風ノ旅人

東 村長

文字の大きさ
上 下
86 / 110
歌の国『オルカストラ』編

染まる吐息に包まれる『秘密』の言……

しおりを挟む
「ぷはぁ——ご馳走様! 美味しかったわよ、ソラ」
「それならよかったよ。ラーラは薄味が好みっぽかったから、君のだけ味付けを変えてたんだ」
「へぇー。やるじゃん」

 謎の上から目線で僕が頭を悩ませながら作った、半年ほど前に旅立った故郷を思い出す『特製シチュー』に高評価を付けたラーラは、たいして膨らんでいない、痩せ気味な腹を『満腹!』といった風に摩りながら、爪楊枝を使って歯の隙間の手入れをしているボイラさんが腰掛けているソファーに勢いよくダイブした。そのダイブの勢いのせいで、行儀の悪い格好で腰掛けていたボイラさんが一瞬だけ身を浮かせてしまう。それを食事の後片付けをしながら見ていた僕は、爪楊枝が歯茎に刺さるかもと冷や冷やしたものの、ここには近々『特大の雷』が落ちると察して、すぐさま重ねていた食器を抱きかかえ、厨房に飛び入って息を潜めた。

「コォラァアッ!! 楊枝がアタイの歯茎に刺さったらどうするつもりだい!? ゲンコツ喰らわすぞ、ワレ!!」
「あは、ごめんごめん! つい、気を抜いちゃって……」
「——ったくよ。もうそろそろで『聖歌祭』が来るんだよ。気を抜きすぎないようにしておきな!」
「はーい。以後、気を付けまーす」
「ヒュウル! この前買った焼酎を持ってきな! 割るための白湯も一緒にだよ、いいね!?」
「は、はい! 分かりました……」

 これじゃあ歌姫を命懸けで『守護者』じゃなくて、ただの雑用じゃないか。そう、ガクリと首を折りつつ、ボイラさんに逆らうと拳骨を喰らわされるなと身を震わせながら、ここ『一週間』の居候暮らしで覚えてしまった『二人の習慣』を遺憾なく発揮して、どうせ食後に晩酌をするよなと、事前に沸かしておいたお湯を薬缶のまま運び、これまた事前に宅の上に置いておいた酒瓶を掴んで、僕が酒を持ってくるのを待っている、ボイラさんのもとへと運んで行った。

「どうぞ。あの、あんまり飲みすぎないようにしてくださいね。お酒は嗜む程度が良いらしいですよ……?」
「ああ? バカにすんじゃないよヒュウル! アタイは酒にめっぽう強えんだ。だから心配ご無用さね」
「そ、そうですか…………」

 聞く耳を持っていない様子のボイラさんは、僕の言葉など気にした素振りもなく、豪快に用意したジョッキに酒と白湯をなみなみと注いでいき、グイッと一気に飲み始めた。その『酒がやめられねえ!』というような光景を顔を引き攣らせながら見ていた僕は、駄目だこりゃと溜め息を吐く。そんな感じで黙りながら、僕が食器を洗いに厨房へ行こうとすると、ソファーに腰掛けていたラーラが飛ぶように立ち上がり、彼女等に背を向けていた僕の腕を掴んで止めた。

「よっと! ソラ。私と食後の散歩に行きましょ?」
「——え? さ、散歩? 今から?」
「そう。このままだと太っちゃうし、一人だと危ないからお婆ちゃんは許可してくれないもの。だから——ね?」
「…………まあ、いいけど」
「ふふ、ありがとね。じゃ、行ってくるわねお婆ちゃん」
「……馬車に跳ねられないように気を付けな。ヒュウル! ラーラを傷物にしないように全身全霊で守るんだよ!」
「ら、ラジャー!」
「ふふっ。それじゃあ行きましょ!」

 * * *
 
「はぁーー……ふふっ。ほら見てよ、息が白くなってる」

 冬を感じさせる乾いた空気のおかげで視界が晴れており、雲一つ無く澄み渡っている空に映るは——輝かしい宝石群のような、目を見張るほどの星々の大海。十月の下旬を迎えた秋の中程、午後の九時が過ぎた夜闇の中を二人は歩く。無視できない冷気を感じさせる、寒空が見下ろす外界の空気に晒されている掌に、頬を若干赤らめているラーラが息を吹きかける。その吐息は冷気に触れた瞬間に色を帯びた。その寒い時期特有の大して珍しくない現象を見て、面白おかしそうに笑っている彼女は、隣を歩いていた、ズボンのポケットに両手を入れて暖を取っている僕に見せつけきた。

「あー……。もうすぐ冬が来るから、夜が冷え込むようになってきたみたいだね」
「ソラは寒くない? 平気?」
「僕は平気。僕のことよりも、ラーラは大丈夫なの? ワンピースにカーディガンを羽織っただけじゃん」

 彼女の服装は寝巻きのワンピースに、薄手のカーディガンを羽織っただけの、防寒対策になっていない格好だった。対して僕は、灰色のスウェットを着ただけのラフな格好だ。しかし、寒さを感じているかどうかに関しては一目瞭然で、無意識に発動している『風の膜』に守られている僕はあまり外気に身体が触れていないせいか、外界に蔓延る冷気をほとんど感じておらず、至って『平気』そうであった。そんな僕の隣を歩くラーラは、カーディガンを両手で持って前面を締める格好を取っており、至極『寒そう』であった。

「私は全然っ——平気! 冬生まれを舐めないでよね」

 冬生まれって、そういうの関係あるのか? 爺ちゃんは夏生まれだったけど、寒いほうが元気そうだったんだよな。

「寒くないならいいんだけど……さ、暑さとか寒さとかの感じやすさって、生まれた時期とか関係あるの?」

 彼女の歩幅に合わせながら道を歩いていた僕が、隣で首を傾げているラーラに顔を向けると、目を合わせたラーラは自分を指差して『私が答えだよ』という風に口を開いた。

「私が全然寒がってないんだし、関係あると思うわよ」
「…………ラーラ、大分寒がってない?」
「……寒がってないってば」
「本当に? 嘘じゃないの?」
「…………正直に言うと、少し寒いかなってくらいね」
「やっぱり寒いんじゃん」
「もう——ソラは寒くないわけ?」

 僕の意地の悪い返答を受けたせいか、小走りで僕の先に行ったラーラは、腰の辺りで後ろ手を組みながら、ぼうっと空を見上げていた僕の方に前を向け、後ろ歩きをしながらそう言った。街灯の灯りのせいか、息を吐く際に出る白煙がよく映えている彼女に対し、僕は素直に状況を語った。

「僕は全然寒くないよ」
「なんで? ソラも冬生まれなの?」

 さっき、関係ないかもって結論に至ったばかりなのだが、全くと言っていいほどに寒がっていない僕の生まれた時期を聞いてくるラーラに、僕は自分の『加護』のことを語る。

「僕の身体の周りには『風の膜』があるから、多分そのおかげで『外の寒さ』に触れづらくなってるんだと思う」
「ええ~~~、ズルじゃん!」
「まあ、ズル——なのかなぁ?」
「ふふっ。少し分けて……よっと!」
「えっ、ちょっと」

 前を歩いていたラーラが悪戯を思いついた少女のような表情を浮かべると、彼女は唐突に僕との距離を詰めてきた。ラーラは隙だらけな左腕にしがみつき、僕と密着する形で、風の膜で外気から守られている僕の体温で暖を取り始める。少々体重をかけてきており、僕はやや左に身体を傾けざるおえなかったが、楽しそうな吐息を漏らしているラーラを離すことができないまま、仕方なく食後の散歩を継続した。

「美少女と散歩ができて嬉しいでしょ?」
「え? 普通に引っ張られて歩きづらいんだけど……」
「ま! ソラって本当に女の子に興味ないのね。まあ、ソラがそうだから、私もこうしてるんだけどね」
「ラーラは誰にでもこの距離感なの? 他人に迷惑がかかりそうじゃない?」
「バカ。誰にでもこんなにベッタリするわけないじゃん」
「じゃあ何で、会って一週間くらいの僕にこうするの?」
「…………まだ秘密」
「ええ……」
「大丈夫よ。絶対……いつか話すから」

 彼女の明るい声音は万人を照らす光のような魅力を僕に感じさせていた。しかし、今彼女が発した声音には、未来永劫と言える『幾星霜』の時を経ても無くなることのない、止まない雨を想起させるような『悲哀』を僕に感じさせた。
その理由を僕に聞かせる気は彼女にはなかった様に思える。
ただ、いつか話すからという彼女の弁を頭の片隅に入れて、星海と街灯の光に照らさせる街での散歩を終えるのだった。

「付き合ってくれてありがとね、ソラ。また、お願いね」
「それは別にいいけど、今度は厚着をしなきゃだね」
「ふふっ。ソラがいれば別に入らなそうだけど——ね?」
「いやいや。寒いなら厚着をしてください」
「もう——ふふっ。おやすみ!」
「明日は街を出て、いくつかの町村を回るんだから、今日みたいに『昼まで寝坊』をしないよう、気をつけてよ」
「はいは~い。それじゃ」
「うん。おやすみ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

【R-18】敗北した勇者、メス堕ち調教後の一日

巫羅
ファンタジー
魔王軍に敗北した勇者がメス堕ち調教され、奉仕奴隷となった後の一日の話 本編全4話 終了後不定期にパーティーメンバーの話とかも書きたいところです。

処理中です...