王子に恋をした村娘

悠木菓子

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第40話 お出かけ

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「アンジュさん、お召し替えをしましょう」

 すでに日が落ちようとしている時間だ。今から着替えて何をするのだろうか。恋愛小説を読んでいる自分は、できれば読み進めたいのだが。ちょうど、主人公が想い人にデートを誘われたシーンで、先が気になって仕方ない。

 侍女たちに強引に着替えさせられたアンジュは、見覚えのあるワンピースを着ていた。それは以前、レイフォナーがハンカチのお礼にと贈ってくれた赤と白のチェック柄のワンピースで、先日村に帰省したときに持ち出していたのだ。鏡を見ると、いつもの化粧に、髪型はポニーテールで服とお揃いの髪留めが付いている。まるで街娘のような格好だ。

 そこへ、レイフォナーがやって来た。
「準備は・・・わっ、可愛い!」
「え!?レイフォナー殿下!?」

 レイフォナーは白の襟付きシャツに、黒い細身のパンツとブーツという格好で、中折れの帽子を被って眼鏡をかけている。変装しているようだ。正体を知っている自分から見ても上手く平民に化けていると思うが、カッコよさは隠しきれていない。

「前に、私が贈った服を着て王都でデートしようって約束したの覚えてる?」
「あ・・・はい」
「じゃあ、行こう!」

 レイフォナーはお出かけが待ち切れない子供のような無邪気さで、アンジュの手を引っ張るとバルコニーに出た。手のひらから水を出して龍を作り、それにアンジュを乗せて王都の街に向かった。

 まるで読んでいた小説の主人公にでもなったかのようなアンジュは、胸がドキドキと高鳴っていく。



 龍から降りると、アンジュはレイフォナーに手を引かれてとある食堂に到着した。
 中に入ると繁盛しているようで、十五ほどあるテーブル席はほとんどが埋まっており、ガヤガヤと色んな話し声が聞こえてくる。

「こんばんは」
 レイフォナーは、給仕をしている女性に声をかけた。

 その女性は店主の奥さんだ。レイフォナーを見ると、一瞬目を見開いた。どうやら素性を知っているようだが、周りの客にはバレないように親しみを込めて言った。

「あら~!レイさん、いらっしゃい!」
「今日は二人で来たのですが、席空いてますか?」
「もちろん!まあまあ、女性をお連れとは・・・あら?アンジュちゃん?」 
「お、お久しぶりです」
「アンジュちゃんってば、最近来てくれないから心配してたのよ?」
「すみません、色々ありまして・・・」
「すっかり王都の娘って感じね、ふふ」

 席に案内されたアンジュとレイフォナーはメニューを見た。
「私の気に入りの店なんだが・・・知ってたんだ?」
「王都に来たとき、いつも日雇いでお世話になってたんです」
「そうだったのか」

 まかないは食べたことがあるが、メニューに載ってる料理は初めてだ。いつも美味しそうだなと思っていた料理と、レイフォナーは来ると必ず頼むという料理をいくつか注文した。

 それにしても、王族であるレイフォナーが平民の食堂に通っていたことが驚きである。お忍びで遊びに来たときによく寄るそうだ。平民の気分と食事を味わえ、直に平民たちの話を聞けることが楽しいのだという。

「今日は突然どうしてその・・・デ、デートを?」
「アンジュとデートしたかったから。次は昼間に買い物しようか」

 そう言われて嬉しくないわけがないが、レイフォナーはきっとイルのことで気落ちしている自分を元気付けるために誘ってくれたのだろう。しかしこんな風に男性と店で食事をするのは、イル以外では初めてだ。周りに目を向けると、恋人のような男女が何組か見受けられる。自分たちもそう見えているのかと思うと、なんだか恥ずかしくなった。


 肉の唐揚げ、肉入りの炒め物、肉入りのスープなど肉料理ばかりになってしまったが、レイフォナーは肉が好きなのだ。
 いつもは姿勢を正して上品に食事をしているレイフォナーだが、今日は足を組みながら肘をテーブルに付いたり、大きな口を開けて豪快に食べている。さらに、ビールのジョッキを持つその姿はアンジュにとって新鮮だが、こっちのレイフォナーが素なのかと思うほど周りの平民たちに溶け込んでいる。

「やっぱりこの唐揚げ、美味い!アンジュも食べてみて。あーん」
 言葉遣いまで平民になりきっているレイフォナーが、アンジュの口元に唐揚げを差し出してきた。

 デートとは、あーんしてもらうのは普通なのか。だが、相手は第一王子レイフォナーだ。こんなことしてもらうわけには、いや、今は平民の格好だからいいのだろうか。

 そんな考えで混乱していると、レイフォナーがもう一度言った。
「ほら、あーん」
 顔が真っ赤なアンジュは、思い切ってパクっと口に入れた。
「ふふ、可愛い」

 周りはカリッとしているが、中は柔らかくて絶妙な味付けは絶品だ。程よい塩味とほんのり感じる辛味がありながら、まろやかな旨味に包まれている。大豆から出来た異国の調味料を使っていると店主に聞いたことがあるが、それ以上は教えてもらえなかった。働いていたとき注文が多いとは思っていたが、成程納得の味だ。

「すっごく美味しいです!」
「でしょ?」
 レイフォナーは、あーんができたことと、自分のお気に入りを美味しいと言ってもらえて大満足といった顔だ。
「レイフォ・・・レイさんは、こういう料理お好きなんですか?」
「うん。普段の料理ももちろん美味しいけどね」


 料理を堪能していると、レイフォナーは話題を変えてきた。
「アンジュはどう思った?バラック先生の話」

 生まれ変わりのことだろうか。正直言って信じられない話だが、バラックの言う通り偶然では片付けられない。自分たち三人は、何か宿命めいた繋がりがあるのかもしれない。

「私たちが同じ時代に存在しているのは、何か意味があるのだと思います」
「私もそう思う。クランツは二百年前のように、国に災いをもたらすつもりかもしれない・・・そのときはアンジュ、どうか力を貸してほしい。私は身命を賭して君を守ると誓う」

 頭を下げているレイフォナーはどんな思いで言っているのだろうか。最悪の事態を想定してのことだろうが、もしそうなれば仲の良かった弟と争うことになる。

 アンジュは立ち上がり、レイフォナーの横に膝をついた。
「はい。喜んで協力させていただきます。光魔法はまだまだ未熟ですが、使いこなせるよう精進します」
「ありがとう、アンジュ」

 そこへ、店主の奥さんがやって来た。
「お待たせ~!あら、お邪魔だったかしら?はい、ビール!」
 奥さんの陽気さとゴトンと置かれたジョッキは、二人のしんみりした雰囲気を消し飛ばしてくれた。

 レイフォナーはアンジュを抱き上げて膝の上に乗せる。
「アンジュ、飲もう!」
「私、お酒弱いので結構です!」
「そういえば、アンジュがお酒飲んでるの見たことない。酔うとどうなるの?」
「秘密です!!」

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