風ノ旅人

東 村長

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歌の国『オルカストラ』編

悪夢と強襲

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 まただ。また、この夢だ。本当に最悪な悪夢。閉じられた瞼を掌で上から塞ぎたくなってしまうほどに、恐ろしい絶望の景色。だから、僕は眠るのが嫌だったんだよ。一度でも眠ってしまったのなら、最後までこれを見せつけられてしまうんだから。苛烈を極めた模擬戦形式の剣術稽古を受けて、アエルさんという強者を超え、確かに『一歩先の強さ』を得た実感はあった。だけど、それと共に手に入れてしまった『睡眠不足と肉体疲労』が限界まで僕の身体に蓄積されたせいで、堪らずベットの上で目を閉じてしまい、こうなってしまった——
 
『はあ、はあ、はあ』 

 僕が到着したのは、怪しげな濃霧が満ちる山の中。そこにある小さな小さな山村。盛大に息を切らしながら、どこまでも続いていた山陵を駆け上がった僕は、違和感を感じてしまうほどに『無音』が流れている村を見て、絶望に染まる愕然とした表情を浮かべ、顎が外れんばかりに口を開いた。ここにくるまでの全力疾走と、風に乗り漂う嫌な緊張のせいで全身から噴き出てくる滂沱の汗を辺りに飛び散らしながら、僕は必死に『小さき友』を呼ぶ大声を上げる。

『ニアくんっ! ニアくんっっっ!!』

 小さな民家の庭先に、ポツンと置かれていた小さな円卓。その上には、淹れたてなのだと思われる、白い湯気を灰色の空に向かって昇らせているコーヒーカップがあり、それをボヤけている視界を凝らして遠目から認めた僕は、その民家に向かって声を上げながら走る。いつの間にか僕の手には鏡面剣が握られていたのだが、そんなどうでもいいことは人命に関わる緊急極まれりの状況では些事でしかない。

『ニアくん! ……い、居ない』

 鍵が掛かってしまっている、押しても引いてもビクともしない扉を右手に持っていた剣を使って斬り刻み、強引に民家の中に入ることに成功した僕は、視界に広がる家主も友人も居ない屋内の状況を認め、募る焦りで表情を歪めた。
 僕は、罅の入ったガラスの心を割り壊そうと襲い掛かってくる『絶望』から逃げ出すように、玉のような汗を散らしながら無人の家屋を飛び出した。そして目の前にあった、庭に設置されている物干し竿に、洗い立てなのだろう水を滴らせている洗濯物を干していた民家に向かって走り出す。

『誰かあっ!? 返事をしてくれよおっっ!!』

 先と同様に頑丈な鍵が掛けられている扉を、力尽くで蹴破って中に侵入した僕は、作りたての食事が並べられている『誰も座っていない空の食卓』を見て声にならない声を上げてしまい、衝動的に食宅に並べられていた料理群を掃き散らしてしまう。僕の払われた腕のせいで、固い床に陶器製の食器が落ちて甲高い割れ音を響かせた。その音に肩を大きく跳ねさせた僕は、その場から逃げ出すように、住民が居た形跡が残っている他の民家に向かって走り出す。

『はあ、はあ……うぅ……あぁぅ……っ』

 開かずの扉を一つ開けても、ついさっきまで住民が居たという生活感が残されている家の中には誰も居ない。二つ目の扉を開けても、中はもぬけの殻だった。三つ開けても結果は変わらない。四つ開けても、五つ開けても、六つと七つ、さらに八つ、最後に九つ——永遠にも等しく感じてしまうような、長い長い時間を使って、僕が村中を走り回って家屋の中を調べていった結果、たった一つの大きな建物だけを残して、村には『誰も居ない』という、考えうる限りの『最悪の答え』が確固として認められてしまった。
 
『うぅ……あぁ……誰か……誰かぁ……』

 違和感を感じてしまうほどに『音』がしない村の中、僕が口から発する荒れた呼吸音と、鈍痛訴えるほどに大暴れする鼓動だけが『異物』かのように存在感を示していた。
 周囲に漂う真っ白な濃霧が湿度の高い嫌な熱気を孕んでおり、それが滝のような汗を流している疲労困憊の僕に執拗に纏わり付いてきて、ボヤけていた視界をさらに悪化させ、思考が回らなくなるほどに意識を朦朧とさせてくる。
 そんな、いつ『ヘドロ』になっている地面に倒れ込んでもおかしくないという状況で、内容物を全て吐きそうになるほどの不快感を腹部に抱えたまま、残された最後の一軒、村で『一番大きな建物』に僕は歩いて向かった。

『……ぁ……ぅ』

 耳鳴りという、不協和音な雑音群が奏でた『オーケストラ』が響き渡っている誰も居ない無人の廃村。僕の罅だらけの心を砕かんとする絶望の世界。多足類のような触手の形をした濃霧が、僕を悪夢の中から逃さないように全身を締め付けており、歩く地面は底無し沼となって執拗に僕を沈めようとしてくる。水のように重たい空気を吸って吐き出し、身体が蒸し焼きになってしまいそうに思えるほどの異常な蒸し暑さ感じながら、底無し沼に沈んでいく脚を必死に上げ、すぐそこまで来ている目的地に向かって進んだ。

『………………』

 最後まで残った——最後まで残してしまった、僕の最悪な記憶を激しく刺激してくる、大きな家屋。まるで招いているかのように、鍵の掛けられていない両開き扉を押し開けた僕は、一直線に居間へと続いている、短い廊下を進む。
 ぴちゃ、ぴちゃ——と、僕の歩行に合わせて波紋している、居間から流れてきている『真っ赤な液体』の上を這いずるように歩いていき、玉座のような椅子が置いてあるだろう居間に入るための扉を、ゆっくりと開け広げた。

 そこには、前と変わらず、息絶えた猫が居て——

「——っっっ!? はっ……はあっ……うぁぅ……」

 居間への扉を開けた先、愕然と目を見開いていた視界に広がった『絶望の光景』に、僕の心は音を立てて全壊させて、糸が切れた人形のように床一面に広がっていた『真っ赤な絨毯』の上で膝をついた瞬間、底無しの悪夢から意識を急浮上させることができた僕は、ベットから勢いよく上半身を飛び起こした。悪夢に苛まれていたせいで荒れに荒れてしまっている呼吸を何とか落ち着かせるように、寝起きで靄が掛かっている頭を何とか回転させて深呼吸を行う。
 そして、バクバクと鈍痛を感じるほどに暴れている心臓を服の上から片手で抑えて、ゆっくりと部屋内を見回した。
 カーテンの隙間から漏れている朝日のおかげで、段々と靄を晴らし、寝惚けていた頭を覚醒することができた僕は、今いる世界が悪夢の延長ではなく、紛れもない『現実』であるということを認識することに成功し、ホッと胸を撫で下ろす。息を落ち着かせた後、ビッショリ掻いてしまった寝汗を部屋に置いてあったタオルで隈無く拭き取り、濡れてしまっている寝巻きを洗剤の香りがする清潔な衣服に着替えて、やつれた表情を屋敷にいる誰にも見せないように引き締めてから部屋を出た。

           * * *

 廊下を歩いて階段を降り、先に起きて朝食の準備をしているだろう、マキネさんの手伝いをしに厨房へと向かう。

「ん……?」

 階段を飛ばし飛ばしで下りて行き、早々に屋敷の一階に移動してきた僕は、玄関の扉が開けっ放しになっているせいで、昨日の模擬戦式稽古で僕とアエルさん加減なく踏み荒らしてしまった『見るも無惨な状態の芝生』が屋内から丸見えになっていることに気付き、怪訝な風に首を傾げた。
 まだアイネさん達が起きてくる時間じゃないし、扉を閉めていないのはマキネさんだよな? と思い、外を確認しに行くために足先を向けると、玄関近くにある屋敷の広間へと続いている扉の隙間から「ザワザワ」とした雑踏に流れる喧騒のような、不安と緊張を纏わせた複数人の声音が漏れ出てきていることに、超人的な聴覚を使って気付くことができた僕は、何を言っているのかは声が重なりすぎていて聞き取れないものの、声の感じからして只事ではない状況なのだと察することができ、歩く速さを一段階上げて、駆け足で大広間へと向かった。そして、まるで怒号かのような余裕を欠けらも感じさせない複数の声音が漏れ出てきている扉に手を掛けた僕は、ドアノブを捻り、押し開けた。

「早く『村を捨てて』逃げた方がいい!」
 
 居間への扉を開けたのと同時に言い放たれた「村を捨てて」という、微塵も想像していなかった言葉を聞き、僕は驚愕で目を見開いた。故郷を捨ててでも逃げ出さなくてはいけない状況だということを言外に伝えてくる張り詰めた緊張の中、緊迫した話し合いを早朝から続けていたのだろうアエルさんとロウさん、それにマキネさんと村の住民達は、突然扉を開けて広間に入ってきた僕に、一斉に視線を向けてきた。

「な、何かあったんですか?」

 その視線群に晒されている僕は怖気付くことなく、老若男女を問わない村の住民達に向けて、先程の言葉の詳細な説明を求めた。

           * * *

  日が昇る前から行われていたという『村の緊急集会』に、アイリ村とは全く関係のない余所者にも関わらず、まるで自分の事のような我が物顔で、半ば強引に飛び入り参加させてもらった僕は、本当に意図せず盗み聞いてしまっていた話の続き——村から逃げ出さなくてはいけないという状況の『詳細な説明』を求めた。僕が発した『問い』の邪魔をしないよう、静まり返った広間に流れている静寂を破り、応接椅子に腰掛けて足を組んでいたアエルさんの背後佇んでいた、主人に支える従者を凛と熟していたマキネさんが、僕の問い掛けに『事の重大さ』を感じさせる重々しい真剣な顔付きで、至極丁寧に答えてくれた。緊張を孕んだ声音を発している彼女の言葉を『一言一句』聞き逃さないように集中していた僕は、彼女が語り出した『状況』に、目を見開いた状態で時を止めてしまう。

 曰く、長年アイリ村と友好関係を築いていた近隣の村が、前触れなく強襲してきた『魔族の大群』の襲撃を許してしまい、一夜にして滅ぼされてしまったのだという——

 昨晩に緊急事態を知らせる狼煙が上げられたのを確認した自警団員数人が、すぐさま用意を済ませて救援に向かったそうなのだが、二時間ほど馬を走らせて到着した頃には、計『三十八』の獣に喰い千切られた、目を背けたくなるような惨死体が発見され、残り『四十三』の村民が行方不明になってしまっているとのこと。その話を注釈するように割って入ってきたロウさんが言うには「人間への勝ち鬨を上げた魔獣が、補給がてら殺した人間を平らげて行ったんだろう」らしい。完全敗北——僕達が居る場所とそう離れていない所にある村に住んでいた、普遍的な日常を過ごしていただけの無辜な人間全員が、昨晩の内に『惨殺』されてしまったという衝撃的すぎる話を、まさに寝耳に水と言った愕然とした表情で聞き終えた僕は、出す言葉を失った。
 幼子でも理解できるくらい、アイリ村が危機的状況に直面していることを把握した僕は、グッと表情を引き締めた。

「ソラさん、これから村の防衛と、住民の避難を始めます。強者である貴方も、それに協力していただけませんか」

 拳を力一杯に握り締め、この世の害悪たる魔族への『殺意』を新たにした僕は、研ぎ澄まされた眼光を発しながら、村の防衛の協力を依頼してきたアエルさんと視線を合わせ、力強く頷く。アエルさんやマキネさんには一宿一飯の恩が、この村に住んでいるロンやアイネさんには命を助けられた恩がある。そんな、人に助けられてばかりの僕が『怖いから』と言って彼等彼女等を見捨てることなんかできない。
 
 もう、僕は恐怖に怯えて逃げるわけにはいかないんだ。
 
「全力で守ります!」

 何も失わせてなるものか。命を使ってでも、必ず僕が守ってみせる。

           * * *

「俺達が生まれ育った大切な故郷を、易々と捨てられる訳ねえだろうが!!」と言う『防衛派』の人達と「魔族の大群にアンタ等が勝てる訳がない! 魔獣の餌にでもなる気なのかい!?」と言う『人命優先』の人達の『怒号のような大声』が飛び交っていた緊急集会は過熱を極めたものの、魔族との戦いで『死んでもいい』という者だけが村に残り、その他の者は歌の国の都市『ミファーナ』に一時的に身を寄せる——という結論で何とか締めて終わることができた。
 自警団の男達は『村の防衛』に力を入れると言い、そんな勇敢と言える彼等を「貴方も逃げましょう!」と涙ながらに訴えている伴侶や子供達を見た僕は、事の原因である魔族への殺意を燃やすのと同時に、恐怖する彼等彼女等を安心させてあげられない自身の無力さを再認識し、打ち拉がれたように床に視線を向けてしまった。

 北西にある歌の都市『ミファーナ』への出発は、村から逃げる村人達の荷支度や、村に残されていってしまう故人達への別れが済む頃合いを想定して、正午頃に決定した。ミファーナを目指す人々の護衛をするのは、家族からの説得を受けて、村から発つことにした自警団員数人。そして村に残って防衛に回るのは、意気込む自警団の男達と、アイリ村の村長であるアエルさん。それにロウさんと僕の計『十五人』だ。
 決して多いとは言えない人数ではあるものの、全員が魔族と戦える歴戦の猛者だということで、とても心強く感じる。
 
「ふぅー…………よし!」

 両頬をパンっと力強く叩き、万全の気合を入魂した僕は、バタバタと自警団——改『防衛団』が忙しなく出入りしている屋敷を出て、村の中央公園にある花壇の縁に腰掛けた。腰に差している鏡面剣の柄を握りながら、空気を震わせるような緊張感を発していた近寄り難い僕のもとに、アイネさんと共に村を発つことになっているマキネさんが、朝食として『サンドイッチ』を作って持ってきてくれた。
 それを「ありがとうございます!」と心からの感謝を伝えて受け取った僕は、村に残る僕を心配しているのだろう、眉目を下げた表情を浮かべている彼女を安心させるために、浮かべていた柔和な笑みを豹変させて、食い意地の張った子供のように『バクバクゥッ』とサンドイッチを貪り食らった。
 予想だにしていなかっただろう、前触れなく怒涛の勢いで食事を摂り始めてしまった僕を目の当たりにした彼女は、パチパチと何度も瞬きを繰り返した後、僕の想定通り、心配していた表情を、呆気に取られた表情に様変わりさせた。
 そんな、びっくら仰天している彼女を視界の端に収めていた僕は、あっという間にサンドイッチ五つを平らげる。そして「ご馳走様!」と張りのある声で言って、サンドイッチが詰まっていたバスケットの空にした僕を見た彼女は、張り詰めていた心配の表情を解して「あはははは!」と笑った。

「ソラ様。絶対に、死なないでくださいましね」  
「はい。絶対に生きて、アイリ村を守りきってみせます。だから、マキネさんはドーンと安心していてください」
「ふふっ。約束ですよ?」
「ええ。約束します」

 二人で約束を交わし、あどけない少女のような笑顔を咲き誇らせた彼女は、スカートの裾をフワリと浮かせながら、走って屋敷に戻っていった。走り去る彼女を見送った僕は、彼女の背中から先程まで纏わり付いていた不安気が綺麗さっぱり取り払われたことを認め、ホッと胸を撫で下ろした。最後になるかもしれない補給を済ませた僕は、今度こそ準備万端な状態となり、ドッシリと花壇の縁に腰掛け直す。
 
「…………」 

 ふと見上げた空は、あの時と同じ灰色のままで——僕は最悪な既視感と嫌な胸騒ぎを感じつつも、それを旅の中で培ってきた精神力で抑え込み、時が来るのを目を瞑って待ち続ける。それから約三十分後の午前十時過ぎ。ザッザッという足音が僕に近づいてきていることに気づき、僕は目を開けた。

「や、ソラ」
「——ロン」
    
 花壇の縁に腰掛けていた僕の背後から声を掛けてきたのは、腰に愛剣を差している『武装した格好』のロンだった。 彼は村を出るための荷物などを何も持っておらず、そんな彼を視界に入れた僕は『まさか』という考えを過らせる。その、若干目を剥いていた僕の考えを肯定するように、僕の隣に腰掛けたロンは口を開き、悲し気な声音を発した。

「アイネ達は村を離れることになってしまったね。だけど、僕は村に残ることにしたよ。アイネと『愛している人』と共に育った故郷を捨てるのは、僕には難しかった」 
「……そっか」

 ロンは意気消沈したように身体に暗い影を纏わせたまま、両肘を膝の上に乗せ、煉瓦畳みの地面に視線を向けていた。そんな彼を横目にしていた僕は、彼の姿に対し、強い『既視感』を感じてしまっていた。ロンが来て早々に語り出した内容と、ロンが発していた、自分の心に逆らって無理やり搾り出しているような『言い訳染みた』声音。そして『何か』から背を向けて逃げ出しているような彼の姿。それがどうしようもなく、僕に忌避感を、不快感を、若干の苛立ちを、真正面から与えてくる。
 その負の感情——苛立ちの理由を知るために、僕は思考する。

「絶対に村を守り切るんだ。そしていつか、アイネと『アイリの花園』で式を挙げる。その時が来たら、ソラには友人枠として参席してほしいな」

 ああ、そうか。そうだったんだな。今のロンの姿に感じてしまっていた既視感は『あの時の僕』のものだったんだ。僕が魔族以上に嫌っている、この世で一番嫌いな、目を背けたくなるほどに『忌避している過去の僕』に、ロンは似てきてしまっているんだ。自分が出来なかったことを魔族のせいにして。死んでしまった人間を「生き返らせてほしい」なんてメチャクチャなことを恥も外聞もなく、小さな恩人に頼み込んで。ただひたすらに『友を殺した』と僕が『思い込んでいる』魔族を滅ぼしたいほどに憎んで恨んで怒って。でも、本当に『友』を殺したのは——あの時、助けられるはずだった『小さき友人』を救わなかったのは、紛れもなく、背を向けて逃げ出した『僕』だったのだ。そんな、どうしようもない過去の自分の姿が、今の、言い訳をしながら『最も大切な一歩』を踏み出せずに、その場で足踏みをしているロンの姿と重なってしまっているという訳なのだろう。それが、この苛立ちの正体で間違いない。

「ロンは、本当にいいの?」

 今、心に抱えている『負の感情』の理由を結論づけた僕は、耽っていた思考を終えて、先の発言的に未来永劫引き摺りかねない最悪な『後悔』を進んで手に入れようとしている『大切な友人のロン』に向けて、釘を刺すような言葉を発言する。

「…………必ず生きて、アイネのもとに行くさ」

 僕の説得するような言葉を聞き、声を詰まらせたロンは、まるで言葉を発した僕ではなく、何度も自問してくる『自分自身』に言い訳をしているかのような、苦し気な返事を絞り出した。そんな優柔不断な彼に横目の視線を向けていた僕は、少しだけ怒っている風に眉尻を上げて、続けて言葉を投げかける。

「行きなよ、ロン。アイネさんの居場所に」
「……いつか、必ず行くよ」
「"いつか"じゃない。"今"行くべきだ。ロン、逃げたら駄目だ。一度でも逃げてしまったら、その逃げた結果は『未来永劫』残り続ける。一度でも逃げてしまったら、もう二度と取り返しがつかなくなってしまうんだよ」

 薄暗い影を差した表情で僕が発した、今もなお、罪過として引き摺り続けている『後悔』を滲ませた声音を聞いたロンは、口を開こうとしては閉じ、呼吸を震わせながら拳を握り締めた。決断しきれない自分自身に怒っているかのように、それでも力及ばず諦めてしまったように、彼は僕が投げかけた言葉の返事をせず、逃げるように押し黙った。

「……別に、逃げているわけじゃ——」

 しばらくして、声を震わせながら発せられた、ロンの弱すぎる言い訳に対し、眉尻をグイッと逆立てた僕が「君は逃げていると思うよ」という、辛辣にも思われるだろう厳しい言葉を投げかけようとした——その時。

 カンカンカンカンカン——と、突如として、村の南方にある見張り台から、余裕を一切感じさせない『とても大きな鐘の音』が鳴り響いてきた。
 それを聞いて肩を大きく跳ねさせた僕とロンは、すぐさま腰掛けていた花壇の縁から立ち上がり、状況を探るために空を見上げた。すると——

「魔族だっ! 南からっ! 魔族が来たぞォォォォォォォォォォォオッッッ!!」

 見張り台の上で決死に叫ぶ男の声を押しつぶす形で、遠くとも言えない距離から、数々の遠吠えが打ち上げられた。
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