王子に恋をした村娘

悠木菓子

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第59話 過保護

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「はぁ・・・」

 レイフォナーは大きなため息をついた。彼を囲んでいる書類は溜まる一方で、ショールとチェザライ、サンラマゼルは元気のない主をかれこれ二週間ほど見続けている。アンジュに振られてからずっとこの調子だ。

「ため息をつくと幸せが逃げちゃうよ」
「・・・私はすでに幸せを手放している」
「こんな優良物件を振るなんて、アンジュちゃんは罪な女だよなぁ」
「ショール、余計なこと言わない」

 仕事に集中しようとしても、アンジュのことばかり考えてしまう。どう行動していたらアンジュは今でも自分の傍にいたのだろうかと、共に過ごした時間を振り返ってばかりだ。彼女の嫌がることをしてしまったのか、そもそも自分にこれっぽっちも恋愛感情がなかったのか。
 だが、思い返すほどそれらは否定される。アンジュは自分の意見をはっきり言う性格ではないが、表情に出やすい。これまでの彼女の表情を思い浮かべると、アンジュは自分を想ってくれているはずだ。やはりクランツに何か言われて離れたのだろうという結論に至るのだが、そう思うのは慢心なのか。

「アンジュさんたち、無事にバッジャキラに入国できたでしょうか」
「わざわざバラック先生を使うなよ」
「過保護だねー」
「私ではキュリバトに追い付けないし、先回りもできないからな」


 数時間前、キュリバトがやって来た。

『これからアンジュさん、イルさんとバッジャキラのロネミーチェという森に行って参ります』
『何をしに?』
『光剣を手に入れるためです。その森に光剣を管理している一族が住んでいるそうです』
『光剣!?それはどこ情報だ?』
『アンジュさんの母親です』
『なぜ母親がそんなことを知っている?それに、母親はアンジュが子供の頃に亡くなっているのだろう?』
『手紙が残されていました。母親は光の魔力をもっており、光魔法について調べていたようです。ラプラナ公爵家のアーメイアという人物で、クランツ殿下と戦って命を落としたと思われます。詳細は帰国してからお伝えします』

 それだけ言うと、二人を待たせているからと部屋を出ていってしまった。


 キュリバトには、アンジュが村に帰ってからも彼女を魔法で見守るよう命じていたし、アンジュたちが問題なくバッジャキラに入国できるよう、バラックに入国申請を国境検問所に届けてもらった。今の自分にできることといえば、それくらいだ。

「アンジュさんの母親について調べなくてよいのですか?」
「キュリバトが戻ってきて、報告を聞いてからだな」
「アンジュちゃんが公爵家の血筋なら、王妃殿下に婚姻を認めてもらえるんじゃないか?」
「こらっ、また余計なこと言う!」
 チェザライは小声でそう言って、ショールの脇腹に拳を叩き込んだ。
「・・・アンジュは私のもとを去り、母上も公務で留守だがな」

 レイフォナーは遠い目をしており、ショールはどんよりしているこの場の雰囲気に耐え切れず、チェザライとサンラマゼルに視線を移して助けを求めた。
 しかし二人が話題を変えようとする前に、レイフォナーが立ち上がった。

「やっぱり私もーーー」
 と最後まで言っていないにもかかわらず、サンラマゼルが遮る。
「駄目です。仕事が溜まっています」

 レイフォナーはキュリバトからの報告を聞いてから、数十分おきに「やっぱり私もバッジャキラに行く」と言っている。その度に三人に止められていた。

 アンジュの身が心配なのだ。離れた場所からこっそり見守るくらいなら許されるのではないか。自分が傍にいない間にまた転移してしまったら、クランツと戦闘にでもなったらと思うと不安で胸が埋め尽くされる。振られはしたが、アンジュを今でも愛しているし諦めたわけではない。

 それに、国王もバラックも知らなかった光剣の在処がわかったのだ。キュリバトが嘘をついているとは思わないが、アンジュの母親の情報が真実とも限らない。本当にバッジャキラにあるのか、無事に入手できるのか、気になって仕方ない。

 さらに、キュリバトが付いているとはいえ別の心配もある。
「この前も食堂で男たちに絡まれていたし・・・」
「レイくん!あのときは許可したけど、もうフリアを巻き込まないでね」
「うっ・・・」
「男たちがヘタレだったからよかったものの、争い事になって怪我をしてたかもしれないんだから」
「す、すまん」
「フリアなら心配いらねえだろ。すげー強いし」
「強いけどダメ」

 数日前、キュリバトからアンジュが王都に来ていると報告を受けた。通りで食事をして、薬草を売りに行って、夕方からは食堂で働くことになったと。王都の治安は良いほうだが、夜は酔っ払いがごろごろと現れる。ただでさえアンジュに初めて会ったとき、日中にもかからわず酔っ払いに絡まれていたのだ。できることなら自分がアンジュの様子を見に行きたかったが、顔を合わせたら気まずい思いをさせてしまうだろう。戦闘能力があって信頼をおける人物を考えたとき、真っ先に思い浮かんだのがチェザライの妻で昔馴染みのフリアだ。たまたま店にいたと装って、アンジュの様子を見てもらったのだ。

「それにイルと旅だなんて・・・あいつが変な気を起こしたらどうするんだ」
「キュリバトはいいわけ?」
 と言ったショールを、三人は白い目で見ている。
「キュリバトは女性ですよ。殿下がアンジュさんの護衛に男を任命するわけないでしょう」
「え、あいつ女なの?まじで!?」
「それにあの子は真面目なの。護衛対象者に手を出そうものなら任務を降ろされちゃうからね。そんなこと絶対にしないよ」

 キュリバトは背が高く、声が低めだ。髪はショートカットでいつも魔法士の白いローブを纏っているため、体型がわかりにくい。いつも無表情だが、美しい顔立ちや立ち居振る舞いは誰が見ても女性だ。ショールの目はかなり節穴かもしれない。

「だからお前はモテないんだよ」
「振られたやつに言われたくないんだけど!」
 傷を抉られたレイフォナーは、机に額をゴンッと打ち付けてうなだれてしまった。

    
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