風ノ旅人

東 村長

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ハザマの国・編

ヤッホー『ハザマの国』

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 風の国とハザマの国の国境を仕切っている関所を越えた僕の視界に広がったのは、どこまでも続く、緑のカーペットが敷き詰められた、緑地の山々であった。
 そう、僕の視界いっぱいに広がっているのは『山』だ。
 前を見ても山。右を向いても山。左を向いても変わらず山。後ろは関所だが、戻ってしまえば山道を下る……。
 威圧感を感じるほどに、辺りを完全に山に囲まれてしまっているわけなのだが、直立して固まっている僕は、そんな粗末なことなんて考えられないほどに、隆起した濃緑が全面に敷き詰められた『大自然』としか言いようのない圧巻の光景に見入ってしまっていた。
 もちろん僕が住んでいた、先程まで土を踏んでいた『ソルフーレン』にも山々に囲まれている場所はあった。だけど、ここまで『平坦』がなくて『山』しかないと言えるレベルではなかったと思う。
 平坦の場所が全く見えないってことは、僕の視界に収まる範囲には『平坦の道』が存在しないということで……。
 一体全体、ハザマの国の交通の便はどうなっているのだろうか? 
 見た目通りと考えると、山肌を削って、そこに道を敷いていると思うんだけど、そんな『うねりにうねった』道を走るって、凄まじい時間が掛かってしまうのではないだろうか。
 まさかとは思うけど、ハザマの国は『空を飛んで』移動している——なんて夢の中みたいなことないよな? 
 というか、どこまでこの山景色は続いているのだろうか。 圧巻の光景を見入ってしまっていた僕は口を呆けさせたまま目を細め、手を日傘にして遠くの山々を凝視する。 
 濃緑が敷き詰められている春の山々には、言葉はアレだが『シミ』のようにチラホラと桃色に染まっている箇所が存在しており、僕の記憶が正しければ、あれが爺ちゃんの言っていた『山桜』と言うやつなのだろう。

「——ん?」

 よーく山を観察していると。
 山の中腹辺りが線を引くように禿げており、その線上には地を這う蟻のように小さな黒点がジワジワと動いていた。
 多分だけど、あれがハザマの国の『道』なのだろう。
 隆起する山々の側面を平行に削って、馬車などが走れるように道を敷いているに違いない。
 これは、さっきの僕の考えが当たっていたということだな。
 とどのつまり、ハザマの国は『短距離移動』だけでも凄まじく時間が掛かってしまうということになる。
 あの線上を動いているのは黒点は馬車ってわけだ。
 どこまでもどこまでも『山』だけが視界に広がっているとなると、この国を『徒歩』で移動するのは困難を極めるだろうな。
 全力を尽くせば、ここから人里まで歩いていけなくはないだろうけど、絶対に歩いて行きたくはない。
 こんな目に見えないくらいの超距離を歩くなんて、僕の体力が持たないだろうし、遭難なんかしちゃったら間違いなく死ぬだろうな。
 ってか、そもそも人里はどこにあるんだよ。
 山と山と山しか見えないんだが……。
 とりあえず、僕を乗せて『人里』まで連れて行ってくれる馬車を探さないと、先に進めなさそうだな。
 ハザマの国に入国してきたばかりの、風の国の商車に乗せてもらおう。
 商品を乗せるに馬車は大きいし、人ひとりが乗るくらいの隙間は空いているはずだから、比較的、荷物の少ない馬車を重点的に声を掛けていかないとな。 
 思考を纏めた僕は「よしっ!」とバックを背負い直して、関所の車両専用門前で、馬車が通ってくるのを待った。
 馬車に乗せている荷物の検査に時間が掛かっているのか、関所の門が車両門が開いたのは、僕が足元に転がっていた小石を蹴りながら門前で待ち続けて十五分後のことだった。
 門が開き、そこから出てきた馬車を見て「来た!」と声を出した僕は再びバックを背負い直し、門を通ってきた商人が駆る馬車に向かって声を掛ける。

「あの!」
「……」
「え?」
 
 僕は予想だにしていなかった『ガン無視』に面を食らってしまい、声を出せずに固まってしまった。
 まるで僕の声なんか『存在していない』かのように、道の端で空気になっている僕を御者は見向きもせず、僕の目の前を馬車は通り過ぎて行ってしまう。 
 それから『ハッ』と何とか気を取り直すことができた僕は、マジか……と内心で汗を掻きつつも、まあこんなこともあるよなと即座に意識を切り替えた。
 そして次に通ってくる馬車に賭けようと、再び足元に転がっている小石を蹴りながら時間を潰す。
 そして、それから数分が経った頃、やっと『ゴゴゴ』と門が開き、二台目の馬車が門を通って走ってきた。

「あのっ!」
「……」
 
 再び『完全無視』をれてしまった僕は、ツゥーっと頬に一滴の汗を伝わせた後、ガクッと勢いよく首を折り、頬を伝っていた汗を地面に飛ばした。 
 また御者に空気のように扱われてしまったわけだが、世の中には『三度目の正直』と言う言葉が存在している。
 一回目と二回目は駄目だったが、言葉通り、三度目があるじゃないか。だから、大丈夫——のはず。
 三台目の馬車の御者は、僕に気前よく、こう言うはずだ。
「いいぜっ! 乗ってきなぁ、乗ってきなああ!」ってね。
 蹴っていた小石は何処かへと転がっていってしまったのだが、特に何することもなく時間だけを潰すこと、数十分。

「あのっあのっあのぉっ!」
「………………」

 おいおい、マジかよ! 
 何てこった「三度目の正直」なんて「嘘八百」じゃないか。
 三度目なのに『八百』って頭がこんがらがりそうになるけど、僕は『今の状況』の方が訳が分かんないんだが。
 何の理由があって、僕をこんなに無視するのさ……。
 もしかして、僕は知らない間に何かしらの『タブー』を行ってしまっているのだろうか?
 そうじゃなきゃ、人ひとり余裕で乗れるじゃん——っていうくらい隙間の空いている馬車を操る御者達が、『意図的』に僕を無視する理由が分からないんだが。
 くっ、今そんな分かんないことを考えている暇はないな。
 今日中に馬車に乗せてもらって、ここから移動しないと、あっという間に日が暮れて、こんな何も無い所で野宿することになってしまう。それだけは超が付くほど嫌なんだが。
 まだだ! こんな早くに諦めてんじゃねえ! 
 まだ始まったばかりじゃないか——!!
 僕は気合いを入れるように、両頬をパンっと叩き、自分の心を支配していた『弱音と諦念』を心の外に追い出した。 それから、さらにさらに数十分が経った。

「おーーーーいっ!」
「……………………」

 何なんだよ! そ、そんなに僕を無視しなくてもよくないか!?
 僕を乗せられないならさ、素直に「無理」と言って、僕を夜の闇——野宿の方に突っ撥ねてほしいんだけど……。
 もしかして御者達は、僕を『過酷な現実』に突き落とすような、酷なことをしたくないという本心があるのか? 
 だから何も言わないのか? だから僕を無視するのか?
 どうすれば良いんだ? 歩いて行けって——こと!?
 せめて『人里までの道順』くらいは教えてほし——はっ!
 あることに気が付いた僕は、駆け足で『関所勤の人』がいる方へと走って向かう。

「あの、関所の人!」
「——? どうなさいましたか?」

 こ、声が帰ってきた——!!
 何故か乾いていた心が潤されるような感覚に、僕は落ち込んでいた気分を上昇させる。
 無視されないって、すごく嬉しいことなんだな……。
 
「ここから一番近い村って、徒歩でどれくらい時間が掛かりますか? できるなら方角も教えて欲しいです!」
 
 僕の問い掛けに対し、関所勤の男性は答えを言いづらそうな、苦い表情を浮かべた。

「あぁ、えっと。ここから一番近い町は歩いて『一日以上掛かります』ので、徒歩はやめた方が良いかと……」
「あっ、そうですか。い、忙しいのにすいません。ありがとうございました……」
「お、お気を付けて……」
 
 風の国に比べて『魔獣が多い』って、ルナさんが言っていたと思うし、そんな危険極まれりな山中を僕一人で一日以上歩くって、超危険でとんでもないことなのでは……?

 くあああああああああああああああああああああああああああ!?
 
 たまらず叫び声を上げそうになってしまった僕は、何とか気持ちを落ち着かせるために、できる限りの自己暗示をかける。諦めちゃダメだ、諦めちゃダメだ、諦めちゃダメだ——と。まだ、まだまだ僕の旅は終わらねえ!!
 それから数時間後。

「あのぉっっっっ!」
「「「…………………………」」」

 朝から夕まで馬車に必死に声を掛け続けた僕の目は、まるで死んだ魚のようであった。 
 ソラの虚な目を向けられた御者は『絶対に目を合わせない』ように細心の注意を払いつつ、危険な山道を走る商人達が持つ、長年で培われた『危機回避』能力の賜物のせいか、正真正銘『お荷物』になってしまうソラが、今日中に馬車に乗れる確率はゼロに近かったと言えてしまうだろう。
 そんな他人の思惑なんて知る由もないソラは、首を折って動く死体のようにフラフラ動きつつも、最後の力を振り絞り、グッと眉間に皺を寄せ、目力を復活させた。

 馬車の数がめっきり減ってきたから、この次に来る馬車が、僕の『最後のチャンス』なのは確かだろう。
 大丈夫さ、最後の最後で『逆転』起こる——!! 
 
 くらーいくらーい夜の帷が、目に見える山々に落ちてきた時間帯に、僕は一人で大声を『山に向かって』放った。

「ヤッホー」 
『ヤッホーヤッホーヤッホー——……』
 
 山彦だけが、僕の声に返事をくれる。
 必ず、僕が呼びかけたら返ってきてくれるのだ。
 とても良いものだ……。

 あれだけ煌々と山全体を照らしていた太陽は空の彼方で明日に備えて眠りにつき、そのせいか関所を馬車が通ってくる気配がなくなってしまっていた。関所の門はうんともすんともで何も言わず、門が開く気配は微塵もない。 

「あのっ! 夜は危ないので、宿舎の中へどうぞ!」

 夜よりも暗い影を纏っていた僕は、突然背後から声を掛けられて振り向く。
 僕の背後から声を掛けてきたのは、僕が関所を通ってきた時から働いていた『国境警備』の人だった。
 彼は無力に日を終えた僕を心配してくれているようで、僕は若干涙目になりながら「…………ありがとうございます」と感謝の言葉を口にした。

「いえいえ! お気になさらず。ささ、どうぞ」 

 僕は鼻を啜りながら彼の後をついて行き、国境警備隊の人の宿舎の中に入れてもらった。
 コタツ——と呼ばれる暖房机の中に足を入れた僕は、警備隊の人達からミカンや茶をもらい、それらで冷え切ってしまっていた心を温めた。
 
「この辺りは風の国と比べて魔獣が多いです。だから気を付けているというか、神経質になっているんでしょう。だから皆さん無視なさるのかもしれません。商人の方々は荷物を優先しなければいけないし、人を乗せた馬車は、ほぼ満員ですからね。まあ、いつかは乗せてくれる馬車が現れます! 大丈夫!」
「……うぅ」
「明日は空きのある馬車に私達も声掛けをしますので、見つかるはずですよ!」
  
 優しい。暖かい。嬉しい。あっという間に乾き切っていた——極寒の吹雪を吹かせていた僕の心が、春の日差しに当てられていくように、ぽかぽかと温かくなっていく。
 感極まってしまった僕は、いつの間にか涙を流していた。
 美味しい食事を摂らせてくれた。屋根のある暖かい部屋を貸してくれた。優しい警備の人達は泣き崩れる僕を慰めてくれた。僕は、優しい人間になりたい……。

 国境警備隊の人達は『三時間交代』で関所の警備に当たるらしく、僕は困り顔をする彼等彼女等に熱心に頼み込み、警備に参加させてもらった。
 武器は持ってないから、もしもの時は体当たりだ!

 ガンバルゾ!

 僕が警備の仕事を始めてから——二日後の昼。
 連日、朝早くから心優しい人達の助けをもとに、ハザマの国に入国してくる馬車に声を掛け続けた結果、とうとう『その時』がやってきた。

「ソラさぁあああああん! いましたぁっ!」  
「ええええええええええええええええええええええええええ‼︎」

 口を大きく開けて固まっていた僕の前に止まってくれたのは、沢山の花を荷台に乗せた、商人の馬車だった。
 とてもカラフルで、謎の肖像画が描かれている荷台からは、凄まじく強烈な、花の良い匂いが漂ってきている。
 花々しい荷車を引いている二頭の白馬も、気品のある仕草をしている気がする。
 ほら、今僕にウィンクをしてくれた気がするぞ。
 
「良いですよ! 良いですよ! どうぞどうぞ乗ってくださいな! 一人は寂しいですからねぇ!」
「あ、ありがとうございますっっっ‼︎」
 
 やっと、やっと、僕の旅の再開だぁ——っ!

         * * *
     
 関所を出発して、馬車で北の方へと移動してから二時間ほどが経った。しかし僕達が目指している町は、まだまだ見えてくる気配はない。
 そんな移動の中で生まれる暇な時間を潰すため、お喋り好きなのだろう花商人の『マルムットさん』とかれこれ二時間——移動を始めてからずっと会話を続けていた。
 流石に僕は喋り疲れてきてしまったのだが、マルムットさんは全然バテた様子はなく、ずっと声を出し続けている。

「ソラくんは『風の国』の出身なんですか?」
「そうです。ソルフーレンの山奥の田舎出身です」
「おやぁ、羨ましいですねぇ。私は『バルバトス諸国』の生まれです。ですけど彼の国よりも『花の育ちやすい』風の国が私は好きなんですよねぇ」  

 バルバトス諸国って確か、中央大陸の南にある『バルバトス大砂漠』の上にできている小国の集まりだったよな。

「バルバトス諸国って、どんな所なんですか?」
「バルバトスはですねぇ『酷い所』ですよ。もう何カ国も滅んでいますからねぇ。つい最近——ああ、十年以上前なんですが『光蟲』のせいで、いくつかの国が滅んだんですよ。死者数万人。その頃には私は国を出ていたので、無事だったんですがねぇ」
「し、死者数万人……?」
 
 ひ、光蟲? 一体どういうこと? バルバトス諸国は国土全体が砂漠のはずだ。そんな砂上国の集まりが、何があって死者が数万人もでてしまったんだ?
 
「あの、どういう事なんですか?」
「んん? もしや光蟲を知らない?」
「光蟲……はい、知りません」

 お喋り好きなマルムットさんは口を噤んでしまったかと思えば、子供に物を教える様に、ゆっくりと話し始めた。

「光蟲はですねぇ『生ける最悪』と呼ばれる生物です」

 生ける最悪——すごく仰々しい名前だな。光蟲……光る蟲?
 
「光蟲は、陽の光を喰らって生きると言われています」
「陽の光……」
「はい。その陽の光を蓄えて、外に放出するのですよ。それが光蟲。しかもそいつらは群れで行動します。飛び回る光蟲の群れはまるで球体のように、そこに留まります。すると、まるで太陽が落ちてきたような地上を焼き尽くす光になるのです」

 な、なんだそれ……。
 国が滅んだって、もしかして焼き尽くされたってことなのか……?

「光蟲は普段は『光山』と呼ばれる場所で地を這っているのですが、発情期に交尾をするときには辺りを飛び回るのです。それで運悪く、バルバトス諸国の方に行ってしまった——というのが大災害の要因だと言われています」
「交尾って、しょっちゅうそんなことが起きるかも知れないんですか? それって大丈夫なんですかね……」
「それが光蟲の交尾は年一回も無いらしいんですよぉ。聞いた話だと、交尾は『千年に一度』だとか?」 

 え……?

「千年?」
「ビックリですよねぇ。寿命が千年以上あるってことですもんねぇ」 
「す、すごい生き物なんですね『光蟲』って」 
「そうですねぇ。我々ではどうする事もできない『天災』のようなものなんですよ」 

 関所を出て——六時間が経過した。       

「それで鬼国というのはですねぇ」
 
 六時間も疲れ知らずに話しを続けているマルムットさんに対し、僕は聞き疲れてバテてしまい、瞼を開けたまま、半分眠ってしまっていた。
 マルムットさんは何かを言っているけど、全く 僕の頭の中に内容が入ってこない。
 僕は何も返事をしていないのに、一向に話が終わる気配が無い。
 
「鬼人の王が——……」

 あれ、今僕はどこにいるんだろうか? 寝ているのだろうか? それとも起きているのだろうか? もしかして、これは夢なのか……?  
  
「歌の——・……」

 まだ何か言ってる気がするけど、もう駄目だ、僕は寝る。あああぁぁ——……
 
「ソラくぅん! ソラくんっ! 着きましたよぉ!」
「……あえ? どこに?」
「どこって町にですよぉ! 眠いのなら宿を取って休んでくださいな」
「はぃ」

 僕は、くわ~っと背伸びをして、寝ぼけて重い頭をなんとか覚醒させた。そしてようやく辺りの変化に気づき「うん?」と僕は空を見上げる。
 僕が寝落ちするまでに見ていた青は、黒一色に染まってしまっており、黒に染まった画用紙のような空の上には白く輝く星空がチカチカと光っていた。着いたという町の周りも黒一色だから、今はもう深夜のようだな。
 今まで寝てはいたんだけど、まだ凄まじく眠いな・・・・・・。

「こっちですよぉ!」
「あ、はいっ」

 僕はマルムットさんに後に着いていき、宿を取った。
 そしてベットに突っ伏した瞬間、僕の記憶は途絶えた。
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