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第1話 プロローグ
しおりを挟むザク、ザクと手のひらほどのスコップを土に差し込み、根が千切れないように薬草を抜いていく。
アンジュは横に置いていたバスケットに、土を落としたそれを丁寧に入れる。
この薬草は加工すると薬になるため、乾燥させたものを王都や大きな町で買い取ってもらえるのだ。
「これくらいあれば大丈夫ね」
ここはメアソーグ王国で、王都から離れたワッグラという村だ。
アンジュはこの村で一人暮らしをしており、自宅の小さな庭で作物を育てながら、近くの森で採取した薬草を王都で売ったり日雇いの仕事をしながら、村人たちと協力して生活を送っている。
母親は子供の頃に、父親は数年前に病で他界した。
アンジュは十八歳のごく普通の娘だ。
大きな茶褐色の瞳と胸まである真っ直ぐな髪、ごく普通の顔立ちではあるが面倒見がよく器用で、村のみんなから好かれている。
薬草を採り終えて森から家に戻る途中、声をかけられた。
「アンジュ、王都に行くのって明日だっけ?」
それはアンジュにとって弟のような存在の幼馴染、イルだった。
小さな弟と手を繋ぎ、散歩をしていたようだ。
イルはアンジュの二歳下で、親の牧畜の仕事を手伝っている。
最近ぐっと背が伸び、アンジュよりも大きくなっていたが、クセのある赤毛と大きめの瞳はまだ幼さが残っている。
「うん。日雇いの仕事があれば一泊してくるから」
「わかった。気をつけてなー」
自宅に戻り、採ったばかりの薬草を水で洗って魔法で乾燥させ、それを明日王都に行くために準備したリュックに詰めた。
村から王都まで歩いて行くと片道十日以上かかるが、月に一度王都に通うアンジュは四時間ほどで到着できる。
魔法を使って行くからだ。
この世界には、火、水、風の魔法を使える者がいる。
過去には光と闇の魔法も存在したが、どちらも約二百年前に途絶えてしまった。
魔法を使うためには魔力が必要だが、それは生まれ持った才能で、魔力を有する者は一握りしかいない。
身分の高い者に多いが、稀に平民にも現れることがある。
数少ない魔力持ちを育成するため、王都には身分関係なく入学できる無償の魔法学校があり、一年間そこで勉強と訓練をして卒業することができれば、“魔法士”の称号を得ることができる。
魔法士には階級があり、下級、中級、上級、超級の四つだ。
魔法学校を卒業した時点では誰もが下級魔法士だが、試験を受けることで階級を上げることが可能である。
魔法学校に通わなかった者、もしくは卒業できなかった者は、“魔法使い”と呼ばれる。
卒業後は魔法学校で働く者もいれば、故郷に帰って以前の生活を送る者もいる。
だが、有事の際には全魔法士に出動要請が下る。
魔力持ちのアンジュは村での生活が気に入っており、魔法学校には通わず独学で魔法を勉強した。
生活で多少役立てば、くらいにしか思っていない。
アンジュは風魔法を使える。
基本的に、天気の悪い日に洗濯物を乾かしたり、長距離移動の際に使う。
手のひらから風を発生させ、洗濯物を風で覆うと数分で乾き、移動のときには風を体に纏わせると空を飛ぶことができる。
魔法は他にもできることがたくさんあるが、アンジュはそれくらいのことしかできない。
(魔法を使いっぱなしで魔力がほとんど残っていないわ。疲れたな・・・)
翌日、王都に到着したアンジュはそう思いながらも休むことなく、まずは薬草を買い取ってくれる店に足を運んだ。
「この薬草はあまり採れないから助かるよ」
「また今度持ってきますね」
その後、平民向けの食堂に向かい、お店に入って店主に声をかける。
「こんにちは。今日は人手足りてますか?」
「アンジュちゃん、いいところに!夕方から手伝ってくれるかい?」
「はい!」
以前食事をするためにこの店を訪れたとき、人手が足りないのかお店の人たちがとても忙しそうにしていた。
注文をしようとお店の人に声をかけると、少し待ってくださいね、と言われるが、その後なかなかやって来ない。
それは他の客も同様で、苛立ち始めていた。
その様子を見ていると居ても立ってもいられなくなり、手伝うと申し出た。
閉店後店主に感謝され、それ以来王都に来たときには必ず顔を出すことにしている。
まかないを食べることができて、給金も貰えて、閉店まで働いたときはお店の一角で寝泊まりもさせてもらえる。
翌日、店主に挨拶をしてお店を出た。
今回は普段より収入が多かったので、新しい服でも買おうかと洋服屋に向かっていたときだった。
「お嬢さーん」
明らかに酔っぱらいだ。
まだ午前中だが、赤い顔をした若い二人組の男に声をかけられ、路地に連れ込まれてしまった。
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