僕が転生した世界で、前世の恋人が元ストーカー男と婚約していたので、命がけで阻止します。

悠木菓子

文字の大きさ
上 下
6 / 37

 6、ヴァイス・トリガー

しおりを挟む


「やっと帰って来れたな・・・」
 馬車に揺られながらそう言うと、向かいに座る執事が微笑む。
「二年間、お疲れ様でした」



 馬車を降り、久しぶりの我が家を見上げる。
 庭を見渡し、以前見たときにはなかった花が美しく咲き乱れていることに、時間の経過を実感する。
 ここは王都のタリダル・トリガー公爵の屋敷だ。
 僕はこの公爵家の長男、ヴァイス。

 父は領地経営をしながら、王都でいくつかの飲食店を手がけ、更には不定期で王宮に赴いている。
 飲食店経営は趣味で、貴族相手の高級レストランから平民が集う食堂まで幅広い。
 王都と領地を行き来する忙しい生活を送っている。
 母はおっとりした性格だが、どういうわけか剣術が得意だ。
 剣を持つと人が変わって、少し怖い。

 そして姉が二人いる。
 長女は医療の世界に憧れ、街の診療所に住み込みで働いている。
 たまにしか帰って来ない。
 次女は好奇心旺盛で、広い世界を見たいと各国を旅している。
 滅多に帰って来ない。

 型にとらわれない公爵夫妻だが、子供たちにも貴族社会に縛られず、自由に生きてほしいという考えだ。
 僕は両親のその考え方が好きである。
 公爵家後継の僕に自由はなさそうだが両親は優しく、使用人も気のいい人たちばかりだ。

 僕は二年ほど隣国の学校に通っていた。
 交換留学というやつだ。
 期間は定められておらず、本人が希望すれば何年でも滞在できる。

 本来は国王陛下の第二王子が行くはずだったが、『婚約者と離れたくない!』と駄々をこねた。
 そこで陛下が昔馴染みである父に泣きついてきた。
 父は当然、『うちの息子は行かせん!』と突っぱねたが、最終的には渋々了承した。
 ただし留学は最長二年間で、最低でも一年間は自国の学園に通わせる、という条件を陛下に突き付けた。
 陛下は条件を受け入れ、僕は二年間の留学を終えて、今日帰って来た。



 屋敷に入ると、使用人たちが笑顔で迎えてくれた。
 一年に一度は帰って来ていたが、そのとき以上の歓迎っぷりである。
 土産を渡すと、みんな大喜びだ。
 使用人たちと会話を楽しんでいると、母がやって来た。

「お帰りなさい、ヴァイス」
 そう言って、僕を抱きしめた。
 母の馴染みある心地よい香りは、二週間かけて帰って来た疲れを癒やしてくれるようだ。
「ただ今戻りました。母上、お変わりないですか?」
「ええ、私もタリダルも元気よ」
 父は今、仕事で留守だが夕方には戻るという。



 ディナーは僕の好物がたくさん並んでいた。
 力を入れずともナイフで簡単に切れるステーキ、濃厚なじゃがいものポタージュ、彩り鮮やかなサラダに数種類のドレッシング、ジューシーな柑橘類。

 留学先の料理も好みではあったが、やはり生まれ育った国の料理は格別に美味しい。
 留学生活の報告をしつつ、久しぶりに両親との食事を楽しむ。 

「お前、私より背が高くなったな?」
 父は悔しそうに言ったが、ほぼ同じくらいだ。
 母は隣でクスクスと笑っている。
「毎日たくさん食べて、たくさん睡眠をとりましたので」

 ムッとしている父が話題を変える。
「来月、王都の学園に転入だ」
「はい」
「人間関係は大事にしろよ?のちにその繋がりが利益をもたらすかもしれん」
 父は顔が広く、領地経営も飲食事業も絶好調だ。
 僕は学園生活を終えたら、父の仕事を手伝うことになっている。
「僭越ながら、人心掌握は得意です」
「ふっ、頼もしいな」
 







 数週間のんびり過ごした。
 明日からは、この王都にある学園の三年特進クラスに通うことが決まっている。

 なんとしてでも、カナを見つけなければ・・・。

 留学先ではカナに出会えなかった。
 出会った人が、転生したカナだと気づかなかった可能性もあるが。
 彼女に前世の記憶があるとは限らないし、そもそもこの世界に転生していないかもしれない。



 前世の記憶を思い出したのは、隣国に留学して一年が経った頃。

 風邪をひき、高熱で寝込んだ。
 数日臥せていたが、夢の中で「航太」と呼ばれる男が何度も現れる。
 日本という国で生活し、「カナ」という名の恋人と楽しそうにご飯を食べ、抱き合ってキスをして、ベッドで一緒に眠る。
 熱にうなされている間、ずっとそんな夢を見た。
 そして「カナ」が死に、「航太」も死んだ。

 熱が下がり目を覚ました瞬間、夢で見た光景は自分の前世なのだと理解した。
 その後も彼女との思い出が甦ってくる。
 前世の記憶を思い出したことで毎日胸が締めつけられ、後悔と怒りが止めどなく溢れ出す。

 カナからストーカーの話を聞いていたのに、何もしてやれなかった自分が情けない。
 彼女を思い出しては何度もごめん、と心の中で呟く。
 だが、いくら謝っても彼女が蘇ることはない。
 僕からカナを奪い、彼女自身の未来を奪ったあの男が許せない。
 絶望という呪いに体を支配された僕は死に、ヴァイスとしてこの世界に転生した。

 僕は前世の記憶を思い出してから、再び巡り会えるかわからない最愛の人を探し始めた。






 数日前の父との会話を思い出す。

「ヴァイス、大事な話がある」
「なんでしょうか?」
「婚約者についてだ」

 やはりこの話題は避けられないよな。
 僕にはまだ婚約者はいないが、婚約者がいてもおかしくない年齢だ。
 父は懇意にしている貴族の令嬢を充てがってくるだろう。

「そのことですが、僕は自分で相手を見つけたいと思っています。数年経っても相手が見つからない場合は、父上が決めた相手と結婚します」

 駄目って言われるかな・・・。

 本音を言うと、カナが転生した女性以外との結婚は考えられない。
 だが僕はこの家の後継者だ。
 結婚して、子をもうけなければならない。

 向かい合って座る父は僕をじーっと見つめる。
「いいだろう。私もジュリアとは恋愛結婚だったしね~」
 手を顎に当て、ニマニマしながら許可してくれた。
 きっと若い頃を思い出しているのだろう。
「素敵な女性に出会えるよう、祈ってるよ」
「ありがとうございます」



 窓から外を眺めると、大粒の雨が窓を叩いている。
 カナが死んだ日も、こんな雨が降ってたっけ・・・。




 



 今日から学園に通う。

 不安がない、とは言い切れない。
 クラスメイトたちとは、親しくして繋がりをもてるよう努める。

 授業は問題なくついていける自信がある。

 留学中、僕は親戚の家で生活をしていて、一人の執事がいた。
 三十歳くらいの男だ。 
 もともと公爵家で僕の世話をしていた者で、両親からの信頼も厚くとびきり優秀だ。
 そんな執事は、僕が学校から帰ると予習復習に容赦なく時間を費やし、帰国の時点で、三年で習う勉強にも手をつけていた。
 それでも時間に余裕があれば、剣術の稽古をつけてくる。
 なぜ剣術が必要なんだ?と疑問だったが、両親からの指示だったらしい。

 不安があるとすれば、カナに出会えるかだ。

 





 教師がクラスメイトたちに僕を紹介する。
 僕も簡単に自己紹介をして、空いている席に座った。

 ふと、左前方に目をやった。
 そこに座っている女子生徒と目が合ったその瞬間、全身に電気が走ったような、炎に包まれたかのような、そんな衝撃と熱さを感じた。
 心臓が早鐘を打ち、額から汗が流れる。

 カナ!?カナだよな!?見た目は前世とは全く違うが、間違いない!

 試しに他の女子生徒を見てみるが、何も感じない。
 目を引くつややかな金色の髪に負けない美貌のその人は、どうしてもカナと重なる。
 容姿を言うなら、僕も全く異なる。
 今は銀髪に青い瞳だが、前世は純粋日本人で黒髪に黒い瞳だった。

 ついに見つけた!転入初日に出会えるなんて!!この世界に転生していたんだな!

 嬉しすぎて涙が出そうだが、なんとか堪えて、彼女を見つめる。
 でも僕を見ても表情は変わらないな・・・前世の記憶がないのか?いや、あったとしても僕が航太だと気づいてないのかもしれない。

 次に、カナの隣に座っている男子生徒に視線を移す。
 僕を見て驚愕している。
 さらに睨んでくる。
 初対面にもかかわらず敵意を向けられる理由・・・。

 もしかしてカナのストーカーだった男か?

 前世でストーカー男を見たことはなかったが、なぜか確信があった。
「本当にしつこい男だな」
 周りには聞こえないくらいの声で呟いた。

 なぜ彼女の隣に座っている?たまたまなのか?しかしストーカー男も転生していたとはな。

 睨んでくるということは、前世の記憶をもっていて、僕が前世でカナの恋人だったこともわかっていそうだ。



 僕は誓う。 

 今度こそ、彼女を守ってみせる!
 前世で奪われてしまった僕とカナの未来を、この世界で切り拓く!

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

邪魔しないので、ほっておいてください。

りまり
恋愛
お父さまが再婚しました。 お母さまが亡くなり早5年です。そろそろかと思っておりましたがとうとう良い人をゲットしてきました。 義母となられる方はそれはそれは美しい人で、その方にもお子様がいるのですがとても愛らしい方で、お父様がメロメロなんです。 実の娘よりもかわいがっているぐらいです。 幾分寂しさを感じましたが、お父様の幸せをと思いがまんしていました。 でも私は義妹に階段から落とされてしまったのです。 階段から落ちたことで私は前世の記憶を取り戻し、この世界がゲームの世界で私が悪役令嬢として義妹をいじめる役なのだと知りました。 悪役令嬢なんて勘弁です。そんなにやりたいなら勝手にやってください。 それなのに私を巻き込まないで~~!!!!!!

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

[完結]裏切りの学園 〜親友・恋人・教師に葬られた学園マドンナの復讐

青空一夏
恋愛
 高校時代、完璧な優等生であった七瀬凛(ななせ りん)は、親友・恋人・教師による壮絶な裏切りにより、人生を徹底的に破壊された。  彼女の家族は死に追いやられ、彼女自身も冤罪を着せられた挙げ句、刑務所に送られる。 「何もかも失った……」そう思った彼女だったが、獄中である人物の助けを受け、地獄から這い上がる。  数年後、凛は名前も身分も変え、復讐のために社会に舞い戻るのだが…… ※全6話ぐらい。字数は一話あたり4000文字から5000文字です。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです

新条 カイ
恋愛
 ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。  それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?  将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!? 婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。  ■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…) ■■

皇帝の番~2度目の人生謳歌します!~

saku
恋愛
竜人族が治める国で、生まれたルミエールは前世の記憶を持っていた。 前世では、一国の姫として生まれた。両親に愛されずに育った。 国が戦で負けた後、敵だった竜人に自分の番だと言われ。遠く離れたこの国へと連れてこられ、婚約したのだ……。 自分に優しく接してくれる婚約者を、直ぐに大好きになった。その婚約者は、竜人族が治めている帝国の皇帝だった。 幸せな日々が続くと思っていたある日、婚約者である皇帝と一人の令嬢との密会を噂で知ってしまい、裏切られた悲しさでどんどんと痩せ細り死んでしまった……。 自分が死んでしまった後、婚約者である皇帝は何十年もの間深い眠りについていると知った。 前世の記憶を持っているルミエールが、皇帝が眠っている王都に足を踏み入れた時、止まっていた歯車が動き出す……。 ※小説家になろう様でも公開しています

処理中です...