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ハザマの国・編
友との別れ
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僕達は山を駆け下り、朝方にはウオニシ村に到着した。着いて早々、カラスのことを報告しに村長宅へ向かう。トウキ君が「カラスのことは俺が話すよ」と言ってきたので、報告は彼に任せることにした。それなら僕が行く必要ないのかな? と思ったものの、一応ついて行くことにした。朝早くから開いていたパン屋で朝食を購入し、スタスタと歩いていくトウキ君の後を追う。
「はい。棒パン」
「オウ。ありがとよ」
僕はパン屋で『一番人気!』と書かれていた、一メートル近くある長大な棒パンをトウキ君に手渡す。僕はその半分ほどの大きさのコッペパンだ。僕が選んだこれで十分じゃないか? と僕は思っていたのだが、僕がパンを選んでいるとき店に入ってきた水着の男女達が棒パンを持つ僕を見て「イェーイ! やっぱ棒パンっしょ! 通じゃ~ん!」とチャラチャラアゲアゲで話しかけてきて、僕は普通に困った。それで「そうっすね~」とリップさん風に場を流し、逃げるように店を出たのが数分前のこと——
パンを食べ歩きながら南へ進むと海の目の前に建つ、真っ白な家屋——僕達が目指していた村長宅が見えてきた。僕は玄関前に立ち、ゴンゴンと少し強く扉を叩いた。
「ソラです! おはようございまーす!」
すると、ドタドタと大きな足音を鳴らし、ガンガンと鍵が閉まっているのに無理やり扉を開けようとする音が聞こえ、中から「あなた鍵を開けて!」と女性の叫び声が響く。その後、バキィッという凄い音と共に『鍵を壊して』きたウオニシさんは「どうだったぁっ!?」と叫びながら僕達の横を飛び過ぎて玄関前にある階段を転がり落ちた。
「あなたぁっっっ!!」
「だ、大丈夫ですかっ!?」
「どうだったぁっ!?」
意外と平気そうな、顔面を砂まみれにしたウオニシさん。僕は階段を降り、彼に手を貸した。そして一息吐いた後、僕達は家に上がった。応接用の椅子に座った僕は、早々にカラスの事を報告しようとした、その時——隣に座っていたトウキ君が急に立ち上がり、ウオニシさんに頭を下げた。
「すんません。俺のせいで犯人を取り逃しました」
「トウキ君……」
「詳しく……聞かせてくれるかい?」
それから、トウキ君はここにくる前に言っていた通りに、昨日起こった事の顛末を話し始めた。
「そうか……そういうことなら謝らないでくれ。ありがとう、トウキ君。俺達の仇を取ってくれて。俺だって子供を攫った犯人が目の前にいたら我慢できなかっただろうしな。これからは国と協力して、攫われた子供達を魔神教から取り戻していくよ——」
話が終わり、僕達は村長宅を出た。家の前で、ウオニシさんの奥さん——多分この人もウオニシさん——から菓子折りを手渡された。僕が「いえいえ!」ともらい渋ると、ウオニシさん(男)から「もらってくれ! 君達に渡すために買ったんだから!」と言われ「それなら……」と僕は紙袋を受け取った。
「それじゃあな、ソラ君、トウキ君! また会おうな!」
僕達は手を振るウオニシさんと別れ、イチゴマックス達を預けている馬小屋へと向かう。行きの時と同じだと考えると、菊の町に着くには十日近くの時間が掛かってしまうから、早めに移動しようということになった訳だ。僕達は軽く食料を買い、馬小屋に預けていたイチゴマックス達を出し、早々に村から出発。村を出る僕達を見送ってくれたのは、ウオニシさん夫婦に馬小屋の主人。あと、あの怪物丼を作り出した料理屋の店主と、そこで怪物丼を食していた海の男達。一体どこから僕達が村を出るって知ったんだ? と、僕は不思議に思いながらも、快く手を振ってくれる人々に晴れやかな笑みを浮かべ、手を振りかえした——
「いつか、また来ます!」
* * *
菊の町に着くまで、約九日。僕達は馬の体力を気にしつつ、ぶっ通しで移動を続けた。道中にあった村で馬を休ませたついでに宿の風呂を借りて身体と服を洗って食事を取る、そして馬の体力が回復したら即出発。ウオニシ村へ向かう時と全く同じ道順を辿り、約九日。僕の視界の先には、あの真っ白な防壁が広がっていた。
「やっと着いたね」
「だな」
僕達は東大門に到着し、町に入る馬車の列に並ぶ。すると、並んですぐ門衛の人が駆け寄ってきた。
「白髪の鬼人——トウキさんでしょうか?」
「ああ」
「やはり! 列を抜けてあちらへどうぞ!」
列を抜けた先には、門衛の人達とは違う格好の人が立っていた。腰に長刀を差し、青色の袴を着こなしている。髪の長い、女性……いや、男性だ。シダレさんと似て、女性のような風貌をした侍。ハザマの国には、こういう女性っぽい人が多いのかな?
「トウキ様とそら様ですね。長旅お疲れ様でした。早速ですが、報告のためにユキノハ様が待つハザマの城へ」
——ということで僕達は早々と門を抜け、イチゴマックス達に乗ったまま、ハザマの城へと向かった。
「よっと。ありがとね、イチゴマックス」
『ぶるる』
僕達は城の第一門前で馬から降り、徒歩で城へと向かう。何度も大きな城門を通り、美しい庭園を過ぎ去って——やっとハザマの城の本城に到着。城の前にいた着物の女中——トノサキさんに案内され、僕達はシダレさんが居るという、城の五階へと向かった。
「こちらです」
城の五階、少し大きな襖の先にあった執務室らしき場所で、シダレさんは茶菓子を食べていた。
「やや! おかえりだね。いや~寂しかったよ! さ! 再開を祝して抱擁でもしようか」
「結構です」
ふざけた事を言いながら両手を広げて来たシダレさんに、僕は片手を向けて制止し、キッパリと言い放つ。
「え~、ソラ君のい・け・ず。ま、いいさ。何か収穫があったんだろ? それの報告を頼むよ」
あっけらかんとしたシダレさんは執務椅子に腰掛け、何かのお菓子を食べながらそう言う。僕達はトノサキさんに促され、応接椅子に腰掛けた。そして、トウキ君がシダレさんにカラスの事を話し始め、僕は出された茶を飲み、謎の和菓子を頬張る。
謎の和菓子は黒紫色でテカテカした、四角いゼリーのようなものだった。んん……甘いなぁ。
「なるほど魔神教ね……。これはまた厄介な」
「あの、魔神教っていう宗教? のことを僕は全く知らないんですけど、一体何なんですか?」
僕は、胸の内に抱えていた疑問を投げかける。すると、シダレさんは「知らないんだ?」というような顔で懇切丁寧に魔神教について教えてくれた。シダレさん曰く、魔神教というのは——何千年も昔、この世に魔族を創り出し、人々が暮らす世界を滅ぼそうとした『魔神』を崇拝している、世界最大の宗教である『聖神教』と対をなす邪教——それが魔神教。まあ、攫った子供を買い取っていたと言うし、邪教なのは間違いないのだろうが……。魔族を創った『神』を崇拝か。そんな世界を滅ぼそうとした神を、被害に遭っただろう人が崇めているなんて。こう言っては何だが、その人達は正気なのだろうか?
「まあ、魔神を崇めている人間が何を考えているかなんて私達が考える必要はないよ。邪教は邪教だ。我々とは相容れない存在というわけさ——」
報告が終わり、シダレさんが「礼をさせてほしい」と言い「何か御所望は?」と僕達に問うた。それで僕は「歌舞伎を見てみたいです!」と言うと、シダレさんは「あ~……」と言い、額から一筋の汗を流し、露骨に斜め上へと視線を泳がせた。
まるで『言いづらい』ことでもあるかのように……。それに、どうした? と僕とトウキ君が顔を見合わせると、後ろに立っていた頭痛を堪えているような苦しい表情をしているトノサキさんが、その説明をしてくれた。
何でも、シダレさんが歌舞伎の女形を何度も口説き、それが祟って三年ほど前に歌舞伎座への『出禁』を食らってしまったと言う。それでも諦めずに舞台裏に侵入し……見つかって逮捕。二日間の勾留の末、歌舞伎座への『接近禁止』令を言い渡されてしまったとのこと。そのせいで、歌舞伎座に近付くことすら出来ないのだとか……。僕が軽蔑の目を向けると、シダレさんは「だから、それ以外で頼むよ!」とヘラヘラと言う。この調子だと色んな所を出禁にされてそうだな——と思った僕は彼に問いただす。
「歌舞伎座以外に、どこが出禁にされているんですか?」
「う、うーん……」
謎に言い渋るシダレさんの代わりに、後ろに立っていたトノサキさんが、また答えてくれた。そのまさかの答えに、僕は目を剥く。
「実は、菊の町にある殆どの店で問題を起こしていまして、ほぼ全ての店を出禁にされているのです……」
「はあ……?」
僕は開いた口が塞がらず、トノサキさんは恥ずかしそうに顔を隠す。当のシダレさんは「ははは」と空笑い。場の時が止まる中を動けたのは、関係ないとばかりに茶菓子を頬張るトウキ君と、淹れられた茶から立ち上がる、白い湯気だけだった——
その後「大丈夫! まだどこかあるよ! 多分!」と言い続けるシダレさんを哀れに思い、僕は「もういいです」と言って、執務室から退出。トウキ君も茶菓子を平らげ、茶を一気飲みし、僕の後に続いた。執務室を出る僕達に「行っちゃいや~ん!」と女性のような声で叫ぶシダレさんを無視し、城を出る。帰り際、トノサキさんから「こちら、今回の依頼料です」と金一封を手渡され、それを僕達は受け取った。彼女は「どうせこうなると思っていた」と、シダレさんに対し呆れ気味に、それでいて辛辣な愚痴を溢し……ハッとして「聞かなかったことにしてください」と言った。彼女の底冷えするような全く笑っていない目を向けられ、僕達は何も言えなくなってしまったのである……。
行く当ての無い僕達は、城の近辺をふらつく。晴れ晴れとした快晴に見下ろされ、僕は照り付ける日差しで目を窄めさせた。
「……ソラ。俺は今日この町を出るよ」
「……そっか」
「オウ。だから、これで町に来た時に食った、あの高え寿司をもう一度食わないか?」
そう言って、さっき受け取った金一封をヒラヒラさせる。もちろん——僕がその誘いを断るわけもなく。
「うん! 行こう行こう!」
「ククッ。よっしゃ、松寿司だ!」
僕達は最後の時間を使って笑い歩きながら、菊の町に来て最初に寄った、この町一番の魚料理屋を目指した。
料理屋に到着した僕達は、最後だからと羽目を外した。金一封で『松寿司』に『松刺身』。さらに『しゃぶしゃぶ』と言う、熱した湯に魚の切り身を通して食べる料理も堪能した——が、僕達の散財は料理屋を出ても止まらず……。
「あそこじゃねえか?」
「本当だ! あれだね」
僕はカラスに斬られて失ってしまった武器を求めて『この国一番』という看板を掲げた武器屋に寄った。今の僕の所持金は、さっきもらった報酬合わせて六万ルーレンほどある。僕は予てから欲しいと思っていた刀を買おうとし——即座に諦めた。店に並ぶ刀の値段は、最低でも八万ルーレン。僕の所持金で買えねえ! という感じで店内を物色。そして、一本の片手剣を手に取った。この剣は店主曰く、ガングリオ国で採れた『鏡面鋼』と言う、鏡みたな素材で作製された物なのだとか。「抜いてみな」と言われ、僕は剣を鞘から引き抜いた。すると、本当に鏡みたいな剣身が現れたではないか。ハッキリと僕の顔が剣身に映っている。ちょっと丸みがあるのか変な顔になってしまっているが、これは凄いな——と、即購入。
結果——依頼料、一人『五万ルーレン』という破格の報酬の『半分以上』を一日で使ってしまったとさ……。
* * *
「別れを済ませたい。少し待っててくれ」
「はいよ」
今僕達がいるのは、西大門を出たところにある平原。現在の時刻は夕方。日が沈みかけていて、空が茜色に染まってしまっている。ヒューと平原に吹く夏の風は意外と冷たく、少々肌寒い。風に揺らされて擦れ合う草花が、耳心地の良い音を奏でており、僕とトウキ君はそれを聴きながら夕日を眺めた。
「……ソラは、どこへ行くんだ?」
「僕は『北』に行こうと思う」
西はトウキ君が行く方向。南はソルフーレンで、今里帰りする予定は無い。
東はトウキ君の故郷の鬼国だ。鬼国に行くか、トウキ君の後を追って西へ行くかは正直悩んだ。でも、彼の旅には同行しないと決めてしまったから。僕はトウキ君を追わずに『北』へ進むことにしたんだ。
「北ってことは……『オルカストラ』か」
「うん」
「あれだろ……歌姫? がいる国だよな」
「歌姫?」
「ああ、ソラも知らないのか。悪いけど俺も詳しくない」
「そっか……」
そういえばオルカストラは『歌の国』って呼ばれてるんだっけ。確か『世界三大劇場』の一つがあるんだよな。歌姫か……よく分からないけど、会えるといいな。
「トウキ君はエビールルに行った後は、どこへ行くの?」
「んー、俺の目的は魔神教だからな。それ次第でコロコロ変わるだろうが……そこから西にある国ってどこだ?」
エビールルのさらに西の国か。
「エビールルの真西は中央海で……北西は『サイゴーン』でしょ? で、南西は『アトリエア』だった気がする」
「あー……じゃあ、アトリアエだな。その横にあるのが『ララバ』だったろ」
『ララバ』は『アトリアエ』の隣国。確か『ギルド』の総本部がある国のはずだ。
——あ。トウキ君、もしかして……。
「トウキ君、ギルド総本部に行くの?」
「オウ」
「なんで?」
「なんか、裏に首突っ込んだ情報屋がいそうだろ?」
「ははっ! 確かに」
ギルド総本部には腕利きの冒険者が集まっていると聞く。そこには凄腕のシーフがいる可能性が高い。シーフなら裏社会のことに詳しいだろうし、トウキ君の考えは的を得ている気がするな。
「……そろそろ行くよ」
「……そっか」
そう言って、トウキ君は馬車を待たせている場所へ歩いて向かう。僕もトウキ君の夕日を浴びて朱に染まる背中を眺めながら、彼の追う。一つしか離れていない彼の背中は僕とは違って、とても大きくて、とても逞しい。少し——いや、かなり寂しさはあるけど、これが旅だ。これが爺ちゃんに背中を押されて、僕が始めた旅なんだ。
だから……泣いちゃダメなんだよ…………!
僕は鼻を啜りながら、馬車に乗ろうとする彼を見送る。すると、彼は突然僕の方を振り返り、右拳を突き出した。それに僕は目を見開き、彼の拳に拳を合わせた。
お互いが右拳を突き合わせる格好で、別れを済ませる。
「またな、ソラ!」
「またね、トウキ君!」
彼は晴れやかな笑みで、僕は泣きそうな笑顔で。旅の別れを終えたのだった——
「はい。棒パン」
「オウ。ありがとよ」
僕はパン屋で『一番人気!』と書かれていた、一メートル近くある長大な棒パンをトウキ君に手渡す。僕はその半分ほどの大きさのコッペパンだ。僕が選んだこれで十分じゃないか? と僕は思っていたのだが、僕がパンを選んでいるとき店に入ってきた水着の男女達が棒パンを持つ僕を見て「イェーイ! やっぱ棒パンっしょ! 通じゃ~ん!」とチャラチャラアゲアゲで話しかけてきて、僕は普通に困った。それで「そうっすね~」とリップさん風に場を流し、逃げるように店を出たのが数分前のこと——
パンを食べ歩きながら南へ進むと海の目の前に建つ、真っ白な家屋——僕達が目指していた村長宅が見えてきた。僕は玄関前に立ち、ゴンゴンと少し強く扉を叩いた。
「ソラです! おはようございまーす!」
すると、ドタドタと大きな足音を鳴らし、ガンガンと鍵が閉まっているのに無理やり扉を開けようとする音が聞こえ、中から「あなた鍵を開けて!」と女性の叫び声が響く。その後、バキィッという凄い音と共に『鍵を壊して』きたウオニシさんは「どうだったぁっ!?」と叫びながら僕達の横を飛び過ぎて玄関前にある階段を転がり落ちた。
「あなたぁっっっ!!」
「だ、大丈夫ですかっ!?」
「どうだったぁっ!?」
意外と平気そうな、顔面を砂まみれにしたウオニシさん。僕は階段を降り、彼に手を貸した。そして一息吐いた後、僕達は家に上がった。応接用の椅子に座った僕は、早々にカラスの事を報告しようとした、その時——隣に座っていたトウキ君が急に立ち上がり、ウオニシさんに頭を下げた。
「すんません。俺のせいで犯人を取り逃しました」
「トウキ君……」
「詳しく……聞かせてくれるかい?」
それから、トウキ君はここにくる前に言っていた通りに、昨日起こった事の顛末を話し始めた。
「そうか……そういうことなら謝らないでくれ。ありがとう、トウキ君。俺達の仇を取ってくれて。俺だって子供を攫った犯人が目の前にいたら我慢できなかっただろうしな。これからは国と協力して、攫われた子供達を魔神教から取り戻していくよ——」
話が終わり、僕達は村長宅を出た。家の前で、ウオニシさんの奥さん——多分この人もウオニシさん——から菓子折りを手渡された。僕が「いえいえ!」ともらい渋ると、ウオニシさん(男)から「もらってくれ! 君達に渡すために買ったんだから!」と言われ「それなら……」と僕は紙袋を受け取った。
「それじゃあな、ソラ君、トウキ君! また会おうな!」
僕達は手を振るウオニシさんと別れ、イチゴマックス達を預けている馬小屋へと向かう。行きの時と同じだと考えると、菊の町に着くには十日近くの時間が掛かってしまうから、早めに移動しようということになった訳だ。僕達は軽く食料を買い、馬小屋に預けていたイチゴマックス達を出し、早々に村から出発。村を出る僕達を見送ってくれたのは、ウオニシさん夫婦に馬小屋の主人。あと、あの怪物丼を作り出した料理屋の店主と、そこで怪物丼を食していた海の男達。一体どこから僕達が村を出るって知ったんだ? と、僕は不思議に思いながらも、快く手を振ってくれる人々に晴れやかな笑みを浮かべ、手を振りかえした——
「いつか、また来ます!」
* * *
菊の町に着くまで、約九日。僕達は馬の体力を気にしつつ、ぶっ通しで移動を続けた。道中にあった村で馬を休ませたついでに宿の風呂を借りて身体と服を洗って食事を取る、そして馬の体力が回復したら即出発。ウオニシ村へ向かう時と全く同じ道順を辿り、約九日。僕の視界の先には、あの真っ白な防壁が広がっていた。
「やっと着いたね」
「だな」
僕達は東大門に到着し、町に入る馬車の列に並ぶ。すると、並んですぐ門衛の人が駆け寄ってきた。
「白髪の鬼人——トウキさんでしょうか?」
「ああ」
「やはり! 列を抜けてあちらへどうぞ!」
列を抜けた先には、門衛の人達とは違う格好の人が立っていた。腰に長刀を差し、青色の袴を着こなしている。髪の長い、女性……いや、男性だ。シダレさんと似て、女性のような風貌をした侍。ハザマの国には、こういう女性っぽい人が多いのかな?
「トウキ様とそら様ですね。長旅お疲れ様でした。早速ですが、報告のためにユキノハ様が待つハザマの城へ」
——ということで僕達は早々と門を抜け、イチゴマックス達に乗ったまま、ハザマの城へと向かった。
「よっと。ありがとね、イチゴマックス」
『ぶるる』
僕達は城の第一門前で馬から降り、徒歩で城へと向かう。何度も大きな城門を通り、美しい庭園を過ぎ去って——やっとハザマの城の本城に到着。城の前にいた着物の女中——トノサキさんに案内され、僕達はシダレさんが居るという、城の五階へと向かった。
「こちらです」
城の五階、少し大きな襖の先にあった執務室らしき場所で、シダレさんは茶菓子を食べていた。
「やや! おかえりだね。いや~寂しかったよ! さ! 再開を祝して抱擁でもしようか」
「結構です」
ふざけた事を言いながら両手を広げて来たシダレさんに、僕は片手を向けて制止し、キッパリと言い放つ。
「え~、ソラ君のい・け・ず。ま、いいさ。何か収穫があったんだろ? それの報告を頼むよ」
あっけらかんとしたシダレさんは執務椅子に腰掛け、何かのお菓子を食べながらそう言う。僕達はトノサキさんに促され、応接椅子に腰掛けた。そして、トウキ君がシダレさんにカラスの事を話し始め、僕は出された茶を飲み、謎の和菓子を頬張る。
謎の和菓子は黒紫色でテカテカした、四角いゼリーのようなものだった。んん……甘いなぁ。
「なるほど魔神教ね……。これはまた厄介な」
「あの、魔神教っていう宗教? のことを僕は全く知らないんですけど、一体何なんですか?」
僕は、胸の内に抱えていた疑問を投げかける。すると、シダレさんは「知らないんだ?」というような顔で懇切丁寧に魔神教について教えてくれた。シダレさん曰く、魔神教というのは——何千年も昔、この世に魔族を創り出し、人々が暮らす世界を滅ぼそうとした『魔神』を崇拝している、世界最大の宗教である『聖神教』と対をなす邪教——それが魔神教。まあ、攫った子供を買い取っていたと言うし、邪教なのは間違いないのだろうが……。魔族を創った『神』を崇拝か。そんな世界を滅ぼそうとした神を、被害に遭っただろう人が崇めているなんて。こう言っては何だが、その人達は正気なのだろうか?
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「歌舞伎座以外に、どこが出禁にされているんですか?」
「う、うーん……」
謎に言い渋るシダレさんの代わりに、後ろに立っていたトノサキさんが、また答えてくれた。そのまさかの答えに、僕は目を剥く。
「実は、菊の町にある殆どの店で問題を起こしていまして、ほぼ全ての店を出禁にされているのです……」
「はあ……?」
僕は開いた口が塞がらず、トノサキさんは恥ずかしそうに顔を隠す。当のシダレさんは「ははは」と空笑い。場の時が止まる中を動けたのは、関係ないとばかりに茶菓子を頬張るトウキ君と、淹れられた茶から立ち上がる、白い湯気だけだった——
その後「大丈夫! まだどこかあるよ! 多分!」と言い続けるシダレさんを哀れに思い、僕は「もういいです」と言って、執務室から退出。トウキ君も茶菓子を平らげ、茶を一気飲みし、僕の後に続いた。執務室を出る僕達に「行っちゃいや~ん!」と女性のような声で叫ぶシダレさんを無視し、城を出る。帰り際、トノサキさんから「こちら、今回の依頼料です」と金一封を手渡され、それを僕達は受け取った。彼女は「どうせこうなると思っていた」と、シダレさんに対し呆れ気味に、それでいて辛辣な愚痴を溢し……ハッとして「聞かなかったことにしてください」と言った。彼女の底冷えするような全く笑っていない目を向けられ、僕達は何も言えなくなってしまったのである……。
行く当ての無い僕達は、城の近辺をふらつく。晴れ晴れとした快晴に見下ろされ、僕は照り付ける日差しで目を窄めさせた。
「……ソラ。俺は今日この町を出るよ」
「……そっか」
「オウ。だから、これで町に来た時に食った、あの高え寿司をもう一度食わないか?」
そう言って、さっき受け取った金一封をヒラヒラさせる。もちろん——僕がその誘いを断るわけもなく。
「うん! 行こう行こう!」
「ククッ。よっしゃ、松寿司だ!」
僕達は最後の時間を使って笑い歩きながら、菊の町に来て最初に寄った、この町一番の魚料理屋を目指した。
料理屋に到着した僕達は、最後だからと羽目を外した。金一封で『松寿司』に『松刺身』。さらに『しゃぶしゃぶ』と言う、熱した湯に魚の切り身を通して食べる料理も堪能した——が、僕達の散財は料理屋を出ても止まらず……。
「あそこじゃねえか?」
「本当だ! あれだね」
僕はカラスに斬られて失ってしまった武器を求めて『この国一番』という看板を掲げた武器屋に寄った。今の僕の所持金は、さっきもらった報酬合わせて六万ルーレンほどある。僕は予てから欲しいと思っていた刀を買おうとし——即座に諦めた。店に並ぶ刀の値段は、最低でも八万ルーレン。僕の所持金で買えねえ! という感じで店内を物色。そして、一本の片手剣を手に取った。この剣は店主曰く、ガングリオ国で採れた『鏡面鋼』と言う、鏡みたな素材で作製された物なのだとか。「抜いてみな」と言われ、僕は剣を鞘から引き抜いた。すると、本当に鏡みたいな剣身が現れたではないか。ハッキリと僕の顔が剣身に映っている。ちょっと丸みがあるのか変な顔になってしまっているが、これは凄いな——と、即購入。
結果——依頼料、一人『五万ルーレン』という破格の報酬の『半分以上』を一日で使ってしまったとさ……。
* * *
「別れを済ませたい。少し待っててくれ」
「はいよ」
今僕達がいるのは、西大門を出たところにある平原。現在の時刻は夕方。日が沈みかけていて、空が茜色に染まってしまっている。ヒューと平原に吹く夏の風は意外と冷たく、少々肌寒い。風に揺らされて擦れ合う草花が、耳心地の良い音を奏でており、僕とトウキ君はそれを聴きながら夕日を眺めた。
「……ソラは、どこへ行くんだ?」
「僕は『北』に行こうと思う」
西はトウキ君が行く方向。南はソルフーレンで、今里帰りする予定は無い。
東はトウキ君の故郷の鬼国だ。鬼国に行くか、トウキ君の後を追って西へ行くかは正直悩んだ。でも、彼の旅には同行しないと決めてしまったから。僕はトウキ君を追わずに『北』へ進むことにしたんだ。
「北ってことは……『オルカストラ』か」
「うん」
「あれだろ……歌姫? がいる国だよな」
「歌姫?」
「ああ、ソラも知らないのか。悪いけど俺も詳しくない」
「そっか……」
そういえばオルカストラは『歌の国』って呼ばれてるんだっけ。確か『世界三大劇場』の一つがあるんだよな。歌姫か……よく分からないけど、会えるといいな。
「トウキ君はエビールルに行った後は、どこへ行くの?」
「んー、俺の目的は魔神教だからな。それ次第でコロコロ変わるだろうが……そこから西にある国ってどこだ?」
エビールルのさらに西の国か。
「エビールルの真西は中央海で……北西は『サイゴーン』でしょ? で、南西は『アトリエア』だった気がする」
「あー……じゃあ、アトリアエだな。その横にあるのが『ララバ』だったろ」
『ララバ』は『アトリアエ』の隣国。確か『ギルド』の総本部がある国のはずだ。
——あ。トウキ君、もしかして……。
「トウキ君、ギルド総本部に行くの?」
「オウ」
「なんで?」
「なんか、裏に首突っ込んだ情報屋がいそうだろ?」
「ははっ! 確かに」
ギルド総本部には腕利きの冒険者が集まっていると聞く。そこには凄腕のシーフがいる可能性が高い。シーフなら裏社会のことに詳しいだろうし、トウキ君の考えは的を得ている気がするな。
「……そろそろ行くよ」
「……そっか」
そう言って、トウキ君は馬車を待たせている場所へ歩いて向かう。僕もトウキ君の夕日を浴びて朱に染まる背中を眺めながら、彼の追う。一つしか離れていない彼の背中は僕とは違って、とても大きくて、とても逞しい。少し——いや、かなり寂しさはあるけど、これが旅だ。これが爺ちゃんに背中を押されて、僕が始めた旅なんだ。
だから……泣いちゃダメなんだよ…………!
僕は鼻を啜りながら、馬車に乗ろうとする彼を見送る。すると、彼は突然僕の方を振り返り、右拳を突き出した。それに僕は目を見開き、彼の拳に拳を合わせた。
お互いが右拳を突き合わせる格好で、別れを済ませる。
「またな、ソラ!」
「またね、トウキ君!」
彼は晴れやかな笑みで、僕は泣きそうな笑顔で。旅の別れを終えたのだった——
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「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
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青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
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※しばらくは毎日(17時)更新します。
※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。
※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得
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異世界帰りのオッサン冒険者。
二見敬三。
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毎日更新していこうと思います
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感想等お待ちしております
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※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
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