよ。仕事がなくなったら飢えて悲惨だろ?」
「…………その闇市で卸した『違法武器』を売りにいって、ジオドラムって国は一体どうするんですかね……?」
汗を湛えている僕の声を潜めた問いと、答えを求める視線を浴びるバルさんは——一度、泡が無くなってしまっているエールを呷ってから、至極静かな口調で言った。
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