おつまみ小話

一治もな

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ヒーローは化け物です(BL)

明ける年

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 パンパン、と柏手の音が響いている。
 
「元旦じゃなくても混んでるもんだな」

 鳥居を優に超えてはみ出している長い列を見ながら、感心したように瀬馬が言った。

「まあ三が日のうちは仕方ないね。警備に派遣されるような場所はこんなもんじゃないし」

 関東の中でも少し田舎なおかげで、二人が訪れた神社に足を運んでいる多くは近隣住人だ。
 そのおかげか、警備が必要なほど人が多いわけでもなく、この程度の列で済んでいるのだろうが、並ばずに参拝できるほど甘くはなさそうだ。

「それもそうか。葉琉みたいに元旦は仕事って人もいるもんな」

 大変だよな、と言う瀬馬に、右京は笑う。

「それも仕事だからね。俺が休んでる時は誰かが働いてくれてるわけだし」

 全員が一斉に休んでしまったら世界は回らない。
 逆に言えば、自分が休んでも、誰かが世界を回してくれるから、休める時は休んでいいのだろう。

「それよりも、ごめんね? 初詣、今日になっちゃって」
「全然。葉琉と行ける方が大事だからさ」

 瀬馬は学生なので当然休みなのだけれど、右京の休みに合わせて元旦ではなく、今日参拝することにしたのだ。
 仕事とはいえ申し訳なさを感じていたのだが、瀬馬の優しさに別の意味で胸がきゅっとなった。

「瀬馬ちゃん……!好き!!」
「葉琉は大げさなんだよなあ」
「めちゃくちゃ本心なのに!」
「はいはい」

 恒例のようなやり取りを交わしながら、二人は列の最後尾につく。好きな相手と一緒ならばきっと待ち時間は苦にならない。

「そういえば俺、元旦って一月一日をまるっと指してる言葉だと思ってたんだよね」
「違うのか?」
「元旦は午前中、午後まで含みたかったら元日なんだって」
「へえ」

 目を丸くする瀬馬に「驚くよね」と右京が頷く。

「初詣自体も松の内までに行くのがよしとされてるけど、明確に期限があるわけでもないし。もちろん諸説あるけど」
「詳しいな」
「こないだネットで調べました~!」
「偉いのは葉琉じゃなくてインターネットだった」

 そう言って顔を見合わせて笑ったところで鳥居に着いた。
 混雑しているせいで脇には寄れないので、そのままの位置で一礼をして鳥居をくぐる。
 手水をしに行くこともかなわないので清めることもできないのが、毎年のことながら落ち着かない。

「そうそう、それでさ」 
「うん」

 他人が鳴らす軽快な柏手を聞きながら、右京は話を戻す。

「何が言いたかったかっていうと、知ってるつもりで全然知らないことってたくさんあるなって」
「うん。かもな」

 身近にあるものや当たり前だと思っているものについて思考をする機会というのは実は少ない。
 自分たちの周りにいる人間も、景色も、しきたりも、操っている言葉のひとつひとつも。右京はじっくりと考えたこともなかった。

「俺たちも、たぶんそうだよね」
「葉琉……」

 右京が瀬馬に晒せないことがあるように、瀬馬にも右京の知らないことがたくさんある。
 知ろうとすらしなかったことがきっとある。

「だからさ」

 言いかけて、右京はやめた。

「番、くるね」

 前に並んでいた男女が階段を上がって手を合わせている。
 
 二人が参拝を終えるのと交代で、右京たちは御神前に進んだ。お賽銭を入れて二礼二拍手一礼。
 後ろに続く長蛇の列を思うとあまりゆっくりはできないので、この時ばかりは手短に。

 閉じていた目を開いて階段を下る。
 少し後から瀬馬が追いついてきた。

「熱心だったね。なにお願いしてた……かは聞かない方がいい?」
「葉琉の健康と幸せ祈願」
「は!? なんで!? 自分とか家族のことお願いしなよ」
 
 すっとんきょうな声を上げる右京に、

「だって、それは葉琉がしてくれるじゃん」

 瀬馬ははにかんだ。
 あまりに綺麗に微笑うから、思わず息をのんだ。

「あれ? 違った?」
「ち、がわないけど……」
「やっぱり」
「俺、言ったことあったっけ?」
「初めて一緒に行った時言ってた。だから、きっと毎年そうなんだろうなあって」
「よく覚えてるね」
「まあな」

 どこか自慢気な様子なのが可笑しく、それでいて可愛くて、右京の胸をくすぐった。 

「俺がお願いしてなかったらどうする気だったのさ」
「それならそれでもいいよ。俺が葉琉の幸せを願うのは変わらない」
「瀬馬ちゃんってほんと……」

 ずるいなあ、と呟いた言葉は口元を覆っていたマフラーの熱に溶ける。

「なにか言ったか?」
「ううん、なんでも」
 
 化け物の願いを神様が聞いてくれるのかはわからない。それでもきっと、右京は祈り続ける。
 最愛の人間の幸福が続くことを。
 自分を救ってくれた人が、救われることを。

 例えばそこに、自分がいなくなっても。

「瀬馬ちゃん」

 大切で、特別なひと。
 あと何度、この名前を呼ぶことが許されるだろうか。

「改めて、今年もよろしくね」
「こちらこそ、よろしく」

 瀬馬は屈託のない笑顔で頷いた。
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