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第52話 意気消沈
しおりを挟むその日の午前中、レイフォナーは書類に全く手を着けることができず、執務室の机に突っ伏していた。
サンラマゼルはショールやチェザライに視線を送った。二人とも首を傾げている。ここまで活動停止状態のレイフォナーは初めてなのだ。しかも、最近ずっと機嫌がよく執務も楽々とこなしていただけに、何が彼をこんな状態にしているのか不思議でならない。
「殿下、何があったのです?」
「・・・」
「おい、返事しろ」
「・・・」
「今日一度も姿を見せないアンジュちゃんに関係あるの?」
「・・・」
三人に心配されたレイフォナーは、アンジュからの手紙を差し出す。
昨夜、アンジュを抱いたレイフォナーは幸せのあまり熟睡してしまった。明け方目を覚ますと、アンジュの姿はなく手紙が残されていた。
三人は手紙を覗き込み、サンラマゼルがかいつまんで読み上げる。
「今までありがとうございました・・・王城での暮らしは窮屈なので村に帰ります・・・昨夜のことはどうか忘れてください・・・光魔法は村で訓練を続けます・・・有事の際にはお声がけください・・・レイフォナー殿下のご多幸をお祈り申しあげます・・・」
三人は事情を理解したようだ。
「殿下、アンジュさんに振られたのですね」
「くっ・・・油断した!おかしいと思ったんだよ!酔っているとはいえあんなに積極的なアンジュは!でも本能には抗えなかった・・・」
「やるなぁ、アンジュちゃん。ヤリ逃げか!」
「こら。からかっちゃダメ」
「さっさと口説かないからこんなことになるんですよ?」
レイフォナーはまさにそのことを後悔している。
これまで女性たちに言い寄られたことは数え切れないほどある。それなりに関係を持ったり、駆け引きを経験してきた。だが振られるのは初めてのことだ。しかも初めて愛おしいと思った相手だ。
自分の計画では、アンジュとの婚姻を両親に認めさせ、婚約者候補の話を白紙に戻してからゆっくり口説こうと考えていた。そうしないと誠意が伝わらないと思ったからだ。こんなことになるのなら、アンジュを愛していると自覚したときに口説き落として、村に帰りたいと思わなくなるくらい自分に惚れさせておけばよかった。
「どうするのです?このまま手放すおつもりですか?」
「・・・」
「アンジュちゃんの意思を尊重するなら、追いかけるべきじゃないよな」
「・・・」
「でもなーんか腑に落ちないなぁ。訓練を途中で投げ出すような子じゃないと思うんだけど」
「・・・」
確かに、村に帰ったのがアンジュの本意なのかは疑わしい。光の魔力をもっている彼女がクランツに操られたとは考えにくいが、脅迫された可能性はある。もしそうなら、無理に連れ戻せばアンジュに危険が及ぶかもしれない。とはいえ、自分の傍にいないことも不安で仕方ない。
レイフォナーは両手で頭を抱える。
「どうすればいいんだ・・・?」
アンジュは転移前のような日常を過ごしていた。庭の手入れをして、趣味の刺繍をしたりお菓子を作ったり、イルやハルと遊んだり、隣人のおばあさんとお茶をする。何かに打ち込んだり誰かと過ごす時間は、村に戻ってきてすぐはレイフォナーや母のことを思い出して泣いてばかりだったアンジュの心を癒やしてくれた。それに、光魔法の訓練も毎日欠かさず行っている。
「うーん・・・上達してるのかな?」
王城に滞在していたときは魔法学校に通い、バラックやキュリバトが指導してくれていた。うまくできたときは褒めてくれたし、できていなければどこが悪いのか指摘してくれた。だが今は指導者がいないため、ちゃんと訓練ができているのか自分ではよくわからない。
そんな生活を二週間ほど送り、アンジュは今、王都に来ていた。
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