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10本目 僕たちの女子バスケットボール部
御城北校女子バスケットボール部 98
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5人いた3年生は、今日からこの部室を使うことはない。
選手の着替えを待つ時間も短くなった。2年生が2人と1年生が3人。ギリギリ試合に出られるような人数で、女子バスケットボール部は再出発することになる。
先発メンバーからは成美さんとスミレ子さんが残っているけれど、その2人だけに頼っていては、また一勝もできなくなってしまう。僕たちは新しいチームとして育ち直さなくてはならない。
寂しくないと言えば嘘になるけれど、いつか来ると分かっていて、そこに向かって走りきった結果だった。
部活ジャージに着替え終わり、与えられたロッカーを閉める。
振り返ると、入り口の衝立の脇で成美さんがこちらを見ていた。
「準備できた?」
「うん。お待たせ、部長」
わざと、そう呼んでみる。
「うぅ……小暮っちまでプレッシャーかけないでよ」
引退した先輩たちからは、成美さんが部長に指名された。副部長は結菜さん。僕は引き続きマネージャーとして先生や選手たちを支えていくことになる。
今日が、新しい体制で練習を始める最初の日。
だから成美さんは僕の支度を待って、一緒に体育館へ向かおうと言ったのだ。
「ゴメン。大丈夫だよ、僕も一緒だから」
肩を抱いて体をくっつける。二人だけなので遠慮は要らない。
「うん……よろしくね」
成美さんもギュッと腕を回してくる。
茶色みがかったその髪に僕は手を伸ばして軽く撫でた。僕の贈ったヘアゴムが今日もそれを留めている。
不意に、愛しい気持ちが溢れてきた。
「大好きだよ」
そう告げて僕から唇を近付ける。彼女は目を閉じて受け容れてくれた。
唇を合わせるだけの、短い時間。けれど僕たちは固く抱きしめ合った。
そっと離れた彼女の口が言葉を紡ぐ。
「ありがとう、小暮っち」
「……ありがとう」
この部屋で初めて彼女からキスされた日のこと。そこから一緒に走ってきた日々。それらを思い返しながら僕は頷いた。
「さあ行こうか、成美さん」
「うん!」
瞳を輝かせて、力強い、いっぱいの笑顔を、彼女は見せてくれた。
足元に置いていたバスケットボールシューズを手に取る。県大会に先立ってみんなからプレゼントしてもらったシューズは、まだ新しい。
「なんか、使っていくのがもったいなくて」
靴の表面をそっと撫でながら僕は言った。
「いつか履き古してしまうと思うと、ちょっと寂しいな」
僕の顔を、成美さんが覗き込む。
「そしたら、新しいのを選びに行こうよ。一緒に」
手をそっと重ねて、そう言ってくれた。
「うん……そうだね」
大切な時間を共にしたみんなから貰ったものは、この一足。その代わりは世界のどこにもない。けれど、それを履いて歩いて行った先に、そこにしかない大切なものがきっと待っているはずだ。
僕と成美さんは片手を握り合って、そして部室の外に出た。
部室棟の前では、制服姿の香織さんが小さく手を振っていた。下ろした髪が微かに風になびいている。
「成美ちゃん。希さん」
「お待たせ、香織ちゃん」
「香織さん」
今日の練習に向かう僕たちを、待っていてくれたのだ。
「2人とも、なんか格好いい」
そう言ってニッコリと笑う香織さん。部長を務め上げた彼女は、これからは養護教諭を目指して受験勉強に集中することになる。
成美さんが笑い返す。
「なにそれ。昨日の今日じゃ何も変わらないってば」
3人で付き合っていくことは変わらない。今日も練習が終わった後は、香織さんの家に寄ることになっている。
引退した3年生たちも、そこに顔を出してくれれば会うことができるけど……どうなるだろう。
「それじゃ2人とも、いってらっしゃい」
肩にそっと手を置いてくれる香織さんを見上げて、僕たちは頷いた。
「ありがとう。いってくるね」
「いってきます」
さあ、僕たちの新しい部活動の時間が始まる。
大切な人に見守られながら、大切な人と一緒に、僕は一歩を踏み出した。
(ここまで御城北校女子バスケットボール部と一緒に走ってきてくださった皆様、本当にありがとうございます。
お気に入り・しおりの登録など、ひとつひとつが、とても励みになりました。
もちろんこれからも、部員たちに気持ちを届けたいと感じていただけましたら いつでも歓迎です。
3年生も「日々の練習や大会から引退」したのであって、部員であることは変わりません。彼女たちの元にも、ちゃんと届きます。
私たちにバスケットボールの魅力を教えてくれた素晴らしい作品に。
競技や部活動に関わってこられた皆様に。
創作活動を支えてくださる方々と、このような場を与えてくださったアルファポリス関係者の皆様に。
そして何より、大切な時間を共にしてくださったあなたに。
心より感謝申し上げます。
また続編や次回作でお会いできることを楽しみにしています。
ありがとうございました。)
選手の着替えを待つ時間も短くなった。2年生が2人と1年生が3人。ギリギリ試合に出られるような人数で、女子バスケットボール部は再出発することになる。
先発メンバーからは成美さんとスミレ子さんが残っているけれど、その2人だけに頼っていては、また一勝もできなくなってしまう。僕たちは新しいチームとして育ち直さなくてはならない。
寂しくないと言えば嘘になるけれど、いつか来ると分かっていて、そこに向かって走りきった結果だった。
部活ジャージに着替え終わり、与えられたロッカーを閉める。
振り返ると、入り口の衝立の脇で成美さんがこちらを見ていた。
「準備できた?」
「うん。お待たせ、部長」
わざと、そう呼んでみる。
「うぅ……小暮っちまでプレッシャーかけないでよ」
引退した先輩たちからは、成美さんが部長に指名された。副部長は結菜さん。僕は引き続きマネージャーとして先生や選手たちを支えていくことになる。
今日が、新しい体制で練習を始める最初の日。
だから成美さんは僕の支度を待って、一緒に体育館へ向かおうと言ったのだ。
「ゴメン。大丈夫だよ、僕も一緒だから」
肩を抱いて体をくっつける。二人だけなので遠慮は要らない。
「うん……よろしくね」
成美さんもギュッと腕を回してくる。
茶色みがかったその髪に僕は手を伸ばして軽く撫でた。僕の贈ったヘアゴムが今日もそれを留めている。
不意に、愛しい気持ちが溢れてきた。
「大好きだよ」
そう告げて僕から唇を近付ける。彼女は目を閉じて受け容れてくれた。
唇を合わせるだけの、短い時間。けれど僕たちは固く抱きしめ合った。
そっと離れた彼女の口が言葉を紡ぐ。
「ありがとう、小暮っち」
「……ありがとう」
この部屋で初めて彼女からキスされた日のこと。そこから一緒に走ってきた日々。それらを思い返しながら僕は頷いた。
「さあ行こうか、成美さん」
「うん!」
瞳を輝かせて、力強い、いっぱいの笑顔を、彼女は見せてくれた。
足元に置いていたバスケットボールシューズを手に取る。県大会に先立ってみんなからプレゼントしてもらったシューズは、まだ新しい。
「なんか、使っていくのがもったいなくて」
靴の表面をそっと撫でながら僕は言った。
「いつか履き古してしまうと思うと、ちょっと寂しいな」
僕の顔を、成美さんが覗き込む。
「そしたら、新しいのを選びに行こうよ。一緒に」
手をそっと重ねて、そう言ってくれた。
「うん……そうだね」
大切な時間を共にしたみんなから貰ったものは、この一足。その代わりは世界のどこにもない。けれど、それを履いて歩いて行った先に、そこにしかない大切なものがきっと待っているはずだ。
僕と成美さんは片手を握り合って、そして部室の外に出た。
部室棟の前では、制服姿の香織さんが小さく手を振っていた。下ろした髪が微かに風になびいている。
「成美ちゃん。希さん」
「お待たせ、香織ちゃん」
「香織さん」
今日の練習に向かう僕たちを、待っていてくれたのだ。
「2人とも、なんか格好いい」
そう言ってニッコリと笑う香織さん。部長を務め上げた彼女は、これからは養護教諭を目指して受験勉強に集中することになる。
成美さんが笑い返す。
「なにそれ。昨日の今日じゃ何も変わらないってば」
3人で付き合っていくことは変わらない。今日も練習が終わった後は、香織さんの家に寄ることになっている。
引退した3年生たちも、そこに顔を出してくれれば会うことができるけど……どうなるだろう。
「それじゃ2人とも、いってらっしゃい」
肩にそっと手を置いてくれる香織さんを見上げて、僕たちは頷いた。
「ありがとう。いってくるね」
「いってきます」
さあ、僕たちの新しい部活動の時間が始まる。
大切な人に見守られながら、大切な人と一緒に、僕は一歩を踏み出した。
(ここまで御城北校女子バスケットボール部と一緒に走ってきてくださった皆様、本当にありがとうございます。
お気に入り・しおりの登録など、ひとつひとつが、とても励みになりました。
もちろんこれからも、部員たちに気持ちを届けたいと感じていただけましたら いつでも歓迎です。
3年生も「日々の練習や大会から引退」したのであって、部員であることは変わりません。彼女たちの元にも、ちゃんと届きます。
私たちにバスケットボールの魅力を教えてくれた素晴らしい作品に。
競技や部活動に関わってこられた皆様に。
創作活動を支えてくださる方々と、このような場を与えてくださったアルファポリス関係者の皆様に。
そして何より、大切な時間を共にしてくださったあなたに。
心より感謝申し上げます。
また続編や次回作でお会いできることを楽しみにしています。
ありがとうございました。)
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