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第12話 不仲
しおりを挟む家に着き、アンジュはお茶の準備を始めた。
椅子に座っていたはずのレイフォナーは、アンジュの横にやって来てその様子をじーっと眺めている。
「ベリーの実が入っている紅茶は初めてだ」
「甘いベリーなので食べれますよ。クッキーにはナッツを入れてます」
二人は向かい合って着席した。
レイフォナーはまず香りを愉しみ、上品にマグカップに口を付けたあと、スプーンでベリーを掬って食べた。
「美味しい!」
舌が肥えているであろうレイフォナーには物足りない味だろうと思ったが、美味しいと言う表情からは嘘を感じない。
クッキーも気に入ってくれ、「アンジュが作ったものは、私の心に安らぎを与える」と穏やかな表情で言った。
「先月、王都の祭りに行ったとき、殿下からいただいた服と髪飾りを身に着けて行きました。可愛いものに身を包まれると気分が上がって、楽しかったです」
「それはよかった。見たかったな、アンジュが着飾った姿」
レイフォナーにとって、アンジュと過ごす時間はなによりの癒しだ。
癒やされたい、話がしたい、彼女のことをもっと知りたい。
そんなことばかり考えてしまって、こうして何度も会いに来てしまう。
今では、彼女が婚約者だったらどんなに幸せだろう、と考えてしまうほどだ。
だが、いつかは婚約者候補と婚姻を結ばなければいけないため、それまでの限られたこの時間を思い切り満喫したい。
しばらく会話を楽しんでいると、二人の穏やかな時間を邪魔するかのように、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
「アンジュー」
外から聞き馴染んだ声が聞こえてきた。
アンジュがドアを開ける。
「イル、どうしたの?」
「アンジュの家に不審者がいるって聞いたから」
そう言って、レイフォナーを睨む。
アンジュはイルの頭にゲンコツを食らわした。
「謝りなさい!殿下は私たち村の者にも寄り添ってくださる素晴らしいお方よ。橋が早く完成したのも、殿下のおかげなんだから」
叱られたイルは中に入り、レイフォナーの横に立った。
「・・・すいませんでした」
王族に対して謝る言葉遣いではなく、反省している顔でもない。
アンジュも頭を下げて謝罪した。
「気にしてないよ」
レイフォナーは余裕の笑みを見せて立ち上がり、イルと目を合わせた。
「姉を守るのは弟の役目だもんね?」
「姉じゃなくて、未来の嫁です」
「ふうん、強気だな」
イルは目を逸らし、ムスッとしている。
「邪魔が入ったし、今日は帰るよ」
本当はもっとアンジュと過ごしたかったが、イルは出ていく様子がなく微妙な空気も流れている。
「今度は邪魔されないよう、王都でデートしようか」
外まで見送りに来たアンジュに、笑顔で言った。
(デート!?レイフォナー殿下と!?というか、デートって何するの!?)
アンジュはレイフォナーへの恋心を捨てようとしているのに、デートに誘われてしまった。
そんなことをしたら余計好きになってしまうのでは、と不安になる。
だが例え社交辞令だとしても、また会う約束をしてくれたことが嬉しくて堪らない。
「では、殿下からいただいたワンピースを着て行こうかな」
「うん、楽しみにしてる」
レイフォナーはアンジュの前髪をかき分け、額にキスをした。
真っ赤になったアンジュは、思わず抱きしめたくなるくらい可愛い。
帰るのは名残惜しいと思いながらも、レイフォナーは水魔法で大きな龍を作った。
それを見て目を輝かせているアンジュは、チェザライが言った通り、確かに初々しくて可愛い。
「今度乗せてあげるよ」
そう言ってレイフォナーが龍に跨り飛び立とうとしたとき、ふと、アンジュの家の屋根に目がいった。
そこには火魔法で作られた、ごく普通の大きさの真っ赤な蛇がとぐろを巻いていた。
家に着いたときには、気付かなかった。
蛇からはアンジュの魔力を感じないが、一応確認をする。
「アンジュは火魔法も使えるの?」
「私は簡単な風魔法しか使えませんよ」
レイフォナーは手のひらを蛇に向けて水を放つと、体を水に包まれた蛇は溶けるように消えた。
アンジュが屋根を見上げると、白い煙のようなものが漂っていた。
「なんでもないよ。じゃあ、またね」
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