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歌の国『オルカストラ』編
楽器の町『ソプラソプラ』
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運よく拾ってくれた商い馬車に乗り、ガタガタと上下左右に揺られながら北西へ進むこと半日。馬車に乗ったのが昼前のことだったから今は日が落ち切った夜遅くになってしまっている。実のところ『夕方』には人里に着くはずだったのだが、途中で馬車を追いかけて来た魔獣を僕が退治すると、御者のおじさんが「兄ちゃん超強えな! これならまだ先に行けるぜ!」と謎のハイテンションで最初の村を越えた先にある宿村へと直行してしまっていたのである。
完全なる『善意』で乗せてもらっている分際だし、口が裂けても言えなかったのだけど、僕的には早めに宿を取ってで休息をしたかった。商人である御者からすると、馬車で輸送している商品を卸すところに早く着いたほうが宿泊費などの出費が抑えられるから、急ぐのも分かるんだけどさ。
「宿村に着いたぜ。どうだ、一緒に酒でも飲まねえか?」
中規模の宿村に到着し、宿泊する宿屋の横に構えられている馬小屋に馬を繋いだ御者は、ランタンの火が辺りを照らしているおかげで視界良好の中、夜にも負けないくらいの晴れやかな笑顔で未成年の僕を酒の席に誘う。
「いやぁ……僕は未成年なので、お酒は遠慮しときます」
「兄ちゃん超強えのに、そんな若かったんだな。悪い悪い。じゃあ飯はどうだ? 奢ってやるよ!」
「いやいや! 馬車に乗せてもらったのに食事までなんて、さすがに悪いですよ」
「いやいや! こっから先は『魔獣中量生息域』に入ってくるから護衛の冒険者を雇わなきゃいけねえんだよ。俺はその防衛役に兄ちゃんを雇てえんだ。気さくだし、鼻につかねえし。煽てるみたいになるんだが、悪いところがねえ。だからどうだい? いっちょ雇われてくれねえかな?」
自分の命と、命の次に大事な商品を目的地まで運んでいる御者は、真剣な眼差しで『なるほど。だから酒の席に誘ったのか』と納得している僕に護衛の依頼を出す。それを彼と目を合わせながら思考する僕は、自分の目的地を言う。
「えっと、僕は北西にあるっていう『ミファーナ』に行きたいんですけど……あなたはどちらへ?」
「じゃあ途中まで連れてってやれる。俺が向かうのは『ソプラソプラ』この宿村の北にある楽器の町だ」
ここから『北』にある町ということは、僕的には遠回りにならないということになるな。それなら断る理由はない。
「分かりました。それならソプラソプラ? っていう町まで同行させてもらいます」
「よっしゃ! それじゃあ護衛報酬の前払いということで、美味い飯を食いに行こうぜ! いい店があるんだよ」
「はい! ご馳走になります!」
僕と御者——護衛と商人は契約を締結して握手を交わし合う。そして丸太に吊るされたランタンが照らす夜の村へと足を向け、彼の行き付けである鍋料理屋で舌鼓を打った。
そうして腹を満たしてから一時間半後、取った宿の部屋にあるベットに寝転がり、僕は疲れを癒すように目を瞑る。
* * *
翌日。眩い日の出と共に目を覚ました僕は、早々に着替えを済ませて部屋を出る。フロントの所にある扉を開けて洗面所へと入った僕は、僕よりも先に起きていたのだろう、今日の旅路を共にする御者と鉢合わせた。軽い挨拶を済ませてから髭を剃っている彼の横で顔を洗い、タオルで顔を拭いていると、御者の『ボル』さんが剃刀を手渡してきた。彼は『髭を剃れよ』と手渡したのだろうが、生憎、僕に髭は生えておらず、彼はそれを見て「若いねえ~」と笑った。そんなこんなで一緒に食卓に出されていた湯気を立ち上らせている出来立ての食事——モチモチの食パンとハムエッグを平らげ、出発の支度を済ませて宿村を出る。宿の横に建てられている馬小屋の中にいる馬達の鼻先を撫でた僕は、ボルさんに急かされたので荷台に飛び乗り、七日ぶりの人里から出発。ボルさんの目的地『ソプラソプラ』へと進む。
「…………」
気持ちの良い音を鳴らしながら丁寧に舗装されている煉瓦ブロックの道を進んでいく馬車の荷台で寛いでいた僕は、晴れ渡る蒼穹の下で暇潰しと警戒も兼ねて辺りを見回した。オルカストラの隣国であるハザマの国では稲作をしている人達を多く見受けられていものの、進んでいる道の左右に大きく広がっている農地は美しい黄金色で埋め尽くされており、今朝に用意されていた宿屋の食事——モチモチで至極美味だった食パンから推測するに、この国の食文化は小麦が主流なのだろうと思った。この辺は僕が住んでいたソルフーレンと類似しているから、食事という点では故郷を感じれるかもしれない。それにしても『米食文化』の国が隣にあるのに、風の国も歌の国も『麦食文化』なんだな。こういう食文化って『どっちか、が、どっちか』に影響されるもの——陸続きの隣国同士だし——なんじゃないのかな? 僕の想像力——いや、知識力の不足なのだろうけど、とても不思議に思ってしまう。国は隣同士ではあるけれど、僕が思っているより、描かれている世界地図なんかよりも、隣国同士の『距離』っていうのは、遠いのかもしれないな。
「兄ちゃんはどこ出身なんだ? 見た感じ、この国が地元じゃねえんだろ?」
「僕は隣の隣の国のソルフーレンが出身です。オルカストラに来たのはつい最近なんですよ」
「へー! 来たばっかであんな何にも無えところで遭難しちまってたのかい。そりゃ災難だ。よく生きてたなあ!」
「ははは。遭難したのは二度目だったんで、案外平気でしたよ。死ぬかもって思ったのは二、三回だったんで」
「ギャハハハハハハハ! 兄ちゃんの不幸は『幸薄そうな顔』してる通りなんだなあ」
「さ、幸薄そうですかね……?」
人生で言われたことない言葉を吐かれて顔を引き攣らせた僕は『幸薄いのか?』と思いながら顔を捏ねくり回した。
「まあ、遭難しても生きてたってことは『幸運』だったんだろうなあ。見掛けによらずってやつだな」
そうして話を続けること半日。僕達はソプラソプラへの中継として宿村に寄り、そこの小さな宿屋で休息を取り、翌日の早朝に目的地に向かって出発する。道中で襲い掛かってきた魔獣を狩り尽くし、魔獣による作物被害に遭っているという宿村からの依頼を受けて討伐するという日々を四日ほど繰り返し——僕達は楽器の町『ソプラソプラ』に到着した。
* * *
楽器の町『ソプラソプラ』の人口は『約六千人』と多く、小一時間ほど長蛇の列を並んで、ようやく検問所を通り抜けて大きな南門をくぐった先に広がっていたのは、管楽器や弦楽器、打楽器や鍵盤楽器など、様々な楽器を取り扱っている三階建てはあるだろう店舗群だった。それらの店舗を横に通り過ぎて行った先にある『南大通り』では、ピエロのような奇抜な格好をしている楽師や、旅人感を感じさせてくる格好をしら吟遊詩人の演奏が見られ、それらを道の端々に並んでいる出店で買った『ジュース』を飲みながら楽しんでいる観光客が歩道を埋め尽くしており、若干だが人が車道にはみ出ていて、馬車で道を進むのに苦労した。
「おぉーー…………」
目に見える街並みは、赤や白色などの『煉瓦』を基調にした建物がほとんどで、並の強風ではビクともしなさそうな堅牢さを感じさせてくるが、それと同時に柔らかな印象を思わせてくれる。四階建ての横長アパートを見上げると、開かれた三階の白縁の窓辺から、滑らかなピアノの演奏が聞こえてきて、長旅で疲れた心身に今まで感じたことのない栄養が注ぎ込まれているかのような充足感を感じられた。
「ソプラソプラは歌の国に流通している『楽器』の九割を作っている一大産業都市なんだぜ。楽器購入を考えている金持ちなんかがここに来るから、俺達じゃ到底手を出せないような一級酒とか豪奢な服飾なんかがよく売れるんだ」
「なるほどー。じゃあ、この運んでいる酒樽に入ってるのって超高級品だったんですね」
「いや、それは粗酒だぞ」
「え?」
「これは——ほら、その辺に並んでる『露店』なんかで取り扱うやつだから、酒の味が分かんねえ観光客用だな」
「…………な、なるほど」
少し狡いなと思わせてくる商売の『やりくり』を包み隠さずに教えられた僕は、顔を引き攣らせながら露天に掲げられている値札——酒一杯『百ルーレン』という粗酒にしては超高価な値段を見て、観光客商売の『闇』を垣間見た。
そんなこんなで、僕は運んでいた酒を卸す業者のもとへとついて行き、酒樽を荷台から下ろすのを手伝った。線の細い僕からは想像もつかなかったのだろう『数十キロ』はある酒樽を軽々と担いで運んでいく怪力を目の当たりにしたボルさんと業者が「「ウチで働かねえか?」」と口を揃えて言ってきたが、僕は「母さんを探さなきゃいけないから、ここで働くのは難しいです」と丁重に断らせてもらった。
「じゃあな、ソラ! 今度は酒を奢らせろよな!」
「はい! ありがとうございました、ボルさん!」
遥か遠方から運んできていた、重多い積荷を全て卸して、目に金貨が浮かんできていそうな『ホクホク顔』をしているボルさんに手を振って別れを済ませた僕は、この町——ソプラソプラには特に用がないので、田舎の村から旅立った目的である『母さん探し』を開始する。この町で母を見た人がいないかをギルドなんかで聞いてから、ここからさらに北西にあるという『ミファーナ』に向かうことにした。
そうして歩き出した僕は、一通り町を観光した後、情報収集の場として最適らしい『ギルド・オルカストラ支部』の建物の中に入った。ギルドの中は『菊の町』ほどではないが武装した冒険者は多く、真昼間っから泡立ったエールを飲み交わしている偉丈夫達が目立っていた。そんな彼等を脇目にし、壁際で舌舐めずりをしながら蠱惑的な手招きをしている褐色の女性を避けて、ギルドの受付の前に立った。
「ようこそ、ギルド・オルカストラ支部へ。ご用件をお伺いします」
「あの、人探しなんですけど」
「行方不明者の捜索依頼ですか?」
「いえ、捜索依頼じゃなくて、情報提供をしてほしくてですね。フーシャっていう薄緑の長髪の女性を探してて、この町で見たことがあるとか、なんかないですかね……?」
「んー……行方不明者捜索願は出されていますか?」
「ハザマの国のギルド本部では出したんですけど……」
「こちら側で捜索願を出していないとなると、特定は難しいですね……少しだけ冒険者の情報書類を漁ってみますね。十分ほどお待ちください」
「すいません……。お願いします」
それから数分後——受付の横で待っていた僕の前に帰ってきたギルド職員の顔は何一つ得られなかった風に曇っており、何も見つからなかったんだなと察することができた。
「申し訳ありません。フーシャという名前で調べてみましたが、何一つ情報はありませんでした。こちらではお力になれないようです。ですが、捜索依頼を出しておけば見つかる確率は上がると思いますが——どうなさいますか?」
「あ、お願いします」
「かしこまりました。では『身的情報』などの記入をこの書類に記入していただいて——」
結果として『フーシャ』という長髪の女性の目撃例はなく、この町の『裏側』にも通じていそうな強面の冒険者にも怖気なく聞き出したのだが「そんな女、この町には来てねえと思うぞ。というか、情報が少なすぎだろ! お前の母親じゃねえのかよ」「す、すいません」と本当に知らなそうな顔で一蹴されてしまった。そんなこんなで、僕は一旦宿に泊まり一夜を明かしてから、町の西門へと向かい、浮浪者や冒険者などの複数人が乗っている馬車に、かなり割安な運賃で乗り込み、目的地である歌の都市へと向かった。
完全なる『善意』で乗せてもらっている分際だし、口が裂けても言えなかったのだけど、僕的には早めに宿を取ってで休息をしたかった。商人である御者からすると、馬車で輸送している商品を卸すところに早く着いたほうが宿泊費などの出費が抑えられるから、急ぐのも分かるんだけどさ。
「宿村に着いたぜ。どうだ、一緒に酒でも飲まねえか?」
中規模の宿村に到着し、宿泊する宿屋の横に構えられている馬小屋に馬を繋いだ御者は、ランタンの火が辺りを照らしているおかげで視界良好の中、夜にも負けないくらいの晴れやかな笑顔で未成年の僕を酒の席に誘う。
「いやぁ……僕は未成年なので、お酒は遠慮しときます」
「兄ちゃん超強えのに、そんな若かったんだな。悪い悪い。じゃあ飯はどうだ? 奢ってやるよ!」
「いやいや! 馬車に乗せてもらったのに食事までなんて、さすがに悪いですよ」
「いやいや! こっから先は『魔獣中量生息域』に入ってくるから護衛の冒険者を雇わなきゃいけねえんだよ。俺はその防衛役に兄ちゃんを雇てえんだ。気さくだし、鼻につかねえし。煽てるみたいになるんだが、悪いところがねえ。だからどうだい? いっちょ雇われてくれねえかな?」
自分の命と、命の次に大事な商品を目的地まで運んでいる御者は、真剣な眼差しで『なるほど。だから酒の席に誘ったのか』と納得している僕に護衛の依頼を出す。それを彼と目を合わせながら思考する僕は、自分の目的地を言う。
「えっと、僕は北西にあるっていう『ミファーナ』に行きたいんですけど……あなたはどちらへ?」
「じゃあ途中まで連れてってやれる。俺が向かうのは『ソプラソプラ』この宿村の北にある楽器の町だ」
ここから『北』にある町ということは、僕的には遠回りにならないということになるな。それなら断る理由はない。
「分かりました。それならソプラソプラ? っていう町まで同行させてもらいます」
「よっしゃ! それじゃあ護衛報酬の前払いということで、美味い飯を食いに行こうぜ! いい店があるんだよ」
「はい! ご馳走になります!」
僕と御者——護衛と商人は契約を締結して握手を交わし合う。そして丸太に吊るされたランタンが照らす夜の村へと足を向け、彼の行き付けである鍋料理屋で舌鼓を打った。
そうして腹を満たしてから一時間半後、取った宿の部屋にあるベットに寝転がり、僕は疲れを癒すように目を瞑る。
* * *
翌日。眩い日の出と共に目を覚ました僕は、早々に着替えを済ませて部屋を出る。フロントの所にある扉を開けて洗面所へと入った僕は、僕よりも先に起きていたのだろう、今日の旅路を共にする御者と鉢合わせた。軽い挨拶を済ませてから髭を剃っている彼の横で顔を洗い、タオルで顔を拭いていると、御者の『ボル』さんが剃刀を手渡してきた。彼は『髭を剃れよ』と手渡したのだろうが、生憎、僕に髭は生えておらず、彼はそれを見て「若いねえ~」と笑った。そんなこんなで一緒に食卓に出されていた湯気を立ち上らせている出来立ての食事——モチモチの食パンとハムエッグを平らげ、出発の支度を済ませて宿村を出る。宿の横に建てられている馬小屋の中にいる馬達の鼻先を撫でた僕は、ボルさんに急かされたので荷台に飛び乗り、七日ぶりの人里から出発。ボルさんの目的地『ソプラソプラ』へと進む。
「…………」
気持ちの良い音を鳴らしながら丁寧に舗装されている煉瓦ブロックの道を進んでいく馬車の荷台で寛いでいた僕は、晴れ渡る蒼穹の下で暇潰しと警戒も兼ねて辺りを見回した。オルカストラの隣国であるハザマの国では稲作をしている人達を多く見受けられていものの、進んでいる道の左右に大きく広がっている農地は美しい黄金色で埋め尽くされており、今朝に用意されていた宿屋の食事——モチモチで至極美味だった食パンから推測するに、この国の食文化は小麦が主流なのだろうと思った。この辺は僕が住んでいたソルフーレンと類似しているから、食事という点では故郷を感じれるかもしれない。それにしても『米食文化』の国が隣にあるのに、風の国も歌の国も『麦食文化』なんだな。こういう食文化って『どっちか、が、どっちか』に影響されるもの——陸続きの隣国同士だし——なんじゃないのかな? 僕の想像力——いや、知識力の不足なのだろうけど、とても不思議に思ってしまう。国は隣同士ではあるけれど、僕が思っているより、描かれている世界地図なんかよりも、隣国同士の『距離』っていうのは、遠いのかもしれないな。
「兄ちゃんはどこ出身なんだ? 見た感じ、この国が地元じゃねえんだろ?」
「僕は隣の隣の国のソルフーレンが出身です。オルカストラに来たのはつい最近なんですよ」
「へー! 来たばっかであんな何にも無えところで遭難しちまってたのかい。そりゃ災難だ。よく生きてたなあ!」
「ははは。遭難したのは二度目だったんで、案外平気でしたよ。死ぬかもって思ったのは二、三回だったんで」
「ギャハハハハハハハ! 兄ちゃんの不幸は『幸薄そうな顔』してる通りなんだなあ」
「さ、幸薄そうですかね……?」
人生で言われたことない言葉を吐かれて顔を引き攣らせた僕は『幸薄いのか?』と思いながら顔を捏ねくり回した。
「まあ、遭難しても生きてたってことは『幸運』だったんだろうなあ。見掛けによらずってやつだな」
そうして話を続けること半日。僕達はソプラソプラへの中継として宿村に寄り、そこの小さな宿屋で休息を取り、翌日の早朝に目的地に向かって出発する。道中で襲い掛かってきた魔獣を狩り尽くし、魔獣による作物被害に遭っているという宿村からの依頼を受けて討伐するという日々を四日ほど繰り返し——僕達は楽器の町『ソプラソプラ』に到着した。
* * *
楽器の町『ソプラソプラ』の人口は『約六千人』と多く、小一時間ほど長蛇の列を並んで、ようやく検問所を通り抜けて大きな南門をくぐった先に広がっていたのは、管楽器や弦楽器、打楽器や鍵盤楽器など、様々な楽器を取り扱っている三階建てはあるだろう店舗群だった。それらの店舗を横に通り過ぎて行った先にある『南大通り』では、ピエロのような奇抜な格好をしている楽師や、旅人感を感じさせてくる格好をしら吟遊詩人の演奏が見られ、それらを道の端々に並んでいる出店で買った『ジュース』を飲みながら楽しんでいる観光客が歩道を埋め尽くしており、若干だが人が車道にはみ出ていて、馬車で道を進むのに苦労した。
「おぉーー…………」
目に見える街並みは、赤や白色などの『煉瓦』を基調にした建物がほとんどで、並の強風ではビクともしなさそうな堅牢さを感じさせてくるが、それと同時に柔らかな印象を思わせてくれる。四階建ての横長アパートを見上げると、開かれた三階の白縁の窓辺から、滑らかなピアノの演奏が聞こえてきて、長旅で疲れた心身に今まで感じたことのない栄養が注ぎ込まれているかのような充足感を感じられた。
「ソプラソプラは歌の国に流通している『楽器』の九割を作っている一大産業都市なんだぜ。楽器購入を考えている金持ちなんかがここに来るから、俺達じゃ到底手を出せないような一級酒とか豪奢な服飾なんかがよく売れるんだ」
「なるほどー。じゃあ、この運んでいる酒樽に入ってるのって超高級品だったんですね」
「いや、それは粗酒だぞ」
「え?」
「これは——ほら、その辺に並んでる『露店』なんかで取り扱うやつだから、酒の味が分かんねえ観光客用だな」
「…………な、なるほど」
少し狡いなと思わせてくる商売の『やりくり』を包み隠さずに教えられた僕は、顔を引き攣らせながら露天に掲げられている値札——酒一杯『百ルーレン』という粗酒にしては超高価な値段を見て、観光客商売の『闇』を垣間見た。
そんなこんなで、僕は運んでいた酒を卸す業者のもとへとついて行き、酒樽を荷台から下ろすのを手伝った。線の細い僕からは想像もつかなかったのだろう『数十キロ』はある酒樽を軽々と担いで運んでいく怪力を目の当たりにしたボルさんと業者が「「ウチで働かねえか?」」と口を揃えて言ってきたが、僕は「母さんを探さなきゃいけないから、ここで働くのは難しいです」と丁重に断らせてもらった。
「じゃあな、ソラ! 今度は酒を奢らせろよな!」
「はい! ありがとうございました、ボルさん!」
遥か遠方から運んできていた、重多い積荷を全て卸して、目に金貨が浮かんできていそうな『ホクホク顔』をしているボルさんに手を振って別れを済ませた僕は、この町——ソプラソプラには特に用がないので、田舎の村から旅立った目的である『母さん探し』を開始する。この町で母を見た人がいないかをギルドなんかで聞いてから、ここからさらに北西にあるという『ミファーナ』に向かうことにした。
そうして歩き出した僕は、一通り町を観光した後、情報収集の場として最適らしい『ギルド・オルカストラ支部』の建物の中に入った。ギルドの中は『菊の町』ほどではないが武装した冒険者は多く、真昼間っから泡立ったエールを飲み交わしている偉丈夫達が目立っていた。そんな彼等を脇目にし、壁際で舌舐めずりをしながら蠱惑的な手招きをしている褐色の女性を避けて、ギルドの受付の前に立った。
「ようこそ、ギルド・オルカストラ支部へ。ご用件をお伺いします」
「あの、人探しなんですけど」
「行方不明者の捜索依頼ですか?」
「いえ、捜索依頼じゃなくて、情報提供をしてほしくてですね。フーシャっていう薄緑の長髪の女性を探してて、この町で見たことがあるとか、なんかないですかね……?」
「んー……行方不明者捜索願は出されていますか?」
「ハザマの国のギルド本部では出したんですけど……」
「こちら側で捜索願を出していないとなると、特定は難しいですね……少しだけ冒険者の情報書類を漁ってみますね。十分ほどお待ちください」
「すいません……。お願いします」
それから数分後——受付の横で待っていた僕の前に帰ってきたギルド職員の顔は何一つ得られなかった風に曇っており、何も見つからなかったんだなと察することができた。
「申し訳ありません。フーシャという名前で調べてみましたが、何一つ情報はありませんでした。こちらではお力になれないようです。ですが、捜索依頼を出しておけば見つかる確率は上がると思いますが——どうなさいますか?」
「あ、お願いします」
「かしこまりました。では『身的情報』などの記入をこの書類に記入していただいて——」
結果として『フーシャ』という長髪の女性の目撃例はなく、この町の『裏側』にも通じていそうな強面の冒険者にも怖気なく聞き出したのだが「そんな女、この町には来てねえと思うぞ。というか、情報が少なすぎだろ! お前の母親じゃねえのかよ」「す、すいません」と本当に知らなそうな顔で一蹴されてしまった。そんなこんなで、僕は一旦宿に泊まり一夜を明かしてから、町の西門へと向かい、浮浪者や冒険者などの複数人が乗っている馬車に、かなり割安な運賃で乗り込み、目的地である歌の都市へと向かった。
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