35 / 181
危険(?)な夜
P35
しおりを挟む俺には、入学当初からずっと好きだった女の子がいる。
真っ白な肌に、ピンク色の頬。下から見つめてくる上目遣いをする大きくて綺麗な瞳。さらさらの長い黒髪。そして、とても優しい性格。
俺が好きになった子は、入学当初から学校イチの美少女────結城桜十葉ちゃんだった。
純粋な彼女に、一瞬にして惹かれた。一目惚れ、だったんだと思う。優しくて可愛い笑顔をみせてくれる君を気づけば大好きになっていた。
純粋な彼女を俺で汚したくてしょうがなかった。だけど、その恋は淡く、失恋に終わった───。
桜十葉ちゃんへの想いは、告げることのできないまま叶わぬ恋となった。
桜十葉ちゃんが、あの坂口組の組長の息子、坂口裕翔の彼女だと知った途端、勝手に失望して落ち込んだ。
それ以来、桜十葉ちゃんの顔を見ることが出来なかった。桜十葉ちゃんも気づいていたと思う。俺が避けていることを。
不意に見た桜十葉ちゃんの顔がすごく寂しそうにしていたから、すぐに目を逸した。
だって、そんな顔されたら期待してしまうじゃんか……。俺に避けられて悲しいと思っている桜十葉ちゃんを、もう1度好きになってしまいそうだった。
「あははははっ!もお~こしょばいってば~!」
廊下を歩いていると突然聞こえてきた楽しそうな声。その声は、俺がずっと求めていたもので思わず声のした方を振り返った。
そこには、楽しそうに友達と笑う、桜十葉ちゃんの姿があった────。
「…っ、……!」
この気持ちを、どうしたら忘れられるのか。1度芽生えてしまった恋心は、失恋してもなお残り続けている。自分の気持ちを伝えられないことが、こんなにも辛いことだとは思っていなかった。
でも、俺は桜十葉ちゃんに気持ちを伝えることはきっと出来ない。あの日の入学式以来、桜十葉ちゃんのことをずっと避け続けてきた俺に、桜十葉ちゃんへの気持ちを伝える資格なんてきっと、どこにもない。
桜十葉ちゃんは、明るい世界に生きる子だ。どんなに辛く悲しいことが起ころうとも、それに立ち向かう強さを持っている芯の強い女の子だ。
だから、だろう。彼女の周りには、いつも笑顔が溢れている。自分に向けてくれる笑顔を見るだけで、幸せな気持ちで満たされた。
これはもう、もはや執着ではないのか…?どうしても、桜十葉ちゃんのことを諦めきれない。いや、違う。諦めたくなんかない。
だって俺は、まだこの抑えきれない感情を伝えていないのだから。
振られると分かっていても、俺は自分の気持ちを伝えたい。これが、桜十葉ちゃんのことを諦めるきっかけになるのならば……。
「おと、ちゃん……放課後、ちょっと時間くれないかな?」
俺は、桜十葉ちゃんが居る階段のところまで歩いて行き、声をかけた。
俺が話しかけたことをよっぽど驚いたのか、しばらくぽかんと口を開いて俺を見つめていた桜十葉ちゃん。でも、すぐに嬉しそうな顔でふにゃっと笑った。
「うん。…いいよ!」
期待はしない。君は、誰にでも優しいと分かっているから。だから今日、俺を振ることに心を痛めるかもしれない。だけどそこは、潔く振ってくれたらそれでいいんだ。
桜十葉ちゃんの隣に居た鈴本さんが俺を不審そうな目で見てきたけど無視だ。急に桜十葉ちゃんを避け始めた俺をよく思っていないのは分かっている。
今日で、桜十葉ちゃんへのわだかまりと、このどうしようもない気持ちを綺麗さっぱりなくそう。
俺は教室に戻り、自分の席に向かう。すると途端に、沢山の男子や女子たちに囲まれた。俺は、この学院の王子様。
みんなに好かれ、かっこいいと騒がれて結構モテるし告白もされる。男子からの好感度も良い。
だけど俺は、好きな子に振り向いてはもらえなかったただの臆病者だ。彼氏がヤクザの息子だろうと、怖がらずに奪いに行くべきだった。
俺は、もっと早く行動することが出来なかった。
今更悔やんでも仕方のないことを、いつまでもウジウジと考え続けていた。
***
「来てくれてありがとう。おとちゃん」
そういえば、“おとちゃん”という呼び方を桜十葉ちゃんの彼氏は眉をしかめてキモい言ってきた。
桜十葉ちゃんと2人きりで校舎から出てきたことをめちゃくちゃ嫉妬しているらしかった彼氏を見て、ある種の快感を覚えた。
「うん。…でも、こんなところに呼び出してどうしたの?」
あらかじめ1年生の使われていない空き教室で待っていてほしいと頼んでおいたのだ。
「おとちゃん。急に、ごめんね。まずは、……今まで避けていたこと、本当にごめん」
「えっ……!?う、ううん!そんな、謝らないで…っ」
俺が膝に付くくらいにまで頭を下げたので、桜十葉ちゃんがそう驚いたように声を上げる。
そして、俺たちの間に静かな沈黙が流れる。
俺は下げていた頭をゆっくりと上げて、恐る恐る桜十葉ちゃんの方を見た。自分が見たものが、信じられなくて目を見張った。
「おと、ちゃん……?なんで、泣いてるの」
桜十葉ちゃんは、流れ落ちる涙を拭いながら泣いていた。でも、その表情はとても穏やかで、嬉しそうだった。それに、心底ほっとする。
「だって、……ま、真陽くんにようやく話しかけてもらえたから……っ。なんで避けてるのとか、何だか怖くて聞けなくて、……でも最初に出来たお友達だったから、やっぱり話したくて、……」
ああ。俺は、なんて馬鹿だったのだろう。いつも自分の手の届くところにいた彼女を、傷つけてしまっていたなんて……。
「ごめんね。おとちゃん。本当に、ごめん……」
「…うん、いいよ。機嫌直ったから……ふふっ」
彼女は、いつもいつも、表情が豊かだ。ニコニコとした愛想を浮かべている俺なんかとは大違い。その表情はコロコロと変化して、見ていて凄く面白い。
そして、信じられないくらいに可愛いんだ。
「可愛い、……」
無意識に口に出してしまっていた俺の言葉を、桜十葉ちゃんの耳がぴくっと聞き取る。
やばい、キモがられたかな?やっぱり、好きじゃない男に可愛いとか言われても嬉しくないよね……。
「やっと、あの頃の真陽くんだね。真陽くんは、もっと自分を見せてもいいと思う」
桜十葉ちゃんが、とても大人びた表情でそう言った。その透き通るように綺麗な瞳に、俺の全てを見透かされている気がして落ち着かなかった。
「おとちゃん……?」
「真陽くんは、みんなに全てを見せても大丈夫ってこと!ずっと見てて思ったんだ。もしかしたら真陽くんは、上辺だけの関係をみんなと築いているのかなって」
とても、驚いた。桜十葉ちゃんは、俺が思っていたよりももっとずっと人の心に鋭い子だったのかもしれない。勝手に鈍感で天然な、可愛い子だと決めつけていたけれど、桜十葉ちゃんはそれだけではなかったんだ。
人の心に敏感で、感無量の優しさで、疲れた心を癒やしてくれる。その鋭さと、言葉の選び方に泣きそうになってしまう。
「私は、まだ本当の真陽くんと話したことはないよ。本当の君は、今よりもずっと人間味があって魅力的な男の子な気がするんだ」
桜十葉ちゃんはそう言って、ふわっと一輪の薔薇の大輪が咲くように微笑んだ。
桜十葉ちゃんは、どうしてこんなにも人たらしなのだろう。好きが溢れてしまって息が苦しくなる。ここまで他人に惹かれたのは、初めてだったんだ。
俺のものにしたい。俺で一色に染めたい。ずっと、隣に居たい。
決して結ばれることのない恋だと分かっていても、それでも俺は、好きという気持ちを止められない。
こんな気持ちを教えてくれたのは、君だったから。
誰かに感情を揺さぶられることも、何かに興味を持ったことも1度もなかったつまらない俺が、こんなにも本気になれたんだ。
まだ幼い時に、俺は他の人とは違うのだと悟った。
全てがつまらなく思えて、生きる意味さえも分からなかった。両親は共に海外で活躍する俳優たちで、望むものならば何だって手に入れられた。
地位と権力だって、ずば抜けて高かった。
容姿端麗。才色兼備。勉強も運動も何だって安々とこなしてしまう俺をみんなはそんな風に言っていた。
でも、俺は自分のほしいと思うものが見つからなかった。
それを見つけることが出来たのなら、俺の心は満たされると思った。
「俺、さ……感情がないんだ。みんなが楽しいと思うことも、悲しいと思うことも、自分にはどうだって良かった……。笑おうと思えば笑える。だけど、心の底から笑ったことは、1度もなかった」
君に、出会うまでは。
「おとちゃんに出会って、俺は変わったんだよ」
俺の言葉に、桜十葉ちゃんが目を瞠った。
だから、この恋が叶わなくてもいい。だって俺は、こんなにも心が揺り動かされる感情を、桜十葉ちゃんから貰うことが出来たから。
初恋、なんだ……。
「俺が産まれて初めて好きになった子は、桜十葉ちゃん。君だったんだよ」
こんな感情を、俺に教えてくれてありがとう。もう、欲張りなことは言わないから、だから、今は少しだけ俺の願いを聞いてほしい……。
「っ……真陽くん…っ!」
桜十葉ちゃんを、ぎゅっと優しく抱きしめた。すぐ間近で伝わる桜十葉ちゃんの体温が、とても愛おしい。
桜十葉ちゃんの両の腕はふらふらと宙を彷徨っていて、恐る恐る迷うように俺の背中に添えられた手。
「真陽くん、……私を避けてた理由、聞いてもいいかな…?」
桜十葉ちゃんは、気づいているのだろう。俺が、君の彼氏の正体を知っているということを。
「入学式のあの日、俺は坂口組の組長の息子、坂口裕翔を見た」
俺の言った言葉に、すぐ近くで桜十葉ちゃんがヒュッと息を呑むのが分かる。
「あの人、やっぱりおとちゃんの彼氏……?」
「……う、うん。そう、だよ…。だから、ごめん。真陽くんの告白は、ごめんなさい」
俺が抱きしめていた桜十葉ちゃんがぶるぶると震えながらそう告げた。
違う。違うんだ、桜十葉ちゃん。俺は君を、そんな風に怖がらせるつもりじゃない。きっと桜十葉ちゃんは、裕翔という彼氏の身の安全を暗(あん)じている。
「大丈夫だよ、おとちゃん。彼氏さんの正体は、絶対に言わないから。でも、1つだけ条件がある」
桜十葉ちゃんは涙目になりながら俺を見上げた。今は自分の腕の中にいる桜十葉ちゃんを、どうしようもなく虐めたいと思う気持ちに駆られたがそこはグッと留まる。
「な、何……?」
「これからも、俺の友達として普通に接してほしいです」
これだけでいいんだ。俺の最後の頼み事。
「へ、……?そんなことでいいの…?」
「そんなことって何…?俺にとってはめちゃくちゃ嬉しいことなんだけどなぁ」
俺の言葉に、桜十葉ちゃんはふっと安心したように微笑んだ。
……ガタンッ────!!!!
そんな和やかな空気が流れていた空き教室に、突然扉が激しく開かれる大きな声音が響いた。
俺は大きな音のした方を素早く振り返った。
「っ……!?坂口、裕翔…っ!」
そこには、桜十葉を抱きしめていた俺を鋭い瞳で睨みつける、ヤクザの息子、坂口裕翔が居た────。
「裕翔くん……っ!?」
桜十葉ちゃんは、俺から勢いよく離れた。
「桜十葉、帰るよ」
坂口裕翔は、恐ろしく怖い顔をして冷たい声でそう言った。パシッと桜十葉ちゃんの手を取った力がとても強かった。
桜十葉ちゃんはバツが悪そうに俯いて、その冷たい声と態度に傷ついたような悲しい顔をした。
坂口裕翔は桜十葉ちゃんを先に教室から出し、自分もそれに続いて出ようとした、その時ーーーーーーーー
「お前、いつまで俺の桜十葉の近くにいるつもりなんだよ?次指1本でも桜十葉に触れてみろ。……殺すぞ」
ヤクザの息子が言ったら、そんな言葉は洒落にならなかった……。俺の背筋が凍る。ドクドクドク、と嫌な心臓の音が耳にこだまして、冷や汗が垂れた。
桜十葉ちゃんは、怒らせてしまってらこんなにも怖い人と付き合っているんだ……。
これじゃあ、最初から叶いっこなかったな……。
俺は、桜十葉ちゃんの体温が残る腕を虚しく宙でぶらつかせた。
✩.*˚side end✩.*˚
真っ白な肌に、ピンク色の頬。下から見つめてくる上目遣いをする大きくて綺麗な瞳。さらさらの長い黒髪。そして、とても優しい性格。
俺が好きになった子は、入学当初から学校イチの美少女────結城桜十葉ちゃんだった。
純粋な彼女に、一瞬にして惹かれた。一目惚れ、だったんだと思う。優しくて可愛い笑顔をみせてくれる君を気づけば大好きになっていた。
純粋な彼女を俺で汚したくてしょうがなかった。だけど、その恋は淡く、失恋に終わった───。
桜十葉ちゃんへの想いは、告げることのできないまま叶わぬ恋となった。
桜十葉ちゃんが、あの坂口組の組長の息子、坂口裕翔の彼女だと知った途端、勝手に失望して落ち込んだ。
それ以来、桜十葉ちゃんの顔を見ることが出来なかった。桜十葉ちゃんも気づいていたと思う。俺が避けていることを。
不意に見た桜十葉ちゃんの顔がすごく寂しそうにしていたから、すぐに目を逸した。
だって、そんな顔されたら期待してしまうじゃんか……。俺に避けられて悲しいと思っている桜十葉ちゃんを、もう1度好きになってしまいそうだった。
「あははははっ!もお~こしょばいってば~!」
廊下を歩いていると突然聞こえてきた楽しそうな声。その声は、俺がずっと求めていたもので思わず声のした方を振り返った。
そこには、楽しそうに友達と笑う、桜十葉ちゃんの姿があった────。
「…っ、……!」
この気持ちを、どうしたら忘れられるのか。1度芽生えてしまった恋心は、失恋してもなお残り続けている。自分の気持ちを伝えられないことが、こんなにも辛いことだとは思っていなかった。
でも、俺は桜十葉ちゃんに気持ちを伝えることはきっと出来ない。あの日の入学式以来、桜十葉ちゃんのことをずっと避け続けてきた俺に、桜十葉ちゃんへの気持ちを伝える資格なんてきっと、どこにもない。
桜十葉ちゃんは、明るい世界に生きる子だ。どんなに辛く悲しいことが起ころうとも、それに立ち向かう強さを持っている芯の強い女の子だ。
だから、だろう。彼女の周りには、いつも笑顔が溢れている。自分に向けてくれる笑顔を見るだけで、幸せな気持ちで満たされた。
これはもう、もはや執着ではないのか…?どうしても、桜十葉ちゃんのことを諦めきれない。いや、違う。諦めたくなんかない。
だって俺は、まだこの抑えきれない感情を伝えていないのだから。
振られると分かっていても、俺は自分の気持ちを伝えたい。これが、桜十葉ちゃんのことを諦めるきっかけになるのならば……。
「おと、ちゃん……放課後、ちょっと時間くれないかな?」
俺は、桜十葉ちゃんが居る階段のところまで歩いて行き、声をかけた。
俺が話しかけたことをよっぽど驚いたのか、しばらくぽかんと口を開いて俺を見つめていた桜十葉ちゃん。でも、すぐに嬉しそうな顔でふにゃっと笑った。
「うん。…いいよ!」
期待はしない。君は、誰にでも優しいと分かっているから。だから今日、俺を振ることに心を痛めるかもしれない。だけどそこは、潔く振ってくれたらそれでいいんだ。
桜十葉ちゃんの隣に居た鈴本さんが俺を不審そうな目で見てきたけど無視だ。急に桜十葉ちゃんを避け始めた俺をよく思っていないのは分かっている。
今日で、桜十葉ちゃんへのわだかまりと、このどうしようもない気持ちを綺麗さっぱりなくそう。
俺は教室に戻り、自分の席に向かう。すると途端に、沢山の男子や女子たちに囲まれた。俺は、この学院の王子様。
みんなに好かれ、かっこいいと騒がれて結構モテるし告白もされる。男子からの好感度も良い。
だけど俺は、好きな子に振り向いてはもらえなかったただの臆病者だ。彼氏がヤクザの息子だろうと、怖がらずに奪いに行くべきだった。
俺は、もっと早く行動することが出来なかった。
今更悔やんでも仕方のないことを、いつまでもウジウジと考え続けていた。
***
「来てくれてありがとう。おとちゃん」
そういえば、“おとちゃん”という呼び方を桜十葉ちゃんの彼氏は眉をしかめてキモい言ってきた。
桜十葉ちゃんと2人きりで校舎から出てきたことをめちゃくちゃ嫉妬しているらしかった彼氏を見て、ある種の快感を覚えた。
「うん。…でも、こんなところに呼び出してどうしたの?」
あらかじめ1年生の使われていない空き教室で待っていてほしいと頼んでおいたのだ。
「おとちゃん。急に、ごめんね。まずは、……今まで避けていたこと、本当にごめん」
「えっ……!?う、ううん!そんな、謝らないで…っ」
俺が膝に付くくらいにまで頭を下げたので、桜十葉ちゃんがそう驚いたように声を上げる。
そして、俺たちの間に静かな沈黙が流れる。
俺は下げていた頭をゆっくりと上げて、恐る恐る桜十葉ちゃんの方を見た。自分が見たものが、信じられなくて目を見張った。
「おと、ちゃん……?なんで、泣いてるの」
桜十葉ちゃんは、流れ落ちる涙を拭いながら泣いていた。でも、その表情はとても穏やかで、嬉しそうだった。それに、心底ほっとする。
「だって、……ま、真陽くんにようやく話しかけてもらえたから……っ。なんで避けてるのとか、何だか怖くて聞けなくて、……でも最初に出来たお友達だったから、やっぱり話したくて、……」
ああ。俺は、なんて馬鹿だったのだろう。いつも自分の手の届くところにいた彼女を、傷つけてしまっていたなんて……。
「ごめんね。おとちゃん。本当に、ごめん……」
「…うん、いいよ。機嫌直ったから……ふふっ」
彼女は、いつもいつも、表情が豊かだ。ニコニコとした愛想を浮かべている俺なんかとは大違い。その表情はコロコロと変化して、見ていて凄く面白い。
そして、信じられないくらいに可愛いんだ。
「可愛い、……」
無意識に口に出してしまっていた俺の言葉を、桜十葉ちゃんの耳がぴくっと聞き取る。
やばい、キモがられたかな?やっぱり、好きじゃない男に可愛いとか言われても嬉しくないよね……。
「やっと、あの頃の真陽くんだね。真陽くんは、もっと自分を見せてもいいと思う」
桜十葉ちゃんが、とても大人びた表情でそう言った。その透き通るように綺麗な瞳に、俺の全てを見透かされている気がして落ち着かなかった。
「おとちゃん……?」
「真陽くんは、みんなに全てを見せても大丈夫ってこと!ずっと見てて思ったんだ。もしかしたら真陽くんは、上辺だけの関係をみんなと築いているのかなって」
とても、驚いた。桜十葉ちゃんは、俺が思っていたよりももっとずっと人の心に鋭い子だったのかもしれない。勝手に鈍感で天然な、可愛い子だと決めつけていたけれど、桜十葉ちゃんはそれだけではなかったんだ。
人の心に敏感で、感無量の優しさで、疲れた心を癒やしてくれる。その鋭さと、言葉の選び方に泣きそうになってしまう。
「私は、まだ本当の真陽くんと話したことはないよ。本当の君は、今よりもずっと人間味があって魅力的な男の子な気がするんだ」
桜十葉ちゃんはそう言って、ふわっと一輪の薔薇の大輪が咲くように微笑んだ。
桜十葉ちゃんは、どうしてこんなにも人たらしなのだろう。好きが溢れてしまって息が苦しくなる。ここまで他人に惹かれたのは、初めてだったんだ。
俺のものにしたい。俺で一色に染めたい。ずっと、隣に居たい。
決して結ばれることのない恋だと分かっていても、それでも俺は、好きという気持ちを止められない。
こんな気持ちを教えてくれたのは、君だったから。
誰かに感情を揺さぶられることも、何かに興味を持ったことも1度もなかったつまらない俺が、こんなにも本気になれたんだ。
まだ幼い時に、俺は他の人とは違うのだと悟った。
全てがつまらなく思えて、生きる意味さえも分からなかった。両親は共に海外で活躍する俳優たちで、望むものならば何だって手に入れられた。
地位と権力だって、ずば抜けて高かった。
容姿端麗。才色兼備。勉強も運動も何だって安々とこなしてしまう俺をみんなはそんな風に言っていた。
でも、俺は自分のほしいと思うものが見つからなかった。
それを見つけることが出来たのなら、俺の心は満たされると思った。
「俺、さ……感情がないんだ。みんなが楽しいと思うことも、悲しいと思うことも、自分にはどうだって良かった……。笑おうと思えば笑える。だけど、心の底から笑ったことは、1度もなかった」
君に、出会うまでは。
「おとちゃんに出会って、俺は変わったんだよ」
俺の言葉に、桜十葉ちゃんが目を瞠った。
だから、この恋が叶わなくてもいい。だって俺は、こんなにも心が揺り動かされる感情を、桜十葉ちゃんから貰うことが出来たから。
初恋、なんだ……。
「俺が産まれて初めて好きになった子は、桜十葉ちゃん。君だったんだよ」
こんな感情を、俺に教えてくれてありがとう。もう、欲張りなことは言わないから、だから、今は少しだけ俺の願いを聞いてほしい……。
「っ……真陽くん…っ!」
桜十葉ちゃんを、ぎゅっと優しく抱きしめた。すぐ間近で伝わる桜十葉ちゃんの体温が、とても愛おしい。
桜十葉ちゃんの両の腕はふらふらと宙を彷徨っていて、恐る恐る迷うように俺の背中に添えられた手。
「真陽くん、……私を避けてた理由、聞いてもいいかな…?」
桜十葉ちゃんは、気づいているのだろう。俺が、君の彼氏の正体を知っているということを。
「入学式のあの日、俺は坂口組の組長の息子、坂口裕翔を見た」
俺の言った言葉に、すぐ近くで桜十葉ちゃんがヒュッと息を呑むのが分かる。
「あの人、やっぱりおとちゃんの彼氏……?」
「……う、うん。そう、だよ…。だから、ごめん。真陽くんの告白は、ごめんなさい」
俺が抱きしめていた桜十葉ちゃんがぶるぶると震えながらそう告げた。
違う。違うんだ、桜十葉ちゃん。俺は君を、そんな風に怖がらせるつもりじゃない。きっと桜十葉ちゃんは、裕翔という彼氏の身の安全を暗(あん)じている。
「大丈夫だよ、おとちゃん。彼氏さんの正体は、絶対に言わないから。でも、1つだけ条件がある」
桜十葉ちゃんは涙目になりながら俺を見上げた。今は自分の腕の中にいる桜十葉ちゃんを、どうしようもなく虐めたいと思う気持ちに駆られたがそこはグッと留まる。
「な、何……?」
「これからも、俺の友達として普通に接してほしいです」
これだけでいいんだ。俺の最後の頼み事。
「へ、……?そんなことでいいの…?」
「そんなことって何…?俺にとってはめちゃくちゃ嬉しいことなんだけどなぁ」
俺の言葉に、桜十葉ちゃんはふっと安心したように微笑んだ。
……ガタンッ────!!!!
そんな和やかな空気が流れていた空き教室に、突然扉が激しく開かれる大きな声音が響いた。
俺は大きな音のした方を素早く振り返った。
「っ……!?坂口、裕翔…っ!」
そこには、桜十葉を抱きしめていた俺を鋭い瞳で睨みつける、ヤクザの息子、坂口裕翔が居た────。
「裕翔くん……っ!?」
桜十葉ちゃんは、俺から勢いよく離れた。
「桜十葉、帰るよ」
坂口裕翔は、恐ろしく怖い顔をして冷たい声でそう言った。パシッと桜十葉ちゃんの手を取った力がとても強かった。
桜十葉ちゃんはバツが悪そうに俯いて、その冷たい声と態度に傷ついたような悲しい顔をした。
坂口裕翔は桜十葉ちゃんを先に教室から出し、自分もそれに続いて出ようとした、その時ーーーーーーーー
「お前、いつまで俺の桜十葉の近くにいるつもりなんだよ?次指1本でも桜十葉に触れてみろ。……殺すぞ」
ヤクザの息子が言ったら、そんな言葉は洒落にならなかった……。俺の背筋が凍る。ドクドクドク、と嫌な心臓の音が耳にこだまして、冷や汗が垂れた。
桜十葉ちゃんは、怒らせてしまってらこんなにも怖い人と付き合っているんだ……。
これじゃあ、最初から叶いっこなかったな……。
俺は、桜十葉ちゃんの体温が残る腕を虚しく宙でぶらつかせた。
✩.*˚side end✩.*˚
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?
春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。
しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。
美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……?
2021.08.13
会社の後輩が諦めてくれません
碧井夢夏
恋愛
満員電車で助けた就活生が会社まで追いかけてきた。
彼女、赤堀結は恩返しをするために入社した鶴だと言った。
亀じゃなくて良かったな・・
と思ったのは、松味食品の営業部エース、茶谷吾郎。
結は吾郎が何度振っても諦めない。
むしろ、変に条件を出してくる。
誰に対しても失礼な男と、彼のことが大好きな彼女のラブコメディ。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。

【完結】ペンギンの着ぐるみ姿で召喚されたら、可愛いもの好きな氷の王子様に溺愛されてます。
櫻野くるみ
恋愛
笠原由美は、総務部で働くごく普通の会社員だった。
ある日、会社のゆるキャラ、ペンギンのペンタンの着ぐるみが納品され、たまたま小柄な由美が試着したタイミングで棚が倒れ、下敷きになってしまう。
気付けば豪華な広間。
着飾る人々の中、ペンタンの着ぐるみ姿の由美。
どうやら、ペンギンの着ぐるみを着たまま、異世界に召喚されてしまったらしい。
え?この状況って、シュール過ぎない?
戸惑う由美だが、更に自分が王子の結婚相手として召喚されたことを知る。
現れた王子はイケメンだったが、冷たい雰囲気で、氷の王子様と呼ばれているらしい。
そんな怖そうな人の相手なんて無理!と思う由美だったが、王子はペンタンを着ている由美を見るなりメロメロになり!?
実は可愛いものに目がない王子様に溺愛されてしまうお話です。
完結しました。
甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・
希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!?
『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』
小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。
ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。
しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。
彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!?
過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。
*導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。
<表紙イラスト>
男女:わかめサロンパス様
背景:アート宇都宮様
溺愛彼氏は消防士!?
すずなり。
恋愛
彼氏から突然言われた言葉。
「別れよう。」
その言葉はちゃんと受け取ったけど、飲み込むことができない私は友達を呼び出してやけ酒を飲んだ。
飲み過ぎた帰り、イケメン消防士さんに助けられて・・・新しい恋が始まっていく。
「男ならキスの先をは期待させないとな。」
「俺とこの先・・・してみない?」
「もっと・・・甘い声を聞かせて・・?」
私の身は持つの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界と何ら関係はありません。
※コメントや乾燥を受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる