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第1章 異世界の勇者

闇ギルド 後編 改稿版

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 俺はイベントに行くようになった日々はいつ頃だっただろう。
 当時専門学校生で時折、バイトをしたり親からの小遣いでためた金で自堕落に遊ぶ毎日を送っている日々。
 将来設計はもちろん、考えていたがそんなの大博打もいいところ。
 シナリオライターという無謀な夢。
 適度にネット小説を書いて投降する毎日も欠かさず送っていたけど批評は賛否両論。
 だけど、そのどれもが本当に皮肉にも良いような感想はない。
 そんな気苦労から、アニメや映画を見るということに力を入れすぎて、自ずとイベントというストレス発散に逃げていた。
 でも、人間観察という主題ができるという名目も自分に言い利かせたが、ある意味それは良かったことだった。
 イベントには多くの同志が集う。
 ある時に、特に好きな作品の某イベントにたまたま当選した。
 倍率もそこそこ高いイベントだっただけに当選した時はうれしく、イベント物販まで気合いを入れて乗り込んだ。
 早朝から並んで、戦利品を手にしてウキウキした気持ちで初めてのイベントを一人で満喫する。
 そのイベントの時にオタクらしいあまりにも純粋な一目ぼれ。
 そのキャストの中に当時あまりその作品内のキャストには興味なかったがひときわ美しく目も奪われるようなかわいい女性がいた。
 それが種村雪菜だったのだ。
 登壇するキャストの中で終始彼女に目が奪われていた俺は、彼女の一言一言に胸を打たれ笑っていた。
 気持ち悪いとか思われるかもしれないだろうことこの上ない気持ち。
 でも、これは憧れでもあり、叶わぬ恋をした。
 



*******


「おきなっ!」

 頭からひんやりとした感覚に襲われた。
 意識が現実世界へと引き戻された。

「ここは……」

 周囲を見るとどこかの木造小屋の地下で両手足を縛られて椅子に括り付けられている。
 数人の男女が俺を睨んで警戒して武器をぎらつかせていた。
 いつでも殺せるぞという意思表示を見せる。
 当の俺はびしょびしょに濡れている。
 水でもかけられて起こされたようだ。
 でも、この状況はどうしたというものだ?
 ゆっくりと眠る前までの記憶を掘り起こす。

「目を覚ましたようだね」

 目の前にスッと立つ赤髪の女。
 だんだんと鮮明に記憶がよみがえった。
 この女に俺は――

「そういえば捕まったんだったか……俺を家に帰してくれ」
「黙りなっ!」


 ジルに頬を力強くひっぱたかれる。
 口の中で鉄の味がする。
 ずきずきと口内の痛み。
 口を切ったのだろう。

「魔王様がアンタら勇者をご所望さ。だから、しばらくここでおとなしくしていてもらうよ」
「魔王だって?」
「そうさ」

 ジルが手にした短剣が俺の喉元へあてがわれる。
 チクチクとする刺激。
 
「アタシらはねぇ魔王に雇われた傭兵さね。アンタら勇者を闇ギルドに連れてけって言われてるのさね」
「勇者か……アハハ。そんなの俺はなった覚えない。そもそも勇者とか何の話だか知らない」
「嘘を言ったって無駄だよ。アンタのへんてこな服装。王城から出てきたところ。それらを含めてアンタが勇者だってのはわかってんのさ。そこの女と同様にね」

 奥から袋を頭からかぶせられた女性が連れてこられた。
 その袋をとられ見えた素顔は種村雪菜その人だ。


「種村さんをどうする気だ!」
「だから、言っただろう? アンタと同じ目にあってもらうだけさ。魔王様に引き渡すそれだけさね」
「魔王がどこのだれか知らないけど俺と彼女は勇者なんかじゃない! たまたま王城に呼び出された一般市民なだけだ」
「どの口が言うのかね。面は割れてんだよ! 魔王様は予期していた。この日にイスア国の王女が自らの城で異世界から勇者を召喚するってね。だから、アタイら傭兵に依頼が来たのさ。王城から出てくる奇妙な二人組を捕まえれば多額の報奨金が出るって」

 どんなに必死で取り繕った言葉を並べ立てたところで彼女たちは解放をする気はないことが次第にわかってくる。
 ともすれば状況が困窮を極めてくる。
 目の前で雪菜さんまで人質になっているのは俺には命よりも重大なことだ。
 今は身体に傷はつけられていないようだがしびれを切らしたら何をするかわからない連中に見えた。
 ならば、事態は悪くなる一方である。

(どうにか彼女だけでも逃がさないと。でも、ただの一般人の俺に何ができる?)

 俺は目の前の男たちが手にしているモノを見る。
 それは俺が腰に付けていたホルスターだ。
 その中に入っているものに興味津々なようだ。
 ある考えがよぎった。
 うまくいくかどうかはわからない。
 
「そ、それに触るんじゃねぇ」
「あ? おいおいなんだ? これがソンナに大事か?」
「それはあらゆる身を亡ぼすもんだぞ」
「あ?」

 男たちの顔が途端に険しくなる。
 ジルが男たちからホルスターを奪い取ってこっちへと持ってくる。

「おい、今なんて言ったんだい?」
「それを向けるな。アンタも死ぬぞ」
「ハハッ、これはやはりさしずめ魔王さえも殺せる武器ってわけかい」

 ジルの表情が含んだ笑いへと変わってくる。
 俺の首筋へと短剣の切っ先を突き立てる。

「気が変わったさね。なぁ、コイツがもしも魔王を殺せるもんだっていうなら使い方を教えればアンタをここから出してやるさ」
「おい、ジルさん! そいつぁ――」
「黙りな。これは一隅のチャンスさね。もしも、これを使って魔王を屠ればアタイらは英雄で大金持ちさ」

 ジルの一言で周囲のものたちも黙りこくった。
 どんな物語においても悪者ってのは欲望に忠実な生き物だ。
 
「わかったよ。その言葉信じていいんだよな?」
「ああ、いいさ。でも、もしもアタシらを騙したんなら承知しないよ」
「だったら、まずは縄をほどいてくれ。そうじゃないと教えることができない」
「……それは無理な相談だね」
「なら、この話はなしだ。そうじゃないと教えることはできない」

 しばし、牽制したにらみ合いが続ける。
 根負けした彼女が大仰にため息を零した。

「チッ、あんたら縄をほどいてやりな」

 縄をほどく、男たち。
 俺はゆっくりと立ち上がり、手を差し出す。

「なんだいその手は?」
「教えるなら、渡してくれなきゃダメだろ?」
「はん、その手には乗らないよ。そうやって手にした途端アタイらを殺す気だろう?」
「…………」

 ゆっくりと俺はため息を零す。

「わかった。なら、使い方を指し示しながら教える。まずはホルスターを閉じている蓋をはずせ」

 かぶせられたようにカバーしてある布を剥がして中身が見える。
 そこに収納してあるペンライトが2つ見える。

「へぇー、この白いのが武器ってわけかい」
「それを取り出して、底の部分を長押し、もう片方は手持ちの部分を長押しすると力が出てくる」

 彼女が長押しを始めた。
 俺は含み嗤う。

「ぐぁああ!」

 彼女の目がくらんだ。
 知らない人がペンライトをつければ一瞬の眩みが生まれる。
 手から落としたそれを手にした俺は素早くジルの顎先にペンライトの刀身を打ちこんだ。
 一瞬のうちに倒れ込む彼女。
 男たちに向けてペンライトの切っ先を向ける。

「動くんじゃない! コイツの力を受けたくなかったら彼女も解放しろ!」

 このペンライトに力なんてあるはずもない。
 でも、はったりくらいはできる。
 男たちがビビったように種村さんを解放した。
 種村さんがおどおどした様子でこちらを見ていた。
 俺は首で逃げてというサインを示して首を動かす。
 彼女が走り去る。
 俺は2本目を取り出して、彼らに攻撃を仕掛けてこの場を切り抜けようとした。

「くくっ、あまい、あまいさねぇ、勇者」

 おもわず俺はありえぬはずの声が背後から聞こえる。
 だって、その声の主は今俺の手で押さえているはず。
 足場から急激な光。
 俺の首を何者かが掴む。

「うぐっ」

 後ろから首をつかむ何者か。
 
「へぇ、これが勇者ねぇ。というか、君たちさ勇者の武器がこんなちゃっちいわけないさね」

 男が俺の手からペンライトを奪う。
 それを一本軽々と壊した。

「まったく、馬鹿だねぇ」
「おまえ……なんで二人……」

 背後からはもう一人の赤髪のジルがあらわれた。
 彼女は指を鳴らすと俺が捕縛していた何者かが「え、なにこれ……なにこれ!」とさっきの声とはまるで別人。
 赤い髪がずれて茶髪が見えた。カツラだったのだ。

「あーうるさいさね」

 彼女がもう一度指を鳴らすと目の前で捕縛していた女の頭がはじけ飛び、脳みそや肉片が顔面に思い切り振りかかる。
 その光景に胴体部を俺は突き飛ばして喚き叫んだ。

「なんだぁい? こんなのでびびってるのかい。たいしたことないさね勇者ってのは」
「うそだろ……はは……人の頭が……血が……血が……」

 急激な浮力、腹へと衝撃が掛かった。
 宙に投げ飛ばされて蹴られたんだとわかったのは痛みで瓦礫の山に崩れてから。
 激痛で意識が薄れてしまいそうだ。
 ゆっくりと本当のジルらしき女が近づいてくる。
 彼女の姿がようやく拝見できた。
 見た目は猫のような鋭い目つきをした女。服装はまるでアラブの王様のような衣装姿の妖艶な姿。
 彼女の右手が神々しく輝く。
 とんでもなく、やばいのは悟った。

「本当にこんな情けないのが勇者とか腹立つさね」

 輝く雷が身体を鞭打った。


「うぁあああああああっ!」

 電流が身体中の神経をめぐって痛みを与えてくる。
 じわじわとじりじりと痛んでくる身体中に体力も奪われた。
 息も絶え絶えになる俺を見下ろして恍惚な笑みを浮かべるジル。

「アハッ」

 三度彼女は雷撃を放った。
 何度何度何度も繰り返される。
 そのたびに俺の全感覚神経は痛みという結果しか生み出さなくなり、意識も遠のき始める。
 ジルの部下たちでさえもその光景には軽く目をあわせずそらして、捕縛対象の彼に哀れみさえ覚えていた。

「あ、あのジルさん。さすがにそれ以上やってしまうと死んでしまうのでは?」
「あ? なにさね。アタシに逆らうのかい?」
「いえ、ただそのこのまま殺してしまわれると報奨金が……」
「チッ、わかってるさね。でも、コイツは勇者さ。最後に一発お見舞いしたくらいでは死なないさ」

 彼女が両手に電光を迸らせる。
 今までの中でも最大の威力が来るとわかった。
 死を悟り、俺は目をつぶった。
 その時に、逃がした彼女の声が聞こえた。

(絶対に助けるから)

 それは幻聴か。
 だが、俺にわずかな生存本能を動かし、反射的にペンライトを握って俺は振っていた。

「なに……?」

 自身でも驚くべき光景が展開した。

「これ……夢か?」

 ペンライトが敵の雷光を打ち消していた――
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