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8、再会
しおりを挟む転入初日の放課後。
ヴァイスはクラスメイトたちからの質問攻めをなんとか躱し、婚約者から解放されてやっと一人になったリフィアを追う。
リフィアは帰宅前に図書室に寄っていた。
そこは広く静かで、大きな窓から射す日の光はとても心地よい。
ほとんど人はいない。
リフィアは詩集を手に、二人掛けのソファに腰を下ろしている。
(見つけた・・・)
姿勢よく本を読んでいる姿は美しく、穏やかな表情を浮かべている。
その光景は前世のカナと重なって見え、彼女が読書好きだったことを思い出す。
彼女に一歩一歩近づくたびに、胸の高鳴りが大きくなっていく。
リフィアの前で足を止め、声をかける。
「オルドリー様」
そう呼ばれたリフィアは顔を上げた。
誰かが近づいてきたことに気付いていなかったようで、二度瞬きをして、驚いた顔をしている。
ヴァイスは右手を胸に当て、挨拶をする。
「初めまして。ヴァイス・トリガーと申します」
リフィアは立ち上がる。
「あ・・・リフィア・オルドリー・・・と申し・・・ます」
驚きのあまり、うまく挨拶できなかった。
「隣に座っても?」
「ど、どうぞ」
二人は腰を下ろす。
教室でリフィアの隣にいたルナントフという男は、彼女の婚約者だとクラスメイトが教えてくれた。
一日中リフィアにべったりだった婚約者が、放課後は自由にさせていることを疑問に思い、それとなく尋ねてみた。
「ルナントフ様はお帰りになりました。授業が終わると、自宅で家庭教師とお勉強されるそうです」
ということは、今この時間を邪魔されることはない。
それは好都合だ、と心の中で呟いたつもりだったが、どうやら声に出ていたようだ。
「え?」と、聞き返されてしまった。
「いえ、なんでもありません」
会ったばかりで余所余所しい彼女の心を解すには、どんな会話が最適解なのだろうか。
そこで、「本、お好きなんですか?」と聞いてみた。
「たぶん、そうだと思います。あの、実は私・・・」
「確か、怪我でお休みされてて、記憶を失ったと聞きました」
「はい、何も覚えてなくて・・・」
よかれと思って振った話が、逆に彼女の表情を曇らせてしまった。
記憶喪失のことはクラスメイトから聞いていたのに迂闊だった。
それでもヴァイスはリフィアとの距離を縮めようと試みる。
「ねえ、リフィアって呼んでもいい?もちろん、二人きりのときだけ。敬語もなしで」
リフィアは、お願い、とねだるような笑みに絆されてしまったのか、「ふふ、いいですよ」と答えた。
「僕のことは、ヴァイスって呼んでほしいな」
リフィアは少し戸惑う。
「・・・ヴァイス様」
「様はいらないかな」
「そ、そのうち・・・」
「うん」
ヴァイスは嬉しくて、少年ぽい可愛らしい笑顔を見せた。
(やはり前世の記憶はなさそうだな・・・記憶喪失なら仕方ないか)
リフィアはヴァイスを見つめる。
「何?リフィアの大きくて美しい瞳に見つめられると、吸い込まれそうだ」
リフィアは頬を赤く染める。
「も、申し訳ございません!その・・・ヴァイス様に初めてお会いした気がしなくて。なんだか、懐かしさを感じるのです」
ヴァイスは不意をつかれてしまった。
懐かしい、なんて言われるとは思っていなかったからだ。
(記憶はなくても、潜在的にそう感じてるのか?)
「おかしいですよね・・・」
「いや、もしかしたら僕たち過去に会ったことがあるのかもよ?例えば・・・前世とか」
リフィアは目を丸くするが、すぐに笑顔を見せる。
口元に手を当て、クスクスと笑う。
「ヴァイス様はロマンチックなのですね」
そう言われて、今度はヴァイスの顔が赤くなった。
「うわぁ、今のなしで・・・すごく恥ずかしい」
時間が経つのは早い。
二人が会話に夢中になっていると、外は夕焼け空で帰る時間だ。
ヴァイスは、読書の邪魔をしたことを謝ってリフィアの手をとり、甲にキスをした。
「!!」
思いもよらない行動に、リフィアは顔が真っ赤になった。
このようなことをされるのは、慣れていないのだ。
「ふふっ、可愛い」
ヴァイスは満面の笑みだ。
「もう!からかわないでください!」
「からかってないよ。本当に可愛いと思ってる」
リフィアは胸がドキドキと高鳴り、触れている指からヴァイスに伝わってしまわないか不安になった。
「ヴァイス様・・・」
帰宅したリフィアはベッドに腰を掛け、図書室での出来事を思い出す。
それだけで自然と頬が赤く染まる。
「素敵な方だったわ・・・距離感がとても近かったけど、嫌じゃなかった」
むしろ一緒にいて心地よく、楽しく、胸がほわっと温かくなった。
それらはルナントフからは得られたことのない感情だ。
リフィアはヴァイスと初対面なのに、懐かしさを感じる矛盾にモヤモヤする。
ヴァイスに関する何か大事なとこを忘れているような。
「私はヴァイス様に惹かれてる・・・?今日出会ったばかりなのに・・・」
自分には婚約者がいるのだから、そんなことを考えては駄目だと言い聞かせる。
しかしどうしてもヴァイスのことを考えてしまう。
首を左右にブンブンと振って気持ちを整理しようとするが、うまくいかない。
ごちゃごちゃになった気持ちをぶつけるかのように、猫のぬいぐるみをギュッと抱きしめる。
『彼にはあまり近づいたら駄目だよ。会話も最低限で』
リフィアは婚約者からの忠告をすっかり忘れていた。
「くそっ!!ルナントフがリフィアの婚約者だなんて!」
ヴァイスは自室の壁を、右拳で叩きつけた。
「せっかく会えたのに!どうしたらいいんだ・・・」
愛する人に会えた喜びと、婚約者がいる現実に焦り、感情が乱れる。
(リフィアがルナントフを好いているのなら、僕は諦めるべきなのか?彼女をルナントフから取り戻そうとするのは、僕はストーカー男と同類になるのか?)
だがルナントフは前世、カナを死に追いやった男である。
例えリフィアに前世の記憶がなくても、二人の婚約は見過ごせない。
なんとしてでも阻止したい。
現世で再び会えたことは本当に嬉しいが、リフィアが前世を覚えていないことに淋しさと虚しさが募る。
まるで、誰もいない雪山でひとり、遭難でもしたような孤独感だ。
ヴァイスは両手で自分を抱きしめる。
叶うのなら、この孤独に包まれた心をリフィアに抱きしめてもらいたい。
「いつか前世の僕を思い出してくれるかな・・・」
ヴァイスは窓から空を眺め、リフィアへ想いを馳せる。
「リフィア・・・」
ヴァイスは今日一日で、リフィアの魅力に心を奪われた。
容姿だけでなく、声、話し方、笑顔、まとう雰囲気、全てが美しい。
笑った顔はカナと重なり、本が好きなところは前世と同じだ。
(僕に前世の記憶がなかったとしても、きっとリフィアに恋をしただろうな)
つい、ルナントフより先にリフィアに出会っていたら・・・と考えてしまう。
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