怪物の少女と心優しき青年

ryuu

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第1章 監禁生活の始まり

訪問者の殺害

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  優人は保冷剤に氷をもって風呂場の浴槽にそれらを放り込む。
 浴槽の中には腐敗した死体が存在していた。
 監禁された鉄格子の部屋から解放されて数日が経過している。
 自分は死体を腐敗させず冷凍保存させることを条件にして家の中でだけ解放を許された囚人だった。
 風呂場の外である廊下ではユイカが睨みを利かせて自分が逃亡を図らないように待っている。
 これでは逃げることなど皆無だろうけれども、優人は逃亡をあきらめているわけではない。 
 保冷材や氷も入れ替えるという名目で、少しずつではあるが風呂場の窓から出る算段を計画していた。
 いつも、数分だけ、外へ出ては散策を行っていた。
 そして、今日、この場所が大体どこにあるのかを理解した。
 自分は祖父母のいる街からそう遠く離れていない森林地帯の中にある一軒家にいるのだとわかった。
 森林から抜け出すための坂道を下っていけば大通りに出て街へ向かえる。
 ここら一帯には民家は存在していない。
 森林というのもあるからだろうか。
 まさに、隠れ家にふさわしい場所だったのだ。
 今日も脱出ルートを示すための痕跡を作る。
 彼女が追撃した際の仕掛け罠を施す。
 森林の中に大分掘れた落とし穴。
 枯れ葉の山の中に一つだけ存在する罠の穴をうまく利用して逃亡すればいける。
 さらに、穴の続ける先には糸とそこからつながる丸太の仕掛けがある。
 
「あと、数日。あと数日したら逃亡すればいい」

 逃げた後は警察へ彼女のことを伝えれば自分は解放される。
 成功をする未来を考えて気持ちを高揚させる。
 時間がそろそろピークになり、急いで風呂場の窓から戻りに向かうとき、車の走行音が聞こえた。

「え」

 窓の冊子に手をかけた状態で体は止まり庭先へ一台の車が入っていくのが見えた。
 急ぎ窓から入り、何食わぬ顔で足を洗い、廊下に佇むユイカに声を掛けた。

「ユイカちゃん、お待たせ」

 あえて優人は車のことは伏せた。
 これはチャンスだと思った。
 車の人物がこの家の訪問者であろうことは明白だ。
 その人物に助けを請うて逃げれば。

(でも、この場合、俺は犯罪者に間違われるんじゃないか?)

 よくよく考えた。
 自分の立場はまさに彼女に命令されるままに死体を腐敗防腐処理している仲間ではないか。
 一瞬の迷いが生じた時に家のドアベルが鳴った。
 ユイカの顔が険しさを帯びた。
 
「訪問者?」
「ゆ、ユイカちゃん?」

 彼女はためらいなく玄関先へ向かい歩いていく。
 優人はそっと、階段の踊り場の陰から様子を伺う。

「おや、君は誰だい? 昭三さんのお孫さんかな?」
「おじいちゃんの知り合い?」
「ああ。おじいちゃんの仕事仲間さ。おじいちゃんはいるかな? 長いこと仕事に来てないようだからちょっと心配になってね」
「おじいちゃん具合悪くて今寝てる」
「そうなんかい。でも、君一人でおじいちゃんの看病を?」
「違う。お母さんも一緒」
「そうか。なら、お母さんを呼んできてもらえるかな」
「今は無理」

 ペラペラと嘘を並べて語るユイカに騙されているのか疑っているのかはわからないがここの家主である爺さんの仕事仲間の男性は話を進めていき、彼女の言葉に折れたように頭を抱え込む。

「なら、しょうがないな。すまないが、一度家にあげてもらえるかい。直接、昭三さんにお話をしたいからさ」

 ユイカは何食わぬ顔で彼を家にあげ始めた。
 優人はその行動を見て仰天する。
 何を考えたのか。
 彼女は彼の後をついていき居間に入る。
 そして、彼の叫び声が聞こえた。
 優人は慌てて居間へ向かうと、そこには四肢をもがれた血まみれの男の姿。
 だが、まだかろうじで生きていた。

「よかった。来てくれたんだな。優人」
「な、なにしてるんだよ!」
「なにをしているとは?」
「だ、だってその人今にも死にそうで……」
「こうしなければ、私たちは捕まる」
「私たち?」
「ああ。優人と私だ。私と優人はここの家主を殺した共犯者だ」
「お、俺は殺していない!」
「ふん、そうはいうがこの男はどう思っているだろうな」

 優人は四肢をもがれて呻く男がこちらを睨んでいたことに気付く。
 目と目が合い、男は鬼のような形相で毒を吐いた。

「このクソガキャァアア! てめぇらぜってぇその頭かちわったらぁあ!」
「俺は殺していない……殺して……」

 だけど、男の目は優人にも突き刺さっていた。
 彼は這いつくばりながら優人へ近づく。
 そして、その足首に噛みついた。

「イタイイタイタイタイタイタイッ! 離して、離してええええ!」

 優人は彼の顎をを蹴り上げた。
 その衝撃が思いのほか強く、ゴキリという音が響くと彼の生命が一瞬で失われた。
 優人は唖然としながらその場に腰を落として座り込む。

「アハっ、優人まさか、殺すとは思わなかった」

 背後から優人の肩に手を回してユイカが耳元でささやく。
 
「私は殺せなどとは命じていないぞ。今、お前自身の手で殺した。私は大人しくするために四肢をもいで生かしていたのに止めを刺した」
「俺は噛んできたから……だから……」

 哀れな虚ろな目をしている訪問者の男の目と目が合い背筋に寒気が走り、嘔吐が襲う。
 おもわず口元を抑えて洗面所に駆け込んだ。
 吐しゃ物を吐き散らし、水道で口をゆすぐ。
 すると、そばにはユイカが立っていた。

「優人、やっぱり私とお前は一緒にいなきゃいけない。ずっと一緒だ」

 暗く澱み切った瞳が優人を捕えていた。
 優人は全身が硬直したようになってしまう。

「優人、もう逃げるなんて考えは捨てられたな」
「………え」

 ユイカはまるで、全部を知っているぞとでもいうような含みを持たせた目線を浴びせてくる。
 知っていたんだ。
 本当に全部を。

「優人、さすがにこれだけばらばらだと防腐も無駄だろう? なら、どこかに埋めてしまおう」

 ユイカが凶悪な笑みを浮かべてひどく残忍な提案を口にする。

「そう、一緒に死体を埋めよう」
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