風ノ旅人

東 村長

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歌の国『オルカストラ』編

柔らかい感触——耳飾りは蒼く輝く

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 ゆっくりとした歩幅で並んで歩く、同年代の男女。側から見れば、恋人——とまではいかないものの、長年の付き合いがある『幼馴染同士』に見えなくもない、仲睦まじそうな二人はその実、出会ってから一週間ちょっとの間柄だ。そんな初々しさを感じさせない熟年のような二人の間には、嬉々とした感情や雰囲気は一欠片も無く、まるで別れ話をしているかのような陰鬱とした、暗い影が差し込んでいた。

 悲話を聞かせる言い手と、それに耳を傾ける聞き手。

 隣立つラーラと比べて、頭ひとつ分背が高い僕が望んだ、ラーラの過去——彼女の姉である『前歌姫』のリヴィラさんとの『出会いと別れの話』を喋っている彼女の表情には、悲しみと寂しさの感情が見え隠れしていた。それを顔に出さないようにしているのは、今にも声を上げて泣き出しそうな彼女の『心』をひた隠すためなのか……それは隣を歩く、出会って間もない間柄の僕には分からないけれど——ラーラが語る『彼女の過去』の一部始終を聞き終えた僕は、やはり『二人は普通の別れ方』をしていなかったんだなと、ラーラの表情から察せていた『姉妹の状況』が腑に落ちた。それで悩む——僕は『何を言えばいい』のか、と。下手なことを言って、気を遣わせてしまうわけにはいかないから、ここは慎重に言葉を選んで、僕が思ったことを口に出さねばならない。聞くに、リヴィラさんは愛した『もう一つの家族』を取って国を出たというわけで——それで選ばれずに残されてしまった家族がラーラとボイラさんということ。ここで『リヴィラさんは『一番大切』な家族を見つけたんだね』という、残されたラーラ達のことを考えない発言をするわけにはいかないのだ。それだけ『デリケート』な家庭の事情……なんだか、エナのことを思い出してしまうな。
 
「…………ぷっ——ふふふ……」

 感情を顔に出さないようにしていたラーラとは対照的に、無意識に『何を言えばいいんだろう?』と悩み尽くした表情を浮かべてしまっていた僕を見たラーラは、その顔が面白かったのか「ふふふっ——あはははは!」と笑い出した。

「な、なんで笑うのさ……! こっちは悩んでるのに」
「だ、だって……ふふっ。もう、そんなに気にしないでよ。私はもう平気だから、ソラが気にする必要ないのよ?」
「だ、だって、ラーラが…………」
「だから平気なんだって! もう、何年も前のことだし、乗り越えていかなきゃ生きてけないでしょうがっ!」

 そう声を張ったラーラは『ええ?』という顔をする僕に、見舞いだ! とばかりに強烈な『チョップ』を繰り出した。しかし「あいたっ!」と、攻撃した方が痛そうなリアクションを取り、僕にチョップより強烈な『既視感』を与えた。

「…………そう、なんだ」
「そうそう。だから大丈夫。ふふっ——ありがとね、ソラ。私のために気にしてくれて」
「……いいよ。ラーラがいいなら、それで」
「……うん。さっ、話も終わったし、早く行きましょ!」
「——ラジャー!」
「あはは! よし、それじゃあ、競争ね!」
「ラジャ——って……え?」

 競争ね——と、いきなり過ぎる『駆け出し宣言』を上げたラーラは、ぎこちなく見える『走り出すポーズ』を取り、急すぎない? と呆気に取られている僕を置き去りにした。

「よーいドン! ほら、早くしなきゃ置いてくわよ!」
「合図が自分本位すぎないか……?」
「ほら、早くーー!!」
「…………はあ。仕方ないな……————ふッ!!」 
「——? ——ええっ!?」

 悪戯好きな子供のような表情で走っている彼女の背中をポカーンとした顔で見つめていた僕は、彼女が振り向きざまに『僕を煽る』表情を見せつけてきたので仕方なく、少しだけ本気を出した。地面を軽く踏み込んだ僕が浅く畳まれていた膝を解放すると——四十メートル先を笑いながら走っていた『悪童』を瞬く間に追い越して、まるで瞬間移動をしたかのように『僕の背中』をラーラに見せつけた。そうして、あっという間に先越した僕が「さっきの合図はズルじゃ」と言い掛けながら僕の後を走っているだろうラーラの方へ振り向くと、気を抜いていた僕の目の前には、平均よりも成長していると思われる、マキネさん以上であり、明らかに大きかったアイネさん以下ほどに実った『女性の胸部』が浅く躍動しながら僕に飛び掛かってきていた。僕のがら空きだった背中に飛び掛かるために地面から足を離したのだろうラーラは、僕が振り向いたこと驚きつつも『もう避けらんないわ!!』という晴れやかな笑顔を浮かべて驚愕で固まる僕に突撃する。

「——!? ぶぁぶぅうっっっ!?」
 
 柔らかい乳房で顔面を強打された僕は『オルカストラの心臓』に当たるという『歌姫』のラーラに怪我をさせてしまわないよう『不意打ちすぎる突撃』の威力を殺すために後ろに倒れ込んだ。そんな『事の犯人』であるラーラは悪びれた表情を見せないまま、受け身を取ろうとしている僕に何故か抱き付き、後ろに倒れる僕を押し倒す形で上乗りになって、クッション役になった僕の腹部に全体重——感覚的に四十数キロ——での攻撃を繰り出したのだった……。

「————ぐえっ…………」
「あは! ソラ、ごめーーーーーーんっっっ!!」

 * * *

「よくいらっしゃいました、歌姫様——と、護衛の騎士様。私は『オカリナ守護村』を総べている『オカリナ一族』に雇われた、一、メイドでございます。ささ、オカリナ一族の当主様が屋敷の中でお待ちです、靴のまま、こちらへ」

 なんだかんだ——下敷きになった僕に繰り出された、推定『四十三キロ』のボディプレス攻撃——があったものの、あの程度の攻撃は痛くも痒くもないが、彼女に反省を促すために『腹部を摩って痛がっている振り』をしている僕と、ごめんごめんと言いつつ、さっきの事に対して悪びれた様子が微塵も感じられないまま「おっぱいが当たってよかったじゃん。私もちょっと恥ずかしいし、これでチャラ」と言い、心底楽しそうな笑顔を咲かせているラーラの二人は、擬似宝具である空の耳飾り——ラーラ曰く『ソラと同じ名前だから強そうじゃない?』を守護している最初の目的地、オカリナ一族が総べる『オカリナ村』の村長宅に到着した。ミファーナにある『ボイラさん邸』と比べるとやや遠慮した大きさ——それでも十分に豪邸——である屋敷の大扉を、緊張しているのか、若干強張っている表情のラーラが『ドンドン!』と、遠慮なしに強く叩くと、数瞬の間を置いて人の声が門前で待っていた僕達のもとへ届き——今に至る。出てきた『栗毛のメイド』によって屋敷の中へと招き入れられた僕とラーラが長い廊下を歩いていくと、一際大きな両大扉の前で、僕達を案内していたメイドが立ち止まった。

「ユビフキ様、歌姫様がいらっしゃいました」

 オカリナ一族の当主なのであろう『ユビフキ』と名前を栗毛のメイドが呼ぶものの、全く物音がしない静けな廊下に立つ僕達のもとに、呼び声の返事が届くことはなかった。しかし、その違和感を感じるほどの沈黙が『通せ』という、ユビフキさんの意思の表れであるということが、この場に流れている厳格な空気により、難なく察することができた。鼻腔の奥が痛くなるような、冬の寒空を想起させる底冷えの空気を吸って吐くラーラの面持ちは緊張に染まっている。ここに来るまでに聞いた『昔話』の内容、女の語り口的に、ラーラは擬似宝具の守護者や国の重鎮たちに『苦手意識』を持っているのではないか——そう、確信なく思ってしまっている僕が、緊張で強張ってしまっているラーラの肩を『一人じゃない』と伝えるように、安心させてあげるように『ポン』と叩くと、ビクッと肩を震わせて振り返った彼女は、柔和に眉尻を下げている僕と目を合わせ——

「…………ふふっ。ありがと、ソラ」

 一目で『リラックス』したと分かる晴れた表情を浮かべ、我慢しようとはしたが、つい咲かせてしまったという『美しい花ような笑顔』を僕に見せてくれたラーラは、助け舟を出した僕に向けて、照れ臭そうに素直な感謝を伝えた。そうして、ゆっくりと開かれていく扉を、安心しつつも警戒は怠らないという目で見つめていると、とうとう全開された扉の先にあった広間には、ボイラさんよりも歳を召しているだろう——見た目的に八十代後半ほどか——老婆が、何十にも積み重ねられているせいで『二メートル』ほどの高さになってしまっている畳の上で『正座』を取っていた。

「よくいらっしゃいました、歌姫様……ここにいるワタクシが、代々『空の耳飾り』を守護している、オカリナ家の当主——ユビフキ・クチフク・オカリナ……でありまする。以後お見知りおきをば」
「初めまして、オカリナ家・当主・ユビフキ老。私は今代の歌姫・ラーラ・フォルン・オルガンと申します。来客早々、誠に申し訳ありませんが、聖歌祭までの時間が差し迫ってきており、右も左もな私が後学を得るための話はできそうにありません……早急に『空の耳飾り』を受け賜りたく」

 厳格な雰囲気と、仲間意識を感じさせない刺々しい口調。国の重役同士なわけだし『身内ノリ』みたいなのが通じる感じなのかなぁと、ラーラとリヴィラさんの『昔話』を聞かされるまで楽観していた僕の眼前に突きつけられる現実。包み隠さない『敵意』を視線と棘のある言葉に感じさせるラーラを後ろから見守っている僕が『やっぱり、ラーラは、国を出て、他国——行き先の詳細は知らないが、そうだと思う——に嫁ぎに行くリヴィラさんに暴言を吐いていたという、ユビフキさん達のことが嫌いなんだな』と察し、もう、自分が何かを言える感じじゃないなさそうだな……と、来て早々に口にファスナーを付けて傍観していると……ラーラの敵意と『ここに長居はしない』という意志に対して、全くと言っていいほど動揺せず、微塵も表情を崩していな熟練で熟年の老婆は数瞬の間を置いて、ゆっくりと頷いた。

「…………ええ、承りました。では——渡しなさい」
「はは」

 軽く息を吐き、渋々と言った感じで了承した老婆が僕達の真横の壁際で正座をしていた凛とした長髪の女性……実力者に見えるから雇われた傭兵——いや、従者かな? に目配せすると、彼女は行く末を見守っていたラーラの側で跪き、脇に抱えていた小箱を、見つめるラーラの目の前で開けた。

「こちらが、我々が代々守護している『空の耳飾り』でございまする。貴女が『歌姫様』であられても、決してお失くしになられぬよう——細心、お気を付け下さいませ」

 徹底的に釘を刺してくる——さっきの言い分的に、オカリナ一族の人? が持ち上げている小箱の中から目を細めるラーラが取り出した物は……目を見張るほどに美しい、無限に広がっている空を泳いでいる雲のような純白と、吸い込まれてしまいそうな永遠を思わせる蒼色。それに白と蒼が完璧に混じり気なく合わさったかのような水色の宝石が取り付けられた——僕達の最初の目的物『空の耳飾り』であった。

「その宝物を持って、無事、魔王を封印してくださることを、遠くながら祈っております。それでは、次なる守護者のもとへ——」

「「「「いってらっしゃいませ」」」」
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