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第48話 最後の思い出に②
しおりを挟む「ちょっ、ええ!?」
アンジュは驚いているレイフォナーを押し倒した。
「抱いてください」
そう言ったアンジュからは、先程までの子供っぽさは消えていた。恥じらいを帯びている姿は初々しいが、口にした言葉も酔いがすっかり醒めたような真剣な目も、美しい曲線の肉体も間違いなく大人の女だ。アンジュの気を紛らわすためにも、崩れ行く理性をなんとか保たなければいない。
「まずは酔いを醒まそう」
「もう酔ってません」
「アンジュ、服を着て」
「私では慰みにもなりませんか?」
そう言われたレイフォナーの表情は一瞬で曇った。
「・・・その言い方は看過できないな」
アンジュは自己肯定感が低い。今のも身分を考えての発言だろうが、なんとも不愉快だ。王城に滞在させ、もてなして、大事にしてきたつもりだ。それが自己満足であることは承知している。どれだけアンジュを愛しているか伝えきれていないことも理解しているが、これまでのことは気まぐれや遊びだと思われていたのだろうか。
それに正直、こういうことはまだ先だと考えていた。だが普段のアンジュからは想像もできないほどの大胆さは、屈強だと思っていた自分の理性をいとも容易く崩壊させる破壊力をもっている。アンジュを妃にするためのプランをある程度立てており、かなりの工程をすっ飛ばしてしまうことになるが据え膳食わぬはなんとやらだ。それに愛しいアンジュからの誘いを断る理由などあるはずもない。
体を起こしたレイフォナーは、アンジュを抱き上げてベッドに向かった。
「まったく・・・アンジュを慰み者にするわけないでしょ。二度とそんなことを考えないよう、しっかり教え込まないとな」
怒っているような言い方だったが、アンジュをベッドに下ろす手つきは優しかった。レイフォナーが天蓋のカーテンを閉めると、外界の雑音が一切遮断されたような閉塞的空間に、アンジュは逃げ出したくなるほどの恥ずかしさに見舞われた。
「あ、あの!私、初めてなので、その・・・」
「恥ずかしい?それとも怖い?」
「両方・・・です」
「ふうん?でも誘ったのは君だからね。逃がしてあげない」
レイフォナーは抑え込んでいた欲望を解放したような強引なキスをした。アンジュはギュッと目を瞑り、キスも肌に触れてもらえるのもこれが最後だと身を委ねた。
「ずっと、ずっと言いたかった・・・アンジュ、愛してる」
そう言ったレイフォナーの声は、先程とは違ってどこか切なそうだ。熱情を帯びた瞳も手も、汗ばんだ体も、嘘偽りなく愛していると言っているようで、アンジュは思わず涙が溢れそうになった。
「私も、あなたを愛してます」
身も心も満たされたレイフォナーは熟睡している。相も変わらず美しい寝顔と寝息だ。アンジュは二度と見ることはないであろうそれを目に焼き付け、ゆっくりと体を起こした。
昨夜のことを思い出すだけで顔から火が出そうだ。侍女たちに薦められた恋愛小説をいくつも読み、お酒の力を借りて、昨夜は我ながら上手く振る舞えたのではないだろうか。色気のない自分ではレイフォナーをその気にさせる自信はなかったが、どうしても最後にレイフォナーに愛されたという思い出がほしかった。願いが叶い、思い残すことはもう何もない。
体には慣れない痛みやだるさが残っており、できることなら動きたくないが、レイフォナーが目を覚ます前にこの場を離れなければいけない。ベッドから降り、動きやすいワンピースを着た。
そして、机の引き出しから昼間に書いた手紙を取り出した。それをベッド横のサイドテーブルに置き、バルコニーに出て静かにドアを閉めた。
どこまでも続く夜空を見上げると、白、黄、橙色など、輝き放つ色が異なるたくさんの星が輝いている。王城から見る星も、村で見る星も美しさは変わらない。きっと、どこで星を目にしても昨夜のことを思い出すのだろう。別れの日には似つかわしくないほど賑やかで美しい夜空は、自分を慰めてくれているのだろうか。そう思うと、気持ちが少し楽になった。
アンジュは最後にもう一度部屋の中を見つめ、深呼吸をして手のひらから風を出して体に纏わせた。
「さようなら、レイフォナー殿下。今までありがとう」
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