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35、決着②
しおりを挟むヴァイスも剣を抜き、ルナントフを見据えて構えた。
ヴァイスが長剣で対戦するのは、母親に扱い方を教えてもらったとき以来であり、正直緊張している。
何度か深呼吸を繰り返し、緊張で早鐘を打つ心臓を宥めた。
ルナントフは焦りで顔から汗が流れている。
お互いタイミングを見計らっているのか、静止したままだ。
(稽古をよく思い出せ。落ち着いてやればできるはずだ)
ルナントフの力量はわからないが、ヴァイスは二年以上、元シャッテンの二人に稽古をつけてもらっている。
シャッテンには到底敵わないが、騎士入隊試験に余裕で合格する腕前はあるに違いない。
(僕はルナントフを許さない。だが殺すつもりはない···まずは軽く斬り込んでみるか?)
そのとき、遠くで犬が「わん!」と吠えた。
ヴァイスはその瞬間、ルナントフに向かって走り出す。
そして掲げた剣を振り下ろした。
ルナントフは両手で握った剣でそれを受け止める。
何度か剣と剣がぶつかり合う音が鳴り、二人は距離をとった。
ヴァイスは余裕の表情で言う。
「なかなかやるじゃないか」
袖で顔の汗を拭い、はあ、はあ、と大きく呼吸をしているルナントフは答える。
「前世、近所の剣術道場に通っていたことがある。この世界で剣を初めて握ったのは、一週間ほど前だが」
(へぇ、少し見くびっていたかな)
「貴様こそ、公爵家のボンボンのくせに剣に慣れているようだが?」
「うちには戦闘のプロがいるんだ」
「···強い執事がいると、フォグが言ってたな」
「執事より母のほうが強いよ」
二人は再び剣を構える。
会話の時間が休憩となり呼吸が落ち着いたのか、今度はルナントフが斬りかかってきた。
憶せず何度も振るってくる。
ヴァイスはその度に受け止め、避け、薙ぎ払う。
剣術の経験者だけあって筋はいいが、ジュリアやコールに比べると取るに足りない。
(さて、どうしたものか···ルナントフを殺さず、この勝負をどう終わらせる?スタミナ切れを待って降参させるか?)
しかし、考えに一瞬気を取られていたヴァイスは不覚をとってしまう。
ルナントフの攻撃を避けきれず、腹を斬られてしまった。
傷は大きいが深くはなく、血はさほど出ていない。
だが同時に態勢を崩す。
「くっ···!」
ルナントフはその隙を逃さなかった。
ポケットから液体の入った小瓶を取り出し、片手で蓋を開け、それをヴァイスの腹に浴びせた。
「何だ!?この液体は!」
ヴァイスが腹に浴びたのはオレンジ色の液体で、強い匂いを放っている。
(甘い···バニラのような匂いだ)
ヴァイスの好きな匂いではあるが、状況からしてこの液体は不利になるものに違いない。
ルナントフは高笑いしながら言う。
「ふはははっ!この薬をどうやって使おうか悩んでいたんだが、よかったわーうまくいって」
すると、ヴァイスの体に異変が生じる。
傷口から体内へオレンジ色の液体が入り込み、薬の効果が表れ始めたのだ。
ヴァイスは体に力が入らず、握っているはずの剣は手から滑り落ち、思わず片膝をついてしまった。
ヴァイスは冷静に考える。
(僕は解毒薬を飲んでいる。でもこの薬には効かない···一体なんの薬だ?)
ルナントフはヴァイスの心を読んだかのように説明する。
「それはな、ビュビュラノという植物から作られた睡眠薬のようなものだ。といっても、効果は弱いがな。脱力感と意識障害が表れる。毒には分類されていないから、解毒薬は効かない」
この薬はフォグに手紙を書き、長剣と共に用意させたものだ。
ルナントフはこの薬を使ったことはないが、もともと存在を知っており、戦いの最中に使えないかと考えていた。
(まずい、意識がぼやけ始めた!?このままではやられる!どうする!?)
ルナントフは目を見開いて叫ぶ。
「本来の目標はお前を殺して、リフィアを手に入れて結婚することだった!だが俺は捕まるんだろう!?ならばせめて貴様は殺す!貴様にリフィアとカナさんは渡さない!!」
そして剣を振り上げる。
「その首、斬り落としてやる!!」
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