風ノ旅人

東 村長

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歌の国『オルカストラ』編

感謝を伝えて笑い合う

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「ね、これどう?」
「え、ああー……分かんないけど、いいんじゃない?」

 雲一つない快晴の下。いつもの格好で露店街に立つ僕は、銀細工を敷物に広げているアクセサリー展の前でしゃがみ、手に取った露店の売り物——銀と蒼水晶のピアスを見せて、これどう? と、僕の商品への評価を求めてくるラーラに、何とも掴みどころのない『漠然』としている言葉を返した。その僕の言葉に『端から期待期待してなかったけどさ』という顰めっ面で鼻を鳴らすラーラに、期待してないなら最初から聞かないでくれよと思いつつ、好きあらば僕の腕を自分の腕と絡ませようとしてくる、ブラジャーの肩紐らしきピンクの紐を、大胆に開かれている肩部から晒している、この『目的無き買い物』をすることになった発端者である、露出過多としか言えない格好の『パリィ』を軽く遇らった。

「ソラっち隙ねぇー。割と機敏に動けるのに、女子の『心の機微』はワカンナイトカ。あぁあ。ラーラ可哀想ーー」
「そんなこと言われても、アクセサリーとかよく分かんないし……だから、僕に聞かれても困るよ」
「ふーん……でもでも、ソラッちアクセ付けてんじゃん」
「これは貰い物だから、自分で選び買った物じゃないよ」

 僕の左腕と指に付けられているアクセサリー——まだ何も言えていない『金の腕輪』と、マジで何も分かってない、微弱な紫の光を発している『銀の指輪』を見てくるパリィに、僕は『今気付かれると不味い』と思い、さっと隠した。

「ふぅーん。あ、彼女っつこと? うっはぁーー!」
「いや、彼女って……恋人はいたことないよ。これをくれたのは新婚の友人夫妻と、姉を自称してる変な人だよ」
「姉を自称って、どういうこと?」

 模擬戦の後から『明らかにおかしくなった』エリオラさんのことに興味を示したのはラーラ。彼女は僕の口から出た意味不明な言葉——自称姉の変な人に怪訝気な顔をする。それに対し、僕も分かんないんだよな……という顔で言葉を詰まらせつつ「まあ、変な人だよ」とだけ言っておいた。僕もどう言えばいいのか分かっていないということを、さっきの僕の反応で察したラーラは事情を追及せず「ふーん……まあ、世界には色んな人がいるものね」とだけ言って、その話は打ち切りとなった。こんな感じで、二日酔いで動けないパリオットさんと「しばらく休養!」とラーラが言ってことで、二週間ぶりの休暇を取ることになった兵士たちを除く、僕とラーラ——そして買い物の発端車のパリィと、パリィの付き添いできているコッペパムちゃんの四人の買い物は続く。

 * * *

「あのさ、ラーラ」
「——ん?」

 長い買い物を終えた日の夜——いつも通り僕の部屋に来てベッドを占領したラーラに、僕は意を決して口を開いた。  

「これ、何だけど……」
 
 僕の声を聞いて、ベッドに倒していた身を起こしたラーラに、僕は自分の左腕に嵌められていた金色の腕輪——オルカストラの国宝『聖歌の腕輪』と言われている物と思しきアクセサリーを外して、キョトンとする彼女の前に差し出した。そして彼女に『これをどうするべきか』を訪ねる。僕は国宝らしきこれを国に返還する意志があるという言葉と共に、これが本当に『千年前に失われた国宝』なのかどうか——それを、オルカストラの歴史に通じているだろう、現歌姫であるラーラに問い掛けた。

「んー……確かに、読まされた本に描いてあった絵の物にソックリだけど。これ、本当に『アイリの人』からもらったの? アイリって千年前に途絶えた一族なのよ?」
「確かだよ。僕は確かに、アイリ村で数日を過ごしたんだ。そこで魔人と戦って——その戦いで気絶しちゃって、起きたらよく分からないまま、アイリ村も、村の人達も消えて無くなってしまってた。けれど、確かに——あの人たちは僕と共に『今この時』を過ごしていたんだ」

 嘘偽りを一切孕んでいない真摯な眼差しを向けられるラーラは、僕がミファーナに到着する前に経験し、ミファーナへ向かうキッカケを作った『不可思議』としか形容できない数日間の波乱に対して若干の戸惑いを顔に出しつつも、僕の話を全く疑っているような感じではないように見えた。そうして、彼女は手渡された金の腕輪をマジマジと見つめ、自分が思ったことを口にする。

「…………で、これがソラの友人と恩人の『結婚祝いの引き出物』ってことなのね」
「結婚祝いっていうのは分かんないけど、そう思ってはいる」
「んー……多分だけど、これはソラの言う通り『聖歌の腕輪』なんだと思う。ソラがアイリの一族と会って、その人たちに渡されたっていうなら間違いないわ。だって、聖歌の腕輪を守護していたのが『アイリの一族』なんだもの」
「……そっか…………」

 やはり、旅立つロンとアイネさんが僕に渡して——いや、残していったものは『オルカストラの国宝』だったようだ。正直言って、こんな大層な物を渡されても困るのだが……二人は何を思って、何を伝えたくて——これを僕なんかに渡したんだろう? 結婚祝いの引き出物だと僕が言っているのは、ただ自分を納得させるためだけの『こじつけ』だ。結局のところ、これを残していって理由は全く不明のまま。二人は国宝を誰かに奪われることを危惧したのか、または、現世を旅する僕に国宝の返還を頼んだのか……これを渡し、残した本人達——ロン・アイネ夫妻がいないのだから、真実が定かになることは金輪際、訪れることはないのだろう。しかし、残されて、託されて、渡されてしまった僕に何も伝えないのは苦言ものだな。次会ったときは文句を言おう。そう密かに心の中で誓いながら——僕はコロコロと手の中で聖歌の腕輪を転がしているラーラに、外していた意識を向けた。

「で、ソラはこれをどうしたいの?」

 問いの意思が込められているその言葉を聞いた僕は、悩むように数回瞬きした後、ラーラの手に握られている友人と恩人からの贈り物である金の腕輪——聖歌の腕輪を見た。

「…………正直に言うと『死ぬまで会えない』友人と恩人——ロンとアイネさんの夫妻から貰ったものだから、思い出として持っていたいと思う。なんで僕なんかに宝具っていう貴重な物を渡したのか……その理由は、二人の思いは分からないままだけど、でも、これはあるべき場所に、オルカストラに、ラーラの手の中にあるべきなんじゃないかって、僕はそう思った。これをラーラが持っていれば、ラーラに降りかかるかもしれない『害』が退けられるっていうなら、やっぱり、歌姫のラーラが持っているべきなんだと思える。だから……うん。それは国に、ラーラに、返すべき物だ」

 僕は、ロンとアイネさんから託された『聖歌の腕輪』を返還する旨を——確固たる意思を言葉にして、持つべき者である歌姫のラーラに真摯に、真っ直ぐに、正直に伝えた。

「…………ソラは、いいの?」
「うん。そもそも、その腕輪は『オルカストラの国宝』なわけだし、僕が持っているべき物じゃない。知ってて、これを隠し持ってるわけにもいかないし、なんとなく国宝だって気付いていそうなボイラさんに「今まで黙ってた分は、アタイの拳骨でチャラにしてやるよ——ッッッ!!」ってな感じで殴られたくないしさ」

 僕が黙ってた場合、実際にそうなってしまいそうな『もしもの未来』を幻視させる冗談を笑いながら言う僕の顔を、ラーラは黙り込んだまま、ジーッと穴が開くほど見つめる。そのラーラの視線には『これを返還して、二度と取り返しがつかなくなっても、ソラは後悔しない?』という問い掛けのような思いが込められており、僕はその視線に対して、この金の腕輪を失ったとしても、友人達との思い出が失われるわけではないから『僕は絶対に後悔はしないよ』という、包み隠さない純然たる意思が込められた視線を返した。問い掛けの視線と、返答の視線を交わし合う僕とラーラの間に流れる、世界から音が消えてしまったかのような静かな時間の中で——僕はブレない答えをラーラに返し続けた。僕の確固たる意思を受け取ったラーラが「そっか……」と言った後に行った『まさかの行動』に僕は——目を剥いた。

「それは『ソラが貰った物』なんだから、それは『ソラの物』よ。だから、私やオルカストラに返す必要は無いわ」

 僕の返還する意思に対して、了承したかのように頷いたラーラが取った僕が目を剥く『まさかの行動』とは、手に持っていた聖歌の腕輪——オルカストラの国宝を至極雑に、完全に気を抜いていた僕に『投げ返す』ことだった……!

「おっおちょちょととっっ!?」
「ぷっ、あはははははははは! ソラが変な声出した! うふふ。急に投げられてビックリした? あ、ごめんね? それ、ソラの大切な人達から貰った物だったわよね……雑に返してごめんなさい」 
「ぶぶ、ここけっ、こっ、なな——っ!?」

 雑に投げられたせいで、硬い木板の床に『国宝』を落としそうになった僕は、汗を散らしながら椅子から飛び出し、それを両手でキャッチする。そしてガバッと立ち上がった僕が、僕の反応を面白おかしそうに笑うラーラに「何やってんの!?」と文句を言おうとしたものの——まさかの行動に心臓を暴れさせたせいで盛大に舌を絡れさせてしまう。

「べべぶぶっ、や、いや……え? あ、いや……え?」
「ふふっ、もう、オドオドしすぎよ。言ってるでしょ? それはソラが貰った物だから、私や国に返す必要はないの。だって『千年』も前の大昔に失われた物なのよ? 今さら返す必要なんてないわよ。時効ってやつよ。時効!」
「じ、時効って、言葉あってる……? いや、いやいや! 時効ってったって国宝だよ!? 国宝!! 返す返さないじゃなくて、返さなきゃいけない物じゃないの!?」
「だーかーらー! 時効だから返す必要ないってば!!」
「いやいやいや!?」  
「いやいやいや!!」
「いやいやいやいや!?」
「いやいやいやいや!!」
「「いやいやいやいやいやいやいやいやいや!!」」
「ぷっ、あはははは!! もう! ふふふふっ!」
「ぷっ、ははっ、もうさっ…………いいの……?」
「うん。ソラは私に正直に、嘘を吐かずに言ったじゃん。だから、私だって正直に嘘を吐かずに言ったわよ。それはソラの物。これからもソラの旅を助けてくれる、ソラの友人夫妻からの贈り物よ」
「………………ありがとう」
「…………もう、急に畏まんないでよ。ほら、笑って」
「絶対に、絶対に……大切にする」
「うん。絶対。それはいつか、ソラの旅を助けるから」
「……ありがとう、ラーラ」
「——ふふっ、うんっ!」

 この日、この時、この場所で——僕はロンとアイネさん夫妻からの大切な贈り物を、正式に受け取ることができた。僕は、僕の背中を前へと押して、紛れもない答えを出してくれたラーラに、包み隠さない感謝を真正面から伝え贈る。その感謝を受け取り、美しい笑みを咲かせるラーラと僕は、しばらくの間、お互いにつられ笑いをし合うのだった……。


 魔王復活の日まで——残り『十六日』
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