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第55話 図書館
しおりを挟むアンジュは王都から風魔法を使ってミジュコに到着した。
この街には何度も来たことがある。刺繍に使う布や糸、食品を買いに訪れているのだ。だが図書館の場所を知らないため、町を行き交う人たちに尋ねた。
辿り着いた図書館は、想像以上に立派で真っ白な三階建てだった。中に入ると左側には女性の司書がカウンター内で作業しており、奥では書棚の前で書物を手にしている人、椅子に座って読書している人が数人いた。
建物内の様子を眺めていると、女性司書の視線を感じた。
「こんにちは」
と声をかけられ、カウンターの前まで行ってみた。
「こんにちは。初めて来たのですが・・・地図を見たいのです」
「では、まずはこちらに記入をお願いします」
そう言って女性司書が差し出したのは、名前や住所などを記入する用紙だった。
書き終えると、司書がカードになにやら書き込んで渡してくれた。カードを見ると、自分の名前が書いてあった。これがあると、図書館の書物を家に持ち帰ることができるという。今日は地図を見に来ただけで借りるつもりはないが、一応カードを受け取った。
「地図は二階の一番左の棚ですよ」
階段で二階に上がると、中央には読書スペースであろう椅子やテーブルがいくつか置かれており、それを挟むようにして書棚が並んでいた。言われた通り左に進むと、壁に世界地図が貼ってあった。それを見ると、国名しか書かれていない。
書棚に向かい、背表紙を眺めながらゆっくり進むと、地図という文字が目に入った。足を止めて一冊ずつ見ていくと、地図だけで棚二段を占領しており、その中に『地図 中央大陸・西Ⅰ』という背表紙があった。隣の書物に目をやるとⅡとⅢもあり、まずはⅠを手にとってみた。表紙をめくると、目次にいくつかの国名が書かれていたがバッジャキラはなく、Ⅱの目次に載っていた。
それを持って椅子に座り、目次でバッジャキラのページを確認してパラパラとめくっていく。お目当てのページにはバッジャキラの全体地図で、次のページにはそれを数分割して拡大された地図が描かれており、小さな町や村だと思われる名前も書かれていた。それが数十ページにわたっている。
しかしバッジャキラの全てのページに目を通したが、ロネミーチェの名はどこにも書かれていなかった。念のため、メアソーグと周辺国の地図も確認したが、徒労に終わった。
本当に存在する森なのかすら怪しく思えてくる。光魔法書によると光剣を管理していたのはメアソーグの貴族だが、百五十年ほど前にある日忽然と姿を消した。母の手紙を読んでそれがマウべライド家であるとわかったが、なぜバッジャキラに移り、しかも森に住んでいるのか不思議でならない。ロネミーチェの場所よりマウべライド家を調べたほうが辿り着けそうな気がしてきたが、すでに当時の国王が調査させたはずだ。それでも見つかっていないのだから、自分では到底無理な話だ。
「別の図書館にも行ってみないと駄目かな?」
図書館を出る前に、ダメ元で女性司書に尋ねてみた。
「バッジャキラ王国のロネミーチェという森を知っていますか?地図に載ってなかったんです」
「ロネミーチェ?聞いたことありませんね・・・あ、ちょっと待っててください」
そう言って、カウンター内の奥の部屋に入っていた。
ほどなくして女性司書は男性を連れて戻ってきた。男性はメアソーグでは珍しい黒い髪と瞳の持ち主で、アンジュにこの図書館で司書をしていると挨拶した。
「ロネミーチェの森、知ってますよ。僕はバッジャキラ出身なんです」
すると、男性司書は紙にバッジャキラ王国の地図を描き始めた。いくつかの大きな街の名前を記入し、川や山の絵も描き込んでいる。しかし、ペンを動かしていた手がピタリと止まってしまった。
「失礼ですが、ロネミーチェの森にはどのようなご用で?」
「えっ!?えっと・・・」
「ああ、すみません!無理に話さなくていいですよ。あの森に行こうとする人ってほとんどいないので、ちょっと気になりまして」
それを聞いて、少し不安がよぎってしまった。一体どんな森なのだろう。人が近づかないということは、危険が潜んでいるのかもしれない。ロネミーチェの森について少しでも情報がほしいところだ。
「どんな森なんですか?」
「僕も行ったことがないので、知らないんです。ただ・・・森の中に集落があるそうなんですが、そこまで誰も辿り着けないという噂を聞いたことがあります」
自分の目的はまさしく森に住む人に会いに行くことなのに、出端をくじかれた気分だ。凶暴な野生動物が生息しているのか、迷路のような森なのか。あらぬ想像ばかりが駆け巡ってしまう。
アンジュの表情を見た男性司書は、余計なことを言ってしまったのだろうか、という苦笑いを浮かべ、再びペンを走らせた。
最後に地図の南東部に✕印を記入し、そこを指差した。
「ここがロネミーチェの森です」
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