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ハザマの国・編
クレジーナからの依頼
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「ま、マルさ——」
「キエエエエエエッッッ⁉︎」
「おい! そっち行ったぞ!」
「砕け砕け!」
「一匹も生かすなっ!」
全速力で向かった先に、マルさんはいた。
金採掘所だろうそこは開けた平地になっており、何十人もの作業着を着た人達が動く拳大の石を追いかけている。
その作業着の人達の中にマルさんもおり、彼も動く石を追いかけては手に持った棍棒を振り落とし、動く石を砕く。
「そっち行ったぞ!」
「殺せぇっ⁉︎」
「死ねっ!」
「うりゃあああああああああああッッッ⁉︎」
ど、どういう状況? 一体、何が起きているんだ?
状況が飲み込めない僕とエナは目を点にして、棒立ちになる。
突っ立っている僕達に周りの人が気付く様子はなく、皆んな必死に石を追いかけて、手に持ったツルハシやハンマーで石を砕いた。
マジで何をしてるの?
「っ⁉︎ ソラ! 足元っ!」
「——えっ⁉︎」
驚愕した声音でエナは僕の足元を指差す。僕はすぐさま足元を確認した。
僕の足元には、ガタガタと揺れ動く石が。まさか……!
僕はその石を掴み上げ、裏側を確認する——
「うわっ」
「ひっ」
石の裏——いや、石の殻から八本の細い足が出てきており、逃げようとしているのか足がカサカサと動く。チクチクしそうな短い体毛も生えていて、顔の方には小さい八つの球体——目が付いている。これは蜘蛛、だよな……。
僕に持ち上げられて身動きが取れなくなった蜘蛛は、諦めたのか足を殻に収納して微動だにしなくった。石の殻に閉じこもる蜘蛛なんて初めて見たぞ。
「ソ、ソラっ!」
「っ⁉︎ えっ?」
「気持ち悪いからっ! それ捨ててぇっ⁉︎」
「あ、ああ、はいっ!」
僕は手に持っていた蜘蛛を落とす。地に着いた蜘蛛は逃げられると思ったのか、さささーと動き出した。それを見たエナは肌を泡立たせ、僕に背中に飛びついた。
視界で動いている無数の石、これ全部あの蜘蛛なのか?
ぱっと見で千はいるぞ……。
「キョエエエエエエッッッ⁉︎」
「あっ! マルさァァァァんっ‼︎」
すごい形相で蜘蛛を鏖殺をしているマルさんを見つけ、大声で呼び掛ける。
「キョエエエエエエッッッ⁉︎」
「ちょっ、マルさあああああああんっっ‼︎」
「キエエエエエエエッッッ‼︎」
「マルさあああああああああああああああんっっっ‼︎」
「キョ——」
「マ——」
「ソラっ‼︎ マル聞こえてないよっ⁉︎」
エナの言葉に、はっとして呼び掛けを中断する。
ど、どうすれば良いんだよ! 僕も砕いて回るかっ⁉︎ いや、でも、エナが……!
逡巡して固まる僕に、聞き覚えのある声が掛けられた。
「おーいっ! ソラぁっ!」
「——あっ‼︎」
遠くにある洞窟のような穴の前に居たのは、一人の鬼人。
白い髪に、額に生えた二本の角。灰色の和服を着て、腰には刀を差している。
もう一人の仲間のトウキ君が、僕に手を振って、こっちに来いと叫んでいる。
僕は彼に手を振りかえし、蜘蛛と人の戦場を突っ切った。
急いで彼の元へ向かうと、彼の背後には——見知らぬ、妙齢の金髪の女性が立っていた。彼女はこっちを見るなり、不快そうな顔で目を細める。
「よっ! 無事だったみたいだな」
「うん。そっちこそ」
「マイはいるみたいだが、ドッカリはいないのか?」
「どど、ど…………ドッカリは置いてきた」
僕とエナは後ろめたい感情で目を泳がせた。
「……? そうか。あ、この人な——」
「私から挨拶しますわ。どうも初めまして、クレジーナ・ゴルゴンと申します」
柔らかな金の髪に、オレンジ色の瞳。
装飾品は最低限で、何というか自身に絶大な自信を持っているような雰囲気。
自信に満ち溢れているというか、自分が上だと疑っていない目をしている。
彼女は布面積の少ないドレスを着ていて、豊満な胸の谷間や、くびれのある臍を堂々と晒している。こんな格好で寒くないのだろうか?
「あ、僕、ソラって言います。ソラ・ヒュウルです」
僕は差し出された彼女の手を握り、握手を交わす。
この人が、あの夫を寝取られたクレジーナさんか——わっ、睨まれた!
顔に出てたか? ……いや違う、僕を睨んでるんじゃない。
この人は僕の背中に掴まってる、エナを睨んでいるんだ。
もしかして、エナがエマさんの娘って気付いてるのか……?
「ふぅ。丁度いいです、依頼を受けてもらえるかしら?」
「依頼……?」
「えぇ。見てもらったら分かると思いますが、我が金山に魔蟲が大量発生していますの。それの討伐依頼ですわ」
魔蟲——ってことは魔族、だよな? 蟲型のやつもいるのか。
「で、その依頼を受ける代わりに、マルを釈放してもらったって訳だ。とりあえず、ソラも依頼を受けて手伝ってくれ」
「あ、うん。それはいいんだけど——」
トウキ君の提案を了承するものの、一つ気掛かりな事がある。
それはクレジーナさんの、今の気持ちだ。
マックスさんを暗殺し、エマさんを殺した可能性があるこの人とエナを一緒にさせて良いとは思えない。ドッカリを使って、最近まで嫌がらせを繰り返していた訳だし。僕としては、この人——というかゴルゴン家にあまり近づきたくない。
僕一人ならまだしも、今はエナがいる。彼女に危害が加わる様な状況は極力避けたい。この人、エナとエマさんの関係に気付いている感じだし、どうするべきだ……?
僕は警戒した目でクレジーナさんを見定める。
その探るような視線に気付いた彼女は、不愉快そうな目で僕と視線を合わせた。
一触即発の雰囲気に、彼女の横に立っている護衛の青年が腰に差した剣の柄を握った。空気がひりつく。誰一人として言葉を発さず、周りの騒音が遠い。
僕とクレジーナさんはお互いに目を離さず固まっている。
痺れを切らした彼女は目を細め、口を開こうとした——その時。
スッと、僕が背負っていた重みが無くなった。
背中に掴まっていたエナは僕の前に移動し、クリジーナさんと相対する。
それに、クリジーナさんは不快感を隠さない。
彼女は顔を歪めながら、エナをギロッと睨んだ。
「その黒と赤の混じった汚い髪……不快だわ」
子供相手に、初手から罵倒……。どうする、エナ——!
「……初めまして」
エナはそう言って、深々と腰を折った。それを見たクレジーナさん他は、目を見開いた。こ、ここで挨拶か。肝が座りすぎてないか……?
「エナと申します。よろしくお願いします」
エナは右手を出し、握手を求める。その手を見て、クレジーナさんは顔をひくつかせた。 右頬がピクピクと動き、困惑している様子だ。
護衛の錆色の髪をした青年は、先程までの凛とした格好を崩し、そそくさと慌てだす。姉弟のように青年と似ている、もう一人の護衛の女性は、エナとクレジーナさんを交互に見て、視線を右往左往させた。
僕達はどうすればいいか分からず、周りをキョロキョロし、どうする? と視線を送り合う。
(((どうすればいいんだ・・・・・・⁉︎)))
今、渦中の二人とトウキ君を除いた全員が、心の声を一つにしている——気がする! 何だか、この二人とは仲良くできそうだなと思った。
固まる女性二人を腕を組みながら見守るトウキ君が、一番冷静なんだろうな。
クレジーナさん、さっきまで汗をかいてなかったのに、額から一粒の汗が流れている。相当焦っているようだ。エナも、さっきから足が震えているし。
止まる全員の時間。 この時間は何なんだ……? ——はっ!
そうか、そういうことか! これは戦いなんだ!
この勝負、先に根を上げた方の負け……!
僕の考えに気付いたのか、護衛二人もその勝負を固唾を飲みながら見守る。
僕も喉をゴクっと鳴らし、行く末を見守った。クレジーナさんはしばらく逡巡し、目を瞑った。
そして——
「……よろしく、エナさん」
「……はい」
ふぅー。周りの緊張が解け、ドッと汗をかく。
額に溜まった汗を拭い、僕は護衛二人に会釈した。彼等もそれに軽く会釈を返す。
トウキ君はやっと終わったか、と軽く肩を竦めた。
「あ! で依頼って、あの蜘蛛を倒せばいいの?」
僕は話を戻し、そう質問をする。
それに答えたのは、疲れを見せているクレジーナさんだ。
「あの子蜘蛛は作業員に任せて無視してください。本命はあの子蜘蛛を産んだ親蜘蛛です。親を倒さなければ、いくら子蜘蛛を殺しても無駄ですもの」
親蜘蛛か。子蜘蛛が拳大の大きさだし、親はもっと大きいのかな?
石蜘蛛……いや、岩蜘蛛かな?
「その親蜘蛛って、どこにいるんです?」
「それを探せ。というのが第一の目的ですわ。恐らくですが、その親蜘蛛にうちの作業員が四人殺されているんですの」
こ、殺されてる……?
「ど、どういうこと?」
「最近、うちの作業員が行方不明になることがありましてね。ここから脱走したからだと思っていたのですが、作業場で千切れた右耳が見つかりまして。それでこのトウキという御仁に調査を依頼しましたの。そしたらあの蜘蛛がわらわらと……ということですわ」
作業員の人ってもしかして、た、食べられたってこと?親蜘蛛に……?
僕は恐怖で唾を飲み込む。ゴクリ、という音が鳴り、トウキ君が続きを話す。
「それでだ。子蜘蛛が見つかったのはいいけど、親が見つからないんだよ。そいつを倒さないと、マルがまた捕まるってんで俺ら帰れないんだ」
「な、なるほど」
依頼を受けざるおえないやつ、なのか。これは受けるしかないけど、エナが……。
彼女を危険な目に合わせたくないんだが、どうするべきだ?
クレジーナさんに預ける? いや、それは危険だ。まだクレジーナさんを、僕は信用できていない。彼女に預けて、万が一の可能性だってあるんだ。どうする……。
僕の悩める顔を見て、護衛の青年が僕に言った。
「私がお守りします。私は彼女に危害を加えない。聖神に誓います」
僕は彼と目を合わせ、その真意を読み取る。
視線を逸らさない彼の真っ直ぐな目を見て、僕は彼の言っていることが嘘ではないと確信した。
「……エナをお願いします」
「はい。命に変えてもお守りします」
僕は彼に柔和な笑みを送り、彼も僕に微笑み返す。
簿記が差し出した右手に彼も答え、握手を交わす。
トウキ君はそれに微笑し、護衛の女性は仕方ないなという顔をする。
彼等の雇い主のクレジーナさんは何故か顔を赤くし、口に手を当てていた。
どうした? と全員が顔を向けると、彼女は焦ったように赤い顔を手で仰いだ。
「男の子の絡みは素晴らしいですわね……」
どういうこと?
僕達は気を取り直し、親蜘蛛を討伐するための臨時パティーを組む。
クレジーナさんとエナを守るのは護衛のブラッシュ君。
彼とは僕達と歳が近いようで、僕とトウキ君に気さくに話しかけてくれた。
討伐隊は僕とトウキ君。あともう一人の護衛の女性、ブラッシュ君のお姉さんのフランシャさんの三人パーティーだ。
「気を付けてね、ソラ」
「うん。すぐに帰ってくるね」
僕達は金山に残り、クレジーナさんとエナは町に戻る。
町に戻る……町に……町? あっ!
「あのっ! クレジーナさん!」
「何でしょう?」
「ドッカリって奴が、勘違いで捕まったちゃったんですけど、どうにかお願いできませんか?」
「よく分かりませんが、善処しましょう。貴方はしっかりと問題を解決してください」
「はい。それはもちろんです。力になれるかは分かりませんけど……」
「それでは。気を付けなさいね、フランシャ」
「はっ!」
クレジーナさん達は、そのまま蜘蛛と人の戦いの間を通り抜け、町に帰っていった。 彼女等を見送っていると、ポン、と僕の肩に手が乗る。振り返ると、怪訝な顔をしたトウキ君が僕を見ていた。「何?」と問いかけると、彼はゆっくりと口を開いた。
「ドッカリ捕まったのか?」
「あ……あぁ、う、うーん」
言いづらいそうな僕な顔を見て、彼は肩を竦めた。
「ま、アイツならやりかねないな。それじゃあ行こうぜ」
「う、うん」
ゴメンなドッカリ……。
少しの謝罪を思いつつ、僕達は蜘蛛のいる可能性のある金採掘の本拠、
ゴルゴン金山の地下へと向かった——
「キエエエエエエッッッ⁉︎」
「おい! そっち行ったぞ!」
「砕け砕け!」
「一匹も生かすなっ!」
全速力で向かった先に、マルさんはいた。
金採掘所だろうそこは開けた平地になっており、何十人もの作業着を着た人達が動く拳大の石を追いかけている。
その作業着の人達の中にマルさんもおり、彼も動く石を追いかけては手に持った棍棒を振り落とし、動く石を砕く。
「そっち行ったぞ!」
「殺せぇっ⁉︎」
「死ねっ!」
「うりゃあああああああああああッッッ⁉︎」
ど、どういう状況? 一体、何が起きているんだ?
状況が飲み込めない僕とエナは目を点にして、棒立ちになる。
突っ立っている僕達に周りの人が気付く様子はなく、皆んな必死に石を追いかけて、手に持ったツルハシやハンマーで石を砕いた。
マジで何をしてるの?
「っ⁉︎ ソラ! 足元っ!」
「——えっ⁉︎」
驚愕した声音でエナは僕の足元を指差す。僕はすぐさま足元を確認した。
僕の足元には、ガタガタと揺れ動く石が。まさか……!
僕はその石を掴み上げ、裏側を確認する——
「うわっ」
「ひっ」
石の裏——いや、石の殻から八本の細い足が出てきており、逃げようとしているのか足がカサカサと動く。チクチクしそうな短い体毛も生えていて、顔の方には小さい八つの球体——目が付いている。これは蜘蛛、だよな……。
僕に持ち上げられて身動きが取れなくなった蜘蛛は、諦めたのか足を殻に収納して微動だにしなくった。石の殻に閉じこもる蜘蛛なんて初めて見たぞ。
「ソ、ソラっ!」
「っ⁉︎ えっ?」
「気持ち悪いからっ! それ捨ててぇっ⁉︎」
「あ、ああ、はいっ!」
僕は手に持っていた蜘蛛を落とす。地に着いた蜘蛛は逃げられると思ったのか、さささーと動き出した。それを見たエナは肌を泡立たせ、僕に背中に飛びついた。
視界で動いている無数の石、これ全部あの蜘蛛なのか?
ぱっと見で千はいるぞ……。
「キョエエエエエエッッッ⁉︎」
「あっ! マルさァァァァんっ‼︎」
すごい形相で蜘蛛を鏖殺をしているマルさんを見つけ、大声で呼び掛ける。
「キョエエエエエエッッッ⁉︎」
「ちょっ、マルさあああああああんっっ‼︎」
「キエエエエエエエッッッ‼︎」
「マルさあああああああああああああああんっっっ‼︎」
「キョ——」
「マ——」
「ソラっ‼︎ マル聞こえてないよっ⁉︎」
エナの言葉に、はっとして呼び掛けを中断する。
ど、どうすれば良いんだよ! 僕も砕いて回るかっ⁉︎ いや、でも、エナが……!
逡巡して固まる僕に、聞き覚えのある声が掛けられた。
「おーいっ! ソラぁっ!」
「——あっ‼︎」
遠くにある洞窟のような穴の前に居たのは、一人の鬼人。
白い髪に、額に生えた二本の角。灰色の和服を着て、腰には刀を差している。
もう一人の仲間のトウキ君が、僕に手を振って、こっちに来いと叫んでいる。
僕は彼に手を振りかえし、蜘蛛と人の戦場を突っ切った。
急いで彼の元へ向かうと、彼の背後には——見知らぬ、妙齢の金髪の女性が立っていた。彼女はこっちを見るなり、不快そうな顔で目を細める。
「よっ! 無事だったみたいだな」
「うん。そっちこそ」
「マイはいるみたいだが、ドッカリはいないのか?」
「どど、ど…………ドッカリは置いてきた」
僕とエナは後ろめたい感情で目を泳がせた。
「……? そうか。あ、この人な——」
「私から挨拶しますわ。どうも初めまして、クレジーナ・ゴルゴンと申します」
柔らかな金の髪に、オレンジ色の瞳。
装飾品は最低限で、何というか自身に絶大な自信を持っているような雰囲気。
自信に満ち溢れているというか、自分が上だと疑っていない目をしている。
彼女は布面積の少ないドレスを着ていて、豊満な胸の谷間や、くびれのある臍を堂々と晒している。こんな格好で寒くないのだろうか?
「あ、僕、ソラって言います。ソラ・ヒュウルです」
僕は差し出された彼女の手を握り、握手を交わす。
この人が、あの夫を寝取られたクレジーナさんか——わっ、睨まれた!
顔に出てたか? ……いや違う、僕を睨んでるんじゃない。
この人は僕の背中に掴まってる、エナを睨んでいるんだ。
もしかして、エナがエマさんの娘って気付いてるのか……?
「ふぅ。丁度いいです、依頼を受けてもらえるかしら?」
「依頼……?」
「えぇ。見てもらったら分かると思いますが、我が金山に魔蟲が大量発生していますの。それの討伐依頼ですわ」
魔蟲——ってことは魔族、だよな? 蟲型のやつもいるのか。
「で、その依頼を受ける代わりに、マルを釈放してもらったって訳だ。とりあえず、ソラも依頼を受けて手伝ってくれ」
「あ、うん。それはいいんだけど——」
トウキ君の提案を了承するものの、一つ気掛かりな事がある。
それはクレジーナさんの、今の気持ちだ。
マックスさんを暗殺し、エマさんを殺した可能性があるこの人とエナを一緒にさせて良いとは思えない。ドッカリを使って、最近まで嫌がらせを繰り返していた訳だし。僕としては、この人——というかゴルゴン家にあまり近づきたくない。
僕一人ならまだしも、今はエナがいる。彼女に危害が加わる様な状況は極力避けたい。この人、エナとエマさんの関係に気付いている感じだし、どうするべきだ……?
僕は警戒した目でクレジーナさんを見定める。
その探るような視線に気付いた彼女は、不愉快そうな目で僕と視線を合わせた。
一触即発の雰囲気に、彼女の横に立っている護衛の青年が腰に差した剣の柄を握った。空気がひりつく。誰一人として言葉を発さず、周りの騒音が遠い。
僕とクレジーナさんはお互いに目を離さず固まっている。
痺れを切らした彼女は目を細め、口を開こうとした——その時。
スッと、僕が背負っていた重みが無くなった。
背中に掴まっていたエナは僕の前に移動し、クリジーナさんと相対する。
それに、クリジーナさんは不快感を隠さない。
彼女は顔を歪めながら、エナをギロッと睨んだ。
「その黒と赤の混じった汚い髪……不快だわ」
子供相手に、初手から罵倒……。どうする、エナ——!
「……初めまして」
エナはそう言って、深々と腰を折った。それを見たクレジーナさん他は、目を見開いた。こ、ここで挨拶か。肝が座りすぎてないか……?
「エナと申します。よろしくお願いします」
エナは右手を出し、握手を求める。その手を見て、クレジーナさんは顔をひくつかせた。 右頬がピクピクと動き、困惑している様子だ。
護衛の錆色の髪をした青年は、先程までの凛とした格好を崩し、そそくさと慌てだす。姉弟のように青年と似ている、もう一人の護衛の女性は、エナとクレジーナさんを交互に見て、視線を右往左往させた。
僕達はどうすればいいか分からず、周りをキョロキョロし、どうする? と視線を送り合う。
(((どうすればいいんだ・・・・・・⁉︎)))
今、渦中の二人とトウキ君を除いた全員が、心の声を一つにしている——気がする! 何だか、この二人とは仲良くできそうだなと思った。
固まる女性二人を腕を組みながら見守るトウキ君が、一番冷静なんだろうな。
クレジーナさん、さっきまで汗をかいてなかったのに、額から一粒の汗が流れている。相当焦っているようだ。エナも、さっきから足が震えているし。
止まる全員の時間。 この時間は何なんだ……? ——はっ!
そうか、そういうことか! これは戦いなんだ!
この勝負、先に根を上げた方の負け……!
僕の考えに気付いたのか、護衛二人もその勝負を固唾を飲みながら見守る。
僕も喉をゴクっと鳴らし、行く末を見守った。クレジーナさんはしばらく逡巡し、目を瞑った。
そして——
「……よろしく、エナさん」
「……はい」
ふぅー。周りの緊張が解け、ドッと汗をかく。
額に溜まった汗を拭い、僕は護衛二人に会釈した。彼等もそれに軽く会釈を返す。
トウキ君はやっと終わったか、と軽く肩を竦めた。
「あ! で依頼って、あの蜘蛛を倒せばいいの?」
僕は話を戻し、そう質問をする。
それに答えたのは、疲れを見せているクレジーナさんだ。
「あの子蜘蛛は作業員に任せて無視してください。本命はあの子蜘蛛を産んだ親蜘蛛です。親を倒さなければ、いくら子蜘蛛を殺しても無駄ですもの」
親蜘蛛か。子蜘蛛が拳大の大きさだし、親はもっと大きいのかな?
石蜘蛛……いや、岩蜘蛛かな?
「その親蜘蛛って、どこにいるんです?」
「それを探せ。というのが第一の目的ですわ。恐らくですが、その親蜘蛛にうちの作業員が四人殺されているんですの」
こ、殺されてる……?
「ど、どういうこと?」
「最近、うちの作業員が行方不明になることがありましてね。ここから脱走したからだと思っていたのですが、作業場で千切れた右耳が見つかりまして。それでこのトウキという御仁に調査を依頼しましたの。そしたらあの蜘蛛がわらわらと……ということですわ」
作業員の人ってもしかして、た、食べられたってこと?親蜘蛛に……?
僕は恐怖で唾を飲み込む。ゴクリ、という音が鳴り、トウキ君が続きを話す。
「それでだ。子蜘蛛が見つかったのはいいけど、親が見つからないんだよ。そいつを倒さないと、マルがまた捕まるってんで俺ら帰れないんだ」
「な、なるほど」
依頼を受けざるおえないやつ、なのか。これは受けるしかないけど、エナが……。
彼女を危険な目に合わせたくないんだが、どうするべきだ?
クレジーナさんに預ける? いや、それは危険だ。まだクレジーナさんを、僕は信用できていない。彼女に預けて、万が一の可能性だってあるんだ。どうする……。
僕の悩める顔を見て、護衛の青年が僕に言った。
「私がお守りします。私は彼女に危害を加えない。聖神に誓います」
僕は彼と目を合わせ、その真意を読み取る。
視線を逸らさない彼の真っ直ぐな目を見て、僕は彼の言っていることが嘘ではないと確信した。
「……エナをお願いします」
「はい。命に変えてもお守りします」
僕は彼に柔和な笑みを送り、彼も僕に微笑み返す。
簿記が差し出した右手に彼も答え、握手を交わす。
トウキ君はそれに微笑し、護衛の女性は仕方ないなという顔をする。
彼等の雇い主のクレジーナさんは何故か顔を赤くし、口に手を当てていた。
どうした? と全員が顔を向けると、彼女は焦ったように赤い顔を手で仰いだ。
「男の子の絡みは素晴らしいですわね……」
どういうこと?
僕達は気を取り直し、親蜘蛛を討伐するための臨時パティーを組む。
クレジーナさんとエナを守るのは護衛のブラッシュ君。
彼とは僕達と歳が近いようで、僕とトウキ君に気さくに話しかけてくれた。
討伐隊は僕とトウキ君。あともう一人の護衛の女性、ブラッシュ君のお姉さんのフランシャさんの三人パーティーだ。
「気を付けてね、ソラ」
「うん。すぐに帰ってくるね」
僕達は金山に残り、クレジーナさんとエナは町に戻る。
町に戻る……町に……町? あっ!
「あのっ! クレジーナさん!」
「何でしょう?」
「ドッカリって奴が、勘違いで捕まったちゃったんですけど、どうにかお願いできませんか?」
「よく分かりませんが、善処しましょう。貴方はしっかりと問題を解決してください」
「はい。それはもちろんです。力になれるかは分かりませんけど……」
「それでは。気を付けなさいね、フランシャ」
「はっ!」
クレジーナさん達は、そのまま蜘蛛と人の戦いの間を通り抜け、町に帰っていった。 彼女等を見送っていると、ポン、と僕の肩に手が乗る。振り返ると、怪訝な顔をしたトウキ君が僕を見ていた。「何?」と問いかけると、彼はゆっくりと口を開いた。
「ドッカリ捕まったのか?」
「あ……あぁ、う、うーん」
言いづらいそうな僕な顔を見て、彼は肩を竦めた。
「ま、アイツならやりかねないな。それじゃあ行こうぜ」
「う、うん」
ゴメンなドッカリ……。
少しの謝罪を思いつつ、僕達は蜘蛛のいる可能性のある金採掘の本拠、
ゴルゴン金山の地下へと向かった——
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古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。
一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。
一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。
どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。
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