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第54話 強さと弱さ
しおりを挟むアンジュの腰を掴んでいた男の手を、軽蔑するような目で見下している女性が捻り上げたのだ。その女性はボルドーの長い髪を一つにまとめ、男性のようなパンツスタイルで腰に剣を携えている。
男は涙目になっているが、女性のほうは本気を出していないような余裕の表情だ。
「店を間違えてないか?ここは食事を楽しむ場所だ」
「いだだっ!すんません!」
「これ以上この娘に手を出せば投獄は免れないぞ。最終的に処刑かもな。それが嫌なら支払いをして今すぐ消えろ。お前らもな」
そう言った女性は男の仲間たちにも目を向け、剣の柄を握って二十センチほど鞘から抜いてみせた。視線も剣も鋭く、震え上がった男たちは慌ててポケットを漁り、硬貨をテーブルに投げ出して逃げるように店を出て行った。周りの客からは拍手が起こっている。
「はっ、情けない奴らだねぇ」
「あの、ありがとうございました!」
アンジュは頭を深く下げた。
「ああいうときは、局部に風魔法をぶち込んでやりな」
「は、はい!次からは・・・えっ、風魔法?」
「あんた、アンジュちゃんだろう?」
この女性はどうやら自分を知っているようだ。だが一度会ったら忘れないような、こんな綺麗な人は記憶にない。
「失礼ですが、どこかでお会いしましたか?」
「いや、はじめましてだよ。あたしはフリア」
先程までの冷酷な目つきはどこかへ行き、笑みを浮かべながら手を差し出した。アンジュは手を伸ばして握手をすると、手のひらから伝わる温かさはなんとなく信用できる人物だと思った。
「夫からあんたの話はよく聞いてるよ」
「夫?」
「あんたの愛しい殿下の護衛魔法士だよ」
「レイフォナー殿下の!?ということは・・・チェザライ様の奥様!?」
「ふふ、愛しいは否定しないんだね」
「あっ!」
アンジュの顔は真っ赤になってしまった。
フリアはレイフォナーとは一言も言わなかったのに、自らその名を口にしてしまった。一体、チェザライはフリアにどんな話をしているのだろうか。だが自分がレイフォナーを好きだとバレているのは想像に難くない。
「殿下が夢中になってるお嬢さんに会えて嬉しいよ」
「む、夢中?」
「恋仲なんだろ?」
「とんでもない!その・・・事情があって、以前お世話になっただけです」
「ふうん・・・あんたら難儀だねぇ」
フリアは眉を下げ、残念そうな表情を浮かべた。
そんな彼女は元騎士で、キュリバトほどではないが女性にしては背が高く、チェザライと同じくらいだろうか。美人というより美形な顔立ちと男勝りの性格は、穏やかな雰囲気のチェザライとは対照的だ。逆にそれが合っているのかもしれないし、なんとなくチェザライが尻に敷かれているような気もした。
「今日はたまたま家族と食事に来ててね」
フリアはそう言って視線を動かした。その先には中年の男女と、顔も服装も髪型もまったく同じの女の子二人が食事をしている。フリアの両親と三歳の双子の娘らしい。
「チェザライ様はお転婆って言ってましたけど、二人ともとても可愛くてお行儀がいいですね」
「顔は夫似だけど、性格は私に似ちゃってね。家では毎日大暴れだよ」
それを想像すると思わず笑ってしまった。そのとき、「ママー」と呼ぶ声が聞こえた。双子の娘に手を振っている彼女はすっかり母親の顔で、優しい笑みを浮かべている。
「じゃあ、あたしは戻るよ。またね」
「はい。本当にありがとうございました!」
背筋を伸ばして凛々しく歩く後ろ姿は、さすがは元騎士だ。思わず見惚れてしまう。そう感じるのは容姿や姿勢が美しいだけでなく、自信に満ち溢れているからだ。弱者を放っておけず、立ち向かえるだけの強さも兼ね備えている。騎士を辞めた今でもブレない信念や慈愛が芯となり、彼女の美しさを作り上げているのだろう。
酔っ払いをあしらうこともできない自分の弱さを痛感した。どれだけ光魔法を訓練したとしても、本当に人々を救えるのだろうか。自分はフリアのように誰かを助けたい、力になりたいと思っているわけではない。二百年前のアンジュとなんらかの関わりがあって、光の魔力をもっていて、状況的に光魔法を訓練しているだけだ。こんな中途半端な自分がクランツと戦闘にでもなったら、勝てる自信がない。
翌日。店の隅で寝泊まりさせてもらったアンジュは、店主と奥さんに挨拶をして店を出た。
色々考えてあまり眠れなかったが、とにかく今は母の手紙に従って進もう。薬草の売上げと食堂の手伝いでそこそこ稼げたように思う。これだけあればバッジャキラに向かえそうだ。
だがバッジャキラが南隣の国であることは知っているが、ロネミーチェの森がどこにあるのかはわからない。地図で場所を把握したいが、ワッグラ村には図書館がない。
「王都の図書館は高尚すぎて入りにくいから・・・」
そのためワッグラ村に帰る前に、村の近くの町・ミジュコの図書館に立ち寄ることにした。
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