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歌の国『オルカストラ』編
絶望の最終決戦!!
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アロンズとの死闘を辛勝した僕は、ロンが向かった北方へと先に走っていったロウさんの後を追う形で、アイリの村の北側に広がっている、広大な雑木林の中を駆けていた。無意識に察知している『風の知らせ』に従う形で、雑木林の中を迷いなく突き進んでいた道中、パキンッ——という甲高い音を鳴らして、上から下まで罅が走っていた鏡面剣の剣身が粉々に砕け散ってしまう。残された柄と半分以下になってしまった刃に全力で走りながら視線を向けて眉尻を下げた僕は『ごめん』と伝えるような眼差しで腰に差していた鞘に、もう戦闘では使い物にならないだろう愛剣の亡骸をしまい、ロウさんから預かっている鉄の片手剣を右手に持ち変える。そこで血が流れている左掌の刺し傷を確認した僕は、やや痺れを感じている左掌の応急処置として、着ているワイシャツの袖を破き、それで傷口を縛った。
「…………っ、くそっ!」
恐らく『毒』の影響で止まらずに流れ続けていた血液を、傷口を強く縛ることで止血することに成功した僕は、膝を腰辺りまで上げて必死に地を蹴っていく。完全なる格上を相手にしていた、全くと言っていいほど慣れていなかった対人戦を『十数分以上』もの長い間繰り広げていたせいで、体力と神経を多大に消耗してしまっており、常人を超えた走りを滂沱の汗を散らしながら行っている僕は、持ち上げる脚の『重鈍さ』に苦しげな表情を浮かべてしまっていた。
ちくしょう、足の速さが分かりやすいくらいまで落ちてやがるな。何となくだけど、この道の先にロウさん達がいるような感じがする。あの人達との距離はどれくらいだ? この足の速さなら五分以内に着くか? ロンも一緒にいるのか? この先に誰がいる? 何故その場で『留まっている』んだ? アロンズ以外の魔人がいるということか? どれだけ思考を重ねても、見えもしなければ聞こえもしない『暗闇』は何も分かることはない——けど、僕の『戦い』はまだ終わっていない気がする。ということは恐らく、この先には、もう一体の魔人が存在している可能性が高い。ソイツがアロンズと『同等』の実力であるとするならば、この疲弊し切った状況での勝ち目は薄いように思うけれど、その程度で『命を諦める』なんてことは絶対に有り得ない。絶対に、アロンズに殺されてしまった村の人達の分まで、皆んなで生きるんだ。それが、無念を抱えたまま殺されてしまった人達への、せめてもの『供養』になると思うから。
「——誰かが『誰か』と戦ってやがる!!」
広大な雑木林の中を駆け抜けて、先日の夜散歩で連れて行ってもらったアイリの花園に二分と少しで到着した僕は、無惨にも踏み荒らされてしまっている『アイリの花々』を横目で認めつつ、花園から離れた北西側から熾烈としか形容できない程の『戦闘音』が鳴り響いていることに気付き、限界近くまで積み重なっている疲労のせいで歪んでいた顔を振り上げて、その音のする方へ足先を向けて駆け出した。
「——っ!?」
全速力で花園を駆けていると、アエルさんの物と思しき服の袖が通された、想像を絶する切れ味と技量から放たれた斬撃を受けて切断されてしまったのだろう、押し付ければ引っ付くのではと思わせるほどの鮮やか過ぎる切断面を晒しながら、断面からポツポツと血を垂らしている右腕と、その斬撃を受けて噴き出した鮮血の影響で、真っ赤に染まってしまっている草花が横目に入ってきて、僕はこの蛮行を行った『魔人』に対して、更なる憎悪を心の内に重ねた。
そして汗を散り飛ばしながら走っていた僕の視界の先で、激しい『攻防』を繰り広げながら平原を動き回り、けたたましい戦闘音を奏でている三つの人影の存在を認めた僕は、肺の奥から熱気を吐き出して、走る速さの限界を突破した。
「魔人は——殺すッ!!」
剣を右手で強く握り締めながら、アロンズという格上の強敵を下して、凄まじい走力で次なる戦場へと駆け向かう僕から発せられる『絶大過ぎる戦意と殺意』に気が付いた、ハザマの国の武器屋で見た『甲冑』を全身を隠すように着込んでいる長身の——醸されている雰囲気からして普通の人間ではない『魔人』は、強力としか言えない仲間を倒してここまで来た『僕』という『敵』の存在に驚愕を露わにし、僕に意識を引っ張られる形で、その動きを停止させる。
同じく僕の存在に気が付いた、ロウさんとアエルさんは、疲労困憊という苦しげな表情を少しだけ晴れさせて『三体一』という希望の光を目に灯した。そんな中、冷静に視野を広げて、走りながら場を分析しはじめた僕は、魔人を含めて『四人』しかいない戦場に、人知れずホッと安堵する。この戦場に『ロンが居ない』ということは、ロンはアイネさんを連れて『避難』していったってことで間違いないはずだ。それを証明してくれているように、ロウさんが使っている片手剣——あれはロンが使っていた得物だ。ロン達が避難を開始してからどれくらい時間が経った? ロンを送り出してからそんなに経っていないような気がするし、全然分からない——けど!
僕達はまだ、魔族との戦いに負けてねえってことだけは確かだッ!!
「グウゥガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」
僕は絶対に負けられない『最後の決戦』に、獣のような空を震わせるほどの強烈な雄叫びを上げながら身を投じた。
「ふゥゥウウウウッッ!!」
初速から全開。地面を爆砕しながら一直線に肉薄する僕という最大の敵を認めた魔人は、兜と面頬の間にある切長の瞳を細めて、左手で持っていた大太刀の柄を強く握った。 そして、甚だしい戦意を発散している『自分を殺しうる可能性がある』僕に意識の七割超を持っていかれてしまっている魔人に対し、外野になりかけていたアエルさんとロウさんは、魔人の注意のほとんどを僕が引き付けていることを『絶好』であると即座に確信。相手が意識が裂かれている間に速やかに攻撃行動に移った。三体一というアロンズ戦以上の圧倒的『数』の有利。それに僕は今までにないくらいの全能感——通常時の実力以上の『戦闘力』を遺憾無く発揮できるだろう極限無双の集中状態『ゾーン』に心身をねじ込ませている。圧倒的に技術負けしていても、この状態でなら対面での一対一も小時間ならば可能なはずだ。
『…………三匹』
三方向から剣を持って突撃してくる敵影を認識し、籠った声音でそう呟いた魔人は、安定を重視したように両足を広げて深々と地面に埋め込み、その場から微動だにしない仁王立ち——攻撃を放棄した、完全なる防御姿勢を取った。
防御を行う魔人を視界に収めた僕は、目を限界まで剥きながら、心の内で積み重なっていた憎悪を燃え上がらせる。
「邪悪な魔族のくせに、罪の無い人間を殺しているくせに、自分だけ生き永らえようとしてんじゃねええッッッ!!」
僕は思いっきり地面を蹴って跳躍。身体を回転させることで『力』を溜めながら、太刀を構えた棒立ち状態の魔人と視線を交差させ、僕の十八番である『剣突』と同等の威力を持っているだろう『大上段斬り』を腕から奇怪な音を出しながら、全身全霊の殺意を込めて——繰り出した!!
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」
僕の超威力の大上段斬りに対し、魔人は目をカッと見開いて一歩も後退することなく応対。身長が百九十センチ以上もある体格のいい魔人が両手で握り締めている、全長二メートルほどの紛うことない『一級武器』であろう大太刀が横に構えられ、僕が放った『縦』の攻撃と正面衝突する。
超威力の攻撃『対』人外の防御の衝突と拮抗から発生した鼓膜を震わせる轟音が、鮮烈に瞬く火花が、大岩を斬りつけたような手応えに目を見開いた僕と、力ませた両手が痺れてしまうほどの威力に目を細めた魔人の間で生じ散る。
「——っ!? 硬えな、クソッタレッッ!」
『…………ん』
僕の最大威力の攻撃を受けても微動だにしなかった『アロンズ以上の怪力』を持っているのだろう鎧武者のような魔人に対して眉を顰め、汚い暴言を吐き捨てる。その暴言を真正面から浴びせられた魔人は、僕の剣と密着している大太刀を振るい、地に足が付いていない僕を払い飛ばした。
「坊主ッ! コイツの動きは『槍の魔人』よりも遅え!! 力はとんでもねえけど、お前なら躱せるはずだ!!」
「三人で畳み掛けねばコイツの防御力を突破できない! 一斉に掛からなければ駄目だ!!」
十メートル先まで吹っ飛ばされた僕に、張り詰めた大声で魔人の情報と戦闘方法を叫んだロウさんとアエルさんは、長年ライバル関係を積み重ねてきたおかげか、阿吽の呼吸というべき見事過ぎる連携で相対した魔人に斬り掛かった。
魔人は同時に攻め掛かってきたロウさんとアエルさんの連撃を小手と太刀を使って凌ぎ始めたが、背後から猛速で肉薄してきた僕に意識を裂かれ、アエルさんの時間差攻撃でテンポを崩し、額中に複数の血管を浮かばせた、全力全開のロウさんから放たれた右の拳撃を鎧胸部に直撃させる。
「グウゥゥゥゥウウッ!? 硬えぇえ……なあっ!!」
打ち出された拳の皮が裂けて鮮血を散らしたロウさんは、魔人が着込んでいる『一級鎧の性能』に痛苦の声を漏らす。魔人の装備の性能が、僕達が持っている貧相な武器と比べて『隔絶』してしまっている現状に苦しげに眉間に皺を寄せた僕達三人は、すぐさま『そんなの大した問題にはならない』と自己暗示をし、目の前の高過ぎる壁である『強敵』に対して戦意を絶やしてしまわないように尽力する。
『…………』
魔人は、大男が繰り出した渾身の拳撃を胸部に直撃させてしまったが、一級品の鎧に守られているおかげで一切のダメージを受けてはおらず、殺意を全開にしながら肉薄してきた僕に正面を向ける形で、攻め掛かっている残りの二人に背中を見せた。それはあたかも、二人が繰り出す攻撃は自分に対して意味が無いと嘲笑しているかのように、敵に舐められて怒りに満ちる二人の戦士を最大限に愚弄する。
しかし、これは紛うことのない好機だ。二人よりも僕一人を危険視した魔人は、結果的に二人の戦士に対して『守りが最小限』になった。奴の背後から鎧と守りの薄い関節部分を削りにいく二人の対処が困難かしている今が、コイツを打ち倒す『絶好のチャンス』で間違いないはずだ。彼等が魔人削りに集中できるよう、僕は目の前のデカブツを引き続けなければならなくなったが、それは全く問題ない。
コイツの動きのトロさは、ゾーン状態の僕に対して『攻撃を当てられない』と言ってしまっていいほどだ。このまま二人が仕留め切れるまで削ってくれれば、勝てる!
そう確信した僕が余裕ありげに、魔人との苛烈な大剣戟を繰り広げていると——
蹴った地面を破壊するように進む、けたたましい絶望の『足音』が固まる僕達のもとに轟いた。
「グヒハヒヒハギャフハハヒャヤヤ——ッッッ!!」
その狂気に満ちた『笑い声』は、唐突に空の果てまで響き渡り、僕達は声のした『南方』へと一斉に視線を向ける。
「————は?」
僕達の戦場に凄まじい速さで向かってくる、桃色の軌跡。それを認めた僕とロウさんは『有り得ない』ものを見たように時を止めて、アエルさんは次なる敵対者に顔を歪めた。
「甘えんだよ、クソがキィイッッッ!! ——飛剣!!」
癖毛気味な桃色の髪に黒茶色の隈、殺意で見開かれている眼差し、そして、返しの付いている赤黒い邪槍。この戦場に立ち入る前に『暴風で吹き飛ばした』はずの——害敵。戻ってくることはないと『勝手に思い込んでいた』男が、奇声を上げながら僕達に絶大な殺意を向けて槍を構えた!!
「——っっ!? 伏せろォッッッ!!」
僕の余裕を失った張り詰めた叫び声に、ロウさんとアエルさんは瞬時に従い、魔人への攻撃を中断して身を屈めた。
「金剛——烈進ッッ!!」
斬り放たれた白金色に発光する魔法斬は、奴が持っている槍刃を『振り抜いた速度に比例』しているかのような超高速で、僕の上半身と下半身を断ち切ろうと驀進してくる。言葉にならないほどの『超が付く危機的状況』を認識し、ドッと全身から汗を噴き出した僕は、魔法斬の間合いに入っている現状から脱出するために、本気の大跳躍を行った。
「——っ!? 何やってんだ!?」
「ガエンッッ!! ボケっとしてんじゃねえッッッ!!」
『え…………あ』
バツンッッッ——と、一体何を考えて固まっていたのか、一直線に突き進んでいた魔法斬の軌道上で棒立ちしていた鎧魔人に、アロンズが放った魔法が見事に直撃する。胴体に魔法が当たる寸前で太刀を構えて防ぐことに成功した魔人は、ハッと気が付いたかのような間抜けな声を漏らした。その『同士討ち』になりかけていた、意味不明としか形容できない間の抜けた状況を、地上から五メートルほどの場所で見下ろしていた僕は『コイツら、もしかして敵同士だったのか?』と顔を引き攣らせながら懐疑の念を抱いてしまう。そして、僕と同じように『馬鹿か?』と目元を引き攣らせていたアロンズは一歩前進し、それに合わせてか、鎧魔人はアロンズから逃げるように一歩後退する。そして若干ピリついている魔人共の間に跳躍していた僕が着地し、戦場に流れていた馬鹿な空気が、緊張一色に様変わりした。
「ふうゥゥゥ……戻ってきたぜぇ、茶髪ゥゥウッッ!!」
「どうやって、どうやって、戻ってきたんだよ……っ!」
「決まってんだろぉ——テメエを殺すための『執念』だ」
その言葉を吐き捨てたアロンズは、今だに信じられない、信じたくない『絶望』を目の前にして一筋の汗を流した僕に、常軌を逸した殺意を持って猛速で肉薄する。
「グヒャハハッファヒャクフッカハハフウィィイイア——ッッッ!!」
「ッッッ! クソッタレがああッッッ!!」
僕は極限の疲労と絶望で歪む表情で、莫大な狂気を発するアロンズに応戦した。
「…………っ、くそっ!」
恐らく『毒』の影響で止まらずに流れ続けていた血液を、傷口を強く縛ることで止血することに成功した僕は、膝を腰辺りまで上げて必死に地を蹴っていく。完全なる格上を相手にしていた、全くと言っていいほど慣れていなかった対人戦を『十数分以上』もの長い間繰り広げていたせいで、体力と神経を多大に消耗してしまっており、常人を超えた走りを滂沱の汗を散らしながら行っている僕は、持ち上げる脚の『重鈍さ』に苦しげな表情を浮かべてしまっていた。
ちくしょう、足の速さが分かりやすいくらいまで落ちてやがるな。何となくだけど、この道の先にロウさん達がいるような感じがする。あの人達との距離はどれくらいだ? この足の速さなら五分以内に着くか? ロンも一緒にいるのか? この先に誰がいる? 何故その場で『留まっている』んだ? アロンズ以外の魔人がいるということか? どれだけ思考を重ねても、見えもしなければ聞こえもしない『暗闇』は何も分かることはない——けど、僕の『戦い』はまだ終わっていない気がする。ということは恐らく、この先には、もう一体の魔人が存在している可能性が高い。ソイツがアロンズと『同等』の実力であるとするならば、この疲弊し切った状況での勝ち目は薄いように思うけれど、その程度で『命を諦める』なんてことは絶対に有り得ない。絶対に、アロンズに殺されてしまった村の人達の分まで、皆んなで生きるんだ。それが、無念を抱えたまま殺されてしまった人達への、せめてもの『供養』になると思うから。
「——誰かが『誰か』と戦ってやがる!!」
広大な雑木林の中を駆け抜けて、先日の夜散歩で連れて行ってもらったアイリの花園に二分と少しで到着した僕は、無惨にも踏み荒らされてしまっている『アイリの花々』を横目で認めつつ、花園から離れた北西側から熾烈としか形容できない程の『戦闘音』が鳴り響いていることに気付き、限界近くまで積み重なっている疲労のせいで歪んでいた顔を振り上げて、その音のする方へ足先を向けて駆け出した。
「——っ!?」
全速力で花園を駆けていると、アエルさんの物と思しき服の袖が通された、想像を絶する切れ味と技量から放たれた斬撃を受けて切断されてしまったのだろう、押し付ければ引っ付くのではと思わせるほどの鮮やか過ぎる切断面を晒しながら、断面からポツポツと血を垂らしている右腕と、その斬撃を受けて噴き出した鮮血の影響で、真っ赤に染まってしまっている草花が横目に入ってきて、僕はこの蛮行を行った『魔人』に対して、更なる憎悪を心の内に重ねた。
そして汗を散り飛ばしながら走っていた僕の視界の先で、激しい『攻防』を繰り広げながら平原を動き回り、けたたましい戦闘音を奏でている三つの人影の存在を認めた僕は、肺の奥から熱気を吐き出して、走る速さの限界を突破した。
「魔人は——殺すッ!!」
剣を右手で強く握り締めながら、アロンズという格上の強敵を下して、凄まじい走力で次なる戦場へと駆け向かう僕から発せられる『絶大過ぎる戦意と殺意』に気が付いた、ハザマの国の武器屋で見た『甲冑』を全身を隠すように着込んでいる長身の——醸されている雰囲気からして普通の人間ではない『魔人』は、強力としか言えない仲間を倒してここまで来た『僕』という『敵』の存在に驚愕を露わにし、僕に意識を引っ張られる形で、その動きを停止させる。
同じく僕の存在に気が付いた、ロウさんとアエルさんは、疲労困憊という苦しげな表情を少しだけ晴れさせて『三体一』という希望の光を目に灯した。そんな中、冷静に視野を広げて、走りながら場を分析しはじめた僕は、魔人を含めて『四人』しかいない戦場に、人知れずホッと安堵する。この戦場に『ロンが居ない』ということは、ロンはアイネさんを連れて『避難』していったってことで間違いないはずだ。それを証明してくれているように、ロウさんが使っている片手剣——あれはロンが使っていた得物だ。ロン達が避難を開始してからどれくらい時間が経った? ロンを送り出してからそんなに経っていないような気がするし、全然分からない——けど!
僕達はまだ、魔族との戦いに負けてねえってことだけは確かだッ!!
「グウゥガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」
僕は絶対に負けられない『最後の決戦』に、獣のような空を震わせるほどの強烈な雄叫びを上げながら身を投じた。
「ふゥゥウウウウッッ!!」
初速から全開。地面を爆砕しながら一直線に肉薄する僕という最大の敵を認めた魔人は、兜と面頬の間にある切長の瞳を細めて、左手で持っていた大太刀の柄を強く握った。 そして、甚だしい戦意を発散している『自分を殺しうる可能性がある』僕に意識の七割超を持っていかれてしまっている魔人に対し、外野になりかけていたアエルさんとロウさんは、魔人の注意のほとんどを僕が引き付けていることを『絶好』であると即座に確信。相手が意識が裂かれている間に速やかに攻撃行動に移った。三体一というアロンズ戦以上の圧倒的『数』の有利。それに僕は今までにないくらいの全能感——通常時の実力以上の『戦闘力』を遺憾無く発揮できるだろう極限無双の集中状態『ゾーン』に心身をねじ込ませている。圧倒的に技術負けしていても、この状態でなら対面での一対一も小時間ならば可能なはずだ。
『…………三匹』
三方向から剣を持って突撃してくる敵影を認識し、籠った声音でそう呟いた魔人は、安定を重視したように両足を広げて深々と地面に埋め込み、その場から微動だにしない仁王立ち——攻撃を放棄した、完全なる防御姿勢を取った。
防御を行う魔人を視界に収めた僕は、目を限界まで剥きながら、心の内で積み重なっていた憎悪を燃え上がらせる。
「邪悪な魔族のくせに、罪の無い人間を殺しているくせに、自分だけ生き永らえようとしてんじゃねええッッッ!!」
僕は思いっきり地面を蹴って跳躍。身体を回転させることで『力』を溜めながら、太刀を構えた棒立ち状態の魔人と視線を交差させ、僕の十八番である『剣突』と同等の威力を持っているだろう『大上段斬り』を腕から奇怪な音を出しながら、全身全霊の殺意を込めて——繰り出した!!
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」
僕の超威力の大上段斬りに対し、魔人は目をカッと見開いて一歩も後退することなく応対。身長が百九十センチ以上もある体格のいい魔人が両手で握り締めている、全長二メートルほどの紛うことない『一級武器』であろう大太刀が横に構えられ、僕が放った『縦』の攻撃と正面衝突する。
超威力の攻撃『対』人外の防御の衝突と拮抗から発生した鼓膜を震わせる轟音が、鮮烈に瞬く火花が、大岩を斬りつけたような手応えに目を見開いた僕と、力ませた両手が痺れてしまうほどの威力に目を細めた魔人の間で生じ散る。
「——っ!? 硬えな、クソッタレッッ!」
『…………ん』
僕の最大威力の攻撃を受けても微動だにしなかった『アロンズ以上の怪力』を持っているのだろう鎧武者のような魔人に対して眉を顰め、汚い暴言を吐き捨てる。その暴言を真正面から浴びせられた魔人は、僕の剣と密着している大太刀を振るい、地に足が付いていない僕を払い飛ばした。
「坊主ッ! コイツの動きは『槍の魔人』よりも遅え!! 力はとんでもねえけど、お前なら躱せるはずだ!!」
「三人で畳み掛けねばコイツの防御力を突破できない! 一斉に掛からなければ駄目だ!!」
十メートル先まで吹っ飛ばされた僕に、張り詰めた大声で魔人の情報と戦闘方法を叫んだロウさんとアエルさんは、長年ライバル関係を積み重ねてきたおかげか、阿吽の呼吸というべき見事過ぎる連携で相対した魔人に斬り掛かった。
魔人は同時に攻め掛かってきたロウさんとアエルさんの連撃を小手と太刀を使って凌ぎ始めたが、背後から猛速で肉薄してきた僕に意識を裂かれ、アエルさんの時間差攻撃でテンポを崩し、額中に複数の血管を浮かばせた、全力全開のロウさんから放たれた右の拳撃を鎧胸部に直撃させる。
「グウゥゥゥゥウウッ!? 硬えぇえ……なあっ!!」
打ち出された拳の皮が裂けて鮮血を散らしたロウさんは、魔人が着込んでいる『一級鎧の性能』に痛苦の声を漏らす。魔人の装備の性能が、僕達が持っている貧相な武器と比べて『隔絶』してしまっている現状に苦しげに眉間に皺を寄せた僕達三人は、すぐさま『そんなの大した問題にはならない』と自己暗示をし、目の前の高過ぎる壁である『強敵』に対して戦意を絶やしてしまわないように尽力する。
『…………』
魔人は、大男が繰り出した渾身の拳撃を胸部に直撃させてしまったが、一級品の鎧に守られているおかげで一切のダメージを受けてはおらず、殺意を全開にしながら肉薄してきた僕に正面を向ける形で、攻め掛かっている残りの二人に背中を見せた。それはあたかも、二人が繰り出す攻撃は自分に対して意味が無いと嘲笑しているかのように、敵に舐められて怒りに満ちる二人の戦士を最大限に愚弄する。
しかし、これは紛うことのない好機だ。二人よりも僕一人を危険視した魔人は、結果的に二人の戦士に対して『守りが最小限』になった。奴の背後から鎧と守りの薄い関節部分を削りにいく二人の対処が困難かしている今が、コイツを打ち倒す『絶好のチャンス』で間違いないはずだ。彼等が魔人削りに集中できるよう、僕は目の前のデカブツを引き続けなければならなくなったが、それは全く問題ない。
コイツの動きのトロさは、ゾーン状態の僕に対して『攻撃を当てられない』と言ってしまっていいほどだ。このまま二人が仕留め切れるまで削ってくれれば、勝てる!
そう確信した僕が余裕ありげに、魔人との苛烈な大剣戟を繰り広げていると——
蹴った地面を破壊するように進む、けたたましい絶望の『足音』が固まる僕達のもとに轟いた。
「グヒハヒヒハギャフハハヒャヤヤ——ッッッ!!」
その狂気に満ちた『笑い声』は、唐突に空の果てまで響き渡り、僕達は声のした『南方』へと一斉に視線を向ける。
「————は?」
僕達の戦場に凄まじい速さで向かってくる、桃色の軌跡。それを認めた僕とロウさんは『有り得ない』ものを見たように時を止めて、アエルさんは次なる敵対者に顔を歪めた。
「甘えんだよ、クソがキィイッッッ!! ——飛剣!!」
癖毛気味な桃色の髪に黒茶色の隈、殺意で見開かれている眼差し、そして、返しの付いている赤黒い邪槍。この戦場に立ち入る前に『暴風で吹き飛ばした』はずの——害敵。戻ってくることはないと『勝手に思い込んでいた』男が、奇声を上げながら僕達に絶大な殺意を向けて槍を構えた!!
「——っっ!? 伏せろォッッッ!!」
僕の余裕を失った張り詰めた叫び声に、ロウさんとアエルさんは瞬時に従い、魔人への攻撃を中断して身を屈めた。
「金剛——烈進ッッ!!」
斬り放たれた白金色に発光する魔法斬は、奴が持っている槍刃を『振り抜いた速度に比例』しているかのような超高速で、僕の上半身と下半身を断ち切ろうと驀進してくる。言葉にならないほどの『超が付く危機的状況』を認識し、ドッと全身から汗を噴き出した僕は、魔法斬の間合いに入っている現状から脱出するために、本気の大跳躍を行った。
「——っ!? 何やってんだ!?」
「ガエンッッ!! ボケっとしてんじゃねえッッッ!!」
『え…………あ』
バツンッッッ——と、一体何を考えて固まっていたのか、一直線に突き進んでいた魔法斬の軌道上で棒立ちしていた鎧魔人に、アロンズが放った魔法が見事に直撃する。胴体に魔法が当たる寸前で太刀を構えて防ぐことに成功した魔人は、ハッと気が付いたかのような間抜けな声を漏らした。その『同士討ち』になりかけていた、意味不明としか形容できない間の抜けた状況を、地上から五メートルほどの場所で見下ろしていた僕は『コイツら、もしかして敵同士だったのか?』と顔を引き攣らせながら懐疑の念を抱いてしまう。そして、僕と同じように『馬鹿か?』と目元を引き攣らせていたアロンズは一歩前進し、それに合わせてか、鎧魔人はアロンズから逃げるように一歩後退する。そして若干ピリついている魔人共の間に跳躍していた僕が着地し、戦場に流れていた馬鹿な空気が、緊張一色に様変わりした。
「ふうゥゥゥ……戻ってきたぜぇ、茶髪ゥゥウッッ!!」
「どうやって、どうやって、戻ってきたんだよ……っ!」
「決まってんだろぉ——テメエを殺すための『執念』だ」
その言葉を吐き捨てたアロンズは、今だに信じられない、信じたくない『絶望』を目の前にして一筋の汗を流した僕に、常軌を逸した殺意を持って猛速で肉薄する。
「グヒャハハッファヒャクフッカハハフウィィイイア——ッッッ!!」
「ッッッ! クソッタレがああッッッ!!」
僕は極限の疲労と絶望で歪む表情で、莫大な狂気を発するアロンズに応戦した。
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それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
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転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります
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「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。
一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。
一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。
どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。
※他サイト様でも掲載しております。
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
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『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
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大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
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