王子に恋をした村娘

悠木菓子

文字の大きさ
上 下
1 / 30

第1話 プロローグ

しおりを挟む


 ザク、ザクと手のひらほどのスコップを土に差し込み、根が千切れないように薬草を抜いていく。
 アンジュは横に置いていたバスケットに、土を落としたそれを丁寧に入れる。
 この薬草は加工すると薬になるため、乾燥させたものを王都や大きな町で買い取ってもらえるのだ。
「これくらいあれば大丈夫ね」




 ここはメアソーグ王国で、王都から離れたワッグラという村だ。
 アンジュはこの村で一人暮らしをしており、自宅の小さな庭で作物を育てながら、近くの森で採取した薬草を王都で売ったり日雇いの仕事をしながら、村人たちと協力して生活を送っている。
 母親は子供の頃に、父親は数年前に病で他界した。

 アンジュは十八歳のごく普通の娘だ。
 大きな茶褐色の瞳と胸まである真っ直ぐな髪、ごく普通の顔立ちではあるが面倒見がよく器用で、村のみんなから好かれている。




 薬草を採り終えて森から家に戻る途中、声をかけられた。
「アンジュ、王都に行くのって明日だっけ?」
 それはアンジュにとって弟のような存在の幼馴染、イルだった。
 小さな弟と手を繋ぎ、散歩をしていたようだ。

 イルはアンジュの二歳下で、親の牧畜の仕事を手伝っている。
 最近ぐっと背が伸び、アンジュよりも大きくなっていたが、クセのある赤毛と大きめの瞳はまだ幼さが残っている。

「うん。日雇いの仕事があれば一泊してくるから」
「わかった。気をつけてなー」




 自宅に戻り、採ったばかりの薬草を水で洗って魔法で乾燥させ、それを明日王都に行くために準備したリュックに詰めた。

 村から王都まで歩いて行くと片道十日以上かかるが、月に一度王都に通うアンジュは四時間ほどで到着できる。
 魔法を使って行くからだ。

 この世界には、火、水、風の魔法を使える者がいる。
 過去には光と闇の魔法も存在したが、どちらも約二百年前に途絶えてしまった。
 魔法を使うためには魔力が必要だが、それは生まれ持った才能で、魔力を有する者は一握りしかいない。
 身分の高い者に多いが、稀に平民にも現れることがある。

 数少ない魔力持ちを育成するため、王都には身分関係なく入学できる無償の魔法学校があり、一年間そこで勉強と訓練をして卒業することができれば、“魔法士”の称号を得ることができる。
 魔法士には階級があり、下級、中級、上級、超級の四つだ。
 魔法学校を卒業した時点では誰もが下級魔法士だが、試験を受けることで階級を上げることが可能である。

 魔法学校に通わなかった者、もしくは卒業できなかった者は、“魔法使い”と呼ばれる。
 卒業後は魔法学校で働く者もいれば、故郷に帰って以前の生活を送る者もいる。
 だが、有事の際には全魔法士に出動要請が下る。

 魔力持ちのアンジュは村での生活が気に入っており、魔法学校には通わず独学で魔法を勉強した。
 生活で多少役立てば、くらいにしか思っていない。

 アンジュは風魔法を使える。

 基本的に、天気の悪い日に洗濯物を乾かしたり、長距離移動の際に使う。
 手のひらから風を発生させ、洗濯物を風で覆うと数分で乾き、移動のときには風を体に纏わせると空を飛ぶことができる。
 魔法は他にもできることがたくさんあるが、アンジュはそれくらいのことしかできない。








(魔法を使いっぱなしで魔力がほとんど残っていないわ。疲れたな・・・)

 翌日、王都に到着したアンジュはそう思いながらも休むことなく、まずは薬草を買い取ってくれる店に足を運んだ。
「この薬草はあまり採れないから助かるよ」
「また今度持ってきますね」

 その後、平民向けの食堂に向かい、お店に入って店主に声をかける。
「こんにちは。今日は人手足りてますか?」
「アンジュちゃん、いいところに!夕方から手伝ってくれるかい?」
「はい!」

 以前食事をするためにこの店を訪れたとき、人手が足りないのかお店の人たちがとても忙しそうにしていた。
 注文をしようとお店の人に声をかけると、少し待ってくださいね、と言われるが、その後なかなかやって来ない。
 それは他の客も同様で、苛立ち始めていた。
 その様子を見ていると居ても立ってもいられなくなり、手伝うと申し出た。
 閉店後店主に感謝され、それ以来王都に来たときには必ず顔を出すことにしている。
 まかないを食べることができて、給金も貰えて、閉店まで働いたときはお店の一角で寝泊まりもさせてもらえる。








 翌日、店主に挨拶をしてお店を出た。
 今回は普段より収入が多かったので、新しい服でも買おうかと洋服屋に向かっていたときだった。

「お嬢さーん」
 明らかに酔っぱらいだ。
 まだ午前中だが、赤い顔をした若い二人組の男に声をかけられ、路地に連れ込まれてしまった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~

志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。 政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。 社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。 ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。 ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。 一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。 リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。 ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。 そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。 王家までも巻き込んだその作戦とは……。 他サイトでも掲載中です。 コメントありがとうございます。 タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。 必ず完結させますので、よろしくお願いします。

三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します

冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」 結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。 私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。 そうして毎回同じように言われてきた。 逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。 だから今回は。

婚約者の番

毛蟹葵葉
恋愛
私の婚約者は、獅子の獣人だ。 大切にされる日々を過ごして、私はある日1番恐れていた事が起こってしまった。 「彼を譲ってくれない?」 とうとう彼の番が現れてしまった。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?

あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」 結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。 それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。 不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました) ※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。 ※小説家になろうにも掲載しております

帰らなければ良かった

jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。 傷付いたシシリーと傷付けたブライアン… 何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。 *性被害、レイプなどの言葉が出てきます。 気になる方はお避け下さい。 ・8/1 長編に変更しました。 ・8/16 本編完結しました。

処理中です...