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第45話 ご機嫌取り
しおりを挟む散歩をしている人、畑仕事をしている人、追いかけっこをしている子供たち。ワッグラ村は誰もが時間にとらわれることなく、自分のペースで身の丈にあった暮らしを送っている。
それを眺めていたアンジュは自然と頬が綻んだ。以前帰ってきたときは、魔法士たちが警備をしているという異様な光景だった。だが目に映る村はいつもの穏やかさで、それに安堵して仰け反るくらい大きな深呼吸をした。
だが気を緩めているのはアンジュだけだった。隣のレイフォナーは、緊張感に満ちている。
遠回しに一緒に行かなくてもいいと言われたが、そんな気遣いは丁寧に断った。今回バラックは闇魔法を感知しなかったが、前回あんなことが起こったのだ。用心するに越したことはない。
そんなレイフォナーを察し、ショールとチェザライ、キュリバトも異常を何一つ逃すまいと目を光らせている。
まずはイルの家に足を運んだ。
「おじさん、おばさん、イルを危険な目に合わせたのは私なんです。ごめんなさい」
「責任は私にあります。御子息を巻き込んでしまい、心よりお詫び申し上げます」
レイフォナーの謝罪に、イルの両親は慌てふためいている。
「ちょっ・・・レイフォナー殿下!?よしてください!頭をお上げください!」
「あの子、みなさんに迷惑かけてないですか?そっちのほうが心配ですよ」
「アンジュちゃん、帰ってきたら馬車馬のように働かせるからって伝えておくれ」
両親はあっけらかんとしているが、イルが眠っていた間は相当心配していたそうだ。イルの様子を毎日報告しに行っていたバラックの部下から聞いた。
大人たちの会話などまったく耳に届いていない弟のハルは、何日も兄に会えなくて不貞腐れている。母親のスカートをギュッと握って、今にも泣き出しそうだ。
「にいにとあそびたい・・・」
「ハル、ごめんね」
アンジュは膝をつき、ハルを抱きしめて優しく頭を撫でた。
元気いっぱいでいつも笑顔のハルに、こんな顔をさせてしまった自分が情けない。両親はできる限り時間を作って遊び相手になったり、村の子供たちと遊ばせているそうだが、お兄ちゃん大好きなハルはやはり寂しいのだ。
そのとき、アンジュの横にしゃがんだ人物がハルに声をかけた。
「はじめまして、ハル。僕はチェザライって言うんだ。僕ね、ハルと仲良くなりたいな。一緒に遊んでくれる?」
「・・・うん」
「ありがと、ハル」
すると、チェザライは手のひらから風を出して大きな鳥を作った。それは鷹のような勇猛な姿をしている。翼を開いてバサバサと動かし、早く飛びたいとアピールしているようだ。「ハル、あそぼー?」と言った鳥に、ハルは目を輝かせて見ている。ついさっきまでションボリしていたハルは、笑顔を見せたのだ。
「すごーい!とりがしゃべった!おっきーい!」
「ハルは高いところ平気?これに乗って、お空を散歩する?」
「する!」
チェザライはハルを抱っこした。鳥と同じほどの目線になったハルは興味津々で、顔に手を伸ばして撫で始めた。鳥は見た目とはチグハグな可愛い声で、「くすぐったーい!」と笑っている。レイフォナーとショールはその光景に見覚えがあった。
「デジャブ・・・」
二人は声を揃えてアンジュを見た。
確かに、初めてあの鳥を見たときハルと同じようなこと言ったし、撫でた覚えがある。まるでハルと精神年齢が同じだと言われている視線に、少し恥ずかしくなった。
「あれを見たら、誰だって同じことしますよ!」
そう言って取り繕っているうちに、チェザライたちはいつの間にか上空だ。ハルを怖がらせないためなのか、いつもの移動時の速さではなく、景色を楽しむようにのんびりと飛んでいる。ハルは上空からアンジュたちに手を振っているようだ。
手を振り返したアンジュは、呆然としている。
「チェザライ様、すごい・・・あっという間にハルを懐柔しましたね」
「あいつはああ見えて、二児の父親だ。子どもの扱い方は熟知しているのだろう」
「チェザライ様、お子さんいるんですか!?」
これまで家庭や子供がいる言動はまったくなかった。自分より年下なのではと思うほど童顔な見た目からは、父親であるとは想像もできない。普段おっとりしていて取り乱した姿など見たことがなく、元々そういう性格なのか、一家の大黒柱たる立場がそうさせているのか。
「私もハルにいいところを見せたい」
レイフォナーはなぜかチェザライに対抗心を示した。水魔法で龍を作り、半ば強引にアンジュを乗せて飛び立った。置いてけぼりのショールはその場にゴロンと寝転がり、キュリバトと両親も空を見上げている。
レイフォナーは鳥に追いつき並走し始めた。
「わー!それなに!?」
「これは龍だよ」
「りゅー!すごーい!かっこいい!」
ハルはチェザライの支えがなければ、鳥から落ちてしまいそうなくらい身を乗り出している。空から眺める美しい景色や、初めて見る生き物に大興奮する姿に、アンジュは心を撫で下ろした。
この様子なら、イルが戻って来るまで機嫌を損ねずにいてくれるかもしれない。
「寂しくなったら、今日の楽しかったことを思い出すんだよ?」
「うん!」
「ハルはいい子だね」
「ちゃいくん、ありがとー!」
子供にはチェザライという発音は難しいようだ。
地上に戻ったハルは興奮気味に、身振り手振りを交えて両親に空の散歩を報告している。笑顔が戻ったハルに、両親も嬉しそうだ。
ショールは暇だったのかあくびをしており、レイフォナーとチェザライはご満悦の表情だ。
「ハル、可愛かった~男の子ほしいなぁ」
「チェザライ様のお子様は、女の子なのですか?」
「うん。二人ともすっごいお転婆なの」
「ふふ、賑やかそうですね」
二人の会話を横目に、レイフォナーがボソリと呟く。
「私とアンジュの子供・・・」
「おーい、どした?だらしない顔になってるぞ」
ショールは、ニヤけているレイフォナーを怪訝そうに見た。
「想像してみたら、ものすごく可愛かった」
「なんの話だよ」
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